2014年01月11日
お葬式
ご無沙汰しております。
もう、十日以上も過ぎてから、今更…と言う感じなのですが、改めまして、新年、明けましておめでとうございます。
確か前回の更新が10月下旬の事で、それ以来、また書こうと思っては、その気が失せ、また書いてみようと思うのに、いざとなると行動に移せない…、そんんな日々の繰り返しでした。
そう言う今夜も、このナムジャイのページを開くのに、かなりの躊躇がありました。
この少し前に、偶然開いた、私と同じチャイヤプムのある村に嫁入りした女性のブログを見つけ、それを少し読んでみたら、「ああ、ブログとはこういう風に読んでいる人の興味をそそるような観光ガイド的な記事を書くものなのかも知れないな…。」などと、また自分の書いて来たストレス放出ブログに対し、自己嫌悪に陥って、やはりこのまま消え入った方がいいのでは?と思えて来たのです。
しかし、今まで沢山のコメントを下さった皆さんに対し、逃げるようにブログを辞めるのもどうか…と思い、今回の更新になった訳です。
さて、先日書こうと思っていた事ですが、先週の頭に、近所のタイヤ屋さんのご主人が亡くなりました。
4年前に逝った私の父と同じく、肝臓ガンだったそうです。
確か我が家がここに越して来て、店を始めた頃には、毎晩夜の10時過ぎまで、タイヤを交換する為の機械の音が響いていました。
その頃は、まだ働き盛りで、ガンガン働いている…という印象でしたし、体型も中肉中背よりも、少し肉付きが良いくらいでしたが、ここ数年体調が悪くなったと聞いた頃から、極端に痩せて行き、ここ1年くらいは、遠目には細身の少年
かと見まがうほどの、痩せようでした。
そのご主人は、タイ南部の出身。
我が家の隣に住む義姉の主人も南部スラーターニーの出身で、同郷同士、仲良くしていたようでした。
共通点はそれだけではなく、お互いにイサーン人の奥さんに頭が上がらないと言うのも同じ。
義姉も、その亡くなったタイヤ屋の奥さんも、女傑と言うのか、どこの男も恐れるような怖いものなしのイサーン女です。
お互い、奥さんの故郷に婿入りして来て、働くだけ働かされて、なんとも可哀想な南部男でした。
まあ、そんな事をお葬式の準備期間を含めた数日間考えていたら、私自身の行く末へと考えが向かい、仮に私の寿命が尽きた後、私は自身の遺体をどういう風に扱われたいのか…と言うか、扱われたくないのかを考えました。
まず、タイ式のお葬式をして欲しくない。
でも、遺体はそのままでは困るから、海に流してもらう?水葬…などと思ってみても、ここイサーンは海から程遠いので、無理だろう…。
やはり遺骨となって、どこかに埋めてもらうしかないのかも知れないが、主人の田舎のお寺にある墓には入るのは嫌だ。
死後まで、この親戚付き合いを続けたくはない。
しかし、そこに入らないと、子供たちに墓参りしてもらえないだろう…。
出来れば、日本の実家の近くのお寺の墓に、父や祖母たちと一緒に入りたいと思うが、それには子供の誰かにそこまで運んでもらわなければならない…。
それに、子供たちも墓参りなどには到底行けないだろう…。
などと言う、思考の渦に嵌ってしまいました。
まあ、タイの主人の実家の寺の墓に入ると言うのは、義母が買ってある墓地は全部で4つで、今のところすでに義父がその一つに入っているので、残りは3つ。
タイの墓地は、日本の「何々家之墓」に一族で入ると言うのと違い、基本的に一人で一つの墓標を使うそうです。
順番から言えば、そこに入る可能性はないのですが、主人はまた買い足すと言っていて、大きな墓地を買い占めて、そこに家族親戚で、一緒に遺骨を入れる日本のような墓にするそうなので、そこに入れられるのはご免だ…と思ってしまいます。
と、こんなところがとりあえずの近況報告です。
まだ気持ちが纏まらず、この先どうするのか決めかねていますが、そのときまで、ゆっくりとお付き合いください。
もう、十日以上も過ぎてから、今更…と言う感じなのですが、改めまして、新年、明けましておめでとうございます。
確か前回の更新が10月下旬の事で、それ以来、また書こうと思っては、その気が失せ、また書いてみようと思うのに、いざとなると行動に移せない…、そんんな日々の繰り返しでした。
そう言う今夜も、このナムジャイのページを開くのに、かなりの躊躇がありました。
この少し前に、偶然開いた、私と同じチャイヤプムのある村に嫁入りした女性のブログを見つけ、それを少し読んでみたら、「ああ、ブログとはこういう風に読んでいる人の興味をそそるような観光ガイド的な記事を書くものなのかも知れないな…。」などと、また自分の書いて来たストレス放出ブログに対し、自己嫌悪に陥って、やはりこのまま消え入った方がいいのでは?と思えて来たのです。
しかし、今まで沢山のコメントを下さった皆さんに対し、逃げるようにブログを辞めるのもどうか…と思い、今回の更新になった訳です。
さて、先日書こうと思っていた事ですが、先週の頭に、近所のタイヤ屋さんのご主人が亡くなりました。
4年前に逝った私の父と同じく、肝臓ガンだったそうです。
確か我が家がここに越して来て、店を始めた頃には、毎晩夜の10時過ぎまで、タイヤを交換する為の機械の音が響いていました。
その頃は、まだ働き盛りで、ガンガン働いている…という印象でしたし、体型も中肉中背よりも、少し肉付きが良いくらいでしたが、ここ数年体調が悪くなったと聞いた頃から、極端に痩せて行き、ここ1年くらいは、遠目には細身の少年
かと見まがうほどの、痩せようでした。
そのご主人は、タイ南部の出身。
我が家の隣に住む義姉の主人も南部スラーターニーの出身で、同郷同士、仲良くしていたようでした。
共通点はそれだけではなく、お互いにイサーン人の奥さんに頭が上がらないと言うのも同じ。
義姉も、その亡くなったタイヤ屋の奥さんも、女傑と言うのか、どこの男も恐れるような怖いものなしのイサーン女です。
お互い、奥さんの故郷に婿入りして来て、働くだけ働かされて、なんとも可哀想な南部男でした。
まあ、そんな事をお葬式の準備期間を含めた数日間考えていたら、私自身の行く末へと考えが向かい、仮に私の寿命が尽きた後、私は自身の遺体をどういう風に扱われたいのか…と言うか、扱われたくないのかを考えました。
まず、タイ式のお葬式をして欲しくない。
でも、遺体はそのままでは困るから、海に流してもらう?水葬…などと思ってみても、ここイサーンは海から程遠いので、無理だろう…。
やはり遺骨となって、どこかに埋めてもらうしかないのかも知れないが、主人の田舎のお寺にある墓には入るのは嫌だ。
死後まで、この親戚付き合いを続けたくはない。
しかし、そこに入らないと、子供たちに墓参りしてもらえないだろう…。
出来れば、日本の実家の近くのお寺の墓に、父や祖母たちと一緒に入りたいと思うが、それには子供の誰かにそこまで運んでもらわなければならない…。
それに、子供たちも墓参りなどには到底行けないだろう…。
などと言う、思考の渦に嵌ってしまいました。
まあ、タイの主人の実家の寺の墓に入ると言うのは、義母が買ってある墓地は全部で4つで、今のところすでに義父がその一つに入っているので、残りは3つ。
タイの墓地は、日本の「何々家之墓」に一族で入ると言うのと違い、基本的に一人で一つの墓標を使うそうです。
順番から言えば、そこに入る可能性はないのですが、主人はまた買い足すと言っていて、大きな墓地を買い占めて、そこに家族親戚で、一緒に遺骨を入れる日本のような墓にするそうなので、そこに入れられるのはご免だ…と思ってしまいます。
と、こんなところがとりあえずの近況報告です。
まだ気持ちが纏まらず、この先どうするのか決めかねていますが、そのときまで、ゆっくりとお付き合いください。
Posted by バットニャオ at
22:53
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