インバウンドでタイ人を集客! 事例多数で万全の用意 [PR]
ナムジャイブログ

【PR】

本広告は、一定期間更新の無いブログにのみ表示されます。
ブログ更新が行われると本広告は非表示となります。
  

Posted by namjai at

2008年11月28日

腱鞘炎~その後。

 先日から「右手スト」を開始した私だが、普通に生活していると、利き手なので、ついつい痛いのを忘れて重いものを持ってしまう。
そして、持ち上げてから「うっ・・!!」と痛みに気付いても後の祭り・・。

と言うことになるので、自分が忘れないように包帯を巻くことにした。

 そうしたら、今度は来る客が口々に、「腕どうしたの? 何かにぶつけたの?」と聞いてくる。
いい加減、答えるのも、嫌になりとうとう包帯を取ってしまった私だった。

 そうしていたところ、昨日、たまたま義姉の店にオイル交換に来た、コンケーンから来たというマッサージ師に会った。
彼はこの近くの「ワット・カオターゴ」という有名な寺の主である僧侶様が、地域の開発活動でダムを作っているのだが、その現場に行かれた際に、足場が悪く足をひねって捻挫してしまったということで、その僧侶様のためにマッサージをしにわざわざコンケーンから呼ばれたのだという。これもタムブンの一つである。

 そのマッサージ師にちょっとひじを見てもらったところ、筋が重なってしまっているという診断で、これなら施術時の痛みさえ我慢できれば、すぐに治ってしかも、絶対繰り返すことはない!と言い切るので、その日の夕方に、足のつけ根が痛いという近所の人と一緒に、そのマッサージ師がいるというお寺に向かった。
 しかし、その日は僧侶様をマッサージする日なので、他の人間にはしないということで、あえなく帰還
明日来なさいと言われ、その翌日に出直すことになった。

 そして、翌日、朝9時からマッサージを始めるとの情報から、朝8時過ぎに家を出て順番を待つことになった。

 そして、お寺について見ると、肝心のマッサージ師は、バンコクから観光バスを借り切って、彼のマッサージを受けに乗り込んできたという団体様の泊まっているというチャイヤプムの街中のホテルに「出張」してしまった後で、またも空振りとなった


 そして、今度こそ!と、「夕方ならお寺に戻っている」という情報を頼りに、昨日の夕方、またもやご近所さんと出かけて行った。
 確かにお寺に着いてみると、例のマッサージ師の彼が60過ぎと思われる男性と女性を相手にマッサージをしていた。

 私たちは座って順番を待つことにした。一緒に行ったミックは、ほとんど毎朝伯母さんとタムブン・タックバーツ(托鉢)に来ている、通いなれたお寺であり、ミックは顔が広く、暗闇ながらも出会うお寺の人、お坊さんみんな知り合いなので、あいさつをしながら、お寺の供物の残りの肉まんなどを貰って食べていた。
ミックは「お寺に来ればお菓子が待っている、食いっぱぐれることはない・・」ということを物心ついたときから知っているので、お寺が大好きである。

 話は逸れたが、そうして待つこと30分くらい、いよいよ私たちの番になった。

 ところが、何故かそのマッサージ師は「今日は僧侶様にマッサージをしたからここまでにしたい。明日は一度コンケーンに戻って、薬を持ってくるので、明後日に出直して欲しい・・」と言い残し、さっさと車に乗り込んでしまった・・・・。

 「・・・」私は、何なんだろう・・・? と言葉もなかったが、一緒に行ったご近所さんは、さずがタイ人。
こういう、約束にならない約束でも、まったく怒る気配もない。それどころか「仕方ないか・・」といいながら笑ってさえいる。

 「約束は守るもの」と教え込まれてきた私たちとは感覚が違う。
 「約束は出来ないもの」というのがタイ風な考えか? また、
 「約束は破るもの」という人もいるが、ほとんどの場合、破ろうと思って破っているのではないのも事実である。

 タイ人的には「約束を破る気はさらさらないが、約束よりも自分の都合が最優先なので、結局約束はその後で・・・」となるのである。

 だから、時間の約束はもちろん、借金返済の約束なども自分の都合でいいように伸ばされ、そのうちこの世では払えないから、来世で・・などと言う風になってしまうのである。  


Posted by バットニャオ at 06:51Comments(7)タイの常識

2008年11月26日

腱鞘炎~明日からスト決行!

 
 腱鞘炎・・今日はちょうど、姉の家にオイル交換で来ていた、マッサージ師であるお客が、私のひじを診てくれて、「これは筋が挟まっているんだ。これは?こうすると痛いでしょ?」と少し診てくれたので、このマッサージ師に掛けようかと思ったが、義姉や近所のサッシ屋のウワンが、

「でも、いくら治療をしても、また重いものを持ったらだめだよ、自分で十分気をつけなくちゃ!」というので、
「だって、いつも旦那は家に居ないし、そこにやらなきゃならない仕事が入ったらどうするの?」
と聞き返したところ、
「だから、自分のひじが痛いことをアピールするかして、お客に自分で運ばせなきゃだめ、そして、自分でも任せて!なんて態度は取らないんだよ!」というので、

でも、店側がして当然と言う人もいるし、サービスは欠かせない・・というのは日本人的な考え方で、私にはそういう価値観が邪魔をして、「無視できない・・。」と言ったら、「バシバシ言えばいいんだよ!」
と、私が日本人だってことも忘れているような、義母や義姉には返す言葉もなかった・・。

しかし・・・私が何度、いかにうちの旦那が留守が多いかを挙げて、「言えない・・」というと「言えばいいんだよ!」と私自身、性格的には無理なの分かってるのに、まるで、私が義姉と同じことをはっきり言えるかのように、「言っちゃえ!」と強制するので、ようし、そんなに心配してくれるのなら、明日から旦那が留守だろうがいようが、試してやろう!
スト開始だ!!

 私は明日からしばらくの間、右手を吊って、右手を休ませることにした。
義姉たちは、一度きちんと治れば、また重労働を開始しても、もう大丈夫だと言うので、この重労働のせいで発病したこのひじの痛みが完治することを願ってストを決行するぞ!と密かに決めて、一人になって明日から巻いて置く布を用意することにした。

タイ風に、大変なことにはやらない・・・に徹するのである。  


Posted by バットニャオ at 01:48Comments(9)親戚の人々

2008年11月25日

コラートへの道・・再び。

 前回、「コラートへの道」というタイトルで記事を更新してから、もうひと月が経ってしまった。

 うちの旦那の母は、1年半前に、脳血栓の一歩手前で倒れて病院に運ばれ、それ以来、毎月定期検診を受けるためにコラートの「スラナリー軍人基地病院?」に通っている。

 ちょうど、うちの店の大きな仕入先がコラートにあるので、私が母を迎えに行って連れて行くことが多い。
なぜ私かと言うと、私以外の嫁は誰も運転できないので、一応外国人だが外国人扱いされてない私が、当然のごとく運転手となる。

 コラートに行くには2本の道があることは前にも述べた通りである。
私は、距離的には少し遠回りになるが、道幅も広く、平坦で舗装された公道を行きたいのだが、義母からはすぐに却下。
裏道のほうが距離的には近いから、近道だ・・と信じて疑わない義母に従って、月面のクレーターかと思われるような、穴ばかりの道を進んでいく。
しかも、「ガッタン!!」と車が飛び跳ねようものなら、「気をつけて!ちゃんと前を見な!」とまるで私の失敗とでも言うようなお叱りが入るので、その道を走行中、私の目は普段の3倍くらい大きく見開かれている。

 カーブだらけで、しかも牛が我が物顔で歩いている狭い道は、運転だけでも神経を使うのに、私はこの助手席からのコメントに更に神経をすり減らす。
 しかも今日は、私が行きたくないので「注射したばかりだし、腕が痛いから運転はしたくない。今回は代わりに行って・・。」と旦那に申し出たのが裏目に出て、「家に居て、油圧ホースの仕事が来たらどうするんだ?腕が痛くて、ホースのゴム剥きが出来ないだろう!運転するだけなんだから、行って来い」と当然のように旦那に却下された。
おまけに無免許のくせに「だったら、私が一緒に行って、運転を代わってやる」と言う義姉が同行することになって、さらに小姑まで増えてしまった。
 しかも、その義姉は結局、一度も運転を代わってはくれなかった・・・。
一体何しに行ったのか?

というわけで、ひじの痛みはときどきあったが、何とか一日無事終わった。

 今日は、久しぶりに義母について、コラートで一番大きい生鮮市場へ行った。
もともと、コラートは「コラート豚」という豚の品種で有名である。そのコラート豚を使った、「クンチァン」というコラート名産の甘いスパイスの効いた赤くて長いソーセージを買うためである。

 市場の周辺は街中なので駐車スペースはない。
そのため、向かいにあるお寺が、寺院の敷地を駐車場として提供している。
もちろんタダではない。一台10バーツ。これも、大事な寺の収入源になるのだろう。

 駐車場に停めて、道を渡って市場へ入る、この道も交通量が多いのだが、老いも若きもみんな車にぶつかって行くようにして、どんどん渡って行く。横断歩道など在って無きが如しである・・・。

 久しぶりに嗅いだ市場の匂いは、いろいろな食品の匂いに混じって、何か懐かしい匂いが漂う・・・それは「公衆便所の匂い」だった。
よく見たら、横に使用料を取る、共同のトイレが設置されていた。これでは無理もない。

 でも、ここは明らかに食品、しかも生鮮食品が並んでいるところなのに、こんな至近距離にトイレがあっていいのだろうか・・?
買う気が失せたりしないのだろうか?
・・・でも、ここにいる人たちには、この匂いが普通になっているのだろう、誰も気にする様子もない。
なので、私も気にしない・・・。
こんなことを気にしていてはタイには住めない・・・。

 よく、最近では、食堂や屋台の前にプラスティックの看板に、「衛生基準合格」というような看板を掲げている店がいるが、あれを掲げることに意味があるということは、その他の多くの店は衛生基準を満たせない店だという証拠なのである。
 あの看板を掲げるまでもなく、衛生的であるべき食料品を扱う店舗が、それを掲げるという形を取らなければ、そういう基準がわからない。
  
 だが、世界の基準とは、全体的に見れば、タイでもいいほうかも知れないので、個人的にはこういうことにこだわるのもどうかと思う。多少、雑菌がいる環境の方が自然かも知れない。

 幸せになる秘訣は「理想を高く持たないこと」だと言った人がいた。
これも、そういうことに通じるのではないかと思う今日この頃である。

  


Posted by バットニャオ at 04:22Comments(7)タイの風景

2008年11月23日

腱鞘炎~現代医療の成果

 
 昨日も書いたとおり、怪しい民間療法のおじいさんに治療してもらったが一向に回復しないので、長年の腰痛に悩まされていた義母のアドバイスどおり、チャイヤプムの県庁所在地の街にある、「ソムバット・クリニック」に通院することにした。

 それ以前からも、あまりによくならないひじのことを、ネットで検索したら、「腱鞘炎」の症状であるという自信が出たので、ある程度の知識も仕入れてから、このクリニックに向かった。

 今更ながら、本当にネットは私の世界を変えてくれた

 ミックが産まれる頃までは、ネットというものの意味もわからないような生活をしていた。
子供が病気になっても、日本から持ってきた20年以上前の、骨董品的な『新しい家庭の医学辞典』という名前だけで古さが窺える分厚い「医学辞典」だけが頼りだった。

 今から考えると、日本の情報は全く入らないという、信じられないような生活だった。
今は、最新の情報を簡単に手に入れることが出来る。パソコン様様である・・・。


 話は戻って、このソムバット・クリニックというのは、昼間は他の医師同様、県立病院で仕事をしていて、朝、昼、夕方の1~2時間で副収入を得るために、アルバイト経営をしているのである。

 私は店があるので、夕方店を早めに閉めてから出かけたので、診察が始まったのは午後7時近かったが、もうすぐ閉める予定なのか、ソムバット医師はクリニックのカウンターに腰掛けて、ボ~ッとしているところだった。

 靴を脱いだ途端に、名前も聞かず、どこの馬の骨かもわからない患者なのに、

「はい・・、一番の部屋に入ってください」
と言われ、「普通、患者のカルテとか用意するだろう・・・」と怪しみながら、今回2度目の診療を待った。

 実は、前回の診察が初めてだったのだが、このときもまるで通りすがりの人間を診るように、名前も聞かなければ、連絡先も聞かなかった。
 これでは、患者の情報が記録されない、まさに行き当たりばったりの診察である。

 私しか患者がいないし、カルテも用意しないので、医師はすぐにやってきて、

「はい、どうしましたか?」とお決まりの事を聞くので、
「ひじが痛むんですが・・・」と言うと、
「ひじを曲げてみてください。これは痛いですか?・・・じゃ、これは・・? う~ん、ホウキとかで掃くと痛いでしょ?」
と、まさに的を得た質問をするので、「これはいけるな・・」と久々にタイ人医師に希望を持った。

 しばらく、曲げる伸ばすの診察をして様子を見た医師は、
「では、注射を打っておきましょう。7日間以内に、間違いなく治ります。でも、今まで通り重いものを持ったりしたら、また3~4ヶ月で再発しますよ。」と前回の診察では釘をさされた。
 
 今回の診察では、「こうして注射を打っても、何度も繰り返して2~3年経っても完治しないときは手術をするしかないですよ。」
と前回以上の重い釘をさされてしまった・・・。

 どうなる私のひじ・・・

このまま、重いものを持っても、どの道行き着くのは「手術」。

手術をしたら、重いものは持てなくなる。

 やはり、どんなにヒマでも、タイ人風に、店員を雇って遊ばせとくしかないのだろうか?

 








  


Posted by バットニャオ at 03:17Comments(5)タイの常識

2008年11月22日

腱鞘炎~信じる者は救われる・・・療法~

 このところ、また私の右ひじの痛みが再発している。

 前回、医者に行って注射を打ってから約3ヶ月、医者の言った通り、職種を変えない限りまた3~4ヶ月で再発すると宣言していた。

 私は、タイに来てからこの6年間、旦那と二人で自動車部品の店をやっている。
自動車部品と言うのは、ほとんどが鉄やゴム製で出来ているので、手のひらサイズの小物と言えども、数㎏あるのが当たり前である。ダンベルが店の中にゴロゴロしてるようなものである。
中には、30~50㎏という、一人で持つにはちょっと無理があるものも多い。
 
 そして、車と言えばオイル。樽型容器に入ったエンジンオイルやグリースは20㎏くらいある。
それらを毎日運ぶうちに、さすがの丈夫だけがとりえの私の身体にもガタが来た・・・・。

 
 ここに来てからと言うもの、日常で日本語をほとんど使わなくなった私は、「腱鞘炎」という簡単な病名まで忘れていたので、「ひじが痛い」「ホウキが持てない」と具体的な症状ばかりを訴えていた。

 あまりに痛そうな様子を見かねた旦那が、ある日、私を連れて義母の隣村に住む、あるおじいさんのところを訪れた。


 もうかれこれ10年以上前の話だが、旦那が仕事中に車の荷台から飛び降り損ねて、足首を捻挫したことがあった。
そのときに旦那の足首を治療してくれたのがこのおじいさんだった。

 当時、おじいさんは田舎によくある、高床式の民家の二階で治療をしており、その軒下には、串刺しにされたヘビの干物が何匹も並んでいて、かなり怪しい雰囲気をかもし出していた。

 問題の治療法だが、まず、銀製の手桶に9本の花、線香、ろうそくセットと、お礼の気持ちのお金を入れて(一回100バーツ程度)、おじいさんに渡す。
 そうすると、おじいさんはその手桶を額の前に掲げて、何やら呪文を唱えながら、患者の名前をつぶやく。
一通り、呪文が終わると、今度は奥から何かの術を施した特別なココナツオイルが入った小瓶を持って来て、少し手に取り、患部にさするように塗っていく。
 
 旦那の場合は、捻挫とわかっているのでそのままマッサージに入ったが、私のように特に自覚症状がない場合は、このオイルマッサージをしながら、患部の筋や神経の様子を探って行くらしい。
私のひじはおじいさん曰く、「筋をひねってしまっている」という診断だった。

 旦那のときは、途中から、おじいさんの全身を使って足を引っ張ったりという大掛かりな整骨のような技に変わり、最後にはバキッ!という、すごい音がしたかと思うと、急に動きが穏やかになり、最後はオイルを塗って終了した。
旦那の足首は、奇跡的なくらいに、次の日にはもうすっかり腫れが引いていた。

 このおじいさんの技に感動した旦那は、すっかりこのおじいさんの崇拝者となり、事あるごとに、
「ソーコー村に素晴らしい技を持つおじいさんがいるが、もう高齢なので、自分の技を伝授する後継者を探しているが、今の若者はその気がないらしい。まったくもったいない話だ・・・」と話していて、私は「じゃあ、自分で弟子入りすれば?」と内心思っているが、家庭の平和を守るため、口にはしない

 そういうわけで、私もそこへ連れて行かれて、一度目の施術で「痛いだけじゃん・・・私の忍耐力を試してるのか?」と思いながらも、社交辞令で「少し楽になったみたい・・・。」と言っておいたら、「なら、もう一度繰り返してやらなきゃダメだ。」と旦那に言われてしまい、再施術。
 だが、よく「信じる者は救われる」と言うが、こんな信仰心の欠けらもない私だから治らないのか、二度目も痛いだけだった・・・・。

 すると、どうしてもこのおじいさんの素晴らしい技で私のひじも治療しなくては・・・という旦那の妙な使命感で、三度目の正直とでも言わんばかりに、またも連行されようとしていたところに、運よくも、義母の鶴の一声電話が掛かってきて、私のような症状は街の整形外科に行った方が良いということになり、街の整形外科に行ってみるということになったのだった。  


Posted by バットニャオ at 01:22Comments(5)タイの常識

2008年11月20日

我が家のモーターサイ(オートバイ)



 我が家のモーターサイには、歴史がある・・・。

 私が、初めて義母と旦那の実家に同居したとき、義母はどこかで見た覚えのある、真っ赤なカブに乗っていた・・・。

 そう、それは紛れもなく、日本で廃棄処分になった郵便配達のバイクだった。

 当時、義母の家にはそのバイクしかなく、日本では自動車教習所の講習のとき以外にバイクに乗るどころか触ったこともない私だったが、田舎で生活する必要上、大胆にも、この「郵便屋バイク」で初めてのバイク乗りに挑戦したのであった。

 ところが、義母の家は、毎年襲う洪水に備えて、家を持ち上げ、玄関口へ入る道が40度近い傾斜の坂道になっていた。
その目の前は、狭いが往来の激しい公道で、家の中に停めてあった義母のバイクにまたがって、エンジンをかけたまではよかったが、その坂道をゆっくり降りようとハンドブレーキを握ったつもりが、力が入り過ぎて、アクセルを吹かしてしまった。
 そのバイクはさすがに廃棄されたバイクだけあって、足のブレーキは掛からず、私の乗ったバイクは、一気に公道へ飛び出してしまう結果となった。

 しかし幸いなことに、ちょうどそのとき公道を行き来する車やバイクはおらず、私のバイクは飛び出して、義母の家の向かいにある、駄菓子屋の前に停めてあった、ピックアップトラックのバンパーに激突するだけで済んだのだった。


 こんな過去があるので、今の私はバイク乗りには慎重である。
その後一度日本に戻ってから、今度は旦那も一緒にタイに移住してきて、義母の家から離れたこの市で店を始めてから、最初にFordのピックアップトラックを買ったが、そのすぐ後に近所での移動のためにモーターサイを買った。

 今度は日本の廃品ではなく、タイの新車である
HONDAのWaveという車種だが、初めから慎重に練習したので、今回は2回くらい自分で転んだだけである。ただし子供も乗せていたこともあるが・・擦り傷程度だった。

 このWaveくんは、とても我慢強い

 一台で、家族6人を運んでいたこともある・・・というか私たちが勝手に乗っているのだが。
タイに住んでいる方は、想像できると思うが、「モーターサイ・トゥアミア(女型バイク)」と呼ばれる、大きさは日本のカブくらいだが、タイのバイクは二人乗り、三人乗りが普通なので座席が長くなっている。
 そのバイクに、まず運転手の旦那が乗る。その後ろに、当時小4だった長女、小6だった長男が乗り、さらに旦那腕の中に入るように、小2の次男がもぐりこむ。そして、長男の後ろの座席がない尻尾部分に、私が三男を抱いてかろうじて乗っかる。
油断すると落ちてしまいそうだが、タラートを行き来する程度なので問題はない。

 しかし、今は、もう子供たちの半分は大人並みの体型になってしまったので、無理がある。
そのため、旦那が鉄で箱型のサイドカーを作り、いろいろ改造をして、我が家のWaveくんは、今では立派な家族のマイカーとなった。

 この先、彼がどう改造されていくのか楽しみである

 

  


Posted by バットニャオ at 13:44Comments(9)タイの日常

2008年11月19日

田舎者とスクーター

 昨日、隣の市に住む上の義姉の旦那が、うちのピックアップ(トラック)を借りたいから、とやってきた。
その義姉の家は車はセダン型で、大きな荷物を運ぶのは無理なので、こういうことはよくあるのだが、いつもはその乗用車か、古いスズキのベルという型のバイクで来るのだが、今回はまた借金の上に借金を重ねて新しいバイクを買ったらしく、タイの田舎でも、最近流行のギアチェンジのない、スクーター型のバイクに乗ってきた。

 そして、うちの車を借りて行ってしまったのだが、私がタラートに行きたくなった。
我が家も旦那が趣味で改造している、男型のバイク(HONDAのCBX?とかいう・・)は動かないし、家族用の女型のバイクはあるのだが、それも、数ヶ月前に旦那が横に座席をくっつけて、サイドカー化してしまったので、私には乗れなくなってしまい、このスクーターに挑戦しようとしたところ、カギを回しても、どうにもエンジンが掛からない・・・。

 機械オンチの私だけなら仕方が無いが、旦那がやっても子供たちが順番に挑戦してみても一向に掛かる様子もない・・・。

こういうのは、自動車のようにカギを回せばかかるはず・・・と誰もが思うのだが、誰がやっても掛からないので、
「ヘンだな~。さっきまでピー・リット(義姉の旦那)が乗ってたんだから、壊れてるわけないし。しかもまだ新品だし・・・。」

といいつつも、みんな諦めて、タラートに行くのは諦めてしまったのだった。


 そうしているうちに、隣町でバイクを売っている知り合いの社長がちょうどやってきて、ある事実を教えてくれた・・・。
それは、スクーターのスタンドを立てていたら、エンジンが掛からないようになっている、タイヤが地面についている状態でないとダメだという事実・・・・。

 「・・・・・・・。」

 所詮は田舎者の集まり・・・
この最新型スクータータイプのバイクのエンジンのかけ方も誰もわからなかったのである。

もとはと言えば、持ち主の義姉の旦那が、教えていくべきだったのだ・・・と思った。

 旦那が、このスクーターを気に入って、今度お金が出来たら、私の買い物用に買ってくれるというが、乗り方が簡単なので、子供たちが乗りたがるのが心配だ。
我が家の家訓?では、18歳になるまではバイク禁止令というのを出している。

 最近、近所でも長女や次男の同級生までバイクデビューしている。
それでも、人は人、タイ人はタイ人、うちはうち・・・と決めている。
何度も、家の前の交差点での悲惨な事故を見ているので、我が家の子供たちには、どうしても小学生や中学生で、バイクの運転は許可出来ないのである。
  


Posted by バットニャオ at 13:47Comments(8)タイの日常

2008年11月16日

今日はタラートナット(定期市)でした。

 今日は、田舎の唯一の楽しみ、月に一度の定期市の日である。

 私の住む市では、毎月16日に、定期市のキャラバンが訪れて、前日からテントを張り、当日はまだ薄暗いうちから客が押しかけ、大体午後1時ごろには切り上げて、次の街へ移動していく。

 店舗は、衣料品が大部分で、その他はペット(小動物)や、植木、文房具や、安い時計、サングラスなどの装飾品を置いている店もある。

 私の狙いは、日本や韓国、台湾などから送られてきた古着である。
タイ製品は、布が化繊のものが大半で、「cotton 100%」などと表示されていても、どう見ても化繊混合な生地が多い。
それに、規格がないのか、検査が甘いのか、縫製が適当なものがほとんどで、1000バーツ近いブランド物でもない限り、しっかりした製品にはほとんど出会えない。
 そういう、タイ製品の新品を2~300バーツで買うよりも、20~50バーツ程度で買える日本、韓国などの古着の方がよっぽどいいというわけだ。

 しかし、この古着たち、バンコクの港で仕分けされるらしいが、もともと、商業用なのか、あるいは途上国向けの有志による寄付の品物なのか、私たちには知る由もない。
とにかく、この田舎にいて、日本の古着が手に入るというだけで儲け物である。
日本で買って送ってもらっても、送料だけでもバカにならない。
安いので、古くなれば、すぐに雑巾にするのも気にならない。

 本当に、この定期市くらいしか楽しみがない田舎の生活なので、この日はとばかりに、おそらく市内の90%以上の人が出かけるだろう、お祭りのごとき賑わいである。

 しかも、タラートナットの物は「安物」という感覚が根付いているので、安くなくても買ってしまったりする。
また、我が家でも売っている工具などもタラートナットでは売っているが、みんな「タラートナットの物は安物だから」というのが口癖で、それに比較して、我が家の方が高くても買っていく人もいる。
逆に、「高い高い」を連発する人には、「タラートナットにでも行って買えば?」ということになるのである。

 とにかく、何でもアリのタラートナットだが、スワンチャトゥチャックのウィークエンドマーケットを小さくしたようなもの・・と言ってはいい過ぎか・・・。
   


Posted by バットニャオ at 17:36Comments(10)タイの風景

2008年11月15日

田舎の生活~水


 今日は久々に、旦那の実家で義母を囲んでの夕食に行ってきた。

 義母は、我が家から45キロ離れた村に一人で住んでいる。
末っ子である旦那が3歳のときに、近所のケンカの仲裁に入って撃たれたという夫に死に別れ、それから女手一つで子供を育ててきたが、このところ年のせいもあり、一人で居るのを、旦那や義姉も心配して、我が家に同居したら・・・という話もあるのだが、近所付き合いも捨てがたいし、例の宝くじの仕事もあるので、なかなかこの話に「うん」とは言わない義母である。

 というわけで、我が家は月に何度か義母との夕食をすることにしている。
母思いの旦那の一存であるが、誰も反対するわけもない・・・。

 
 朝から、旦那と義母とが電話で、今夜のメニューを打ち合わせていた。
今夜は、アヒルが手に入ったので、「アヒルのラープ(和え物)」「アヒルガラとレモン漬けのスープ」「アヒルのパロー(中華風スパイス煮込み)」と、アヒル尽くしのメニューである。

 私も含め、子供たちは、ラープが大好きなので、みんな楽しみにしていた。

 みんな、楽しみにしていただけあって、きれいに残さず平らげた。

 
 食後に、お皿を洗いに外にある洗い場に出た私は、以前、日本から来て初めてこの家で義母と暮らした頃のことを思い出した・・・。

 ほとんど、毎日のように断水になる水道・・・・でも、水道が通っているだけいいと言われた。
やはり、たびたび停電する電気・・・・これも、電気が引いてあるだけいいと言われた。
だが、義母の家は、基本的に電灯が薄暗い上に、駄々広い家の中に一つの蛍光灯くらいしかつけないので、停電したときのろうそくの火とそれほど大差は無かったが・・・。

 トイレはもちろん、手で汲んで流す式の水洗
しかもトイレには大きなトッケーが住んでいるので、子供たちは一人で入ろうとしなかった。
トイレの床が滑りやすく、小さかった次男は何度後頭部を打ったことか・・・。

 そして、食べ物にも困った。
来る日も来る日も、豚肉の素揚げか、卵料理。・・・「卵料理ばかり食べてると、顔が卵になるよ!」などと、近所の世間話のネタにされたものだった。
子供が食べられる野菜が、手に入らない。
たまには、目先を変えてトンカツでも・・と思っても、パン粉が手に入らない。みんなパン粉自体をご存じない・・・。
仕方なく、近所の駄菓子やで売っている、一ヶ月でも店先に置いてある、何故かカビない不思議な食パンを買ってきて、ちぎってちぎって、細かくしてパン粉にした。

 そして、飲み水はもちろん、「雨水」だ。
今もそうだが、義母の家に来ると、何故かちょっと都会化したらしい旦那は「雨水は飲んだ気がしない」と言う。
そして、義母は我が家に来ると、買って飲むタンクの水は、口に合わないらしい。
私は、それほど気にもせず、どっちでも構わない。

 もともと、義母の家に住んでいた最初のころは、お腹もこわしたような気もするが、もうすっかり慣れたのか、胃腸が丈夫なのか、今ではどんな細菌が入っていようと何ともないようだ。

 義母の家には、家の横に、直径2メートルくらいの大瓶が一つと、反対側の家の横には、直径1メートル弱の中型の瓶が7つ並んでいる。
それに、トタン屋根の上に降った雨水が屋根を伝って集まり、そこから太いパイプで繋いで、それぞれの瓶に入るように調節する。雨期が勝負である。
 普段、その瓶にはトタンで蓋をし、ボウフラが湧かないようにするが、かなりボウフラが湧いている瓶もある。
そのボウフラや、底に溜まったゴミ等をすくわないよう気をつけて、手桶で水を汲み、ボトルに入れて飲み水にしたり、料理に使ったりする。

 多分、よくガイドブックなので「生水は飲まないように」と書かれているのはこのことだろう。
でも、菌に弱い人は、水道水で作る氷や、一応濾過されている売られている水でも、お腹をこわすかも知れないが・・・。

 幸い、我が家は一番下のミックまで、すっかり免疫が出来たのか、誰も生水程度ではお腹をこわすこともない。







 
 

  


Posted by バットニャオ at 03:45Comments(13)タイの風景

2008年11月11日

動物に咬まれたら・・・。




                            これに咬まれたら・・・かなり痛そう・・。



 今日、夕方、外で遊んでいたミックが、近所のチュートという犬と遊ぼうと構っていたところ、犬もご機嫌斜めだったらしく、ミックの散々のしつこい攻撃に、堪忍袋の緒が切れたのか、「バウバウバウ!!!!・・・」と吠えたかと思うと、ミックの手に咬み付いた・・・。

 しかし、幸いなことに、キズは非常に浅く、爪の引っかき傷程度だったが、3~4箇所だったため、念のため例の病院へ駆け込んだ。
病院で、傷口の消毒と「破傷風、狂犬病」の予防接種をするためである。

 タイの犬は基本的に放し飼いである。

 こういう、咬みつき事件はわりと頻繁にあるが、子供が大型犬に頭をガブリと咬まれ、死に至ったケースもあるらしい・・・。

 予防接種の予約は、今回が1回目、3日後に2回目、そのまた4日後に3回目。
手にかすり傷を負っただけなのに、最低3回も注射を射つ羽目になる。

 これはその咬んだ動物が無事に生きていればのことで、もし、その動物が病気等で10日以内に自然死すれば、咬まれた人間はその後にまた2回の予防接種が待っている。
自分を咬んだ動物の長寿を祈るのみである。

 今日ミックを咬んだ犬も、そのことを危惧して、旦那が、「飼い主に言ってくる、お仕置でその犬を殺すなということと、もし、バケツ交換車が来ても、バケツと取り替えちゃだめだって・・・。」と、飼い主に忠告しに行った。





                            これはさすがに飼ってません。



 我が家の子供たちは、過去に犬以外のものに咬まれて注射をしたことがある。
まず、長女は野良猫(ほとんどの犬も猫も野良と変わらないが・・)を構っていて、やはりしつこくして引っかかれた・・。
 そして、その猫がいなくなったので、念のため、合計5回の注射を受ける羽目になった・・運が悪い娘である。

 それから、次男。以前、我が家の横で3匹のイノシシを飼っていたことがある。
次男はよく世話をしていたが、身体が大きなメスが、自分の気に入っている小柄なオスのエサを横取りするのに腹を立て、果敢にも、イノシシのメスに挑戦しようとして・・・・思い切り咬まれた。

 その次の日は、このメスイノシシを食べる約束だったが、次男の検査の結果がまだでないので、このメスは運よく難を逃れ、代わりに次男の大好きな小柄なオスが食されることとなった。

 次男には二重のショックである・・・。





                            ヘビは、色や形が決め手!




 幸い、ヘビにはまだ咬まれた者はいないが、もしヘビに咬まれたら、まず、咬んだヘビの色、柄、大きさ、頭や尾の形をよく観察し、覚える必要があるという。
これは、私が最初にタイに来たときに、幼稚園の子供でも知っている・・・・と、当時、友人だった中国系タイ人が教えてくれた知識である。
 みんな、その特徴で、毒があるかを判断するからである。

 まあ、何はさておき、こういうときこそ、病院の「ホーン・チュックチューン(応急室)を最大限活用するべきである・・・。


 いろんな方が書いているが、やはり、とりあえず、血圧を計る。

でも、血圧を測ってる間に容態が変わったら、どうするのだろうか・・・・。

こっちがいくら慌てても、病院の看護婦たちは落ち着いたものである。

すべては、病院のみぞ知る。

   


Posted by バットニャオ at 02:22Comments(6)タイの日常

2008年11月10日

タイのドラマとモザイク

 ほとんどのタイ人がそうであるように、我が家では、私以外、みんなドラマ好きで、ドラマが始まるとテレビに釘付けで、身動きもしなくなる。

 しかし、どうしてタイのドラマは、ああもワンパターンで、つまらない設定なのだろうか?

 タイのドラマの作り方。
まず、主人公、その相手役、そしてそれをジャマする悪役、さらに主人公かその相手役に思いを寄せる友人。それから、脇役で、主人公たちの恋路を反対する親。そして、オカマ、それから主人公と関わる子供・・・。

 たいていはこの人物関係で、ほとんどのドラマが構成されている。

 物語は・・というと、舞台はたいていがハイソーな設定。またはどちらかが金持ち、もう片方が貧乏。
タイ人視聴者の99%は死んでも買えないというような豪邸に住み、みんな新車の高級車を乗り回す。 
 たまに、主人公がわけあって、田舎の農村に住んでいるようなこともあるが、あきらかに浮きまくり。現実感は微塵もない。

 最初はお互いに特別な感情がありながらも、素直になれない主人公たち、それをジャマする恋敵、助ける友人。その他の人物がゴタゴタを繰り返し、睡眠薬を盛り、希硫酸を顔にぶっ掛け合い・・・しかし、最後は悪役が死ぬか、改心して、何故かハッピーエンドになるという超ワンパターンの始まったときから、最終回が見えているドラマを、みんな毎回、食い入るようにして見ている。
 
 私は、この手の7チャンネル、3チャンネル等のタイドラマを見ていると、つい余計な口を挟みたくなるので、最近はイヤホンをして音楽を聞きながら家事をすることにしている。
でないと、この手のドラマを真剣に見ている家人たちの気に障って、家庭内のもめごとの原因になりかねないからだ。
こんなくだらないドラマが原因で家庭内紛争になったのでは、笑うに笑えない・・・。

 

 それに、これはタイのドラマだけに限ったことではないが、私がいつも余計なひとことを言いたくなるのが、「タイ式モザイク」である。

 別に、日本のように「大人用の映像」にモザイクを掛けるのは、青少年の想像力を掻き立てるだけなのだが、建前上、仕方ない対策だと思うが、タイのモザイクには、「はぁ?」というものが多い。

 タイのモザイクで納得行かないのは、タイのドラマではたいていモザイクを掛けないのに、外国のドラマや映画を放送すると、タバコに、拳銃に・・と手の先を見なくても想像つくものにわざわざモザイクを掛ける。

 はっきり言って、非常に低レベルである。
 
タバコにモザイクを掛けても、その先に煙が立ち上っているのだから、タバコだということはうちの2歳児のミックでも分かる。
2歳児以下だな・・タイのテレビ関係者は・・・。
モザイクを掛けて、俳優の顔が見えにくくなるだけ腹が立つ。
自分の頭に拳銃を向けて自殺する設定の、俳優の腕と頭の間にあるのは拳銃に決まっている。ペンや棒であるはずがない。
隠すことで、余計にその「もの」を想像させてしまう。

 しかも、タイのドラマや映画ではまったくと言っていいほど、このモザイクをしない。

 タイの映画はくだらないお化け映画が多いが、だいぶ前に観た(あまりにつまらないので最近はもう観ていない・・)「ブッパーラーティー」という映画では、お化けの主人公が浮気をした恋人の口を太い麻袋用の針か何かで縫うというシーンがあったが、そのシーンにモザイクはない。同じくその映画の中で、悪い医者が盲目の少女を騙して睡眠薬を飲ませ強姦しようというシーンがあったが、これにもモザイクはない。
 その後のいろいろなお化け映画でも、かなり残酷なシーンが毎回あるようだが、どれもモザイクなし・・・・。
こういう映像の方が、青少年に悪影響を与えるに決まっているのに、どこでも見れる「タバコを吸う人間」にモザイク。
こういう殺人事件やレイプ事件に繋がる残酷シーンはOK。

 何故なのか? タイの理解しがたい現実の一つである。

タイの映像関係者に、是非聞きたいといつもいつも思っている。  


Posted by バットニャオ at 02:09Comments(11)タイの日常

2008年11月08日

タイでの商売~チャン(職人・修理工)

  「チャン」・・・タイでは誰でもなれそうなこの職業名。 
実は私も、「チャン」と呼ばれるときがあるくらいだ。

 うちの店では自動車部品の販売とともに、開店当時から、『油圧ホースの作製』という看板も掲げている。
日本では作製はおろか、そんな仕事に関わったこともないのだが、旦那がやると決めた以上、そのための機械も購入し、その購入時に簡単な「油圧ホース作製のための技術指導」を受けただけで、あとは毎回が試行錯誤の連続で、ここまでやってきた。
 
そして、こういう仕事はタイでは男の仕事と決まっているのだが、何しろ従業員も雇わず二人で営業しており、旦那が頻繁に家を空けるので、「すみません、チャンがいないので出来ません。」と言うわけにもいかず、当然のように旦那の留守には私が作業するようになった。

 確か、うわんさんのブログだったと思うが、「タイの職人は未熟練工が多い」ということが書かれていた。
私も旦那も経験だけで仕事をし、「チャン」と呼ばれてしまう未熟練工の一人である。
しかし、旦那はともかく、私は自分が「チャン」と呼ばれるのはおこがましいと自覚しているので、まだ許されるだろうか? 

 ところが、たいていの「チャン」は大した腕も経験もないのに、そう呼ばれることに胡坐を掻いている人種が多い。
要は謙虚さがないのである。

 しかし、うちのような小規模な部品店を経営している身では、この「チャン」とうまく付き合うことが売り上げや店の宣伝の重要なポイントになる。

 とはいえ、開店当時は、私も旦那もまだチャンの見極め方が甘かったので、かなりの苦い体験をしている。
実は、うちの店の通称「ゴキブリファイル」を作るキッカケとなった、史上最悪のゴキブリ野郎というのが、この「チャン」なのである。

 まず、チャン・ノイ。この男は推定年齢50歳前くらいで、かなり腕はいいチャンらしい・・・。
しかし、女グセが悪く、うちで部品をツケで買って行きながら、客が支払ったお金をうちに払いに来ず、夜遊びに出かけて行って、使い込んでしまったというチャンである。
そして、その借金4,000バーツ程度を踏み倒して、そのまま夜逃げしたが、世間は狭いもので、そう遠くに行かなかったチャン・ノイの行方は、「自分の土地に間借りして住んでいるが、家賃を払わないので、車を修理させて相殺している」と、愚痴った常連客が、教えてくれた。
しかし、その後、何度も取り立てたが、のらりくらりとはぐらかし、一向に払う気はないらしい。
もう、かれこれ6年も前の話である・・・。

 次は、チャン・ノップ。この男は40~45歳くらいだろうか。
何でも改造することが得意なチャンであり、何よりも口が上手い。お世辞が得意で、心にも無いことを平気な顔で言ってのける、初対面の人間には受けのいいチャンである。
そういうわけで顧客は多かったのだが、このチャン・ノップはも女グセが悪かった。
奥さんがいて、小さい子供が2人もいるのに、外でだいぶ若いミアノイを作り、そのミアノイを本妻のところに連れて来て、一緒に住んでいたこともある女の敵のような男である。(しかし、タイではこの手の話はかなり多いが・・。)
 しかしながら、このチャンの悪いところはこの程度ではない。
直接はツケを払わないという被害しか受けていない私でさえ、「地獄に落ちろ!」と思ったくらい、このチャンは顧客を食い物にしていた。
うちで(ツケで)買った部品を数倍の金額にして客に請求する。
確かに、チャンの中には、請求し難い多少の工賃とかを部品代に上乗せして請求する場合もある。
だが、このチャン・ノップの場合は足しすぎなのである。しかも、交換していない部品まで交換したと言って、部品代と工賃を請求するという、善良な市民の敵のような男であった。
 しかし、このチャン・ノップも、何度の取立てにも調子よくお世辞を並べて誤魔化すばかりで、近所に住んでいるから、そのうち払うだろうと思っていた、旦那の甘い考えを見事に裏切って、ある晩、ミアノイとどこかに逃げてしまった。

 こういう連中に、旦那は「こういう輩は決して繁栄はしない!」といって、借金の回収ができないことを諦めようとするが、私にしてみれば、「こいつらが繁栄しようがしまいが、そんなことはどうでもいいのだ。部品代さえ払ってくれれば・・・」と思うので、こういう点で、一番身近な配偶者といえども、考え方の違いで相互理解は難しいものだとつくづく思うのである。

 そうそう、この借金に対する考え方は、タイ人と日本人では相容れないものがあるが、この話は次回に譲ることにする・・・。
   


Posted by バットニャオ at 00:49Comments(10)今日の客

2008年11月06日

コラートへの道③



              ネズミの丸焼きにかじりつくミック。
              もちろん、ヌウナーです。


・・・義母の定期検診のため、コラートに向かう私たちは、田舎道を散々満喫した後、あとはコラートまで一本道という大通りに出て、義母がいるのでいつもより少し控えめのスピード、90キロくらいで走って行った。

 コラートまで続く公道なのだが、道は往復2車線しかなく、道幅もかなり狭い。
途中すれ違う、ツアーバスなどはバスが倒れそうなほど命知らずなすごいスピードで走っているので、すれ違う私もヒヤヒヤである。

 それにタイ人の運転は、往々にして譲り合うということをしない。
普通、ヘッドライトの高さを切り替えて、パッシングという合図が行われるが、これは日本式では「お先にどうぞ」と言う意味で、相手に道を譲る行為の合図だが、タイ在住者は周知の通り、タイ式では、「危ねーぞ!気をつけろ!」とか、「出てくるな!俺が先だ!」という警告の合図である。下手をするとケンカを売っているようなものである。

タイ人の運転マナーに「ナムジャイ」の文字は無い・・・
 
 私も、こういう環境で数年運転したためか、反対車線から、こちらの車線に入って追い越そうとしている車があまり、至近距離だったりすると、もう連続でパッシングしてしまう。
そして、パッシングしながら、「バックハー!」(この野郎!)とか、「バッククワーイ、ウーイ!」(このウスノロ野郎が!)などと言う罵言がつい口をついてしまうのは、タイ生活の弊害である。(イサーン生活が長いので、決して「アイハー」とか「アイクワーイ」にはならない・・・。)

 こうして、タイ人の運転マナーの悪さに悪態をつきながら、コラートへと到着したのであった。

 
 まず、義母を病院に届ける前に、「ルアンシリ」というトラクター部品専門店で、部品の仕入れのための注文書を渡して置く。
そして、義母を病院に送り届けたのと入れ替えに、先に行って順番を取っておいたくれた、コラート在住の長兄の奥さんを乗せて買い物に行った。

 この長兄の奥さんはウボン出身だがコラートに長く在住しているので、地元のタラートなどに詳しい。
まずは、タラート・ヤーモーで食料品の買出しである。

 このタラート・ヤーモーは、「505」というルークチン(肉ダンゴ)の会社が製造直売しているディスカウントショップがあって、私の住む街の市場で買うよりも10%~20%くらい安い。
せっかく来たついでなので、数種類のソーセージや、練り物製品、生麺などを買い込もうと、店に入った。

 すると、店に入った途端、私の足元の辺りから、何か黒っぽい子猫くらいの大きさのものが飛び出して、すぐ先の冷蔵庫の下に入って行った・・・。

私は「???」と、一瞬何が現れたのか、頭の中が真っ白になった。

あの大きさ、でも、子猫にしては何だか頭としっぽの形が違うような・・・・。
大体、猫が冷蔵庫の下の5センチくらいの隙間に、潜って行くだろうか、しかも滑り込むようにして・・・。

私の混乱する頭が考えるのを拒否し、気のせいかも知れない、昨夜も遅くまでブログ書いてたりしたから、睡眠不足で幻を見たのかも・・と思い、「まあ、見なかったことにしよう・・・。」 と無視することに決め、さらに中に入って行った。

・・・すると、また、何か黒い20センチくらいの塊が、今度は私の目の前を横切って行った・・・・。

「????・・・・」

もう、これは認めるしかなかった・・・。
素早い動きながらも、今回はその正体がはっきりと見えた。

それは「都会のネズミ」だった

 タイではネズミは、「ヌウバーン」(家のネズミ)と「ヌウナー」(田んぼのネズミ)に大別される。
家のネズミは汚いと言って、ネズミ捕りの餌食になるのがオチであるが、田んぼのネズミは汚くないらしく、食用とされる。大切なご馳走なのである。普通、1キロ百バーツ以上で売買される。
私もヌウバーンが大好きなので義母が買ってきてくれたのを、よく食べるが鶏肉のような感じである。

 だが、普通、うちにいるヌウバーンは大きくても10センチくらい、これではヌウナーと同じくらいの大きさである。
ビックリして、このネズミのことを長兄の奥さんに話したら、「これはヌウバーンだけど、市場のネズミだから・・・。この市場じゃみんなそのくらいの大きさなのよ。」と教えてくれた。

 『都会のネズミ、田舎のネズミ』という童話があるが、さすがは都会のネズミ。市場と言う食料の宝庫に棲息して、種を増やすだけでなく、ものすごい進化を遂げていた。

 この広い食料品だらけのタラート・ヤーモーに、いったいどれくらいの数の「都会のネズミ」ならぬ「市場のネズミ」がいるのかと思うと、ちょっとゾッとした・・・・。
しかし、このタラート・ヤーモーがネズミたちにはこの上ない天国なのは事実である。
   


Posted by バットニャオ at 17:56Comments(14)タイの風景

2008年11月05日

ナムジャイブログとジャイダム読者

私が愛読しているこのナムジャイブログの中のいくつかのブログが、詳しい理由は分からないが、撤退することになったらしい。

例えば、ブログの名前を何度も変更したとかいう理由。

または、表現が適切でないというような理由。


これだけ言論の自由、表現の自由、思想の自由が当たり前となっている日本社会で、こういう理由で他人の自由を奪うというの

はどういうことか?

自分の気に入らない事を、他人が書いたらダメというのでは、幼児のおもちゃの取り合いのようだ


ブログの名前を何度も変更することが、誰に何の迷惑が掛かるのか知りたい。

気に入らなければ、読まなければいいではないか。

私も、昨日、新しいブログを見つけて、興味が湧いたので覗いてみたら、たったの一行、しかも、2語で終わっていたブログがあった。
はっきりいって、ちょっとガッカリだったが、それで腹が立つほど気に入らなければ、それ以後関わらなければいいだけの話。

わざわざ、「このブログは何なのだ!!」と騒ぎ立てるほどの事でもない。我々には選択する権利がある。


このナムジャイブログはどんな形であれ、タイに関わる人が集まるブログだと思う。

そういう意味で、タイの事を書くにはとても都合がいい場所だ。

タイのことを知らない読者をそれほど意識しなくて済むからだ。


「十人十色」というがいろんな人がいて当たり前だし、それでこそ面白い。

工場から出荷されるように画一的なステレオタイプばかりではつまらない。

何故、このようにいろいろなブログが混在することが許されないのだろうか?

無難なことばかり書いてある型にはまったようなブログばかりでは、ナムジャイの面白さは半減してしまうだろう。

私は、詳しい事情は知らないのだが、何故、日本の読者がそこまで関与してくるのか不思議で仕様がない。

しかも、その理由が「気に入らない」だけでは、小学生のイジメのようではないかと思う。


私は、撤退を決意された方々が、もう一度考え直されるよう願っている。


それにしても、いったいどっちがナムジャイで、どっちがジャイダムなのか・・・?
  


Posted by バットニャオ at 15:16Comments(4)

2008年11月04日

フワイ・ロッタリー(宝くじ)


 毎月、1日と16日はタイ全土で、歓声が上がる。
タイの宝くじ「フワイ=ロッタリー」の発表があるからである。

タイ人は本当に宝くじが好きだ。
宝くじに関わらない人が珍しいほどである。

ちなみに我が家の旦那は、その珍しいタイ人の一人である。
私ももちろん、買わない。

それには理由がある・・・。

 昔、旦那の母は、近所のケンカを仲裁しに入ってとばっちりで射殺されてしまった夫に先立たれ、残された子供たちを育てるために、普段はクィッティヤオ屋をやりながら、毎月の宝くじ日には裏宝くじ(俗に言う、「闇くじ」)を売って、女手一つで子供たちを育てて来た。
ここまではいい話なのだが、この宝くじを売りながら、自分もハマってしまい、売りながら、買うということで、負けが溜まったり、タイ人なので電話で買って置いて外れたら払いに来ない、当たればすぐに現金を受け取りに来るという、客のせいもあって、稼ぐどころか逆に多くの借金を作ってしまった。

 これがうちの旦那が、高校卒業後すぐに、日本に出稼ぎに行くことになった理由である。
だから、旦那の母が宝くじにハマっていなければ、私がこのイサーンにいることも無かったかも知れない・・・。
 
 ・・・と、我が家の事情はこの辺で、この宝くじ、このように、以前は政府の公式な宝くじを利用して、裏では庶民の闇くじが売られていた。
この闇くじの弊害を重く見た政府が・・というと聞こえはいいが、この闇くじの購入層も政府の宝くじの購入層に取り込んでしまおうという政府の政策で、政府公認の闇くじ同様の宝くじ制度が加えられた。

 もともと、闇くじというのは、政府が発表した当選番号の上2桁または3桁、下2桁、3桁を利用して、その地域の元締めを中心に庶民がその元締めとの連絡係になっている代理の母のような人のところで、「上2桁、57」とか「下3桁、366」とかいう風に、メモ書きにして、お金を支払っていくものであり、つまりは地元で自分たちだけで勝手に行っている宝くじである。
買い方も、「上2桁、57」と「反対(=つまり数字を入れ替えて)75」という風な買い方をする人も多い。買う金額は20バーツだとか100バーツだとかだが、当たれば何倍にもなるので、数万から数十万も稼ぐ人もいる。

・・・何故こんなに詳しいのかと言うと、以前義母と旦那抜きで同居したときに、嫁の務めとして、義母の手伝いをさせられたからである。・・・私は日本人なのに・・・そういうことはタイ人の嫁に譲って欲しい。
毎月、1日と16日の前後は忙しくなる。当日は一日中机に向かって、買いに来る客の言う数字を書き上げて行く。
数字なので、一個でも間違えたら大変なことになる。責任重大である。

 そういうわけで、私は宝くじを嫌っている。
よく、板で出来た宝くじを貼り付けたかばんを抱えて売りに来る人がいるが、私は「興味ない」といつも冷たくあしらっている。

 
 ところで、この闇くじも先に書いたように、最近は政府公認の宝くじになった・・というか政府が関与するようになったため、元締めやその代理の母たちも政府に登録制となった。
これで、今はせいせい堂々と宝くじを売れるようになったが、以前はたまに警察のガサ入れがあったり、何度か密告で警察に捕まったこともある。・・・とは言っても、所詮はタイの警察、単に小遣いが欲しいだけの事なので、罰金を払ってすぐに釈放となるのだが・・・。

 宝くじは嫌いと言う私と旦那だが、ひとつだけ宝くじの恩恵を甘んじて受けてしまうことがある。
それは、旦那の一番上の兄が、いつも500バーツくらい宝くじを買うのだが、今まで2回大当たりして、5万バーツくらい儲けたときに、甥や姪である、我が家の日本のハーフの子供たちに、コラートの日本食レストラン「Fuji」で、食べ放題でご馳走してくれたことである。
 日本から来た当初こそ、月一くらいで行った日本食レストランだが、この不景気も手伝って、この数年は半年に1度行くかどうかというくらいに足遠くなっていた。
そんな事情を知ってか、甥や姪を喜ばそうという伯父さんのナムジャイである。
その日は、長女も遠慮せず、一杯60バーツもするジュースを頼んだが、気前のいい長兄は何も言わず笑っていた。
2家族と義母の大人数だったせいもあるが、しめて5千バーツ近くの出費。
給料が2万バーツちょっとの駅員をしている長兄には考えられない食事代だが、これも宝くじのお陰。

・・・それにしても、宝くじというのは、当たった分より損した分のほうが多いような気がするのは私だけだろうか?

  


Posted by バットニャオ at 03:42Comments(6)親戚の人々

2008年11月03日

コラートへの道②

 
 ①からの続き・・・・

 ブラジャーでうろちょろする義母が、よそ行きの上着を着て、下もいつものパトゥン(腰巻布)ではないスカートを履いて、無事支度が完了したので、いざ出発した。
 ここで、私たちが迎えに来るのはわかっているのだから、支度して待っているべき・・・というのは日本的な価値観で、迎えが来てから支度を始める・・・などというのはもう当たり前の事であるので、気にはしない。そういうことを気にしていると、少なくともイサーンの田舎ではやっていけない、血圧が高騰するか、ストレスで胃に穴が開くのがオチである。
 何事も「マイペンライ・・(気にしない・・)」いや、「ボペンニャン(ボペンイーヤン)」(イサーンの方言で「マイペンライ」)でやり過ごすのが、ここイサーンで生きる道である。

 そうして、義母の家を出発して村の外れまで来たとき、車二台がすれ違う程度の幅の道路の反対車線にいた車が、急に私の車線に入ってきて、そのまま前進して来たので、このままでは当然正面衝突なので、私が反対に相手の車線に出てやり過ごそうとしたところ、今度は私が避けたほうの車線にハンドルを切ってきた・・・。
「何だ、コイツ・・・ケンカ売ってるのか・・?」と一瞬ムカッとしたが、ムカついてる場合ではないので、アクセルを踏んでぶつかる前に通り過ぎた。
隣の母が「何だ、あいつは!ブンワーイ村の奴じゃないの!帰ってきたら、罵倒してやらなきゃ!!」と鼻息を荒くしていたので、この運転手の始末は義母に任せることにした。

 いきなりの「タイ流・・自分が行きたい道を行く・・・」という無法運転に、少々テンションが下がったが、気を取り直してコラートへと出発した。
 
 ところで、この義母宅からコラートへ行く道は2つあって、一つは義母お勧めの「道は悪いが、20キロくらい距離が近い」道で、もう一つは大通りに戻って、「道はいいが、遠回り」の道がある。
私としては、後者の「運転しやすい道」を行きたいのだが、義母は「近道派」なので、もちろん姑に逆らうわけにはいかず、今回も2年前に舗装はされたものの、すでに50%くらいがボロボロに陥没している、昔の砂利道時代より性質の悪い「欠陥舗装道路」を行くことになった。

 この道路も前回のスーパーマリオの続きで、ここからは、朝の牛の出勤時間帯にかかってしまうので、とにかく牛の群れでたびたび足止めを喰らうことになる。
距離としては10キロくらいの道で、少なくても1キロ以内、多いときは100メートル進まないうちに、次の牛の群れに出くわす。
いちいち停車して5分くらいはロスするので、私としてはこれだけでも、遠回りの道を行ったほうが早いと思うのだが、単純に距離だけで近いと主張する義母には通用しない・・・。牛の群れに出くわすのは、当たり前過ぎて、義母を始めここ人々の頭の中には、「牛の群れを待つのは時間の無駄」という意識はないようである。
 しかも、この牛の群れをやり過ごして、「飛ばすぞー!!」と思っても、造成時にすばらしくアスファルトを節約したらしい道は、出来てからまだ2年も経っていないのに、至るところに直径50センチから1メートルくらいの穴が開いており、ちょっと調子よく飛ばそうものなら、車自体がジャンプしてしまう。
アウトドア派ならそれもいいのだが、義母を病院に連れて行く私としては、できるだけ車がガタゴトしないように、静かに運転しなければならない。
 はっきり行って、非常に疲れる・・・。もともと多少は近視で眼鏡を掛けて運転しているのだが、その目を皿のようにして、前方に出現する穴ぼこを避けて、左右にハンドルを切りまくる・・・・。
それでも、敵は手強く、穴ぼこが4~5個、道路の端から端まで続いてるところもある。これには私もさすがにお手上げである。

と、そんな田舎道を10数キロ行ったところで、ようやく普通の道路に出られた。

ここからしばらくは快適に飛ばして、ようやくコラートの街に到着したのであった・・・・。
時間にして、義母の家から約2時間、自宅を出てからは3時間弱が過ぎていた。

                                             またもや、つづく・・・・・。


  


Posted by バットニャオ at 02:25Comments(6)タイの風景

2008年11月02日

タイでの商売⑤


 昨夜、PCに向かっていたときの事。

私のいる居間とガラスで隔てられた店内の事務机の電話が鳴った。

ブログなどを書いていると時間を忘れるので、「?・・・今何時?」といぶかりながら時計を見たら、夜中の0時過ぎだった。

こんな夜中に何事かと、しつこく鳴っている電話を取ると、

「すみません・・。今からベアリングを買いに行きたいんですが、開けてもらえますか?」

と馴染みの修理工の声。

たまたま、私たちが起きていたからいいようなものの、寝ていたら、旦那はきっとキレていただろう。

あまりにも非常識な時間の呼び出しに、返す言葉も無い。

確かに、真夜中だって車は走っているから、故障することもあるだろう。

でも、普通、朝まで待つのが常識と言うものでは・・・?

うちは24時間営業のコンビニではないのだから。

・・・数分後にシャッターを開けると、その修理工が来た。

お買い上げはベアリング一個、200バーツ也。

だが、こんな夜中に叩き起こして(起きてたけど・・)おいて、現金は持参してないので、

「いつもどおりツケにしておいてくれ。」と言う。

呆れてものが言えない・・・と思うが、こういうパターンが普通なのである。

夜中の思いがけない故障で、車の持ち主自体が部品代や修理代を払うほどの現金を持って来ていないという場合が多い。

顔見知りならいいが、通りがかりの車で、そのまま、修理代や部品代を払わずに消える場合も多い。

うちも対策として、IDカードや免許証を預かろうとするが、持参していない・・という人も多い。

あとは、本人の良心に頼るのみだが、こんなに篤い仏教徒でありながら、そのまま知らん顔をする人もかなりいる。

だから、私は一度は通い始めた寺通いも、朝晩の座禅も馬鹿馬鹿しくなったのだ。


それはそうと、昨日初めて、うちの旦那が、表に都合のいい客を批判する張り紙を貼った。

「お願い・・・現金があるときには他の店に行って、当店を思い出しもしない皆さん、現金が無いときばかりでなく、あるときに
も、当店を思い出してください。」

どういう反応があるか楽しみだ・・・。  


Posted by バットニャオ at 18:42Comments(8)今日の客

2008年11月01日

コラートへの道①

 今日は、旦那のお母さん、つまり義母を、コラートにある『スラナリー軍人病院』まで連れて行くために、コラートへ出掛けた。

今日は予約時間にいつもより余裕があって、朝、7時過ぎに家を出て、45キロ離れた旦那の実家の村に義母を迎えに行った。

 いつも、思うのだが、タイの田舎道は運転しているだけで、「スーパーマリオ」のゲームで遊んでいるようなスリルが味わえる。

ただ、普通に90キロくらいで運転していると、目の前の道路にニワトリが飛び出してくる・・・。

危ない!!とハンドルを切ってかわしたら、続いて2羽、3羽と飛び出してくる・・・。ヒヨコが5,6匹続いてくることもある。

 それでも、なんとかブレーキをかけたり、ハンドルを切ってかわしてたと思ったら、次はカニが出てくる・・・。カエルも飛び出す。

ヘビも這って出てくる・・・。キリがないのだ、この田舎道は。

 更には、発情期の犬がケンカして噛みあったり、いきなり路上で交尾してくっついたままになっていたりする・・・。

もう、何とかしてくれ・・・・と空を仰ぎたい思いであるがそんなことを言っても、犬やニワトリ、その他の障害物はいなくならないので、ひたすらハンドルを切る。

 ニワトリや犬は、車の前方が傷つくのでともかくとして、カニ、カエル、ヘビなんかは、本当は轢いてしまっても構わないのだが、やはり良心が痛む・・というより、気分が悪いので、やはり踏まないように最善の努力を尽くす。

 その結果、旦那の実家に着くまでに体力の半分以上を使い果たしている結果となる。

 そうして、ようやく公道に出て、だいぶ快適な運転になったところで、ガソリンを入れた。

最近は一時のガソリン代高騰からだいぶ下がったのを実感した。満タンで500バーツくらい違ったからである。

 ところで、末っ子のミックはこういうところで、スタンドのお姉さんにまたも、「ヘイ!か~の~じょ~!!」と叫んでいた、恥ずかしい奴である。でも、2歳児のかわいさには何でも許されるのである。

 と言っている間に、旦那の実家に着き、義母を迎えに出たら、義母はまだ着替え中で、スカートは履いていたものの、上はブラジャーで出てきた。
まあ、こういう顔見知りばかりの田舎の村だから、許されるのか・・・もう慣れてはいるけれど、男の人が来ても平気なんだろうな・・・と思って見ていた。

 そうして、義母を乗せてコラートへと出発したのであった・・。

                                                      つづく。  


Posted by バットニャオ at 00:41Comments(6)タイの風景