2013年06月23日
4年ぶりの帰国〜その1〜
4年前の父の葬儀に参加するために帰国して以来、せめて一周忌には帰国しようと思ってはいたものの、こちらの生活(子供たちの世話や、稼業の部品店の経営など)に足を引っ張られて、「まあ、私が帰ったところで、何も出来る訳でもないか…。」という無力感から、また一年また一年…と、もう一周忌に帰れなかったので、次はいつ帰っても同じような気がして、すっかり消えてなくなっていたのが、私の日本帰国の機会でした。
ところが、例のマルチ商法の熱が残っているか冷め始めたからか、子供たちの長期休みを控えた2月の半ば頃になって、主人が急に「この休みに日本に帰って来れば?」と言い出したのでした。
それからは、もう話がどんどん進んで、いつものように主人が強制するような感じで、私がまだ心の準備も出来ないうちから、パスポート、ビザ…と次々と話を進めて行ってしまったのです。
と、こうして話は進んだものの、主人は「日本に行く前に、今注文して届いている商品を全部チェックしてから行け。」と言うので、出発の前夜まで、伝票と商品のチェックに追われての出発となりました。
出発は、4月の16日の早朝の便。
そのため、15日の夕方には、日本行きの支度をして家を出発、主人の母と親戚と夕食をして、午後9時過ぎにスワンナプームに向けてチャイヤプムを出発しました。
空港に到着したのは、夜中の1時半頃。
主人は、往復6時間以上の真夜中の運転と、明日の朝から一人で店番をするため、私たちを空港まで送ると、そのまま急いでチャイヤプムの我が家に引き返しました。
飛行機の出発時間が朝7時だったので、それまで空港の椅子に腰掛けて眠るバックパッカーの仲間入りをしました。
とは言え、そういうことに慣れていない子供たちは、椅子に腰掛けてもろくに眠れない様子でしたが…。
もう、すっかり目が覚めてしまっている末っ子のミックが、「お腹が空いた。」と言うので、空港の3階にあるフードショップでサンドウィッチや、ケーキを買って夜中の3時頃食べましたが、値段的には今から考えると、目玉が飛び出るくらい(ケーキが一個100バーツとか、パンが60バーツとか、)だったのにも関わらず、もう「日本に帰国!」と言う緊張感で、常軌を逸したこの値段にも、何の躊躇もなく買っていました。(まあ、タイの外国人向け料金からすれば、これはごく当然の値段なのかも知れないですが。)
さて、そうこうしているうちにようやくチェックイン時刻の午前5時半になりました。
実は、このとき私の頭の中は、あらかじめ用意出来なかった『リエントリーパミット』の事で頭がいっぱいでした。
皆さんもご存知の通り、今まで10年以上毎年更新して来たビザも、もしこのリエントリーを取って行かなければ、ビザが消滅してしまいます。
4年前の帰国時は、何故か一時的にチャイヤプムの入管の管轄がコラートになっていたので、コラートの事務所でリエントリーパミットを取得してから行けたのですが、もう3年以上前から管轄がコンケーンに変わってしまって、年に一度のビザの更新時以外は行かない…というくらい、縁遠い場所になっていたのですが、今回も時間がなくて行きにくいので、子供のパスポート申請の際に、足を伸ばしてスワンプルーの入管でリエントリーを…と思って行ったのですが、甘かった…。
日本大使館から、徒歩とソンテウを乗り継いで着いた入管には、この4月に出国予定の外国人が溢れ帰っていて、整理券を渡して処理する始末。
しかも、昼近くになって着いた私は、「今日はもう順番がいっぱいだから、明日来てください。」と断られてしまいました。
住まいがバンコク市内ならまだしも、チャイヤプムから日帰りで来ている私には、明日はない!と言う事で、一か八か空港でのリエントリーパミット手続きに賭ける事にしました。
「賭ける」と言うのは、ネットの中の情報を探しても、空港でのリエントリー窓口が閉鎖されたとか、再開されたとか、時間に関しても、朝の6時から夜中の24時までが営業時間だとか色々な事が書かれていて、私なりに見つけた最新情報では、出発が朝6時前の人は無理だが、私は朝7時の出発なので、なんとかなるのではないか…と言う事。
もし、ここでまた閉鎖されていたり、職員がどこかに行っていて出来なかったりしたら、目黒(今は目黒ではないと言うことを後で聞きましたが)のタイ大使館に行って、ビザを取り直さなければならないかも…という心配でいっぱいでした。
そうしたら、主人からは、事前に準備が出来ていなかった私の落ち度として、大目玉。ボロクソに言われるに決まっています。
チェックインを済ませ、荷物を預け、外国人用の出国審査の方に歩いて行くと、出国審査のカウンターに行く手前の部屋の片隅に、リエントリーパミットと書かれた張り紙が見えました。
しかも、係員のお兄さんもちゃんと座っています。
私は胸を撫で下ろしました。
ビザの必要のない子供たちを待たせ、必要書類に書き込んで物の十分も掛からずに終わりました。
あれだけ、頭を悩ませていたのがウソのようです。
さて、これで帰国際しての問題はすべて解決し、心置きなく日本に出発しました。
ところが、例のマルチ商法の熱が残っているか冷め始めたからか、子供たちの長期休みを控えた2月の半ば頃になって、主人が急に「この休みに日本に帰って来れば?」と言い出したのでした。
それからは、もう話がどんどん進んで、いつものように主人が強制するような感じで、私がまだ心の準備も出来ないうちから、パスポート、ビザ…と次々と話を進めて行ってしまったのです。
と、こうして話は進んだものの、主人は「日本に行く前に、今注文して届いている商品を全部チェックしてから行け。」と言うので、出発の前夜まで、伝票と商品のチェックに追われての出発となりました。
出発は、4月の16日の早朝の便。
そのため、15日の夕方には、日本行きの支度をして家を出発、主人の母と親戚と夕食をして、午後9時過ぎにスワンナプームに向けてチャイヤプムを出発しました。
空港に到着したのは、夜中の1時半頃。
主人は、往復6時間以上の真夜中の運転と、明日の朝から一人で店番をするため、私たちを空港まで送ると、そのまま急いでチャイヤプムの我が家に引き返しました。
飛行機の出発時間が朝7時だったので、それまで空港の椅子に腰掛けて眠るバックパッカーの仲間入りをしました。
とは言え、そういうことに慣れていない子供たちは、椅子に腰掛けてもろくに眠れない様子でしたが…。
もう、すっかり目が覚めてしまっている末っ子のミックが、「お腹が空いた。」と言うので、空港の3階にあるフードショップでサンドウィッチや、ケーキを買って夜中の3時頃食べましたが、値段的には今から考えると、目玉が飛び出るくらい(ケーキが一個100バーツとか、パンが60バーツとか、)だったのにも関わらず、もう「日本に帰国!」と言う緊張感で、常軌を逸したこの値段にも、何の躊躇もなく買っていました。(まあ、タイの外国人向け料金からすれば、これはごく当然の値段なのかも知れないですが。)
さて、そうこうしているうちにようやくチェックイン時刻の午前5時半になりました。
実は、このとき私の頭の中は、あらかじめ用意出来なかった『リエントリーパミット』の事で頭がいっぱいでした。
皆さんもご存知の通り、今まで10年以上毎年更新して来たビザも、もしこのリエントリーを取って行かなければ、ビザが消滅してしまいます。
4年前の帰国時は、何故か一時的にチャイヤプムの入管の管轄がコラートになっていたので、コラートの事務所でリエントリーパミットを取得してから行けたのですが、もう3年以上前から管轄がコンケーンに変わってしまって、年に一度のビザの更新時以外は行かない…というくらい、縁遠い場所になっていたのですが、今回も時間がなくて行きにくいので、子供のパスポート申請の際に、足を伸ばしてスワンプルーの入管でリエントリーを…と思って行ったのですが、甘かった…。
日本大使館から、徒歩とソンテウを乗り継いで着いた入管には、この4月に出国予定の外国人が溢れ帰っていて、整理券を渡して処理する始末。
しかも、昼近くになって着いた私は、「今日はもう順番がいっぱいだから、明日来てください。」と断られてしまいました。
住まいがバンコク市内ならまだしも、チャイヤプムから日帰りで来ている私には、明日はない!と言う事で、一か八か空港でのリエントリーパミット手続きに賭ける事にしました。
「賭ける」と言うのは、ネットの中の情報を探しても、空港でのリエントリー窓口が閉鎖されたとか、再開されたとか、時間に関しても、朝の6時から夜中の24時までが営業時間だとか色々な事が書かれていて、私なりに見つけた最新情報では、出発が朝6時前の人は無理だが、私は朝7時の出発なので、なんとかなるのではないか…と言う事。
もし、ここでまた閉鎖されていたり、職員がどこかに行っていて出来なかったりしたら、目黒(今は目黒ではないと言うことを後で聞きましたが)のタイ大使館に行って、ビザを取り直さなければならないかも…という心配でいっぱいでした。
そうしたら、主人からは、事前に準備が出来ていなかった私の落ち度として、大目玉。ボロクソに言われるに決まっています。
チェックインを済ませ、荷物を預け、外国人用の出国審査の方に歩いて行くと、出国審査のカウンターに行く手前の部屋の片隅に、リエントリーパミットと書かれた張り紙が見えました。
しかも、係員のお兄さんもちゃんと座っています。
私は胸を撫で下ろしました。
ビザの必要のない子供たちを待たせ、必要書類に書き込んで物の十分も掛からずに終わりました。
あれだけ、頭を悩ませていたのがウソのようです。
さて、これで帰国際しての問題はすべて解決し、心置きなく日本に出発しました。
Posted by バットニャオ at
23:38
│Comments(13)
2013年06月15日
久々の更新。
前回の更新から、いつの間にか2ヶ月も経ってしまいました。
このところ、精神的に追いつめられたような状況が多く、まあ様々な理由から更新がすっかり滞ってしまいました。
そうしているうちに、今回は何と4年ぶりに日本への一時帰国の話が持ち上がり、私の戸惑いとは裏腹に事態はどんどん進行して行き、来たる4月16日の早朝の便でスワンナプームを出発、5月11日にタイに戻って来るという予定で日本帰国が決まりました。
しかし帰国までの準備は、普段イサーンの田舎町の自宅に引き蘢っている私にとって、精神的にも身体的にもかなり大変なものでした。
まず、私が帰国するに当たって、絶対条件は子供たちを揺れて行く事。
自分一人で帰国するだけなら、行かなくてもいい…くらいの気持ちです。
日本で暮らさず、タイに連れてきてしまった子供たちに、日本の生活を味あわせてあげたい…と言うのが、帰国の第一の目的です。
と言う訳で、私は十年のパスポートを持っているけど、子供たちは前回の帰国時に使ったパスポートは切れてしまっているので、まずは子供たちのパスポート申請から始まりました。
一昔前と違い、タイのパスポートについては最近は便利になっていて、バンコクまで行かずコラートで作れるようになっています。
そこで、まずはタイのパスポートを作りにコラートへ。
未成年なので、両親が揃って行く事が条件。
もしそう出来ない場合は、市役所で別の書類を作ってもらってから、それも持参しなければなりません。
今回は、主人も同行したので、問題なく申請完了。
その後、手数料支払い時に郵送の手続きをして、タイのパスポートは郵便で送ってもらえるので、すごく便利です。
そして、私が思いついたのは、今回はタイのパスポートでタイ人として日本行きのビザを申請して行こう!と言う事でした。
どうせ日本のパスポートを作っても、使用するのはおそらく今回のみ。
4人分なので、手数料もバカにならないし、タイのパスポートがあるし、普段はタイ人として生活しているのだから、タイ人として入国すれば…と言う思いつきでした。
そこで、その件について、日本大使館に問い合わせたところ…。
「日本国籍を保有する者は、日本行きのビザは申請出来ない。」と言う事実。
今すぐ、日本国籍を捨てても、その手続きに色々大変そうだし、結局大使館に行かねばならないだろうから、一度しか使わないのでもったいないけど、やはり正規に日本のパスポートも所持して二重国籍の子供として帰国するしかない…と諦めたのでした。
一応、他の国(カナダだったかアメリカだったか)に住んでいる方のブログなどを見た限りでは、その方々は何の不都合もなくその国のパスポートで行き来出来たらしいけれど、それはもしかしてその国から日本に入るのに、ビザが必要でなかったとか言う事なのかな?と思いました。
タイは、昔から不法就労不法滞在者の宝庫で、日本行きのビザは特に厳しいから、タイ人が日本に行くにはビザ無しではダメなのだろうと納得。
と言う訳で、何とか飛行機のチケットも手に入れ、(当初の予定は4月の上旬だったが、こんな時期に思いつきで帰国することになったので、取れたのは4月16日になってしまった)何とか4年ぶりの帰国と相成ったのでした。
※この記事を前回書いていたところ、突然の消失…。
せっかくの復活となるはずだったのですが、その日はすっかり意気消沈。
これがその日わずかに残った、自動保存の残りです。
と言うわけで、これからぼちぼちと久々の日本一時帰国の感想や様子、その他の事も含めて更新したいと思います。
また宜しくお願いします。
このところ、精神的に追いつめられたような状況が多く、まあ様々な理由から更新がすっかり滞ってしまいました。
そうしているうちに、今回は何と4年ぶりに日本への一時帰国の話が持ち上がり、私の戸惑いとは裏腹に事態はどんどん進行して行き、来たる4月16日の早朝の便でスワンナプームを出発、5月11日にタイに戻って来るという予定で日本帰国が決まりました。
しかし帰国までの準備は、普段イサーンの田舎町の自宅に引き蘢っている私にとって、精神的にも身体的にもかなり大変なものでした。
まず、私が帰国するに当たって、絶対条件は子供たちを揺れて行く事。
自分一人で帰国するだけなら、行かなくてもいい…くらいの気持ちです。
日本で暮らさず、タイに連れてきてしまった子供たちに、日本の生活を味あわせてあげたい…と言うのが、帰国の第一の目的です。
と言う訳で、私は十年のパスポートを持っているけど、子供たちは前回の帰国時に使ったパスポートは切れてしまっているので、まずは子供たちのパスポート申請から始まりました。
一昔前と違い、タイのパスポートについては最近は便利になっていて、バンコクまで行かずコラートで作れるようになっています。
そこで、まずはタイのパスポートを作りにコラートへ。
未成年なので、両親が揃って行く事が条件。
もしそう出来ない場合は、市役所で別の書類を作ってもらってから、それも持参しなければなりません。
今回は、主人も同行したので、問題なく申請完了。
その後、手数料支払い時に郵送の手続きをして、タイのパスポートは郵便で送ってもらえるので、すごく便利です。
そして、私が思いついたのは、今回はタイのパスポートでタイ人として日本行きのビザを申請して行こう!と言う事でした。
どうせ日本のパスポートを作っても、使用するのはおそらく今回のみ。
4人分なので、手数料もバカにならないし、タイのパスポートがあるし、普段はタイ人として生活しているのだから、タイ人として入国すれば…と言う思いつきでした。
そこで、その件について、日本大使館に問い合わせたところ…。
「日本国籍を保有する者は、日本行きのビザは申請出来ない。」と言う事実。
今すぐ、日本国籍を捨てても、その手続きに色々大変そうだし、結局大使館に行かねばならないだろうから、一度しか使わないのでもったいないけど、やはり正規に日本のパスポートも所持して二重国籍の子供として帰国するしかない…と諦めたのでした。
一応、他の国(カナダだったかアメリカだったか)に住んでいる方のブログなどを見た限りでは、その方々は何の不都合もなくその国のパスポートで行き来出来たらしいけれど、それはもしかしてその国から日本に入るのに、ビザが必要でなかったとか言う事なのかな?と思いました。
タイは、昔から不法就労不法滞在者の宝庫で、日本行きのビザは特に厳しいから、タイ人が日本に行くにはビザ無しではダメなのだろうと納得。
と言う訳で、何とか飛行機のチケットも手に入れ、(当初の予定は4月の上旬だったが、こんな時期に思いつきで帰国することになったので、取れたのは4月16日になってしまった)何とか4年ぶりの帰国と相成ったのでした。
※この記事を前回書いていたところ、突然の消失…。
せっかくの復活となるはずだったのですが、その日はすっかり意気消沈。
これがその日わずかに残った、自動保存の残りです。
と言うわけで、これからぼちぼちと久々の日本一時帰国の感想や様子、その他の事も含めて更新したいと思います。
また宜しくお願いします。
Posted by バットニャオ at
23:28
│Comments(17)