2012年07月19日
ビザ更新手数料の理由
ビザの更新期限が今月18日までだったので、先週の13日に毎年のことながら、久々に午後から店を閉め、主人と揃ってコーンケーンの入国管理局の出張所まで出頭して来た。
本当にタイの入管と言うのは、外国人に不親切で評判が悪いが、ここコーンケーンも例外ではなく、ここに来るたびに「私がタイに居られるのは、入管さまのおかげです。」とでも言わされそうな、卑屈な気分になるから不思議である。
今から十年前、タイに移住してからしばらくの間は、ここイサーンの住人たちも、バンコクのスワンプルーのご本家まで出向かなければならなかった。
そこに通って数年後、今度はコラートに分家が出来たという噂を聞き、その頃はネットもなかったので、半信半疑のままコラートの親戚に聞きに行ってもらってから出掛けた。
ところが、この後数年は、コラートからルーイへ、ルーイからコーンケーンへ…と入管ジプシーをする羽目になったのが、このチャイヤプムに住む外国人の運命だった。
コーンケーンに落ち着いて、今年で2年目。
今のところ、まだ移動の話は来ていないが、この先どうなるか分からないのがタイの入管である。
さて、話は戻るが、今回のビザ更新も、毎年のことながら多少の必要書類の変更などがあって、昨年から家族の写真が加わったのだが、電話での説明では「รูป(写真)」としか言われなかったので、家の中で夕食後の一瞬に4枚続けて携帯で撮り、それをA4の用紙に印刷して行ったらダメ出しを喰らった。
我が家は年中無休なので、どこかに出掛けることなどほとんどない。それに、子供も帰りが遅く、なかなか撮る時間も無かったので行く前の日になって急いで撮り、それをA4の用紙に貼るのは分かっていたので、わざわざA4に印刷して持って行ったのだったが…。
とにかく、その写真のせいで昨日17日にもう一度出直しとなった。
我が家にとっては、今更家族の写真が何なのか?と言う感じである。
一体、入管は家族の集合写真に何を求めているのか?
それに家の前で撮れだとか、アングルを変えて撮れだとか、最初に言わないくせに後から後から文句をつけて来る。
だったら先に言え!と言いたいのをこらえて、主人がヘコヘコしているのを見ていた。
さて、17日に出直したのだが、私が一人で行こうと思ったら、「一緒に行って欲しい?」などとしつこく聞いて来るので、私は店番でもしていてくれた方がいいのに…と思いながらも、まあ、そんなに運転手になりたいのなら、私も、精神的には疲れるが身体的には楽だし、いいか…とまたもや一緒に行くことになった。
ところが実際行ってみると、先日いちゃもんを付けた入管のオヤジ職員は一服していたらしく、受付のお姉さんはパソコンで遊んでいるので、勝手に順番のボタンを押したら、怖めの女性入管職員が応対した。
しばらくすると、先日私にダメ出しをしたオヤジ職員が裏から現れたのだが、あまりのタバコ臭さに一服していたのが見え見え、その後も書類を待つ間にトイレと言って席を外したが、やはり戻るとタバコ臭が充満していたので、余程の中毒症のようだった。
さて、このオヤジ職員の行動が今回のテーマなのだが、この2回目の出頭では、さすがに書類の不備はなかったものの、コピーし直したりしてサインをする書類がほとんどだったので、なかなか手間取った。
しかし、もう書類は揃ったのでビザの手数料額を先に言われ、そのために2,000バーツを机の上に置いたのだが、なかなか納めようとはしない。
私は、これで風でも吹いて飛んで行ったら困ると、必死に見守っていた。
すると、そのオヤジ職員に先ほどの怖め女性職員が何かの金額のことで話しかけて来て、オヤジが机の引き出しから数千バーツを出して数え始めた。
そのときに、百バーツ札なども出したので、私はてっきり私の手数料の釣り銭を用意しているのかと思ったが、数えただけでその百バーツ札の束は戻してしまった。
それでも、まだ2,000バーツは机の上に置いたまま…。
私は気にしながらもサインを続け、向こうも「さて、じゃ、手数料1,900バーツね。」と言った。
確かに言った。
そして、私ももう一度、「1,900バーツですね?」と、今年も上がってなかったのだな…と思いながら、やっと机の上に出したままだった2,000バーツを渡した。
オヤジ職員はそれを受け取ると、パスポートのページにビザ更新の判子を押しながら、
「あ、そうそう、この90日レポートも一緒に書いて行きなさい。手間が省けるから。」
と、有無を言わせず、私にさらに90日レポートの書類を書かせた。
しかしこの90日レポートは、先月提出したばかりでまだひと月ほどしか経っていなかった。
毎回、郵送で済ませている私には、ここで新たに提出して行くのは、よく考えるともったいない気がしたのだが、入管職員の言うことに下手に逆らって、意味も無く滞在不許可にでもなったら大事なので、まあ、目を瞑って従うことにした。
ところが、今から考えれば、これらのオヤジ職員のモタモタした行動すべてが、作戦だったのだ。
私に、新たな書類を書かせてそれを受け取ると、ニコニコと満面の笑みで、「さて、今度は来月の17日だよ。おい、坊主(一緒にいたミックのこと)、来月は手みやげにトラクターの足でも煮たのを持って来てくれよ。」と変な冗談を言って終わりにしようとした。
おい!あんたまだお釣返してないよ!
と心の中で叫んだが、考えてみると、すべての行動が怪しかった。
時間を稼いで、話を逸らして、最後は変な冗談でお茶を濁して…。
ああ、このオヤジはいつもこうやって小遣い稼ぎをしているんだな…。
一日、何人がこうしてカモになるのかな?
ファランは怖いもの知らずだろうから抗議するだろうか?
そしたら、このオヤジは「ソーリーソーリー…ハハハ。」などと誤摩化しながら、「チッ!」とか思って釣り銭を返すのだろうか?
一人100バーツ、一日5人くらい引っ掛かれば、ひと月で1万バーツくらいいくかな?
そりゃあ、いい小遣い稼ぎだな…。
などと心の中で考えながら、今までの遠慮した表情とは打って変わって、冷たい視線でそのオヤジを見据えている自分がいた。
普通なら、始めにも帰るときにもワイ(合掌)して出て来るのだが、侮蔑の表情を見せないように、子供を急かす振りをして早々に退出した。
表に出ると、主人が待っていたので、「ねえ、ビザ代2,000バーツ取られたよ、お釣返さないの!」と言うと、主人はさすがタイ人、「ああ、別に構うなよ。さ、帰ろう。」と、当たり前のように受け止めていた。
確かに、たかが100バーツと言われればそれまでだが、何だか騙しとられたようで気分が悪い。
すっきりしないというか、何だか納得行かないな…と思ったが、しつこく言うとうるさがられて、主人の逆切れを引き起こすことになるので、私の心の中にしまって、これ以上主人に話すのは止めにした。
帰りの車の中で、一人考えていた。
数年前、500バーツだったビザ更新手数料が一気に1,900バーツに上がったが、私はどうもこの「1,900」という数字が気に入らなかった。
何で、2,000バーツにしないのか?
スーパーの値札じゃあるまいし、切りが悪い。
ところが、数年前コラートの入管に来たときに、ちょうど昼時に掛かりそうな時間になってしまったことがあり、そのときの女性職員に、手数料を払うときに、主人が釣り銭だった100バーツを「昼飯代にでも…。」と言って、気持ちとして渡したことがあった。
そうか!…そのときと今回が繋がった。
この半端な金額は、その釣り銭である100バーツが、あわよくば入管の職員に入る仕組みになっているのではないか?
タイ人は、普通でもレストランなどでチップを渡す習慣がある。
まあ、そういう場合のチップは釣り銭の端数などで一回に数十バーツ程度だが、この入管の釣り銭の100バーツもそういう意図で仕組まれた金額だったのではないか?と思えて来たのである。
少なくとも、このコーンケーンのオヤジ職員はその恩恵にあやかって、甘い汁を啜っているわけだ。
まあ、この金額を決めた人は、「そんなことはない!」と言うかも知れないが、それも単なる言い訳にしか聞こえないのが、このタイのお国柄というところである。


ここがそのオヤジ職員の机。
裏ブログ?
イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
より深い、タイ人、イサーンへの理解を願って・・・・ランキングに参加しています。

本当にタイの入管と言うのは、外国人に不親切で評判が悪いが、ここコーンケーンも例外ではなく、ここに来るたびに「私がタイに居られるのは、入管さまのおかげです。」とでも言わされそうな、卑屈な気分になるから不思議である。
今から十年前、タイに移住してからしばらくの間は、ここイサーンの住人たちも、バンコクのスワンプルーのご本家まで出向かなければならなかった。
そこに通って数年後、今度はコラートに分家が出来たという噂を聞き、その頃はネットもなかったので、半信半疑のままコラートの親戚に聞きに行ってもらってから出掛けた。
ところが、この後数年は、コラートからルーイへ、ルーイからコーンケーンへ…と入管ジプシーをする羽目になったのが、このチャイヤプムに住む外国人の運命だった。
コーンケーンに落ち着いて、今年で2年目。
今のところ、まだ移動の話は来ていないが、この先どうなるか分からないのがタイの入管である。
さて、話は戻るが、今回のビザ更新も、毎年のことながら多少の必要書類の変更などがあって、昨年から家族の写真が加わったのだが、電話での説明では「รูป(写真)」としか言われなかったので、家の中で夕食後の一瞬に4枚続けて携帯で撮り、それをA4の用紙に印刷して行ったらダメ出しを喰らった。
我が家は年中無休なので、どこかに出掛けることなどほとんどない。それに、子供も帰りが遅く、なかなか撮る時間も無かったので行く前の日になって急いで撮り、それをA4の用紙に貼るのは分かっていたので、わざわざA4に印刷して持って行ったのだったが…。
とにかく、その写真のせいで昨日17日にもう一度出直しとなった。
我が家にとっては、今更家族の写真が何なのか?と言う感じである。
一体、入管は家族の集合写真に何を求めているのか?
それに家の前で撮れだとか、アングルを変えて撮れだとか、最初に言わないくせに後から後から文句をつけて来る。
だったら先に言え!と言いたいのをこらえて、主人がヘコヘコしているのを見ていた。
さて、17日に出直したのだが、私が一人で行こうと思ったら、「一緒に行って欲しい?」などとしつこく聞いて来るので、私は店番でもしていてくれた方がいいのに…と思いながらも、まあ、そんなに運転手になりたいのなら、私も、精神的には疲れるが身体的には楽だし、いいか…とまたもや一緒に行くことになった。
ところが実際行ってみると、先日いちゃもんを付けた入管のオヤジ職員は一服していたらしく、受付のお姉さんはパソコンで遊んでいるので、勝手に順番のボタンを押したら、怖めの女性入管職員が応対した。
しばらくすると、先日私にダメ出しをしたオヤジ職員が裏から現れたのだが、あまりのタバコ臭さに一服していたのが見え見え、その後も書類を待つ間にトイレと言って席を外したが、やはり戻るとタバコ臭が充満していたので、余程の中毒症のようだった。
さて、このオヤジ職員の行動が今回のテーマなのだが、この2回目の出頭では、さすがに書類の不備はなかったものの、コピーし直したりしてサインをする書類がほとんどだったので、なかなか手間取った。
しかし、もう書類は揃ったのでビザの手数料額を先に言われ、そのために2,000バーツを机の上に置いたのだが、なかなか納めようとはしない。
私は、これで風でも吹いて飛んで行ったら困ると、必死に見守っていた。
すると、そのオヤジ職員に先ほどの怖め女性職員が何かの金額のことで話しかけて来て、オヤジが机の引き出しから数千バーツを出して数え始めた。
そのときに、百バーツ札なども出したので、私はてっきり私の手数料の釣り銭を用意しているのかと思ったが、数えただけでその百バーツ札の束は戻してしまった。
それでも、まだ2,000バーツは机の上に置いたまま…。
私は気にしながらもサインを続け、向こうも「さて、じゃ、手数料1,900バーツね。」と言った。
確かに言った。
そして、私ももう一度、「1,900バーツですね?」と、今年も上がってなかったのだな…と思いながら、やっと机の上に出したままだった2,000バーツを渡した。
オヤジ職員はそれを受け取ると、パスポートのページにビザ更新の判子を押しながら、
「あ、そうそう、この90日レポートも一緒に書いて行きなさい。手間が省けるから。」
と、有無を言わせず、私にさらに90日レポートの書類を書かせた。
しかしこの90日レポートは、先月提出したばかりでまだひと月ほどしか経っていなかった。
毎回、郵送で済ませている私には、ここで新たに提出して行くのは、よく考えるともったいない気がしたのだが、入管職員の言うことに下手に逆らって、意味も無く滞在不許可にでもなったら大事なので、まあ、目を瞑って従うことにした。
ところが、今から考えれば、これらのオヤジ職員のモタモタした行動すべてが、作戦だったのだ。
私に、新たな書類を書かせてそれを受け取ると、ニコニコと満面の笑みで、「さて、今度は来月の17日だよ。おい、坊主(一緒にいたミックのこと)、来月は手みやげにトラクターの足でも煮たのを持って来てくれよ。」と変な冗談を言って終わりにしようとした。
おい!あんたまだお釣返してないよ!
と心の中で叫んだが、考えてみると、すべての行動が怪しかった。
時間を稼いで、話を逸らして、最後は変な冗談でお茶を濁して…。
ああ、このオヤジはいつもこうやって小遣い稼ぎをしているんだな…。
一日、何人がこうしてカモになるのかな?
ファランは怖いもの知らずだろうから抗議するだろうか?
そしたら、このオヤジは「ソーリーソーリー…ハハハ。」などと誤摩化しながら、「チッ!」とか思って釣り銭を返すのだろうか?
一人100バーツ、一日5人くらい引っ掛かれば、ひと月で1万バーツくらいいくかな?
そりゃあ、いい小遣い稼ぎだな…。
などと心の中で考えながら、今までの遠慮した表情とは打って変わって、冷たい視線でそのオヤジを見据えている自分がいた。
普通なら、始めにも帰るときにもワイ(合掌)して出て来るのだが、侮蔑の表情を見せないように、子供を急かす振りをして早々に退出した。
表に出ると、主人が待っていたので、「ねえ、ビザ代2,000バーツ取られたよ、お釣返さないの!」と言うと、主人はさすがタイ人、「ああ、別に構うなよ。さ、帰ろう。」と、当たり前のように受け止めていた。
確かに、たかが100バーツと言われればそれまでだが、何だか騙しとられたようで気分が悪い。
すっきりしないというか、何だか納得行かないな…と思ったが、しつこく言うとうるさがられて、主人の逆切れを引き起こすことになるので、私の心の中にしまって、これ以上主人に話すのは止めにした。
帰りの車の中で、一人考えていた。
数年前、500バーツだったビザ更新手数料が一気に1,900バーツに上がったが、私はどうもこの「1,900」という数字が気に入らなかった。
何で、2,000バーツにしないのか?
スーパーの値札じゃあるまいし、切りが悪い。
ところが、数年前コラートの入管に来たときに、ちょうど昼時に掛かりそうな時間になってしまったことがあり、そのときの女性職員に、手数料を払うときに、主人が釣り銭だった100バーツを「昼飯代にでも…。」と言って、気持ちとして渡したことがあった。
そうか!…そのときと今回が繋がった。
この半端な金額は、その釣り銭である100バーツが、あわよくば入管の職員に入る仕組みになっているのではないか?
タイ人は、普通でもレストランなどでチップを渡す習慣がある。
まあ、そういう場合のチップは釣り銭の端数などで一回に数十バーツ程度だが、この入管の釣り銭の100バーツもそういう意図で仕組まれた金額だったのではないか?と思えて来たのである。
少なくとも、このコーンケーンのオヤジ職員はその恩恵にあやかって、甘い汁を啜っているわけだ。
まあ、この金額を決めた人は、「そんなことはない!」と言うかも知れないが、それも単なる言い訳にしか聞こえないのが、このタイのお国柄というところである。


ここがそのオヤジ職員の机。
裏ブログ?
イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
より深い、タイ人、イサーンへの理解を願って・・・・ランキングに参加しています。

2012年07月07日
息抜き
このところ、どうも年齢のせいか夜に弱くなり、子供を寝かしつけている間に自分が先に寝てしまい、夜中のパソコンタイムはすっかりご無沙汰になっていた。
とは言え、これはサボリの言い訳にしかならないので、何とかしなければ…と思う今日この頃である。
ところで実は一昨日、久々の義母の通院で、コラートに出掛けて来た。
最初は最近富みに億劫病が悪化しているせいか、もう面倒で、「自分の親なんだから、主人が自分で行けばいいのに、私と行くより主人と母子水入らずの方が義母も楽しいに決まっているのに。大体私は一応外国人嫁だし、片道2時間も乗ってたら、会話も尽きるって…。」とか、「いつも帰りのまっすぐな道で居眠りしそうになるし、長時間の運転で頭が痛くなるから。」などと様々な言い訳をして、何とか主人に行かせようと思ったのだが、主人は店のハイドリックホースの製作で、大きなサイズが来たら私が一人では大変だろうと譲らず、結局は私が行くことになった。
当日は、自分が行くときは私に店を閉めて送って行けと置いて行くミックも、送り迎えが出来ないから…と学校を休ませて連れて行くように言うので、ミックと二人で朝6時過ぎに出掛けた。
義母を迎えに行き、いつもは穴だらけの裏道を行かなければならないのだが、今回は義母の気が変わって、多少遠回りではあるが国道を行くことになり、穴ぼこを避けてハンドルを左右に切りまくる運転ではなかったので、だいぶ楽に行けた。
そして、いつもは多少の会話が途切れると「シ〜ン…」としてしまう車内も、数ヶ月前に主人が奮発して取り付けたカーステレオのおかげで、私は自分のお気に入りのCDを準備して行ったので、快適なドライブが出来た。
そして、今回の私に衝撃的だったのが、久々のショッピングセンターの空気だった。
それも、チャイヤプムにもある「テスコロータス」なのだが、入った途端に、チャイヤプムのロータスとは違い、十数年前にパトゥムタニーに住んで居た頃、よく通ったランシットのフューチャーパークを思い出させる空気と言うか、匂いに包まれた。
急に、その頃子供たちと楽しく買い物に出掛けたことを思い出し、とても懐かしく、わくわくするような気持ちになった。
あの頃は、今のように仕事もしていなくて、子供たちを連れて買い物がてら遊具施設などで遊ばせたりしたものだった。
子供向けのぬいぐるみショーなんかもよく観たっけ…。
思えば、もう今の商売を始めてから生まれたので、ミックを連れてゆっくりぶらぶらショッピングモールなんかを歩くこともなかった。
いつも時間に追われて、どこに行っても「早く!早く!」が口癖になっていた。タイなのに…。
今回は、あれだけ言い訳をしても、それでも私が行くことになったので、もう「分かった!行ってやるから、急かすな、文句を言うな!」と言う感じで出掛けたので、思いのほかゆっくり出来た。
久々の日本食材の仕入れも満足出来たし、ミックは欲しかったおもちゃも買ってもらい、DQのシェイクや、フードコート内の色んな物を少しずつ楽しみ、寿司もどきも食べて大満足だった。
チャイヤプムにはないので、ピザもLサイズを二枚買い、ついでにチャイヤプムでは食べられない、ヤマザキのチョココロネなどのパンもどっさり買い込み、学校に行っている子供たちのお土産にした。
帰りは夕方になったので、疲れたミックは車内でぐっすり。
義母を送ってから帰途に着いたが、義母の家を出てすぐ土砂降りになった。
だが今回は、コラートと言えば必ず寄る、トラクター部品の仕入れがなかったので、荷台が濡れても一向に気にせずに済んだ。
本当なら、よくファランはもちろん、日本人も利用するスタバなんかでコーヒーでも…とも思ったが、ミックと一緒ではDQがいいとこだろうと諦めた。
それでも、ロータスで都会のショッピングセンターの匂いに包まれたときから、すっかりリラックスした自分を発見したので、それだけでも意味があった。
普段、田舎の商売生活で、様々なストレスにがんじがらめにされている自分に気が付いて、それが億劫病の原因だとも思った。
どうせ、ここから抜け出せないんだから…と捨て鉢になっているのが今の自分だったのだ。
これからは、少しずつ外に出る機会を増やすことが少しでもストレス解消になるかも知れない。

裏ブログ?
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より深い、タイ人、イサーンへの理解を願って・・・・ランキングに参加しています。

とは言え、これはサボリの言い訳にしかならないので、何とかしなければ…と思う今日この頃である。
ところで実は一昨日、久々の義母の通院で、コラートに出掛けて来た。
最初は最近富みに億劫病が悪化しているせいか、もう面倒で、「自分の親なんだから、主人が自分で行けばいいのに、私と行くより主人と母子水入らずの方が義母も楽しいに決まっているのに。大体私は一応外国人嫁だし、片道2時間も乗ってたら、会話も尽きるって…。」とか、「いつも帰りのまっすぐな道で居眠りしそうになるし、長時間の運転で頭が痛くなるから。」などと様々な言い訳をして、何とか主人に行かせようと思ったのだが、主人は店のハイドリックホースの製作で、大きなサイズが来たら私が一人では大変だろうと譲らず、結局は私が行くことになった。
当日は、自分が行くときは私に店を閉めて送って行けと置いて行くミックも、送り迎えが出来ないから…と学校を休ませて連れて行くように言うので、ミックと二人で朝6時過ぎに出掛けた。
義母を迎えに行き、いつもは穴だらけの裏道を行かなければならないのだが、今回は義母の気が変わって、多少遠回りではあるが国道を行くことになり、穴ぼこを避けてハンドルを左右に切りまくる運転ではなかったので、だいぶ楽に行けた。
そして、いつもは多少の会話が途切れると「シ〜ン…」としてしまう車内も、数ヶ月前に主人が奮発して取り付けたカーステレオのおかげで、私は自分のお気に入りのCDを準備して行ったので、快適なドライブが出来た。
そして、今回の私に衝撃的だったのが、久々のショッピングセンターの空気だった。
それも、チャイヤプムにもある「テスコロータス」なのだが、入った途端に、チャイヤプムのロータスとは違い、十数年前にパトゥムタニーに住んで居た頃、よく通ったランシットのフューチャーパークを思い出させる空気と言うか、匂いに包まれた。
急に、その頃子供たちと楽しく買い物に出掛けたことを思い出し、とても懐かしく、わくわくするような気持ちになった。
あの頃は、今のように仕事もしていなくて、子供たちを連れて買い物がてら遊具施設などで遊ばせたりしたものだった。
子供向けのぬいぐるみショーなんかもよく観たっけ…。
思えば、もう今の商売を始めてから生まれたので、ミックを連れてゆっくりぶらぶらショッピングモールなんかを歩くこともなかった。
いつも時間に追われて、どこに行っても「早く!早く!」が口癖になっていた。タイなのに…。
今回は、あれだけ言い訳をしても、それでも私が行くことになったので、もう「分かった!行ってやるから、急かすな、文句を言うな!」と言う感じで出掛けたので、思いのほかゆっくり出来た。
久々の日本食材の仕入れも満足出来たし、ミックは欲しかったおもちゃも買ってもらい、DQのシェイクや、フードコート内の色んな物を少しずつ楽しみ、寿司もどきも食べて大満足だった。
チャイヤプムにはないので、ピザもLサイズを二枚買い、ついでにチャイヤプムでは食べられない、ヤマザキのチョココロネなどのパンもどっさり買い込み、学校に行っている子供たちのお土産にした。
帰りは夕方になったので、疲れたミックは車内でぐっすり。
義母を送ってから帰途に着いたが、義母の家を出てすぐ土砂降りになった。
だが今回は、コラートと言えば必ず寄る、トラクター部品の仕入れがなかったので、荷台が濡れても一向に気にせずに済んだ。
本当なら、よくファランはもちろん、日本人も利用するスタバなんかでコーヒーでも…とも思ったが、ミックと一緒ではDQがいいとこだろうと諦めた。
それでも、ロータスで都会のショッピングセンターの匂いに包まれたときから、すっかりリラックスした自分を発見したので、それだけでも意味があった。
普段、田舎の商売生活で、様々なストレスにがんじがらめにされている自分に気が付いて、それが億劫病の原因だとも思った。
どうせ、ここから抜け出せないんだから…と捨て鉢になっているのが今の自分だったのだ。
これからは、少しずつ外に出る機会を増やすことが少しでもストレス解消になるかも知れない。
裏ブログ?
イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
より深い、タイ人、イサーンへの理解を願って・・・・ランキングに参加しています。
