2008年12月31日
赤い服VS黄色い服
今日は珍しく、昼ごはんを12時過ぎに摂って、お昼のニュースなど見ながら余裕の午後を過ごしていた。
年末なので、確かに客足は少なくなってきている。
そのニュースは、ずっとバンコクでの街頭のデモの話題で持ち切りで、今回当選した新首相のアピチャイ
氏を引き摺り下ろそうという「赤い服」側のデモだった。
確か、前回は黄色い服がデモを起こしたばかりである。
赤に黄色に忙しい国である。
タクシンが嫌いな主人は、どちらかといえば黄色の味方であるが、もちろんバンコクまでデモに参加するほど
暇人ではない。
大体、一般的に見て、この赤い服の中のいったい何人が本気でデモをしているのだろうか。
タイは金で何でも動く国である。
選挙でも当然のように、「おい、いくら貰った?」「オレは2番と3番で、1,500バーツになった。」「私は、5番
だけ、800バーツにしかならなかった。」などという会話が選挙期間中はあちこちで聞こえる。
お役所の仕事も金次第。お茶代、昼食代を弾めば、昼休み返上でさっさと処理してくれる。
法律で通らないことも金の力ではそれが通ってしまうのだ。
昨年のニュースだったか、タクシンの勢力が煽ったタクシン賛成派デモでは、このイサーンからも大勢の農民
が、何日も掛けて農耕車でバンコク入りしたらしい。
この前のスワンナプームでの空港閉鎖もそうだ。
一部の熱狂的な信者を除いて、主導者も、参加者もみんな、国のためにわざわざ活動しているのではない。
お金のために・・・がその理由である。
今回のデモも、前回のデモも、この赤や黄色の服を着て参加するだけで、破格な日当のバイトになる。
イサーンで一日畑仕事をしても、日当100バーツから・・・。
こんな楽で儲かる仕事なら、笑いが止まらないはずである。
日本では本気でボランティアしている人も多いが、タイではそうではない。
タイ人が自分を犠牲にして何かをするのは、親や兄弟のためか、お寺のタムブンのためだろう。
しかし、お寺のタムブンは、自分のより良い来世を願っての事だから、やはり自分を犠牲になどしないという
ことか・・・。
赤裸々とした人間の住む国、それがタイである。
年末なので、確かに客足は少なくなってきている。
そのニュースは、ずっとバンコクでの街頭のデモの話題で持ち切りで、今回当選した新首相のアピチャイ
氏を引き摺り下ろそうという「赤い服」側のデモだった。
確か、前回は黄色い服がデモを起こしたばかりである。
赤に黄色に忙しい国である。
タクシンが嫌いな主人は、どちらかといえば黄色の味方であるが、もちろんバンコクまでデモに参加するほど
暇人ではない。
大体、一般的に見て、この赤い服の中のいったい何人が本気でデモをしているのだろうか。
タイは金で何でも動く国である。
選挙でも当然のように、「おい、いくら貰った?」「オレは2番と3番で、1,500バーツになった。」「私は、5番
だけ、800バーツにしかならなかった。」などという会話が選挙期間中はあちこちで聞こえる。
お役所の仕事も金次第。お茶代、昼食代を弾めば、昼休み返上でさっさと処理してくれる。
法律で通らないことも金の力ではそれが通ってしまうのだ。
昨年のニュースだったか、タクシンの勢力が煽ったタクシン賛成派デモでは、このイサーンからも大勢の農民
が、何日も掛けて農耕車でバンコク入りしたらしい。
この前のスワンナプームでの空港閉鎖もそうだ。
一部の熱狂的な信者を除いて、主導者も、参加者もみんな、国のためにわざわざ活動しているのではない。
お金のために・・・がその理由である。
今回のデモも、前回のデモも、この赤や黄色の服を着て参加するだけで、破格な日当のバイトになる。
イサーンで一日畑仕事をしても、日当100バーツから・・・。
こんな楽で儲かる仕事なら、笑いが止まらないはずである。
日本では本気でボランティアしている人も多いが、タイではそうではない。
タイ人が自分を犠牲にして何かをするのは、親や兄弟のためか、お寺のタムブンのためだろう。
しかし、お寺のタムブンは、自分のより良い来世を願っての事だから、やはり自分を犠牲になどしないという
ことか・・・。
赤裸々とした人間の住む国、それがタイである。
2008年12月30日
今日は何の日?
今朝、食事の準備が終わり、子供たちが朝食を摂る横でコーヒーを飲んでいたときの事・・・。
ふと窓を見上げると、窓の淵に何かへばりついている・・・。
最初、サッシに挟まれたネズミかと思ったのだが、良く見ると全長15センチくらいの中型のトッケーだった。
とは言っても、よく見たら、一度尻尾が切れたらしく、オシリの先からツノのような小さい尻尾が生えてきたとこ
ろらしく、もし、完全な長さになったら、20センチ以上かもしれない。
最近、我が家から姿を消していたトッケー、この神出鬼没のかわいさに、私はとっさに「飼いたい!」と思ってし
まい、咬まれたら痛いので、ビニール袋を手に被せて捕獲を試みたが、子供たちの、
「捕まえてどうするの!」
という非難の声に我に返り、おとなしく見守ることにした。
その後、数枚の写真に納めたが、実のところ、窓辺は夜虫が集まっていい餌場になるし、ここに住んでいて欲
しいな~などと期待しながら、リビングに戻るたびに、その姿を確認していた。
残念ながら、今は夜遊びに行ったらしく、この窓辺にはいない・・・。
そして、夕方の事・・・。
最近、風呂嫌いになった末っ子・ミックを騙して風呂に入れるために、何かいいものはないかと探していたとこ
ろ、脱衣所の近くの床で、埃の塊のようなものを見つけた。
良く見たら、チンチョックだったが、あまりにじっとしているので死んでいるのかと思ったが、触ってみたら生き
ていた。
足に埃が巻きついているのと床がタイルで滑りやすいので、普通のチンチョックのように素早い動きが出来な
いらしい。
これではミックにでも捕まってしまう。
と思いながら、「!」とひらめいた私は、さっそくそのチンチョックを捕まえて、ミックの興味を引き、お風呂場へ
と誘い込んだ。
すると、ミックがそのチンチョックを自分が浸かっているタライに入れて泳がせようとするので、慌てて取り上
げた。
・・・・あれは、今から10年近く前の事、当時幼稚園児だった長男が、日本から遊びに来た虫好きの友達と
ホテルにお泊りして、捕獲したチンチョックを風呂場の湯船で泳がせて溺死させたという事件があった。
その事件が忘れられない私は、今でも長男を冷やかしている・・。
ところで、そのチンチョックを手に取った私は、そのチンチョックの口が何だか異常に膨れ上がっているのに
気がついた。
そのチンチョックは何らかの原因で奇形らしかった。
こんなところで奇形のチンチョックを見つけるとは・・・、今日は何の日だろう。
ふと窓を見上げると、窓の淵に何かへばりついている・・・。
最初、サッシに挟まれたネズミかと思ったのだが、良く見ると全長15センチくらいの中型のトッケーだった。
とは言っても、よく見たら、一度尻尾が切れたらしく、オシリの先からツノのような小さい尻尾が生えてきたとこ
ろらしく、もし、完全な長さになったら、20センチ以上かもしれない。
最近、我が家から姿を消していたトッケー、この神出鬼没のかわいさに、私はとっさに「飼いたい!」と思ってし
まい、咬まれたら痛いので、ビニール袋を手に被せて捕獲を試みたが、子供たちの、
「捕まえてどうするの!」
という非難の声に我に返り、おとなしく見守ることにした。
その後、数枚の写真に納めたが、実のところ、窓辺は夜虫が集まっていい餌場になるし、ここに住んでいて欲
しいな~などと期待しながら、リビングに戻るたびに、その姿を確認していた。
残念ながら、今は夜遊びに行ったらしく、この窓辺にはいない・・・。
そして、夕方の事・・・。
最近、風呂嫌いになった末っ子・ミックを騙して風呂に入れるために、何かいいものはないかと探していたとこ
ろ、脱衣所の近くの床で、埃の塊のようなものを見つけた。
良く見たら、チンチョックだったが、あまりにじっとしているので死んでいるのかと思ったが、触ってみたら生き
ていた。
足に埃が巻きついているのと床がタイルで滑りやすいので、普通のチンチョックのように素早い動きが出来な
いらしい。
これではミックにでも捕まってしまう。
と思いながら、「!」とひらめいた私は、さっそくそのチンチョックを捕まえて、ミックの興味を引き、お風呂場へ
と誘い込んだ。
すると、ミックがそのチンチョックを自分が浸かっているタライに入れて泳がせようとするので、慌てて取り上
げた。
・・・・あれは、今から10年近く前の事、当時幼稚園児だった長男が、日本から遊びに来た虫好きの友達と
ホテルにお泊りして、捕獲したチンチョックを風呂場の湯船で泳がせて溺死させたという事件があった。
その事件が忘れられない私は、今でも長男を冷やかしている・・。
ところで、そのチンチョックを手に取った私は、そのチンチョックの口が何だか異常に膨れ上がっているのに
気がついた。
そのチンチョックは何らかの原因で奇形らしかった。
こんなところで奇形のチンチョックを見つけるとは・・・、今日は何の日だろう。
2008年12月27日
今日も、コラートへ・・。
今日は月に一度・・・月例の、義母の検査通院の日だった。
そう、例の「コラートへの道」の日である。
普段、家というか店にこもってカーイコーン(商売)ばかりしている私には、滅多にない「外界と触れる機会」なのだ。
このブログを始めてから、今までつまらなかったこの日が楽しみな日に変わった。
ここに来てから6年以上、もうほとんど目新しい発見もなく、ピヤポンさんのブログタイトルではないが、『タイ
が日常』になってしまった。
家の前を通る、爆音と黒煙吐いて爆走するロット・イテーンを見ても、自分の2倍、3倍以上の高さにまで荷物
を積んだトラックを見ても、車道の脇に死後硬直して転がっている犬や猫を見ても無感動になっている自分だっ
たが、このブログに記事を書くことで、少しだけ日本人の感覚を取り戻すことが出来るようになった。
そんなわけで、今回も期待しながら出掛けたコラートへの道だったが・・・・。
家を出て、子供を学校で降ろして、今回は私と義母だけ・・・なので、義母の家までの45キロは一人で気楽に
ドライブのはずだった。
MP3に入れてあるお気に入りの台湾の歌手・飛輪海の曲を聞きながら乗っていたときである。
タイの田舎道では、「サンハプーム」と言って、その土地の精霊や地神、樹齢の長い木を祀ったりして、木にカ
ラフルな帯が巻きつけてあったり、祠などが建っている場所が多い。我が家からコラートに行く道中にもそれは
数箇所あり、そこを通るときは、車のクラクション等を「プップーーー!!」と鳴らして、「今から、行ってきます!
道中の安全と無事帰宅するようお守り下さい」という意味で祈る。
家の近くの祠では、いつも通りあいさつをしたのだが、子供を降ろしてからMP3の音量を上げて走っていた私
は、途中の大樹の祠のそばを通るときにうっかり忘れてしまい、あいさつのクラクションを鳴らさず通り過ぎてし
まった。
するとその付近の道脇の畑の中で数台の車が止まっていて、黄衣をまとった数人の僧侶と十数人の村人が
その横に座って食事をタムブン(寄進)していた。
私は、その光景を見た瞬間、「こんなところで何があるのかな?」とふと思ったのだが、少し走ったところで、
「この辺に祠があったはずだけど・・・」という疑問が湧いてきた。
確かにこの辺だが、気がつかなかった。でも、しばらく走って、次の村に着いてしまってから、妙にさっきの光景
が気に掛かかり始めた。
私は、その祠にまつわる不思議な話(精霊に化かされた話)などを思い出し、あの光景が見てはいけないも
のだったのかも・・・という感覚に襲われ、全身に寒気がし、このまま先に進んだら何かあるかもしれない・・・と
不吉な予感がして、急いでそれを確かめるために、もと来た道を引き返した・・・。
あれは、自分の運命に関係あることかも・・そうでないよう祈りながら5分も走らないうちにその場所に着いた。
すると、僧侶と村人は同じ場所で食事を取っていて、その少し先に例の祠があった。
私は、祠と僧侶たちが別々に存在したことに何だか安心して、またUターンしてコラートへの道に戻った。
結局、何事もなかったのだが、こういうことを気にするのはすごくタイ人化しているな・・・と思う今日この頃である。
今回のコラート行きはこんなドキドキする事件?で幕を開けたのだった。
2008年12月24日
母親失格
今日は愚痴になります・・・・。
我が家の三男・ミックは兄弟の中で一人だけ、タイで生まれたれっきとしたタイ人(?)です。
この子はタイで生まれたので、出産後に医師や看護婦以外で最初に抱いたのも伯母さん(手伝いに来てくれた長兄の奥さん)であり、退院後にいろいろと世話を焼いてくれたのも、伯母さん(隣に住む義姉)です。
そのため、早くからたくさんの人になついていて、人見知りをしないどころか、家から出ない母親の私よりも、タラートや街に遊びに連れて行ってくれる叔父さん、伯母さんになついていました。
でも、もともとおっぱいを飲んでいたので、乳児期の授乳時間と夜は私の子供だという自覚がありました。
ところが最近になって、離乳も完了し、おっぱいの必要もなくなった私は、いらなくなったおもちゃのように必要とされなくなりました。
昼間もろくに家には戻らず、さらに保育所への送り迎えも伯母さんである義姉が担当し、そのうち夜も家には寝ず、「伯母さんのうち」にお泊りの日々です。
さらには、以前から義姉が教え込んでいたのですが、義姉の事を「パー」(伯母さん)ではなく、「メー」と呼びます。
私は「メー・プン」で、義姉には「メーチャー」と甘い声でなつくミックに、だんだん悲しくなりました。
その上、今夜は主人と長兄の引越しを手伝いに行った義姉の名を呼んで泣き出す始末・・・・。
私が近づくと足蹴りして、「メー・プン、あっち行け!」と言われてしまいました・・。
タイは、母親だけで育児しないで、周囲の協力があるのがよいとは知っているけれど、こうなるとここで出産したことを後悔している自分がいます。
主人に相談すれば、「余計なことばかり考えないで、仕事をしろ!」とか「みんなが手伝ってくれるんだからありがたいと思え」と言われてしまい、ますます落ち込む私です。
何だか、人生相談か育児相談のような記事になってしまいましたが、タイでタイ人の嫁になり同じ気持ちの人もいるはずと重い書いてしまいました。
落ち込みの激しい私でした・・。
2008年12月21日
日本銀行
今日は土曜日だったこともあり、店を閉めて暗くなってからだが、チャイヤプムの街に買い物に出掛けた。
今夜は、主人が同級生とバンコクで待ち合わせして、遊びに行くというので、私は子供たち4人を引き連れて久々に羽を伸ばそうと出掛けたのだった。
以前は「ドゥ・ケット(The Great)」という地元の百貨店?しかなかったチャイヤプムにはここ2,3年の間に「テスコ・ロータス」や「Makro」「ビッグC」などの大型チェーン展開のショッピングセンターが次々に出来て、だいぶ便利になった。
それでも我が家は月に一度行くかどうかなので、チャイヤプムの街に行ったときには、そのすべての店舗をはしごするのが当たり前となっている。
それぞれの店に捨てがたい魅力があって、「これはビッグCで、これはロータスで・・」と一箇所に絞れないのだ。
そんなこんなで、ロータスで子供が本とDVDを買い、生活雑貨を求めてビッグCに行き、そういえば、主人がビッグCで売っているさんまが食べたいと言っていたのを思い出して、魚売り場にてさんまを物色していた。
すると背後にいた2人のタイ人男性が、
「失礼ですが・・この魚、どうやって食べるんですか?」
「サンマ・・・って言うけど、初めてみたから・・」
などと話しかけてきた。
私が、「焼いて食べるんですよ。」と答えると、二人は口々に
「焼くんですか?おいしいの?」
「サバとどっちがおいしいの?」(サバは、サンマよりも知名度がある)
と言うので、
「もちろん、おいしいですよ。んん・・。サバとどっちが・・ね、サバの方が生臭さがあるかな? でもサバもサンマも、それぞれのおいしさがあるし、サバは日本の味噌煮とかで食べるんですよ。」
と一通り説明していたら、ふと、一人の男性が、
「失礼ですが、あなたはどこの国の人ですか? タイ人じゃないですよね?」
と今更ながら言い出すので、私の発音じゃ、そりゃそうだ・・と思いながら、
「ええ、日本人です。」と答えると、興味をそそったらしく、タイ人と結婚したのかから始まり、どこに住んでいるのか、どれくらいタイにいるのか、
日本はどこの出身なのか・・・と続けざまに質問してきた。
これはかなりよくある反応なので、いつもどおりに答えていたら、最後に、
「実はボクの奥さんの兄弟が日本の長野で働いているんです。日本は寒いんでしょう?」と言い出したので、
「私の故郷も長野に隣接した県なんですよ。」
と言って別れた。
実際、タイに住んでいると、家族や親戚が日本で働いている・・という人に出会うことが多い。
私はそういう人たちを見るたびに、
「ああ、この人は『日本銀行』に口座を持ってるんだ。」と思ってしまう。
もちろん、それは台湾銀行や、韓国銀行、イラク銀行にもなったりするわけだが、彼らはその出稼ぎに行っている家族や、親戚を自分の専属銀行だとでも思っているような行動をする。
実際に、外国で苦労して稼いでいる人の苦労はわからないので、まるで枯れない泉でも掘り当てたかのように、次々とお金を要求する。
外国に出稼ぎに行っている人々も、故郷からの現金の要求には応える義務があるかのように、簡単には稼げない大金を送金している。
かつては、我が家もそうだった。
主人の母の借金返済で送金を続けたが、実際その現金がどこへ流れていたのかは不透明なままだった。
子供や兄弟、親戚などの誰か一人でも外国へ行けば、親戚中が待ってましたとばかりに、返す予定のない借金の申し込みや、土地の購入話を持ってくる。
その姿はまるで生き血を吸い尽くすメンダー(タガメ)のようだ・・・・。
外国で節約しながらあくせく働く出稼ぎタイ人。
タイに残って彼らからの仕送りを頼りに、身の程知らずな贅沢を尽くす親戚たち。
子供が進学した、車が欲しい、土地が欲しい、家が欲しい、新たな事業を始めたい・・等々。
今夜出会った彼らも、夜の10時過ぎに男二人でブラブラ買い物をしているところを見ると、奥さんの兄弟にしがみついているクチかもしれない。
ビッグCでの偶然の出会いに勝手な想像に耽ってしまった私だった。
今夜は、主人が同級生とバンコクで待ち合わせして、遊びに行くというので、私は子供たち4人を引き連れて久々に羽を伸ばそうと出掛けたのだった。
以前は「ドゥ・ケット(The Great)」という地元の百貨店?しかなかったチャイヤプムにはここ2,3年の間に「テスコ・ロータス」や「Makro」「ビッグC」などの大型チェーン展開のショッピングセンターが次々に出来て、だいぶ便利になった。
それでも我が家は月に一度行くかどうかなので、チャイヤプムの街に行ったときには、そのすべての店舗をはしごするのが当たり前となっている。
それぞれの店に捨てがたい魅力があって、「これはビッグCで、これはロータスで・・」と一箇所に絞れないのだ。
そんなこんなで、ロータスで子供が本とDVDを買い、生活雑貨を求めてビッグCに行き、そういえば、主人がビッグCで売っているさんまが食べたいと言っていたのを思い出して、魚売り場にてさんまを物色していた。
すると背後にいた2人のタイ人男性が、
「失礼ですが・・この魚、どうやって食べるんですか?」
「サンマ・・・って言うけど、初めてみたから・・」
などと話しかけてきた。
私が、「焼いて食べるんですよ。」と答えると、二人は口々に
「焼くんですか?おいしいの?」
「サバとどっちがおいしいの?」(サバは、サンマよりも知名度がある)
と言うので、
「もちろん、おいしいですよ。んん・・。サバとどっちが・・ね、サバの方が生臭さがあるかな? でもサバもサンマも、それぞれのおいしさがあるし、サバは日本の味噌煮とかで食べるんですよ。」
と一通り説明していたら、ふと、一人の男性が、
「失礼ですが、あなたはどこの国の人ですか? タイ人じゃないですよね?」
と今更ながら言い出すので、私の発音じゃ、そりゃそうだ・・と思いながら、
「ええ、日本人です。」と答えると、興味をそそったらしく、タイ人と結婚したのかから始まり、どこに住んでいるのか、どれくらいタイにいるのか、
日本はどこの出身なのか・・・と続けざまに質問してきた。
これはかなりよくある反応なので、いつもどおりに答えていたら、最後に、
「実はボクの奥さんの兄弟が日本の長野で働いているんです。日本は寒いんでしょう?」と言い出したので、
「私の故郷も長野に隣接した県なんですよ。」
と言って別れた。
実際、タイに住んでいると、家族や親戚が日本で働いている・・という人に出会うことが多い。
私はそういう人たちを見るたびに、
「ああ、この人は『日本銀行』に口座を持ってるんだ。」と思ってしまう。
もちろん、それは台湾銀行や、韓国銀行、イラク銀行にもなったりするわけだが、彼らはその出稼ぎに行っている家族や、親戚を自分の専属銀行だとでも思っているような行動をする。
実際に、外国で苦労して稼いでいる人の苦労はわからないので、まるで枯れない泉でも掘り当てたかのように、次々とお金を要求する。
外国に出稼ぎに行っている人々も、故郷からの現金の要求には応える義務があるかのように、簡単には稼げない大金を送金している。
かつては、我が家もそうだった。
主人の母の借金返済で送金を続けたが、実際その現金がどこへ流れていたのかは不透明なままだった。
子供や兄弟、親戚などの誰か一人でも外国へ行けば、親戚中が待ってましたとばかりに、返す予定のない借金の申し込みや、土地の購入話を持ってくる。
その姿はまるで生き血を吸い尽くすメンダー(タガメ)のようだ・・・・。
外国で節約しながらあくせく働く出稼ぎタイ人。
タイに残って彼らからの仕送りを頼りに、身の程知らずな贅沢を尽くす親戚たち。
子供が進学した、車が欲しい、土地が欲しい、家が欲しい、新たな事業を始めたい・・等々。
今夜出会った彼らも、夜の10時過ぎに男二人でブラブラ買い物をしているところを見ると、奥さんの兄弟にしがみついているクチかもしれない。
ビッグCでの偶然の出会いに勝手な想像に耽ってしまった私だった。
Posted by バットニャオ at
04:55
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2008年12月18日
覆面する人々
我が家は、ご存知の通りチャイヤプムの片田舎で、地元の農民を中心とした客を相手に、自動車部品を売って生計をたてている。
日本でなくてもバンコクなどにある(わが市にはない・・・)スーパーやコンビニ、銀行などでは、防犯上の理由から客の外見や服装まで制限されるのが普通である。
しかし、その常識はこの田舎では通用しない。
特に我が家は客の90%以上が農業従事者なので、買い物に来るときも農作業の服装のまま来るのが当然である。
車が故障したり、部品が消耗して補充するからと言って、いちいち着替えて出直してくる人はいない。
まあ、農作業着と言っても、普段着と変わらない、単に油や泥で汚れているだけなのだが、基本的な服装は、長袖長ズボンで全身を覆い隠す。
これは、日射し避けの意味が強い。
以前、日本から来た父がそういう農作業者の服装を見て、
「こんな暑い所で、長袖長ズボンで余計に暑くないのかな?」
という疑問を口にしたが、かく言う私も、初めて来たころは同じ疑問を抱いていたものだった。
彼らに言わせれば、日射しを避けるとともに、汗をかいてその汗が冷えるので暑くないと言うことだ。
なるほど一理ある。
それに、タイ人の日焼けを嫌い、白い肌が魅力という考えにも関係があるらしい。
子供の頃から、日焼けしてもう十分黒いのであるが、それでも更に黒くなるのは嫌なのだ。
まあ、これは許せるとしても、よく日本で雪の降る頃に出回るような毛糸の覆面帽子をかぶって作業をするのには頭が下がる。
特に3月、4月などはじっとしていても汗が出るのに、首から上を毛糸の目出し帽で完全に覆っている。
顔にクリームやファンデーションを塗るのも耐えられない私は、顔を覆う毛糸ににじみ出る汗・・・・そう考えただけでも顔中が痒くなってくる始末だ。
本題に戻るが、この覆面こそが、日本はもちろんタイの都会でも許されないであろう「防犯上の理由から入店を断られる服装」なのである。
だが、我が家では、この目出し帽スタイルの客が半分以上を占める。
もちろん、彼らに他意はないのだが、日本から来た父のように初めての人が見たら「ギョッ」とするかもしれない。
日本でなくてもバンコクなどにある(わが市にはない・・・)スーパーやコンビニ、銀行などでは、防犯上の理由から客の外見や服装まで制限されるのが普通である。
しかし、その常識はこの田舎では通用しない。
特に我が家は客の90%以上が農業従事者なので、買い物に来るときも農作業の服装のまま来るのが当然である。
車が故障したり、部品が消耗して補充するからと言って、いちいち着替えて出直してくる人はいない。
まあ、農作業着と言っても、普段着と変わらない、単に油や泥で汚れているだけなのだが、基本的な服装は、長袖長ズボンで全身を覆い隠す。
これは、日射し避けの意味が強い。
以前、日本から来た父がそういう農作業者の服装を見て、
「こんな暑い所で、長袖長ズボンで余計に暑くないのかな?」
という疑問を口にしたが、かく言う私も、初めて来たころは同じ疑問を抱いていたものだった。
彼らに言わせれば、日射しを避けるとともに、汗をかいてその汗が冷えるので暑くないと言うことだ。
なるほど一理ある。
それに、タイ人の日焼けを嫌い、白い肌が魅力という考えにも関係があるらしい。
子供の頃から、日焼けしてもう十分黒いのであるが、それでも更に黒くなるのは嫌なのだ。
まあ、これは許せるとしても、よく日本で雪の降る頃に出回るような毛糸の覆面帽子をかぶって作業をするのには頭が下がる。
特に3月、4月などはじっとしていても汗が出るのに、首から上を毛糸の目出し帽で完全に覆っている。
顔にクリームやファンデーションを塗るのも耐えられない私は、顔を覆う毛糸ににじみ出る汗・・・・そう考えただけでも顔中が痒くなってくる始末だ。
本題に戻るが、この覆面こそが、日本はもちろんタイの都会でも許されないであろう「防犯上の理由から入店を断られる服装」なのである。
だが、我が家では、この目出し帽スタイルの客が半分以上を占める。
もちろん、彼らに他意はないのだが、日本から来た父のように初めての人が見たら「ギョッ」とするかもしれない。
Posted by バットニャオ at
01:36
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2008年12月10日
我が家の居候~その2~グゥ・ハオ(コブラ)
今日、夕方ミックと隣の義姉の家の前で遊んでいたところ、接客中だった主人と客が何やら大声を出しながら店の前に出てきた。
「お~い!グゥ・ハオ!!グゥ・ハオだよ!」
といいながら、スコップの先で地面を叩いている。
私はミックを抱いて見に行った。
家の前のコンクリートの地面には、まだ尻尾の先が動いているが頭は潰されたコブラがいた。
私は「グゥ・ハオ=コブラ」という認識がなかったので、その危険性がすぐには理解できなかったが、以前、主人の友人の兄が咬まれて、近所の病院で「様子を見ましょう」と言われて、亡くなったというのがこのコブラによる毒だったと聞いて改めて驚いた。
その目の前で潰されているコブラは、実は店の中のいつも私が計算や注文などの仕事に使っている事務机の下から出てきたのだと聞いて、背筋が寒くなった。
よく、私がそこに座っているときに足首でも咬まなかったものだ。
それに、そこの裏にあるオイルの樽置き場はミックがよくかくれんぼをしている。ミックも無事で本当によかった。
よく、一歩間違えば・・・というが、本当に我が家の誰かがその毒牙に掛かってもおかしくなかった。
今までも、普通のグゥ・シン(青大将の一種?)や、グゥ・キャオ(青ヘビ)などは店の中に入り込んでいたことがあったし、体長1メートルくらいあるオオトカゲが店の棚の下に寝ていたこともあった。
が、一発で命に関わるものが隠れていたことに正直動揺した私だった。
この辺の動物、特にヘビは雨季には雨を避けて家の中に入り込むのは知っていたが、まさか最近の寒さにこらえ切れず、避難したのか?
それとも、丸々太ったうまそうな我が家のネズミたちを狙って入り込んだのか?
その真相はもう頭が潰れているので明らかではない・・。
(頭が無事でも明らかにはならないが・・・)
とにかく家の中にも命に関わる危険が潜んでいる可能性もあることだけは、肝に銘じることになった出来事だった。
建設中の高層ビル上から、鉄筋が落ちてきたり、自動車で対向車が突っ込んで来たり、あるいは整備怠慢な飛行機が落ちたり・・・。
どこにでも一瞬で命に関わる危険性は潜んでいる。
それがこの家の中にも・・・。
今ある命に感謝しようと思った。
それにしても、我が家の居候はいろいろいるが、このグゥ・ハオと、グゥ・ジョンアーン(キングコブラ)には遠慮してもらいたいものだ。
「お~い!グゥ・ハオ!!グゥ・ハオだよ!」
といいながら、スコップの先で地面を叩いている。
私はミックを抱いて見に行った。
家の前のコンクリートの地面には、まだ尻尾の先が動いているが頭は潰されたコブラがいた。
私は「グゥ・ハオ=コブラ」という認識がなかったので、その危険性がすぐには理解できなかったが、以前、主人の友人の兄が咬まれて、近所の病院で「様子を見ましょう」と言われて、亡くなったというのがこのコブラによる毒だったと聞いて改めて驚いた。
その目の前で潰されているコブラは、実は店の中のいつも私が計算や注文などの仕事に使っている事務机の下から出てきたのだと聞いて、背筋が寒くなった。
よく、私がそこに座っているときに足首でも咬まなかったものだ。
それに、そこの裏にあるオイルの樽置き場はミックがよくかくれんぼをしている。ミックも無事で本当によかった。
よく、一歩間違えば・・・というが、本当に我が家の誰かがその毒牙に掛かってもおかしくなかった。
今までも、普通のグゥ・シン(青大将の一種?)や、グゥ・キャオ(青ヘビ)などは店の中に入り込んでいたことがあったし、体長1メートルくらいあるオオトカゲが店の棚の下に寝ていたこともあった。
が、一発で命に関わるものが隠れていたことに正直動揺した私だった。
この辺の動物、特にヘビは雨季には雨を避けて家の中に入り込むのは知っていたが、まさか最近の寒さにこらえ切れず、避難したのか?
それとも、丸々太ったうまそうな我が家のネズミたちを狙って入り込んだのか?
その真相はもう頭が潰れているので明らかではない・・。
(頭が無事でも明らかにはならないが・・・)
とにかく家の中にも命に関わる危険が潜んでいる可能性もあることだけは、肝に銘じることになった出来事だった。
建設中の高層ビル上から、鉄筋が落ちてきたり、自動車で対向車が突っ込んで来たり、あるいは整備怠慢な飛行機が落ちたり・・・。
どこにでも一瞬で命に関わる危険性は潜んでいる。
それがこの家の中にも・・・。
今ある命に感謝しようと思った。
それにしても、我が家の居候はいろいろいるが、このグゥ・ハオと、グゥ・ジョンアーン(キングコブラ)には遠慮してもらいたいものだ。
Posted by バットニャオ at
03:51
│Comments(7)
2008年12月08日
タビヤンバーン(戸籍簿)
だいぶ前になるが、市役所に勤めている主人の友人から、
「奥さんのタビヤンバーン(戸籍簿)が作れるから、必要書類を揃えて持って来い」という連絡が入り、パスポートのコピーやら、子供たちのスティバット(出生届証明書)やら、読めるはずもないのに日本の戸籍まで用意しろとのことで、わざわざ日本から取り寄せて持って行った。
しかし、その場で出来るものと思っていたら、そこはタイのお役所仕事。
当日は、市長が不在とかで「お預かり」になり、それから何日しても何の連絡もなかった・・・。
ところが「忘れた頃にやってくる」とはこのことで、本当に忘れていた今頃になって、突然連絡が入り、先日主人が受け取りに行って来たのが、この「タビヤンバーン」である。
上の紺色のは、一般的なタイ人のタビヤンバーン。
下の黄色のが、外国人用のタビヤンバーン。
ページをめくると1ページ目には、タイ人のタビヤンバーンと同じ、家の所在地や種類などが記録されている。
これは、我が家の主人や子供が記載されている「タイ人専用」そのままである。
どこが違うのかと言えば、ページの一番下の隅に、
「タイ国における、法に適わない、または暫時的な滞在者」という但し書きが、全ページに印刷されているところである。
つまりこれは、タイ国籍を有していない外国人用の戸籍簿だというわけである。
もう一枚ページをめくると、戸籍の筆頭者のページになる。
このタビヤンバーンの戸籍の筆頭者は、何故か私になっていた。
もう一つの我が家のタイ人用戸籍は、もちろん主人が戸籍の筆頭者である。
同じ家の戸籍が二つ・・・何だか本物と偽物のようだ。
しかも、私にはパスポート番号や免許証番号はあっても、国民IDなどあるわけがないのに、このタビヤンバーンには何故か私の国民IDまで記入されている。
・・・・?
でも、これを見て調子に乗った私は、例の近所の市立病院で、「30バーツ医療のカード」を作れるかも知れない・・・と企んだ。
以前子供のカードや主人のカードを申し込んだ事務局に行き、そ知らぬ顔でカード作成を申し込んだ。
しばらく待って、パソコン画面とにらめっこしていた係りの看護婦がこう言った。
「う~ん・・。残念ですが、このタビヤンバーンではカードは作れませんね。ID番号のデータが何もないんです。」
・・・・やっぱり。
このID番号はデータ無しの幽霊番号だったか。
普通、タイ人は出生届と同時に国民ID番号が自動的に決まる。
タイ人でない私には、あるはずのない番号だった・・・。
適当に番号を入れるのなら空白にしておけばいいのに・・・。
さすがは、タイのお役所仕事である。
空白では見た目がよろしくないから、とりあえず埋めておこうというところか。
お茶代やお昼代ばかりせびってないで、もう少ししっかり仕事をしてもらいたい。
ちなみに今回のお礼は、友人と言うことで、「リージェンシーのボトル1本」だった・・・・。
後日談だが、私が冗談で「色つきの酒はもったいないから、ラオカーオ(焼酎)にしておけば・・。」と主人に言ったら、なんと友人に暴露してしまったので、しばらく合わせる顔がなかった・・・。
2008年12月07日
我が家の居候~その1
我が家の居候です。
といっても、住んでいるのは庭先。
最近はイサーンも寒くなってきたので、庭先に生えているノイナーの木で日向ぼっこです。
我が家の庭には、キンガー(カメレオンの仲間?)が何匹か棲息しているのですが、この子が一番よく顔を出します。
「キンガー」はタイ語ですが、イサーン語では、
「キーカッポーム」と呼びます。
よく小学生の子供などが、小さな投げ縄を作って口笛を吹きながら、背後から忍び寄り、首にサッとくぐらせて捕まえますが、あれは食用にするそうです。
口笛を聞くと、このキーカッポームたちは動きが止まってしまうそうで、捕まえるためのわざなのです。
本当に、何でも食べてしまうのがタイ人です。
呆れて物も言えません。
食べ物に困って・・・というのなら許せますが、3時のおやつにされたのでは、キーカッポームたちもたまったものではありません。
私はキーカッポームが大好きなので、かわいそうで、そういうことをする子供の首に縄を掛けてやりたくなります・・・。
幸いにも我が家のキーカッポームくんたちは今のところ無事ですが・・・。

といっても、住んでいるのは庭先。
最近はイサーンも寒くなってきたので、庭先に生えているノイナーの木で日向ぼっこです。
我が家の庭には、キンガー(カメレオンの仲間?)が何匹か棲息しているのですが、この子が一番よく顔を出します。
「キンガー」はタイ語ですが、イサーン語では、
「キーカッポーム」と呼びます。
よく小学生の子供などが、小さな投げ縄を作って口笛を吹きながら、背後から忍び寄り、首にサッとくぐらせて捕まえますが、あれは食用にするそうです。
口笛を聞くと、このキーカッポームたちは動きが止まってしまうそうで、捕まえるためのわざなのです。
本当に、何でも食べてしまうのがタイ人です。
呆れて物も言えません。
食べ物に困って・・・というのなら許せますが、3時のおやつにされたのでは、キーカッポームたちもたまったものではありません。
私はキーカッポームが大好きなので、かわいそうで、そういうことをする子供の首に縄を掛けてやりたくなります・・・。
幸いにも我が家のキーカッポームくんたちは今のところ無事ですが・・・。
Posted by バットニャオ at
01:46
│Comments(9)
2008年12月06日
再開
家庭の事情で、しばらくお休みしていましたが、なんとか納まりましたので、またブログ再開します。
お休み中、覗きに来てくださった皆様、ありがとうございました。
これからは、少しペースが落ちるかも知れませんが、ゆっくり続けて行きたいと思います。
これからも宜しくお願いします。
お休み中、覗きに来てくださった皆様、ありがとうございました。
これからは、少しペースが落ちるかも知れませんが、ゆっくり続けて行きたいと思います。
これからも宜しくお願いします。
タグ :再開
Posted by バットニャオ at
01:09
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