2012年02月29日
ノンブアラウェー交差点
もうだいぶ前になるが、交通事故が毎週のように発生した時期もある我が家の真ん前にある通称「ノンブアラウェー交差点」。
私が見知らぬ人から、「家はどこ?どこに住んでるの?」と聞かれたら、「ノンブアラウェー交差点のところ」と答えておけば、まず間違いはない。
その交通事故が立て続いた時期には、地元警察や地元の民間役員が指揮を執って、近所にある寺の有名な大僧侶を招いて、交差点の一角で、早朝から「タムブン・タックバーツ(寄進・托鉢)」と呼ばれる、僧侶をもてなし御祓いをしてもらった成果か、その後ぱったりと不可思議な事故がなくなった。
「不可思議な事故」というのは、恋人同士の乗ったオートバイが猛スピードで赤信号に突っ込み、交差した道路を走行中のトラックに衝突したとか、どうしても「何で?」と首を傾げるような事故ばかりだった。
その交差点で、一昨日久しぶりに、「キーーーッツ、ドーン!!」という、ブレーキ音に続く衝突音がした。
それほど大きな音ではなかったので、最初は事故に至らないかったのかと思ったが、道路の脇の方で何やら罵声が聞こえたので、「あ、やっぱり事故か・・。」と気が付いた。
事故の当事者同士が、お互いに自分の正当性を主張し相手を罵っているのが聞こえた。
よく、「事故でとりあえず誤るのが日本人の欠点である、海外ではそれでは通用しない・・・」などと言われるが、ここタイだって、明らかに自分のミスだと分かっていれば、「いや~、ハハハ・・・。」などと得意の「タイ人の微笑み」で誤魔化して、事を穏便に済まそうとするのがタイ人である。
ところが、今回は珍しく双方が言い争っている。
そんな風景を遠目に眺めているうちに、交差点を通過する車の動きがおかしいことに気が付いた。
そして、肝心の交差点を見てそれを確信した。
そう!交差点が「ウールー(エラー)」、つまり無茶苦茶になってしまっていたのだ。
我が家の前の信号はいつまで経っても赤のまま、向こう側の信号は青のままらしく、乗用車もオートバイも大型も、ビュンビュンと猛スピードで交差点を通過している。
いつもなら、それもほんの数分なのに、今日はいつまで経っても変わらない。
そうかと思うと、我が家の横からチャトラットに向かう交差車線の信号も青らしく、右側から突進する車両の列に少し遠慮しながらも、やはりかなりのスピードで直進する車が後を絶たない・・・。
つまり、今回の事故の原因は、「赤信号の故障」らしかった。
衝突した本人たちの主張も、お互いに「自分は青信号を直進しただけ」である。
交差する車線の信号がどちらも青信号・・という困った事態が事故を引き起こしたのである。
さて、その2台の事故の審判がどうなったか、それは知らないが、その事故の後も、それから2日経っても、この「ノンブアラウェー交差点」の赤信号は未だに消灯したままである。
朝と夕方の近所の学校の中高生が群れを成して、この交差点を通過する時間帯だけは、交差点の交番から警察官が出てきて、交通整理もどきをしているが、それ以外の時間帯は、それぞれの責任に任せて、点滅しない交差点を四方から来るそれぞれの車両がなんとかぶつからずに往来している。
警察官も、その少しの時間帯だけの交通整理以外は、まったく出てこようともせず、交差点の脇に「信号故障中」とだけ書かれた200リットルドラム缶を置いただけ・・・。
これで、交差点を通過する前に故障中だと分かる人がどれだけいるのか・・・。
我が家の前は、確かに田舎なのでバンコクなどの都市ほど交通量は多くないのだが、それにしても、ナコンサワンからチャイヤプムの中心部に入り、コンケーン、ルーイなど県に通じる主要道路なので、大型牽引車なども盛んに往来する。
普通、日本の感覚で考えたら、「信号故障」となったすぐ直後には、関係者を呼んで修理を始め、一時間もしないうちに元通り・・と言うのが当然だと思うのだが、さすがはタイの田舎町・・・。
もう今日で3日目に入るが、消灯したままの信号で、最初の事故以外は何事もなく日常が流れている。
いったい、いつになったらこの交差点が元に戻るのか?
修理人がいないのか、それとも修理する予算がないのか?
普段、この交差点で蓄えている交通違反(ノーヘル、免許不携帯など)の罰金はどこに行ってしまったのか?
やはり、こういうときのために徴収するのではなく、とっくに警察官たちの腹に蓄えられてしまったのかも知れない。

問題の交差点と、我が家のちょうど反対側にある交番
更新しました!
『子供に学ぶタイ語』最新記事「ミックのお店屋さん」
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私が見知らぬ人から、「家はどこ?どこに住んでるの?」と聞かれたら、「ノンブアラウェー交差点のところ」と答えておけば、まず間違いはない。
その交通事故が立て続いた時期には、地元警察や地元の民間役員が指揮を執って、近所にある寺の有名な大僧侶を招いて、交差点の一角で、早朝から「タムブン・タックバーツ(寄進・托鉢)」と呼ばれる、僧侶をもてなし御祓いをしてもらった成果か、その後ぱったりと不可思議な事故がなくなった。
「不可思議な事故」というのは、恋人同士の乗ったオートバイが猛スピードで赤信号に突っ込み、交差した道路を走行中のトラックに衝突したとか、どうしても「何で?」と首を傾げるような事故ばかりだった。
その交差点で、一昨日久しぶりに、「キーーーッツ、ドーン!!」という、ブレーキ音に続く衝突音がした。
それほど大きな音ではなかったので、最初は事故に至らないかったのかと思ったが、道路の脇の方で何やら罵声が聞こえたので、「あ、やっぱり事故か・・。」と気が付いた。
事故の当事者同士が、お互いに自分の正当性を主張し相手を罵っているのが聞こえた。
よく、「事故でとりあえず誤るのが日本人の欠点である、海外ではそれでは通用しない・・・」などと言われるが、ここタイだって、明らかに自分のミスだと分かっていれば、「いや~、ハハハ・・・。」などと得意の「タイ人の微笑み」で誤魔化して、事を穏便に済まそうとするのがタイ人である。
ところが、今回は珍しく双方が言い争っている。
そんな風景を遠目に眺めているうちに、交差点を通過する車の動きがおかしいことに気が付いた。
そして、肝心の交差点を見てそれを確信した。
そう!交差点が「ウールー(エラー)」、つまり無茶苦茶になってしまっていたのだ。
我が家の前の信号はいつまで経っても赤のまま、向こう側の信号は青のままらしく、乗用車もオートバイも大型も、ビュンビュンと猛スピードで交差点を通過している。
いつもなら、それもほんの数分なのに、今日はいつまで経っても変わらない。
そうかと思うと、我が家の横からチャトラットに向かう交差車線の信号も青らしく、右側から突進する車両の列に少し遠慮しながらも、やはりかなりのスピードで直進する車が後を絶たない・・・。
つまり、今回の事故の原因は、「赤信号の故障」らしかった。
衝突した本人たちの主張も、お互いに「自分は青信号を直進しただけ」である。
交差する車線の信号がどちらも青信号・・という困った事態が事故を引き起こしたのである。
さて、その2台の事故の審判がどうなったか、それは知らないが、その事故の後も、それから2日経っても、この「ノンブアラウェー交差点」の赤信号は未だに消灯したままである。
朝と夕方の近所の学校の中高生が群れを成して、この交差点を通過する時間帯だけは、交差点の交番から警察官が出てきて、交通整理もどきをしているが、それ以外の時間帯は、それぞれの責任に任せて、点滅しない交差点を四方から来るそれぞれの車両がなんとかぶつからずに往来している。
警察官も、その少しの時間帯だけの交通整理以外は、まったく出てこようともせず、交差点の脇に「信号故障中」とだけ書かれた200リットルドラム缶を置いただけ・・・。
これで、交差点を通過する前に故障中だと分かる人がどれだけいるのか・・・。
我が家の前は、確かに田舎なのでバンコクなどの都市ほど交通量は多くないのだが、それにしても、ナコンサワンからチャイヤプムの中心部に入り、コンケーン、ルーイなど県に通じる主要道路なので、大型牽引車なども盛んに往来する。
普通、日本の感覚で考えたら、「信号故障」となったすぐ直後には、関係者を呼んで修理を始め、一時間もしないうちに元通り・・と言うのが当然だと思うのだが、さすがはタイの田舎町・・・。
もう今日で3日目に入るが、消灯したままの信号で、最初の事故以外は何事もなく日常が流れている。
いったい、いつになったらこの交差点が元に戻るのか?
修理人がいないのか、それとも修理する予算がないのか?
普段、この交差点で蓄えている交通違反(ノーヘル、免許不携帯など)の罰金はどこに行ってしまったのか?
やはり、こういうときのために徴収するのではなく、とっくに警察官たちの腹に蓄えられてしまったのかも知れない。
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2011年12月30日
一期一会~ロット・タイ(トラクター)のその後
それは、先週のある朝のことだった・・・・。
いつものように年末が近いせいか、朝から店が忙しく、何人もの客が同時に買いに来たり、そうかと思うと、一人終わるとまた次が・・・というように、息付く暇もなく、昼近くになってもまだ朝ごはんも食べていない・・という日だった。
さあ、今度こそこの暇に朝ごはんを食べるぞ!・・と思っていたところ、家の前を二台のピックアップトラックが通過し、家の横に停めてあるロット・タイ(トラクター)の方で停まった感じがした。
それ以前にも、冷やかしや値段を聞くだけ・・などで一日数人の客がロット・タイを見に来ることがよくあった。
そのたびに売れるかな・・?と期待に胸を膨らませていた長女も、最近では「もう誰も買わないよ。」などと半ば投げやりな口調になっていた。
それ以前にも、あまりにも客が塗装もはげたり、錆びた部分も目立つ外見に文句を付けるので、このままで値段を上げずに売るはずだったのを、思い切って塗装もやり直し、外見を新品のようにして売るか!と内部の整備をし直すために、部品を外し始めたら、修理工だという人が来て、「明日、知人を連れて見に来るから・・元の状態にしておいて欲しい」(知人に売って、うちから紹介料を貰い、自分が修理をして修理代を稼ぐため)などと言い、せっかく外し始めたのを元に戻して待っていたら、何日経っても来ない・・・ということもあった。
そんな経緯から、家の中では、「売れなかったら、自分で乗ればいいよ。」という主人、(乗ってどうするんだ?また副業で畑の耕作でも請け負うのか?)「新品同様に仕上げて金持ちにしか買えないくらいに、値段を吊り上げちゃえば?」という私・・・とそれぞれの思惑が交錯していた。
ロット・タイが我が家に来てから、家の中から見える横庭に置かれた、その車体は最初は「売れない売れない・・」と目障りな存在だったが、最近ではその古びたロット・タイがあることが普通になっていた。
そうして、そんな朝にやってきた客は、最初はいつものように冷やかし客かと思っていたが、二台のピックアップで来た4,5人の客は、しばらくロット・タイを取り囲んでいたり、こっちの店の前に来て主人を呼んだり、そうしてまた見に行ったり・・・と行ったり来たりを繰り返していた。
そんな客の行動にも、忙しさのあまり大した興味も示さなかった私だったが、小一時間ほど観察をした後、結局引き上げて行ったのは確認していた。
ところが主人とは、かなり話を進めていたようで、その日のうちに手付け金として、手持ちの数千バーツを払って行ったらしかった。
何十万バーツの買い物に数千バーツの手付け金というのは少なすぎるが、手持ちのお金で急いで手付けしたというのは、かなり本気なのだと思われた。
・・・次回に続きます。
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いつものように年末が近いせいか、朝から店が忙しく、何人もの客が同時に買いに来たり、そうかと思うと、一人終わるとまた次が・・・というように、息付く暇もなく、昼近くになってもまだ朝ごはんも食べていない・・という日だった。
さあ、今度こそこの暇に朝ごはんを食べるぞ!・・と思っていたところ、家の前を二台のピックアップトラックが通過し、家の横に停めてあるロット・タイ(トラクター)の方で停まった感じがした。
それ以前にも、冷やかしや値段を聞くだけ・・などで一日数人の客がロット・タイを見に来ることがよくあった。
そのたびに売れるかな・・?と期待に胸を膨らませていた長女も、最近では「もう誰も買わないよ。」などと半ば投げやりな口調になっていた。
それ以前にも、あまりにも客が塗装もはげたり、錆びた部分も目立つ外見に文句を付けるので、このままで値段を上げずに売るはずだったのを、思い切って塗装もやり直し、外見を新品のようにして売るか!と内部の整備をし直すために、部品を外し始めたら、修理工だという人が来て、「明日、知人を連れて見に来るから・・元の状態にしておいて欲しい」(知人に売って、うちから紹介料を貰い、自分が修理をして修理代を稼ぐため)などと言い、せっかく外し始めたのを元に戻して待っていたら、何日経っても来ない・・・ということもあった。
そんな経緯から、家の中では、「売れなかったら、自分で乗ればいいよ。」という主人、(乗ってどうするんだ?また副業で畑の耕作でも請け負うのか?)「新品同様に仕上げて金持ちにしか買えないくらいに、値段を吊り上げちゃえば?」という私・・・とそれぞれの思惑が交錯していた。
ロット・タイが我が家に来てから、家の中から見える横庭に置かれた、その車体は最初は「売れない売れない・・」と目障りな存在だったが、最近ではその古びたロット・タイがあることが普通になっていた。
そうして、そんな朝にやってきた客は、最初はいつものように冷やかし客かと思っていたが、二台のピックアップで来た4,5人の客は、しばらくロット・タイを取り囲んでいたり、こっちの店の前に来て主人を呼んだり、そうしてまた見に行ったり・・・と行ったり来たりを繰り返していた。
そんな客の行動にも、忙しさのあまり大した興味も示さなかった私だったが、小一時間ほど観察をした後、結局引き上げて行ったのは確認していた。
ところが主人とは、かなり話を進めていたようで、その日のうちに手付け金として、手持ちの数千バーツを払って行ったらしかった。
何十万バーツの買い物に数千バーツの手付け金というのは少なすぎるが、手持ちのお金で急いで手付けしたというのは、かなり本気なのだと思われた。
・・・次回に続きます。
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2011年04月13日
我が家の学期休み~ソンクラーン編~
明日からソンクラーンが始まります。
我が家の前の大通りは、もう数日前から都会帰りの出稼ぎタクシー運転手の派手なタクシーや、貨物トラックの荷台に、引越しかと思うほどの家財と大勢の人を乗せた、里帰り組みのトラックなどが行き来し、年に三度あると言われる正月の中でも、さすがに「タイ元来の正月」の貫禄を見せてくれます。
ほぼ毎年、実家の義母宅に「新年の水送り」の儀式をした後、県内の馴染みのお寺周り・・で終わるのですが、今年は、最近になって急に連絡が取れない高校時代の同級生の女性を訪ねて行こうと思い立った主人は、同じく高校時代の同級生の子供と仲のいい、次男を連れてバンコクへ・・・数日は帰って来ません。
お陰で、思いもよらず、開店以来初めてではないか・・という、主人の予定に付き合わなくていい「自由な休日」を手に入れたのは、私と長男。
長女は学校で先生のタムブンの手伝いがあるとかで、14日は休日出勤ならぬ休日登校。
明日は、遊びたい盛りなのか、友達とわざわざチャイヤプムの街中まで水掛けに出掛けるそうです。
もともと、開店以来、毎年14日は、一年で一日だけ、「この日は商売をしてはいけない、休みなさい」とお坊様から、説教されている日で、毎年、この日を中心にして、どこかに出掛けるか・・という予定を主人が独断で決めています。
先にも書いたように、大体一般的な正月風景で、まずは年長者に敬意を込めての「水送り」を行い、その後、お寺に行ったり、途中で滝に寄ったりして遊び、その道中で、水掛けを楽しむというのが一般的な田舎のソンクラーンです。
中には、街中でびしょびしょに濡れたままで、デパートなどのショッピングセンターに入って、唇を青くして震えている人もいますが、この時期の冷房は全開なので、まず休み明けに風邪を引きます。
それが、今年はその14日店のシャッターを締め切って、家の中でゴロゴロ、昼間から自分の好きなことが出来る!普段から年中無休で仕事に追われている私と長男には、夢のような一日です。
誰が呼んでも絶対に開けるものか!と今から二人で誓っています。
もっとも、その前後の13日、15日以降は、私は売り上げを伸ばしたいので、一人でも開店するつもりですが・・・。
とりあえず、このソンクラーンの予定報告まで・・・。

更新しました!!
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我が家の前の大通りは、もう数日前から都会帰りの出稼ぎタクシー運転手の派手なタクシーや、貨物トラックの荷台に、引越しかと思うほどの家財と大勢の人を乗せた、里帰り組みのトラックなどが行き来し、年に三度あると言われる正月の中でも、さすがに「タイ元来の正月」の貫禄を見せてくれます。
ほぼ毎年、実家の義母宅に「新年の水送り」の儀式をした後、県内の馴染みのお寺周り・・で終わるのですが、今年は、最近になって急に連絡が取れない高校時代の同級生の女性を訪ねて行こうと思い立った主人は、同じく高校時代の同級生の子供と仲のいい、次男を連れてバンコクへ・・・数日は帰って来ません。
お陰で、思いもよらず、開店以来初めてではないか・・という、主人の予定に付き合わなくていい「自由な休日」を手に入れたのは、私と長男。
長女は学校で先生のタムブンの手伝いがあるとかで、14日は休日出勤ならぬ休日登校。
明日は、遊びたい盛りなのか、友達とわざわざチャイヤプムの街中まで水掛けに出掛けるそうです。
もともと、開店以来、毎年14日は、一年で一日だけ、「この日は商売をしてはいけない、休みなさい」とお坊様から、説教されている日で、毎年、この日を中心にして、どこかに出掛けるか・・という予定を主人が独断で決めています。
先にも書いたように、大体一般的な正月風景で、まずは年長者に敬意を込めての「水送り」を行い、その後、お寺に行ったり、途中で滝に寄ったりして遊び、その道中で、水掛けを楽しむというのが一般的な田舎のソンクラーンです。
中には、街中でびしょびしょに濡れたままで、デパートなどのショッピングセンターに入って、唇を青くして震えている人もいますが、この時期の冷房は全開なので、まず休み明けに風邪を引きます。
それが、今年はその14日店のシャッターを締め切って、家の中でゴロゴロ、昼間から自分の好きなことが出来る!普段から年中無休で仕事に追われている私と長男には、夢のような一日です。
誰が呼んでも絶対に開けるものか!と今から二人で誓っています。
もっとも、その前後の13日、15日以降は、私は売り上げを伸ばしたいので、一人でも開店するつもりですが・・・。
とりあえず、このソンクラーンの予定報告まで・・・。
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2010年02月26日
氾濫する日本語?
オークパンサー後のこの数ヶ月、かなり忙しい状況の我が家である。
オークパンサーの後は他の時期でもある稲刈りや芋の収穫のほかに、何よりもオーイ(サトウキビ)の収穫が始まるので、農作業用の耕運機やトラクターのほかに、その収穫物の運搬用の中型大型トラックの部品もよく売れる。
何しろ、動けばどこか壊れるのがタイの自動車なので、仕事に使おうと思った途端に壊れて、修理・・・・という状況なのである。
そういうわけで、最近は、我が家もお陰さまでだいぶ売り上げが伸びて、忙しくて悲鳴を上げている状況だったりする。
さて、商品が売れれば、その補充に仕入れも増えてくるわけで、このところ、週に3回来る運送会社のトラックが毎回どっさりと商品を運んでくる・・・・。
そうすると、忙しくなるのは私である。
我が家の主人は、『店主様』なので、こういう下っ端の仕事は何故かやろうとしない。
普通、嫁が外国人なのだから、店には出ず、家の奥で家事をしている・・・と思うのが普通だが、何故か、我が家は外国人の嫁が店の在庫チェックから、仕入れの注文、届いた商品のチェックと価格付け、そして接客はもちろん、職人的作業までやらされている。
今日も、お客が「あんたは自国にいたときから、こう言う仕事をやっていたのか?」と聞かれた。
もちろん、接客業も初めてなら、自動車の部品なんて触ったこともなかったのに・・・。
それはさておき・・・。
そういうわけで、今日も山のようにいくつかの会社から届いた私への仕事。
それをチェックしているうちに、こんな商品の箱が目に留まった。

一体何が言いたいのか・・・?

側面にもやはり同じ文字の列が・・・。

中身はブレーキディスク(と日本語では言うらしい・・)。
この日本語(というより平仮名の羅列・・)と、この「カーム・ブレーキ」(ブレーキディスクのタイ語)の間に一体どんな繋がりが・・・?
よくある日本語(というより雑誌の文字を切り抜いたような単語)がプリントしてあるTシャツではないが、日本語の分かる人にはよく分からない・・という難解な日本語もどきの世界・・・・。
Tシャツなどはファッションで日本語がカッコいいと言うことなのかも知れないが、こういう自動車部品などでは、タイの自動車市場の大半を占める日本車の普及率と、日本車人気で、その部品も日本語(もどき)で表示するだけで、日本語がよく分からない一般人には「おお!日本製か!純正部品だ!」などという誤解を与えるのだろうか、とても売りやすいようだ。
日本人の私が見れば、明らかに中国製や韓国製、もしくはタイ国内製の部品にあやしい「中国人の書いた日本語」や「タイ人の書いた日本語」が印刷されているに過ぎないのだが、普通のタイ人には見分けはつかない。
それも、田舎の農作業者などはもちろんのこと、自動車部品のセールスマンでさえ、日本製だと信じていたりするから困ったものだ。
真顔で、「これは日本の純正部品だから、高いんです。」などと説明してくるが、印刷されているのは、簡体字の混じった日本語だったりする。
私が普通のタイ人だったら、「そうなんですか。」などと納得させられてしまいそうだが、こんなイサーンの片隅に住んでいても日本人は日本人。
「偽物じゃん・・・。」と内心思いながら、薄ら笑いを浮かべる。
そういえば、先日届いた荷物にもこんな商品が入っていた。

これは、溶接用の持ち手。その箱には誤解を与えるようなカタカナが・・・。
荷物の箱を開けて、これを最初に見たときは、一瞬目が点に・・・・・。
しばらく日本語を見慣れていない私には、
「タイクソ」としか読めなかった・・・・。
「タイクソ」とは、タイに恨みでも持っている人が、タイの悪口を書いたのか?
・・・・いや、待てよ。この手のカタカナはどこかで見たことがあるような・・・・。
そうだ、日本語を見よう見真似で練習した主人の書くカタカナに似ている。
カタカナの文字のバランスと言うか、角度や長さが微妙に違って別の文字に見える。
文字を一つずつ単体で覚えていき、全部覚えていないから、角度の違いで別の文字になってしまうということに気がつかない。
私たち、外国人がタイ文字を習うのにも共通する。長さの違いや向きの違いなどで別の文字になるのが、全体で覚えていないと、タイ文字初心者はよく間違えてしまったりする。
ところで、この「タイクソ」とはいったい何なのだろう?
その答えが、この箱をあらゆる側面から見直しても分からない。そして、中身を箱から出してようやく分かった・・・・。
中身の「溶接用の持ち手」(タイ語の直訳ですみません。日本語の呼び名が分かりません。)の持ち手部分に刻印されていたのは、
「MADE IN TAIWAN」 の文字。
ああ、なるほど・・・。
「タイクソ」ではなく、「タイワン」だったのか!
何故か、日本語(もどき)を使って「台湾製」ということをアピールしていたのだった。
わざわざ台湾をアピールしている商品。だがこれでも、普通のタイ人は日本製だと誤解するのだろう。
今に始まったことではないが、巷に氾濫する日本語に可笑しさをこらえきれない今日この頃である。
今週の更新を予定しています↓
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ということで、ワンクリック×2コお願いします。
オークパンサーの後は他の時期でもある稲刈りや芋の収穫のほかに、何よりもオーイ(サトウキビ)の収穫が始まるので、農作業用の耕運機やトラクターのほかに、その収穫物の運搬用の中型大型トラックの部品もよく売れる。
何しろ、動けばどこか壊れるのがタイの自動車なので、仕事に使おうと思った途端に壊れて、修理・・・・という状況なのである。
そういうわけで、最近は、我が家もお陰さまでだいぶ売り上げが伸びて、忙しくて悲鳴を上げている状況だったりする。
さて、商品が売れれば、その補充に仕入れも増えてくるわけで、このところ、週に3回来る運送会社のトラックが毎回どっさりと商品を運んでくる・・・・。
そうすると、忙しくなるのは私である。
我が家の主人は、『店主様』なので、こういう下っ端の仕事は何故かやろうとしない。
普通、嫁が外国人なのだから、店には出ず、家の奥で家事をしている・・・と思うのが普通だが、何故か、我が家は外国人の嫁が店の在庫チェックから、仕入れの注文、届いた商品のチェックと価格付け、そして接客はもちろん、職人的作業までやらされている。
今日も、お客が「あんたは自国にいたときから、こう言う仕事をやっていたのか?」と聞かれた。
もちろん、接客業も初めてなら、自動車の部品なんて触ったこともなかったのに・・・。
それはさておき・・・。
そういうわけで、今日も山のようにいくつかの会社から届いた私への仕事。
それをチェックしているうちに、こんな商品の箱が目に留まった。
一体何が言いたいのか・・・?
側面にもやはり同じ文字の列が・・・。
中身はブレーキディスク(と日本語では言うらしい・・)。
この日本語(というより平仮名の羅列・・)と、この「カーム・ブレーキ」(ブレーキディスクのタイ語)の間に一体どんな繋がりが・・・?
よくある日本語(というより雑誌の文字を切り抜いたような単語)がプリントしてあるTシャツではないが、日本語の分かる人にはよく分からない・・という難解な日本語もどきの世界・・・・。
Tシャツなどはファッションで日本語がカッコいいと言うことなのかも知れないが、こういう自動車部品などでは、タイの自動車市場の大半を占める日本車の普及率と、日本車人気で、その部品も日本語(もどき)で表示するだけで、日本語がよく分からない一般人には「おお!日本製か!純正部品だ!」などという誤解を与えるのだろうか、とても売りやすいようだ。
日本人の私が見れば、明らかに中国製や韓国製、もしくはタイ国内製の部品にあやしい「中国人の書いた日本語」や「タイ人の書いた日本語」が印刷されているに過ぎないのだが、普通のタイ人には見分けはつかない。
それも、田舎の農作業者などはもちろんのこと、自動車部品のセールスマンでさえ、日本製だと信じていたりするから困ったものだ。
真顔で、「これは日本の純正部品だから、高いんです。」などと説明してくるが、印刷されているのは、簡体字の混じった日本語だったりする。
私が普通のタイ人だったら、「そうなんですか。」などと納得させられてしまいそうだが、こんなイサーンの片隅に住んでいても日本人は日本人。
「偽物じゃん・・・。」と内心思いながら、薄ら笑いを浮かべる。
そういえば、先日届いた荷物にもこんな商品が入っていた。
これは、溶接用の持ち手。その箱には誤解を与えるようなカタカナが・・・。
荷物の箱を開けて、これを最初に見たときは、一瞬目が点に・・・・・。
しばらく日本語を見慣れていない私には、
「タイクソ」としか読めなかった・・・・。
「タイクソ」とは、タイに恨みでも持っている人が、タイの悪口を書いたのか?
・・・・いや、待てよ。この手のカタカナはどこかで見たことがあるような・・・・。
そうだ、日本語を見よう見真似で練習した主人の書くカタカナに似ている。
カタカナの文字のバランスと言うか、角度や長さが微妙に違って別の文字に見える。
文字を一つずつ単体で覚えていき、全部覚えていないから、角度の違いで別の文字になってしまうということに気がつかない。
私たち、外国人がタイ文字を習うのにも共通する。長さの違いや向きの違いなどで別の文字になるのが、全体で覚えていないと、タイ文字初心者はよく間違えてしまったりする。
ところで、この「タイクソ」とはいったい何なのだろう?
その答えが、この箱をあらゆる側面から見直しても分からない。そして、中身を箱から出してようやく分かった・・・・。
中身の「溶接用の持ち手」(タイ語の直訳ですみません。日本語の呼び名が分かりません。)の持ち手部分に刻印されていたのは、
「MADE IN TAIWAN」 の文字。
ああ、なるほど・・・。
「タイクソ」ではなく、「タイワン」だったのか!
何故か、日本語(もどき)を使って「台湾製」ということをアピールしていたのだった。
わざわざ台湾をアピールしている商品。だがこれでも、普通のタイ人は日本製だと誤解するのだろう。
今に始まったことではないが、巷に氾濫する日本語に可笑しさをこらえきれない今日この頃である。
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2010年01月17日
「ロー・ドゥー・アーカーン」 รอดูอาการ=様子を見る
一昨日のことだった。
我が家の並びのアーカンパニット(商業用住宅)の電機系統の修理屋から、修理を終えて出てきたロット・イテーン(田舎で走っている農作物搬送用のトラックを真似した車)に、その前の大通りを右から直進して来たオートバイが激突した。

KUBOTAのエンジンを前方につけて、日本の中古車のギアや車軸、タイヤを土台にして、あとは鉄と材木で作ったタイ国産車?のロット・イテーンと、後方に見えるのが、奥さんが事故にあった警察官のいる交番
以前から、事故が多発して何度もお祓いの儀式をしている我が家の前の交差点からは少し離れているが、今回も 「何で?」というような不可解な事故だった。
見晴らしはとてもよく、脇道から出るロット・イテーンがスピードを出して大通りに飛び出すはずはないから、オートバイがよそ見でもしなければ、事故が起きようが無い状況だった・・・・。
その原因は事故の瞬間を観ていたわけでもないので何も言えないが、実際そのオートバイはかなりのスピードでぶつかったらしく、オートバイはロット・イテーンの車体の下にもぐりこみ、運転していた女性はロット・イテーンの荷台部分に激突し、飛ばされたらしかった。
事故当初、どちらもそれほどのスピードで走る車でもないので、大した事故ではない思っていた私たちの予想を裏切って、事態はかなり深刻だという話を聞いたのは、その翌日である。
ロット・イテーンを運転していたのは、昨日、我が家にも部品を買いに来た客らしいが、オートバイに乗っていた方は、何と、我が家の斜向かいにある交番に勤務する警察官の奥さんだったという。
事故の直後、地元のレスキュー隊によって、すぐに事故現場から500メートルほどのところにある、「ノンブアラウェー病院」に救急で運ばれたが、医師の所見では、身体の骨折はともかくとして、頚骨にヒビが入っており、しかも多量の脳内出血があるらしく、「ここではとても手をつけられない」ということだったらしく、搬送されてからしばらくして、県中心部の「チャイヤプム病院」に搬送された。
私の家の前を確かに、事故からだいぶ経ってから、チャイヤプムに向かう救急車が通ったので、私も何となく、「あ~、ここじゃダメなんだな・・・。」と思ったのを覚えている。
ところが、ここ県で一番大きな病院でも、手の施しようがないというのか、手術に踏み切る医師がいない。
結局、田舎の病院と同じように「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ =「様子を見ましょう」)と言われ、またまた数時間の
「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)の後、今度はここチャイヤプムよりはマシだろうと思われる、コラートの病院に搬送されて行ったという。その後の消息はまだ伝わっていないが・・・。
ところで、「しばらくして」というのは、多分「2~3時間経って」くらいの時間が流れていたと思う。
その間、この田舎の病院でレントゲンや医師の診察のあと、またあの無駄な時間 「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)が流れていたのだろう。
概ね、田舎の病院で 「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)という言葉が出たら、それは「様子を見ましょう」ではなく、「手の施しようがない」という意味と等しい。
医師も手がつけられないから、見ているだけなのである。
以前にも、我が家の近くの病院で、「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)と言われて、「とりあえず点滴」程度の処置しかしてもらえず、病院のベッドの上で息を引き取ったケースはいくつもある。
難産で、子供が出て来れず、そのまま母体が犠牲になったケースもある。
また、身近なところでは、主人の親友の兄が草むらでコブラに咬まれこの病院に運ばれたが、例のごとく、「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)と言われ、隣町の病院にはあったという、コブラの血清を注射してもらえず、何の設備もないこの病院で2~3日の安静のあと、病院のベッドで息を引き取った。
しかし、明らかに病院側の過失だと思われるのに、友人の家族も、それで病院や医師を告訴することもない。
これも、その人の「กรรม(業)」(前世や現世で起こした過ち)。
現世での業を終えた後、新しい来世がやってくる・・・という思想に支えられて、世の中が動いている。
人の命の価値が日本のそれとは違うのが、このタイである。
裏ブログ?
イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
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我が家の並びのアーカンパニット(商業用住宅)の電機系統の修理屋から、修理を終えて出てきたロット・イテーン(田舎で走っている農作物搬送用のトラックを真似した車)に、その前の大通りを右から直進して来たオートバイが激突した。
KUBOTAのエンジンを前方につけて、日本の中古車のギアや車軸、タイヤを土台にして、あとは鉄と材木で作ったタイ国産車?のロット・イテーンと、後方に見えるのが、奥さんが事故にあった警察官のいる交番
以前から、事故が多発して何度もお祓いの儀式をしている我が家の前の交差点からは少し離れているが、今回も 「何で?」というような不可解な事故だった。
見晴らしはとてもよく、脇道から出るロット・イテーンがスピードを出して大通りに飛び出すはずはないから、オートバイがよそ見でもしなければ、事故が起きようが無い状況だった・・・・。
その原因は事故の瞬間を観ていたわけでもないので何も言えないが、実際そのオートバイはかなりのスピードでぶつかったらしく、オートバイはロット・イテーンの車体の下にもぐりこみ、運転していた女性はロット・イテーンの荷台部分に激突し、飛ばされたらしかった。
事故当初、どちらもそれほどのスピードで走る車でもないので、大した事故ではない思っていた私たちの予想を裏切って、事態はかなり深刻だという話を聞いたのは、その翌日である。
ロット・イテーンを運転していたのは、昨日、我が家にも部品を買いに来た客らしいが、オートバイに乗っていた方は、何と、我が家の斜向かいにある交番に勤務する警察官の奥さんだったという。
事故の直後、地元のレスキュー隊によって、すぐに事故現場から500メートルほどのところにある、「ノンブアラウェー病院」に救急で運ばれたが、医師の所見では、身体の骨折はともかくとして、頚骨にヒビが入っており、しかも多量の脳内出血があるらしく、「ここではとても手をつけられない」ということだったらしく、搬送されてからしばらくして、県中心部の「チャイヤプム病院」に搬送された。
私の家の前を確かに、事故からだいぶ経ってから、チャイヤプムに向かう救急車が通ったので、私も何となく、「あ~、ここじゃダメなんだな・・・。」と思ったのを覚えている。
ところが、ここ県で一番大きな病院でも、手の施しようがないというのか、手術に踏み切る医師がいない。
結局、田舎の病院と同じように「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ =「様子を見ましょう」)と言われ、またまた数時間の
「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)の後、今度はここチャイヤプムよりはマシだろうと思われる、コラートの病院に搬送されて行ったという。その後の消息はまだ伝わっていないが・・・。
ところで、「しばらくして」というのは、多分「2~3時間経って」くらいの時間が流れていたと思う。
その間、この田舎の病院でレントゲンや医師の診察のあと、またあの無駄な時間 「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)が流れていたのだろう。
概ね、田舎の病院で 「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)という言葉が出たら、それは「様子を見ましょう」ではなく、「手の施しようがない」という意味と等しい。
医師も手がつけられないから、見ているだけなのである。
以前にも、我が家の近くの病院で、「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)と言われて、「とりあえず点滴」程度の処置しかしてもらえず、病院のベッドの上で息を引き取ったケースはいくつもある。
難産で、子供が出て来れず、そのまま母体が犠牲になったケースもある。
また、身近なところでは、主人の親友の兄が草むらでコブラに咬まれこの病院に運ばれたが、例のごとく、「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)と言われ、隣町の病院にはあったという、コブラの血清を注射してもらえず、何の設備もないこの病院で2~3日の安静のあと、病院のベッドで息を引き取った。
しかし、明らかに病院側の過失だと思われるのに、友人の家族も、それで病院や医師を告訴することもない。
これも、その人の「กรรม(業)」(前世や現世で起こした過ち)。
現世での業を終えた後、新しい来世がやってくる・・・という思想に支えられて、世の中が動いている。
人の命の価値が日本のそれとは違うのが、このタイである。
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2010年01月14日
朝のニュースから。
あれは一昨日の朝だったか・・・。
普段通りの朝食とお弁当の支度が一段落し、これから朝ごはん!と言うときに、ふとテレビのニュースが耳に入った。
「アムナートチャルーン県に住む33歳の男が、警官を名乗って、女子高生を次々に強姦し、今回逮捕されたが、調べではその被害者は50人以上にも上る。さらにこの事件の問題点は、この男が数年前にHIVウィルスに感染していることが分かっており、事件の被害者は病院で感染の可能性を調べている。」
という内容だった。
タイでは、こういうニュースが朝の食事時でも普通に流れてくる。
数年前だったが、今でも印象が強くて忘れられないのが、中年の男に強姦されたという幼ない少女の遺体が、犯行時のままなのだろう、仰向けになって膝を曲げて両足を広げたままの姿勢で、夕暮れの川の浅瀬の真ん中にポツンと横たわっている、何とも言えない、寂しいような悲しいような切ない映像が、朝の朝食時に流れたことがある。
私は、この映像が忘れられず、今でも子供たちを目の届かない範囲に行かせるのは躊躇してしまう。
バンコクでタクシーに乗らなくなったのも、そのためである。(幸い田舎にはタクシーが存在しない。)
別にタクシー運転手が悪いというわけではないが、タイで見ず知らずの他人の車に乗るのは怖くなった。
話は戻って、今回の事件では、自分エイズに感染していることを知っていて、自暴自棄になっていたのだろうか、他人を巻き添えにしようとは迷惑な話である。
しかも、相手がまだ花も恥らう少女たちだと言うから、まだ未来のある少女たちに犯した罪は非常に重い。
私は、「こういう奴は百回くらい死刑にしても足りない!」と思ってしまった。
善人も悪人も信仰深いタイ人なのだから、こういう場合は、「出家してお寺に入って、心身の修行をしながら仏様に仕え、タムブンをたくさんして、残された人生を全うし、より良い来世のために備える」というところなのに、この有様は・・・。
やはり、タイの一般的な人々は、見掛けほど信仰深いわけでもないようである。
そういえば、これも数年前だが、このチャイヤプムでも、「パタヤでチャイヤプム出身のタイ人女性から、HIVに感染させられたドイツ人の男が、その女性を追って彼女の故郷に来て、その恨みを晴らそうと、次々とチャイヤプム県内の女性たちと交渉し、HIVウィルスに感染させた。」
という事件があった。
そういえば、以前、近所の人と話していたときに、「普通、商売の女性とかが危険だと思われるけど、この田舎で言えば、安全だと思われている普通の村娘の方が、はるかに危険度が高い。何も娯楽のない村だから、好奇心で夜のカラオケなんかで遊んで、酔った勢いでその辺の田んぼや草むらでやっている娘もいるし、恋人がバンコクや他県に出稼ぎに行って感染してくるケースも多い。それに、その村娘を相手にする男は安心しきっていて、全く無防備になっている。」
というようなことを言っていたのを思い出す。
一度の迷いが一生の後悔になることもある。
冒頭の男も、したことは許せないが、自分で感染しようとして感染したわけではないだろう。
でも、それを罪のない、見ず知らずの少女たちで憂さ晴らしとはやはり終身刑だろう。
しかし、どの事件もタイでは「日常」。
この事件が一日中放送されて、お茶の間の話題を独占することはない。ましてや、何日もテレビの取材陣を巻き込むこともない。
朝のニュースはあくまで朝のニュースの一コマで終わる。
それが、どんなに驚くような、残酷な事件でも・・・・。
そして、また普段の時間が過ぎて行く、それがタイの日常である。
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「アムナートチャルーン県に住む33歳の男が、警官を名乗って、女子高生を次々に強姦し、今回逮捕されたが、調べではその被害者は50人以上にも上る。さらにこの事件の問題点は、この男が数年前にHIVウィルスに感染していることが分かっており、事件の被害者は病院で感染の可能性を調べている。」
という内容だった。
タイでは、こういうニュースが朝の食事時でも普通に流れてくる。
数年前だったが、今でも印象が強くて忘れられないのが、中年の男に強姦されたという幼ない少女の遺体が、犯行時のままなのだろう、仰向けになって膝を曲げて両足を広げたままの姿勢で、夕暮れの川の浅瀬の真ん中にポツンと横たわっている、何とも言えない、寂しいような悲しいような切ない映像が、朝の朝食時に流れたことがある。
私は、この映像が忘れられず、今でも子供たちを目の届かない範囲に行かせるのは躊躇してしまう。
バンコクでタクシーに乗らなくなったのも、そのためである。(幸い田舎にはタクシーが存在しない。)
別にタクシー運転手が悪いというわけではないが、タイで見ず知らずの他人の車に乗るのは怖くなった。
話は戻って、今回の事件では、自分エイズに感染していることを知っていて、自暴自棄になっていたのだろうか、他人を巻き添えにしようとは迷惑な話である。
しかも、相手がまだ花も恥らう少女たちだと言うから、まだ未来のある少女たちに犯した罪は非常に重い。
私は、「こういう奴は百回くらい死刑にしても足りない!」と思ってしまった。
善人も悪人も信仰深いタイ人なのだから、こういう場合は、「出家してお寺に入って、心身の修行をしながら仏様に仕え、タムブンをたくさんして、残された人生を全うし、より良い来世のために備える」というところなのに、この有様は・・・。
やはり、タイの一般的な人々は、見掛けほど信仰深いわけでもないようである。
そういえば、これも数年前だが、このチャイヤプムでも、「パタヤでチャイヤプム出身のタイ人女性から、HIVに感染させられたドイツ人の男が、その女性を追って彼女の故郷に来て、その恨みを晴らそうと、次々とチャイヤプム県内の女性たちと交渉し、HIVウィルスに感染させた。」
という事件があった。
そういえば、以前、近所の人と話していたときに、「普通、商売の女性とかが危険だと思われるけど、この田舎で言えば、安全だと思われている普通の村娘の方が、はるかに危険度が高い。何も娯楽のない村だから、好奇心で夜のカラオケなんかで遊んで、酔った勢いでその辺の田んぼや草むらでやっている娘もいるし、恋人がバンコクや他県に出稼ぎに行って感染してくるケースも多い。それに、その村娘を相手にする男は安心しきっていて、全く無防備になっている。」
というようなことを言っていたのを思い出す。
一度の迷いが一生の後悔になることもある。
冒頭の男も、したことは許せないが、自分で感染しようとして感染したわけではないだろう。
でも、それを罪のない、見ず知らずの少女たちで憂さ晴らしとはやはり終身刑だろう。
しかし、どの事件もタイでは「日常」。
この事件が一日中放送されて、お茶の間の話題を独占することはない。ましてや、何日もテレビの取材陣を巻き込むこともない。
朝のニュースはあくまで朝のニュースの一コマで終わる。
それが、どんなに驚くような、残酷な事件でも・・・・。
そして、また普段の時間が過ぎて行く、それがタイの日常である。
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2009年11月03日
タイの田舎生活の実態
先週の土曜日の午後、体調の悪いはずの主人に高校時代の友人から電話が入り、急きょ、チャイヤプムの街中で食事会という話になった。
私に主人の知らない友人などから連絡があったり、メールしているというだけでも、不機嫌なのに、自分のことは一向に構わないのがわが主人である。
しかも、行きたくないなどと言えば、途端に逆ギレするので要注意である。
というわけで、内心イヤイヤながら平常を装い、チャイヤプム行きのために早めに店じまいである。
普段はお客が来るかも知れないから・・と7時、8時までなかなか閉めない店も、この日は早い早い・・・・。
だが、主人の友人関係など興味のない私と子供には、別の目的があった・・。
それは、久々のチャイヤプム!
我が家もチャイヤプムの一部ではあるが、この「チャイヤプム」というのは県庁所在地の中心部、つまり大手のスーパーやお店が並ぶ、我が家の周囲とは違った街中を指す。
事実、最近の不景気の煽りでか、このところ数ヶ月いや、半年近くか、チャイヤプムにさえも買い物に出かけていなかった我が家である。
とはいえ、子供たちのうち、上の二人はチャイヤプムの街中の中学校に通っているので、毎日チャイヤプムまで行っているのだが、寄り道は一切しないので、大手スーパーなどにも寄る事もない。
だから、私や子供たちには本当に久々の買い物。
買いたいものも溜まっているのだった。
友人宅に着き、あいさつもそこそこに食事を済ませると、昔話に花が咲いている主人たちは放っておいて、閉店時間を気にしながら「テスコ・ロータス」に行くことにした。
ここには、我が家の近くにはない「SE-ED」という本屋が入っているからである。
子供たちは本屋が一番のお目当てで久々に好きな本を買える。
ところで、このロータスに行くと言い出してエンジンを掛けたら、何故か友人の子供二人がさっさと乗り込んでいる。
さすがタイ。親に構わず子供がどこへでも行くし、親も子供を預けることに躊躇しない。
万が一、事故にでもあったら・・とか、私が目が届かずに誘拐されたら・・とか考えないのだろう。
うるさい子供を預けられて、「ラッキー!」という感覚。
タイでは、子供を大事にするようで、結構大人の都合最優先の場合が多い。
子供の気持ちは無視・・・というか、大人が勝手に解釈してる感じである。
我が家の子供4人だけで精一杯なのに、勝手に他人の子供を預けられた私は、
「私は大人一人なのに、確かに長男・長女は大きくなってるけど・・。しかも、私は外国人なんですけど!!」
と、内心憤慨していたが、もし何かあっても知らん!という気持ちで、子供6人引き連れてヤケになって出掛けた。
しかし、思ったほどの大変な騒ぎは起こらず、パソコン売り場で小5の次男と友人の子供が、ショッピングカーをふざけて押し合ってぶつかり、掛けてあった展示用のキーボードを床に落としてしまったくらいだった。(日本なら弁償騒ぎ?でもタイでは子供に甘い・・・というか店員の責任感がないので、ニコニコして見ていた。)
買い物も一通り済ませ、大体必要な物は買い込んだ。
我が家の周囲には売っていないのが、キューピーマヨネーズ、バター、チーズそれからヨーグルト。
腐りやすい乳製品は田舎では入手困難である。
パン粉も入手が難しいので、業務用の1キロ袋を買おうと思っていたのに忘れた。
子供たちは、田舎で売っていない外国産のチョコレート類をいっぱい買い込んだ。
そうそう、忘れてはならない。レパートリーにひき肉のメニューが多い割りに、肉のミンチ作りが苦手な私は、こういうスーパーで売っている「ひき肉」を買い込む。
私が二本包丁でトントントントン・・・・・・とやっても、最後は筋が繋がったままの無残なボロ雑巾のようなミンチが出来てしまうのである。
田舎の市場で手に入るのは、あくまでブロック肉。
「豚バラスライス」とか「豚挽き肉」とか「ローストンカツ用」などという切り売り肉は手に入らない。
言えばやってくれそうだが、肉屋も面倒なので、やってくれない。
2台のショッピングカーに詰め込んだ商品の数々・・・・。さて気になるお会計は?
総額5,928バーツ。
え~?いくらなんでもそんなに?いつもは2,000バーツそこそこなのに・・・。
でも、レシートを確かめたら、確かに合っている。
調子に乗って買いすぎたか?
原因は、生活日用品のシャンプーとか洗剤、ティッシュなど・・・。
タイでは食品に比べて、こういう日用品の価格が異常に高い。
田舎での畑仕事等の日雇いは日当100バーツが相場なのに、シャンプーがレギュラーサイズで180バーツくらい。
昨日買ったポンプ式のボトルだと、250バーツくらいした。
日用品が贅沢品レベルのお値段である。
これでは、久々の買い物なので仕方ないか・・・と気を取り直し引き上げた。
そんなこんなで無事、買い物を終えて、主人たちのいる友人宅に戻ったが、ここで、お酒が入ってトランプ大会でも始まれば、置き去りにして帰ろうと思っていたのだが、主人は体調が悪くなってから禁酒生活だったので、友人たちと食事とおしゃべりだけで、それ以後の残業はなかった。
帰り道、子供たちが「今度、チャイヤプムに来るのはいつだろうね・・・」と話していた。
田舎の生活で、優雅に過ごせるのは最初だけだろうと思う。
タイに慣れるに連れ、節約精神も出てくるし、それに連れて、お金の余裕もなくなってくるものである。
私に主人の知らない友人などから連絡があったり、メールしているというだけでも、不機嫌なのに、自分のことは一向に構わないのがわが主人である。
しかも、行きたくないなどと言えば、途端に逆ギレするので要注意である。
というわけで、内心イヤイヤながら平常を装い、チャイヤプム行きのために早めに店じまいである。
普段はお客が来るかも知れないから・・と7時、8時までなかなか閉めない店も、この日は早い早い・・・・。
だが、主人の友人関係など興味のない私と子供には、別の目的があった・・。
それは、久々のチャイヤプム!
我が家もチャイヤプムの一部ではあるが、この「チャイヤプム」というのは県庁所在地の中心部、つまり大手のスーパーやお店が並ぶ、我が家の周囲とは違った街中を指す。
事実、最近の不景気の煽りでか、このところ数ヶ月いや、半年近くか、チャイヤプムにさえも買い物に出かけていなかった我が家である。
とはいえ、子供たちのうち、上の二人はチャイヤプムの街中の中学校に通っているので、毎日チャイヤプムまで行っているのだが、寄り道は一切しないので、大手スーパーなどにも寄る事もない。
だから、私や子供たちには本当に久々の買い物。
買いたいものも溜まっているのだった。
友人宅に着き、あいさつもそこそこに食事を済ませると、昔話に花が咲いている主人たちは放っておいて、閉店時間を気にしながら「テスコ・ロータス」に行くことにした。
ここには、我が家の近くにはない「SE-ED」という本屋が入っているからである。
子供たちは本屋が一番のお目当てで久々に好きな本を買える。
ところで、このロータスに行くと言い出してエンジンを掛けたら、何故か友人の子供二人がさっさと乗り込んでいる。
さすがタイ。親に構わず子供がどこへでも行くし、親も子供を預けることに躊躇しない。
万が一、事故にでもあったら・・とか、私が目が届かずに誘拐されたら・・とか考えないのだろう。
うるさい子供を預けられて、「ラッキー!」という感覚。
タイでは、子供を大事にするようで、結構大人の都合最優先の場合が多い。
子供の気持ちは無視・・・というか、大人が勝手に解釈してる感じである。
我が家の子供4人だけで精一杯なのに、勝手に他人の子供を預けられた私は、
「私は大人一人なのに、確かに長男・長女は大きくなってるけど・・。しかも、私は外国人なんですけど!!」
と、内心憤慨していたが、もし何かあっても知らん!という気持ちで、子供6人引き連れてヤケになって出掛けた。
しかし、思ったほどの大変な騒ぎは起こらず、パソコン売り場で小5の次男と友人の子供が、ショッピングカーをふざけて押し合ってぶつかり、掛けてあった展示用のキーボードを床に落としてしまったくらいだった。(日本なら弁償騒ぎ?でもタイでは子供に甘い・・・というか店員の責任感がないので、ニコニコして見ていた。)
買い物も一通り済ませ、大体必要な物は買い込んだ。
我が家の周囲には売っていないのが、キューピーマヨネーズ、バター、チーズそれからヨーグルト。
腐りやすい乳製品は田舎では入手困難である。
パン粉も入手が難しいので、業務用の1キロ袋を買おうと思っていたのに忘れた。
子供たちは、田舎で売っていない外国産のチョコレート類をいっぱい買い込んだ。
そうそう、忘れてはならない。レパートリーにひき肉のメニューが多い割りに、肉のミンチ作りが苦手な私は、こういうスーパーで売っている「ひき肉」を買い込む。
私が二本包丁でトントントントン・・・・・・とやっても、最後は筋が繋がったままの無残なボロ雑巾のようなミンチが出来てしまうのである。
田舎の市場で手に入るのは、あくまでブロック肉。
「豚バラスライス」とか「豚挽き肉」とか「ローストンカツ用」などという切り売り肉は手に入らない。
言えばやってくれそうだが、肉屋も面倒なので、やってくれない。
2台のショッピングカーに詰め込んだ商品の数々・・・・。さて気になるお会計は?
総額5,928バーツ。
え~?いくらなんでもそんなに?いつもは2,000バーツそこそこなのに・・・。
でも、レシートを確かめたら、確かに合っている。
調子に乗って買いすぎたか?
原因は、生活日用品のシャンプーとか洗剤、ティッシュなど・・・。
タイでは食品に比べて、こういう日用品の価格が異常に高い。
田舎での畑仕事等の日雇いは日当100バーツが相場なのに、シャンプーがレギュラーサイズで180バーツくらい。
昨日買ったポンプ式のボトルだと、250バーツくらいした。
日用品が贅沢品レベルのお値段である。
これでは、久々の買い物なので仕方ないか・・・と気を取り直し引き上げた。
そんなこんなで無事、買い物を終えて、主人たちのいる友人宅に戻ったが、ここで、お酒が入ってトランプ大会でも始まれば、置き去りにして帰ろうと思っていたのだが、主人は体調が悪くなってから禁酒生活だったので、友人たちと食事とおしゃべりだけで、それ以後の残業はなかった。
帰り道、子供たちが「今度、チャイヤプムに来るのはいつだろうね・・・」と話していた。
田舎の生活で、優雅に過ごせるのは最初だけだろうと思う。
タイに慣れるに連れ、節約精神も出てくるし、それに連れて、お金の余裕もなくなってくるものである。
2009年10月18日
タイ語の読み書き
今から、10年以上も前のことである。
現在の主人と結婚し(と言っても前や後がいるわけではないが・・)、二人目の子供を妊娠したとわかったばかりの頃、年齢的には20代の後半だったのだが、実家の父から、
「埼玉県(出身地)で、埼玉県警の特別職として通訳の採用試験があって、タイ語もあるので受けてみろ。」
という電話が掛かってきた。
試験日は、ちょうど、妊娠がわかった頃で、少し下腹部も膨らみ始め、つわりもひどかったが、せっかくの父の希望なので、一応試験は受けてみることにした。
その当時は、出稼ぎタイ人の主人と結婚し、主人の実家の母の借金返済のためにタイに送金しなければならなかったので、初めての子供も、首が座る前から連れて歩いて、知り合いのパイプ掃除屋さんでパートの仕事もしたし、子供のために仕事が出来なければ、子供をタイに預けて実家のお母さんに見てもらう・・という話も出ていたので、必死で働き先や保育園を探したものだった。
そのために、妊娠中でも出来る仕事として、全くの未経験から始めて、何とか「タイ語-日本語翻訳」という在宅の稼業でも稼いでいた。
そういう経過があったので、「タイ語は英語などより競争が少ないし、もしかしたら・・」という期待もないわけではなかったが、実際に受けてみると、その当時の書類のタイ文字しか見たことのなかった私には、とんでもなく高い壁だったことがわかった。
それに、始まったばかりのつわりも手伝って、試験は散々な結果に終わって、結果発表を待つまでもなく、不合格は決定していた。
試験の内容は、会話などもあったが、タイ文字の看板やロゴによくある、装飾文字の読みなどもあった。
今では、どうということもなく自然に頭に入ってくる文字だが、教科書のタイ文字しか読めなかった当時の私には、ちんぷんかんぷん・・という文字もあった。
時は流れて・・・・。
今の私は、字の読み書きが嫌いらしい主人に代わって、注文書から伝票、帳簿、店内の表示に至るまで、すべてタイ語で書かなければならなくなった。
以前は、幼稚園児のような教科書に出てくるタイ文字を書いていたが、最近はだんだんクセ字になってきているのが、自分でもわかる。
それに伝票などは、大きな会社なら印刷された文字だが、卸売店などからの仕入れでは手書きの伝票である。

「ミミズが這ったような字」とはよく言うが、まさにそのミミズがウヨウヨしているのが、我が家の大きな仕入先のコラートの卸売店の店主の文字である。
最初は主人に聞いたり(でも、主人でも解読不能の場合もある・・)していたが、これが読めるようになった今では、たいていのクセ字は読めるような気がする今日この頃である。
現在の主人と結婚し(と言っても前や後がいるわけではないが・・)、二人目の子供を妊娠したとわかったばかりの頃、年齢的には20代の後半だったのだが、実家の父から、
「埼玉県(出身地)で、埼玉県警の特別職として通訳の採用試験があって、タイ語もあるので受けてみろ。」
という電話が掛かってきた。
試験日は、ちょうど、妊娠がわかった頃で、少し下腹部も膨らみ始め、つわりもひどかったが、せっかくの父の希望なので、一応試験は受けてみることにした。
その当時は、出稼ぎタイ人の主人と結婚し、主人の実家の母の借金返済のためにタイに送金しなければならなかったので、初めての子供も、首が座る前から連れて歩いて、知り合いのパイプ掃除屋さんでパートの仕事もしたし、子供のために仕事が出来なければ、子供をタイに預けて実家のお母さんに見てもらう・・という話も出ていたので、必死で働き先や保育園を探したものだった。
そのために、妊娠中でも出来る仕事として、全くの未経験から始めて、何とか「タイ語-日本語翻訳」という在宅の稼業でも稼いでいた。
そういう経過があったので、「タイ語は英語などより競争が少ないし、もしかしたら・・」という期待もないわけではなかったが、実際に受けてみると、その当時の書類のタイ文字しか見たことのなかった私には、とんでもなく高い壁だったことがわかった。
それに、始まったばかりのつわりも手伝って、試験は散々な結果に終わって、結果発表を待つまでもなく、不合格は決定していた。
試験の内容は、会話などもあったが、タイ文字の看板やロゴによくある、装飾文字の読みなどもあった。
今では、どうということもなく自然に頭に入ってくる文字だが、教科書のタイ文字しか読めなかった当時の私には、ちんぷんかんぷん・・という文字もあった。
時は流れて・・・・。
今の私は、字の読み書きが嫌いらしい主人に代わって、注文書から伝票、帳簿、店内の表示に至るまで、すべてタイ語で書かなければならなくなった。
以前は、幼稚園児のような教科書に出てくるタイ文字を書いていたが、最近はだんだんクセ字になってきているのが、自分でもわかる。
それに伝票などは、大きな会社なら印刷された文字だが、卸売店などからの仕入れでは手書きの伝票である。
「ミミズが這ったような字」とはよく言うが、まさにそのミミズがウヨウヨしているのが、我が家の大きな仕入先のコラートの卸売店の店主の文字である。
最初は主人に聞いたり(でも、主人でも解読不能の場合もある・・)していたが、これが読めるようになった今では、たいていのクセ字は読めるような気がする今日この頃である。
2009年09月20日
借金取立て
カオパンサーに入ってから、一部の地域では洪水騒ぎだというのに、今年のイサーンの我が家の周辺は、雨期と言うのにろくな雨も降らず状態です。
せっかく主人が商売のヒマを見て、耕して米を直播した裏の田んぼも、この日照のお陰で、雑草は茂るのに、肝心の稲は育たず・・・ということで、仕方なくポンプで残り少ない池の水を引いて、2度目の田植えとなりました。
と、そんなこんなで、カオパンサーは毎年の事ながら、商売の方は芳しくないのに加え、7月当初から主人の体調が悪くて、景気も悪いので、この生活に嫌気が差したのか、主人は、今まで口では言っていたけれど一度も実行したことのない、「ツケの取立て」に出掛けました。
でも、自分ひとりで行く勇気がないのか、女子高生のトイレに限らず、「金魚の何とか・・・」が大好きなタイ人のことなので、
「パイ ペン プアン」(お供についていく)ということで、子供たちが休みの日を狙って子供たちをお供にして出掛けました。
もう、2546年からとかの歴史ある?ツケの伝票(日本語が思い出せません・・『商品貸し出し伝票』とでも言うのか?)を10件くらい持って、近くのチャン(修理工)の家で、ローク(すみません・・これも日本語が・・・「?」。鎖をガラガラっと引っ張って重いものを持ち上げるヤツです。)を借りて、勇ましく出陣です。
我が家の次期店主・三歳児のミックも取り立ての研修?です。

売り物ではありません・・未来の店主。
私は、もちろん店番。何故か、いても一向に客を気にしない、商売の役に立たない長女もお留守番です。
お客が4組~5組一度に来ようが、自分は全く関係ない・・とばかりに、せっせと宿題をやっています。私が一人で留守番しているのと何ら変わりはありません・・・。
さて、そうしているうちに、午前中出かけたのに、すっかり陽も落ちてから「借金取り部隊」は帰ってきました。
今回の成果はというと・・・。
トラクターの尻尾?というか、後部についている耕す部分(大きな中華鍋状のものが3、4枚ついている鉄の塊)が一式。
これは借金のかたに現物の差し押さえをしてきたのです。(このために、先に書いた重いものを持ち上げる準備をしていった)
私は、これを売り飛ばしてしまえばいいと思うのですが、主人はあくまで「人がいい」ので、留守中にこれを持って行かれて、ビックリした、借金の主が翌日、数年ぶりに店に現れたので、払う約束をさせて、払ったら返すといいながら、まだ2000バーツくらい残っているのに、もう返してしまいました。
その客も「これがないと、仕事にならない・・・」と泣きつき、主人も折れたわけですが、そうだったら、自分の親戚にでも借金をするか、親戚にも無ければ、村の金貸し屋(村に必ず一人はいる・・・余った金で、莫大な利子を取り、大もうけする人。大抵、そのほかに賭博の親とか、闇くじの元締めなどもやっていたりする。)にでも、借りて、利子を払えばいいと思ってしまいます。
我が家は、商店であって、無利子の金貸し屋では無いのだから、とっとと持ってくるべきだと思います。
自分の借金は自分で責任を持って欲しいものです。
「スーンクン」(調子に乗る)と言いますが、こちらが甘い顔をしていると、本当に調子に乗るから、気をつけなければいけません。
相手が遠慮をするなんて期待は、タイ人客には持ってはいけないようです。
私がこの商売を通して学んだ、タイでの処世術です。

我が家のお客のマイカーです。
せっかく主人が商売のヒマを見て、耕して米を直播した裏の田んぼも、この日照のお陰で、雑草は茂るのに、肝心の稲は育たず・・・ということで、仕方なくポンプで残り少ない池の水を引いて、2度目の田植えとなりました。
と、そんなこんなで、カオパンサーは毎年の事ながら、商売の方は芳しくないのに加え、7月当初から主人の体調が悪くて、景気も悪いので、この生活に嫌気が差したのか、主人は、今まで口では言っていたけれど一度も実行したことのない、「ツケの取立て」に出掛けました。
でも、自分ひとりで行く勇気がないのか、女子高生のトイレに限らず、「金魚の何とか・・・」が大好きなタイ人のことなので、
「パイ ペン プアン」(お供についていく)ということで、子供たちが休みの日を狙って子供たちをお供にして出掛けました。
もう、2546年からとかの歴史ある?ツケの伝票(日本語が思い出せません・・『商品貸し出し伝票』とでも言うのか?)を10件くらい持って、近くのチャン(修理工)の家で、ローク(すみません・・これも日本語が・・・「?」。鎖をガラガラっと引っ張って重いものを持ち上げるヤツです。)を借りて、勇ましく出陣です。
我が家の次期店主・三歳児のミックも取り立ての研修?です。
売り物ではありません・・未来の店主。
私は、もちろん店番。何故か、いても一向に客を気にしない、商売の役に立たない長女もお留守番です。
お客が4組~5組一度に来ようが、自分は全く関係ない・・とばかりに、せっせと宿題をやっています。私が一人で留守番しているのと何ら変わりはありません・・・。
さて、そうしているうちに、午前中出かけたのに、すっかり陽も落ちてから「借金取り部隊」は帰ってきました。
今回の成果はというと・・・。
トラクターの尻尾?というか、後部についている耕す部分(大きな中華鍋状のものが3、4枚ついている鉄の塊)が一式。
これは借金のかたに現物の差し押さえをしてきたのです。(このために、先に書いた重いものを持ち上げる準備をしていった)
私は、これを売り飛ばしてしまえばいいと思うのですが、主人はあくまで「人がいい」ので、留守中にこれを持って行かれて、ビックリした、借金の主が翌日、数年ぶりに店に現れたので、払う約束をさせて、払ったら返すといいながら、まだ2000バーツくらい残っているのに、もう返してしまいました。
その客も「これがないと、仕事にならない・・・」と泣きつき、主人も折れたわけですが、そうだったら、自分の親戚にでも借金をするか、親戚にも無ければ、村の金貸し屋(村に必ず一人はいる・・・余った金で、莫大な利子を取り、大もうけする人。大抵、そのほかに賭博の親とか、闇くじの元締めなどもやっていたりする。)にでも、借りて、利子を払えばいいと思ってしまいます。
我が家は、商店であって、無利子の金貸し屋では無いのだから、とっとと持ってくるべきだと思います。
自分の借金は自分で責任を持って欲しいものです。
「スーンクン」(調子に乗る)と言いますが、こちらが甘い顔をしていると、本当に調子に乗るから、気をつけなければいけません。
相手が遠慮をするなんて期待は、タイ人客には持ってはいけないようです。
私がこの商売を通して学んだ、タイでの処世術です。
我が家のお客のマイカーです。
2009年08月31日
ワンプラと偽仏教徒
毎月、数回 「ワンプラ」(仏の日)がある。
タイの店などで貰ったカレンダーなどには、大体、一週間くらいの間隔で、仏像のマークが入っていたりする。
その日が「ワンプラ」である。
我が家の場合、前日に花売りのおばあちゃんが、20キロくらい離れた隣の隣の村から、プワンマライ(花輪)と花束を売りに来ることで気がつくことが多い。
別に買わなくて、自分の家の花でもいいのだが、そうそう、毎回庭の花が咲きそろっていることはないので、いつももう70歳を越えるであろうこのおばあちゃんが朝早くからオートバイに乗って届けてくれる花を買う。
次に、ワンプラの前日は、翌日の朝のおかずが貧弱だと困るので、市場で新鮮な野菜や肉を仕入れて置く。
ワンプラは、仏教の教えに従って、殺生をしない日なので、ワンプラには肉屋も牛や豚、鶏を殺さないことになっているので、ワンプラ当日は肉屋は休みか、売っているとしても前日殺して置いた、古い肉ということになる。
果物やお菓子もお供えに欠かせないので、普段はあまり果物を買わない我が家だが、みかんやその他季節の果物を1,2キロ買ってくる。
さて、「ワンプラ」当日である。
いつものように、朝5時半に起きて、いつもの朝食の準備と同じく、おかずを用意する。
だが、忘れてはならないのは、人間のご飯を盛る前に、お寺に行く日はお寺に持っていく分のご飯を先に容器に取り分ける。
そして、次が家の仏様にお供えする分のご飯。
これも、絶対に人間の分を先に盛ってはいけない。
間違えて、子供などが先に自分のお皿に持ってしまった場合は、仕方ないので皿の分を釜に戻してやり直しである。
これは、お寺に寄進したり、仏様にお供えしたりするご飯は、人間が手をつけた残りであってはならないということである。
もし、おかずなどを作って、誰かがつまみ食いなどをしたら、「バープ(罪業)」となるか、そのおかずはお供えできないものとなる。
でも、人間ついうっかり・・ということがある。
私も、何度かこの「うっかり」をしてしまったことがあるが、誰も気がつかなかったのを幸いに、とぼけてしまった・・・・。
タイ人なら許されないことかも知れないが、私はそういうときに急に日本人に寝返りする。
「まあ、本来タイ仏教徒ではないし・・・。ま、いいっか。」
である。
しかし、ここにいて、私は主人からも、隣に住む熱心に毎朝お寺通いをする義姉からも、無言の圧力というか、当然のように、タイ仏教徒への改宗をさせられている。
私が、日本人によくある冠婚葬祭しか宗教に頼らない、「無宗教」派なのをいいことに、当然のように仏教行事や仏教の就寝前の座禅、瞑想を強制される。
私も、たまにお寺に行けば、仏像や僧侶に対しての土下座 「三度の礼」は当然のように行うし、一通りのお経の暗誦も出来るが、別に信心があってそういうことをしているわけではなくて、タイ人のフリをするだけのスタイルに過ぎないのだけれど、そういうことを受け入れていると、周りのタイ人たちは、「プンは仏教徒だ」と誤解するらしい。
そういう偽仏教徒としての態度は、私としては、
「郷に入っては郷に従え」
ということわざに倣っているに過ぎないのだが・・・・。
この田舎で生活するということは、一部のファラン(西洋人)のように、明らかに見た目がバレバレの外国人とは違い、話さなければタイ人としか見えない、話しても、北部山岳地帯の少数民族出身か、ブリラムやノンカーイなどの国境付近の出身で訛りのあるタイ語なのかと思われてしまう私は(いつも、「どこの県から来たの?」と聞かれる。)、戦後の残留日本人兵ではないが、目立たずタイ人に紛れて暮らしたほうが、暮らしやすいということである。
でも、こうして偽仏教徒のフリをしているうちに、いろいろな「ブン(徳)」とか、「バープ(罪業)」などに対する感覚も自然と身についてきているから、不思議である。
仏教では、「殺生をしない」ということが五戒の一つに挙げられているので、僧侶はもちろん、お寺などでは一般人も蚊さえ殺さず、刺されそうになったら、手で追い払うくらいのものだが、我が家でも、ワンプラは子供たちが、虫を見ても殺すのを止める。
「今日はワンプラだ。バープになる。」と言いながら・・・。
そういうクセが身についたのか、私もワンプラは自分の足にとまって、血を吸っている蚊を眺めていたりする。
まあ、所詮は偽仏教徒なので、気分次第でバシッと叩いてしまうこともあるのだが・・・・。
2009年07月26日
ケップ・ムウ(豚の皮揚げ)に思う。
ケップ・ムウとは、豚の皮と脂肪の部分を細かく切って油で揚げる、無駄のない節約型のおつまみである。
でも、こればかり食べていると確実に何らかの病気になりそうだから、売るほうは節約でも食べるほうはかなりのリスクとなると言えるかもしれない。
実は、我が家の三歳児はこれが大好物で、さすがに「酒のつまみ」と言う年齢でもないので、ご飯のおかずにしてよく食べている。
さて、その三歳児がお皿にてんこ盛りにしていた「ケップ・ムウ」の食べ残しを一口つまんでみたら、昔の主人の友人のことをふと思い出した。
その友人とは、主人の高校時代からの親友で、私が主人と出会った二子玉川のタイ料理店でも一緒に働いていたことのある縁だったが、出稼ぎは早々に切り上げて、私たちよりもだいぶ早くタイに戻って、以前からの彼女とめでたく結婚し、彼女の家の稼業の一部でもあった、この「ケップ・ムウ」を作っていた。
それは、我が家がタイに帰って来てから知ったことである。
ある日、日本から帰ってきて、久々にその友人を訪ねて行くと、借家だという家のガレージに直径1メートルもある中華鍋が2つも設置され、その中に注がれたたっぷりの油の中には豚の皮、つまりケップ・ムウが揚げられていた。
そして、大汗をかきながら、鍋をかき回す友人と、その横で小さな第一子を見ながら豚の皮を刻む奥さん。
それは、小さな幸せの構図だったかもしれない・・・・。
私は、今でもその光景が目に浮かぶ。
その後、そういう生活を親戚か親が懸念して、友人の2度目の日本出稼ぎが決まったらしかった。
都合のいいことに、彼の兄が日本人女性と結婚して日本でタイ料理の店を経営していたので、以前の不法就労時代とは違い、コックとして正式な出稼ぎをしている。
その後、新空港・スワンナプーム近くに家を買い、奥さんは二人になった子供を学費だけで何万バーツもする、インターナショナルスクールに入れ、新車も買い、すっかりハイソーの仲間入り気取りだそうだ。
夫婦はもちろん、家族は出来るならなるべく別れて生活しないほうがいい。
特に、タイでは、配偶者が単身で外国へ出稼ぎに行って、その送金をキックにつぎ込むというケースが多い。
「遠くの親戚より近くの他人」ではないが、「遠くの旦那(妻)より、近くのキック」ということなのだろう。
つつましいながらも小さな幸せを守っていた「ケップ・ムウ」屋時代の方がよかったのでは・・・と、他人事ながら思ってしまう私である。
タイではよくある話だが、外国からの一攫千金を夢見て、結局何も残らなくなってしまうケースが後を絶たない。
ケップ・ムウを見るたびに思い出す話だ。
2009年01月26日
トルット・チーン(中国正月)ですね。
もう十数年間、中国正月を祝っていなかった義母が、今年は何故かトルット・チーンのワイをしたそうだ。
ちなみにうちの義母はれっきとした中国人とタイ人のハーフである。
お祝いと言っても、日本の正月のように正月料理として、豚の頭やアヒルの丸蒸しを作り、もち米の粉で作る餅菓子を作って、市場で数種類の果物をごっそりと買い込むくらいのものである。
日本のおせちのような細かな技はいらない、だいぶ大雑把なものだ。
それを正月の朝、家の前に大きなテーブルを出してきて、ごっそり並べ、さらに隣近所にそのおすそ分けを配って歩く。
我が家はもっぱら、隣に住む中国系タイ人や、隣町に住む親戚の家から、毎年おすそ分けしてもらうほうである。
今回は、義母が作ったからさらに増える。
本来は今日がトルット・チーンの日なのだが、昨日おとといから配られたので、もう3日ほど、我が家のテーブルの上には豚の頭やアヒルの頭が乗っている。
そういえば、先日、コラートの街中を走ったら、市場の付近は真っ赤なチャイナドレス風の洋服を売る店で埋め尽くされていた。
4月のソンクラーン(タイ正月)もそうだが、本当にタイ人は衣装にこだわる。
年に一度しか着ないのに、毎年買っている気がする・・・。
これではお金がいくらあっても足りないわけだ。
ちなみにうちの義母はれっきとした中国人とタイ人のハーフである。
お祝いと言っても、日本の正月のように正月料理として、豚の頭やアヒルの丸蒸しを作り、もち米の粉で作る餅菓子を作って、市場で数種類の果物をごっそりと買い込むくらいのものである。
日本のおせちのような細かな技はいらない、だいぶ大雑把なものだ。
それを正月の朝、家の前に大きなテーブルを出してきて、ごっそり並べ、さらに隣近所にそのおすそ分けを配って歩く。
我が家はもっぱら、隣に住む中国系タイ人や、隣町に住む親戚の家から、毎年おすそ分けしてもらうほうである。
今回は、義母が作ったからさらに増える。
本来は今日がトルット・チーンの日なのだが、昨日おとといから配られたので、もう3日ほど、我が家のテーブルの上には豚の頭やアヒルの頭が乗っている。
そういえば、先日、コラートの街中を走ったら、市場の付近は真っ赤なチャイナドレス風の洋服を売る店で埋め尽くされていた。
4月のソンクラーン(タイ正月)もそうだが、本当にタイ人は衣装にこだわる。
年に一度しか着ないのに、毎年買っている気がする・・・。
これではお金がいくらあっても足りないわけだ。
2009年01月03日
イサーンの正月
日本にいる皆さんはもちろん、タイにいる皆さんが「紅白を観た」りして新年を迎える正月ですが、
ここイサーンの片田舎にはそういう設備はなく、今年も、12月から1月に一夜が明けて、カレンダーが
新しくなるだけの正月を迎えました。
出来合いのおせちを買うことはもちろん、材料を揃えて作ったりすることもままならないので、最初から
作る気もない私です。
伊達巻は作れるけど、金平ごぼうや昆布巻きも無理、蓮根の酢漬けくらいはタイ蓮根でもいいけど、
子供が食べるとは思えないのでNG・・・。
もう、あまりにも長い間おせちに縁がないので、何が入っていたかも思い出せなくなり、ますます日本の魂は
忘却の彼方へ・・・。
・・・あっ!そうそう大事なものを忘れていました。
実家にいた頃はいつも独り占めしてご飯が食べられなくなるまで頬張った「栗きんとん」。懐かしい・・・。
タイにも「芋きんとん」ならぬ「マン・チュアム」という芋の甘露煮に塩味のココナツミルクを掛けて食べる
デザートがありますが、やはりタイの繊維だらけのサツマイモの甘露煮じゃ・・・「栗きんとん」にはかなわない
ので、却下・・・。
結局、何も無い元旦の朝でした。
元旦も、主人は前日から毎晩連続で、都会から帰省した高校時代の同級生と飲み会で忙しいので、
私は店を一日閉めて子供とコラートまでお出掛け・・・とはいってもせいぜい「ド・モー(ル)」(The Mall)で、
普段よりゆっくりとブラブラするだけの休日。
結局は、我が家のミックさまのご要望で、一階のゲームセンターもどきの、幼児用のコインで動く乗り物
があるところで数時間を過ごしただけ・・・家族サービスということにしておきます。
その帰りに、ド・モー(ル)の中のハイパー・マーケット(だったかな?)というスーパーで、日本人か?と
思われる50~60歳くらいで、タイ人の奥様と子供連れの男性を見掛けたけれど、確信はなし。
もちろん、いきなり 「すみません!日本人ですか?」と声を掛けるわけにもいかないけれど、久々に見る
日本人らしき人にドキドキ(変な意味ではなく)してしまう私でした。
あまりに普段日本人を見掛けることがないので、用があって大使館などに電話してもドキドキして緊張
してしまう始末。
「もしかしたら、日本人?」という人を見ただけで、ドキドキするのも当然かも・・・。
そんなこんなで、夕方帰宅して明日のご飯を炊こうと米を磨ぎ、炊飯器に釜をセットしようと思ったところ、
「???」
何だか、炊飯器の淵にアリが列を作っている・・・。
炊飯器に入れてある炊いたご飯に、アリが入っているのはよくあるけれど、ここのところ寒さでアリもだいぶ
活動が鈍くなっていたのに、何故・・・? と思って炊飯器をよく見たら、アリの行列の先には・・・・尻尾の先
まで焦げたチンチョックの焼死体が・・・。
このところ、ご飯の準備が遅くなって、蛍光灯をつけず、小さな電球だけでお米を磨ぎ、薄暗がりのなかで
炊飯器にセットしていたので、チンチョックが入っていたのに気がつかず、チンチョックの上に釜を乗せてしまい、
潰したまま、朝にはスイッチが入って焼死体となったと推測されます。
何と、見事なアリバイ工作・・・。
犯人は私以外に考えられません。
・・・というわけで、正月早々、タイ仏教の五戒の一つ「不殺生」を破ってしまった私でした。
まあ、毎日、アリや蚊、ゴキブリなど様々な小動物を殺めている私なので、何を今更・・・という感じですが。
本年も、宜しくお願い申し上げます。
ここイサーンの片田舎にはそういう設備はなく、今年も、12月から1月に一夜が明けて、カレンダーが
新しくなるだけの正月を迎えました。
出来合いのおせちを買うことはもちろん、材料を揃えて作ったりすることもままならないので、最初から
作る気もない私です。
伊達巻は作れるけど、金平ごぼうや昆布巻きも無理、蓮根の酢漬けくらいはタイ蓮根でもいいけど、
子供が食べるとは思えないのでNG・・・。
もう、あまりにも長い間おせちに縁がないので、何が入っていたかも思い出せなくなり、ますます日本の魂は
忘却の彼方へ・・・。
・・・あっ!そうそう大事なものを忘れていました。
実家にいた頃はいつも独り占めしてご飯が食べられなくなるまで頬張った「栗きんとん」。懐かしい・・・。
タイにも「芋きんとん」ならぬ「マン・チュアム」という芋の甘露煮に塩味のココナツミルクを掛けて食べる
デザートがありますが、やはりタイの繊維だらけのサツマイモの甘露煮じゃ・・・「栗きんとん」にはかなわない
ので、却下・・・。
結局、何も無い元旦の朝でした。
元旦も、主人は前日から毎晩連続で、都会から帰省した高校時代の同級生と飲み会で忙しいので、
私は店を一日閉めて子供とコラートまでお出掛け・・・とはいってもせいぜい「ド・モー(ル)」(The Mall)で、
普段よりゆっくりとブラブラするだけの休日。
結局は、我が家のミックさまのご要望で、一階のゲームセンターもどきの、幼児用のコインで動く乗り物
があるところで数時間を過ごしただけ・・・家族サービスということにしておきます。
その帰りに、ド・モー(ル)の中のハイパー・マーケット(だったかな?)というスーパーで、日本人か?と
思われる50~60歳くらいで、タイ人の奥様と子供連れの男性を見掛けたけれど、確信はなし。
もちろん、いきなり 「すみません!日本人ですか?」と声を掛けるわけにもいかないけれど、久々に見る
日本人らしき人にドキドキ(変な意味ではなく)してしまう私でした。
あまりに普段日本人を見掛けることがないので、用があって大使館などに電話してもドキドキして緊張
してしまう始末。
「もしかしたら、日本人?」という人を見ただけで、ドキドキするのも当然かも・・・。
そんなこんなで、夕方帰宅して明日のご飯を炊こうと米を磨ぎ、炊飯器に釜をセットしようと思ったところ、
「???」
何だか、炊飯器の淵にアリが列を作っている・・・。
炊飯器に入れてある炊いたご飯に、アリが入っているのはよくあるけれど、ここのところ寒さでアリもだいぶ
活動が鈍くなっていたのに、何故・・・? と思って炊飯器をよく見たら、アリの行列の先には・・・・尻尾の先
まで焦げたチンチョックの焼死体が・・・。
このところ、ご飯の準備が遅くなって、蛍光灯をつけず、小さな電球だけでお米を磨ぎ、薄暗がりのなかで
炊飯器にセットしていたので、チンチョックが入っていたのに気がつかず、チンチョックの上に釜を乗せてしまい、
潰したまま、朝にはスイッチが入って焼死体となったと推測されます。
何と、見事なアリバイ工作・・・。
犯人は私以外に考えられません。
・・・というわけで、正月早々、タイ仏教の五戒の一つ「不殺生」を破ってしまった私でした。
まあ、毎日、アリや蚊、ゴキブリなど様々な小動物を殺めている私なので、何を今更・・・という感じですが。
本年も、宜しくお願い申し上げます。
2008年12月31日
赤い服VS黄色い服
今日は珍しく、昼ごはんを12時過ぎに摂って、お昼のニュースなど見ながら余裕の午後を過ごしていた。
年末なので、確かに客足は少なくなってきている。
そのニュースは、ずっとバンコクでの街頭のデモの話題で持ち切りで、今回当選した新首相のアピチャイ
氏を引き摺り下ろそうという「赤い服」側のデモだった。
確か、前回は黄色い服がデモを起こしたばかりである。
赤に黄色に忙しい国である。
タクシンが嫌いな主人は、どちらかといえば黄色の味方であるが、もちろんバンコクまでデモに参加するほど
暇人ではない。
大体、一般的に見て、この赤い服の中のいったい何人が本気でデモをしているのだろうか。
タイは金で何でも動く国である。
選挙でも当然のように、「おい、いくら貰った?」「オレは2番と3番で、1,500バーツになった。」「私は、5番
だけ、800バーツにしかならなかった。」などという会話が選挙期間中はあちこちで聞こえる。
お役所の仕事も金次第。お茶代、昼食代を弾めば、昼休み返上でさっさと処理してくれる。
法律で通らないことも金の力ではそれが通ってしまうのだ。
昨年のニュースだったか、タクシンの勢力が煽ったタクシン賛成派デモでは、このイサーンからも大勢の農民
が、何日も掛けて農耕車でバンコク入りしたらしい。
この前のスワンナプームでの空港閉鎖もそうだ。
一部の熱狂的な信者を除いて、主導者も、参加者もみんな、国のためにわざわざ活動しているのではない。
お金のために・・・がその理由である。
今回のデモも、前回のデモも、この赤や黄色の服を着て参加するだけで、破格な日当のバイトになる。
イサーンで一日畑仕事をしても、日当100バーツから・・・。
こんな楽で儲かる仕事なら、笑いが止まらないはずである。
日本では本気でボランティアしている人も多いが、タイではそうではない。
タイ人が自分を犠牲にして何かをするのは、親や兄弟のためか、お寺のタムブンのためだろう。
しかし、お寺のタムブンは、自分のより良い来世を願っての事だから、やはり自分を犠牲になどしないという
ことか・・・。
赤裸々とした人間の住む国、それがタイである。
年末なので、確かに客足は少なくなってきている。
そのニュースは、ずっとバンコクでの街頭のデモの話題で持ち切りで、今回当選した新首相のアピチャイ
氏を引き摺り下ろそうという「赤い服」側のデモだった。
確か、前回は黄色い服がデモを起こしたばかりである。
赤に黄色に忙しい国である。
タクシンが嫌いな主人は、どちらかといえば黄色の味方であるが、もちろんバンコクまでデモに参加するほど
暇人ではない。
大体、一般的に見て、この赤い服の中のいったい何人が本気でデモをしているのだろうか。
タイは金で何でも動く国である。
選挙でも当然のように、「おい、いくら貰った?」「オレは2番と3番で、1,500バーツになった。」「私は、5番
だけ、800バーツにしかならなかった。」などという会話が選挙期間中はあちこちで聞こえる。
お役所の仕事も金次第。お茶代、昼食代を弾めば、昼休み返上でさっさと処理してくれる。
法律で通らないことも金の力ではそれが通ってしまうのだ。
昨年のニュースだったか、タクシンの勢力が煽ったタクシン賛成派デモでは、このイサーンからも大勢の農民
が、何日も掛けて農耕車でバンコク入りしたらしい。
この前のスワンナプームでの空港閉鎖もそうだ。
一部の熱狂的な信者を除いて、主導者も、参加者もみんな、国のためにわざわざ活動しているのではない。
お金のために・・・がその理由である。
今回のデモも、前回のデモも、この赤や黄色の服を着て参加するだけで、破格な日当のバイトになる。
イサーンで一日畑仕事をしても、日当100バーツから・・・。
こんな楽で儲かる仕事なら、笑いが止まらないはずである。
日本では本気でボランティアしている人も多いが、タイではそうではない。
タイ人が自分を犠牲にして何かをするのは、親や兄弟のためか、お寺のタムブンのためだろう。
しかし、お寺のタムブンは、自分のより良い来世を願っての事だから、やはり自分を犠牲になどしないという
ことか・・・。
赤裸々とした人間の住む国、それがタイである。
2008年12月30日
今日は何の日?
今朝、食事の準備が終わり、子供たちが朝食を摂る横でコーヒーを飲んでいたときの事・・・。
ふと窓を見上げると、窓の淵に何かへばりついている・・・。
最初、サッシに挟まれたネズミかと思ったのだが、良く見ると全長15センチくらいの中型のトッケーだった。
とは言っても、よく見たら、一度尻尾が切れたらしく、オシリの先からツノのような小さい尻尾が生えてきたとこ
ろらしく、もし、完全な長さになったら、20センチ以上かもしれない。
最近、我が家から姿を消していたトッケー、この神出鬼没のかわいさに、私はとっさに「飼いたい!」と思ってし
まい、咬まれたら痛いので、ビニール袋を手に被せて捕獲を試みたが、子供たちの、
「捕まえてどうするの!」
という非難の声に我に返り、おとなしく見守ることにした。
その後、数枚の写真に納めたが、実のところ、窓辺は夜虫が集まっていい餌場になるし、ここに住んでいて欲
しいな~などと期待しながら、リビングに戻るたびに、その姿を確認していた。
残念ながら、今は夜遊びに行ったらしく、この窓辺にはいない・・・。
そして、夕方の事・・・。
最近、風呂嫌いになった末っ子・ミックを騙して風呂に入れるために、何かいいものはないかと探していたとこ
ろ、脱衣所の近くの床で、埃の塊のようなものを見つけた。
良く見たら、チンチョックだったが、あまりにじっとしているので死んでいるのかと思ったが、触ってみたら生き
ていた。
足に埃が巻きついているのと床がタイルで滑りやすいので、普通のチンチョックのように素早い動きが出来な
いらしい。
これではミックにでも捕まってしまう。
と思いながら、「!」とひらめいた私は、さっそくそのチンチョックを捕まえて、ミックの興味を引き、お風呂場へ
と誘い込んだ。
すると、ミックがそのチンチョックを自分が浸かっているタライに入れて泳がせようとするので、慌てて取り上
げた。
・・・・あれは、今から10年近く前の事、当時幼稚園児だった長男が、日本から遊びに来た虫好きの友達と
ホテルにお泊りして、捕獲したチンチョックを風呂場の湯船で泳がせて溺死させたという事件があった。
その事件が忘れられない私は、今でも長男を冷やかしている・・。
ところで、そのチンチョックを手に取った私は、そのチンチョックの口が何だか異常に膨れ上がっているのに
気がついた。
そのチンチョックは何らかの原因で奇形らしかった。
こんなところで奇形のチンチョックを見つけるとは・・・、今日は何の日だろう。
ふと窓を見上げると、窓の淵に何かへばりついている・・・。
最初、サッシに挟まれたネズミかと思ったのだが、良く見ると全長15センチくらいの中型のトッケーだった。
とは言っても、よく見たら、一度尻尾が切れたらしく、オシリの先からツノのような小さい尻尾が生えてきたとこ
ろらしく、もし、完全な長さになったら、20センチ以上かもしれない。
最近、我が家から姿を消していたトッケー、この神出鬼没のかわいさに、私はとっさに「飼いたい!」と思ってし
まい、咬まれたら痛いので、ビニール袋を手に被せて捕獲を試みたが、子供たちの、
「捕まえてどうするの!」
という非難の声に我に返り、おとなしく見守ることにした。
その後、数枚の写真に納めたが、実のところ、窓辺は夜虫が集まっていい餌場になるし、ここに住んでいて欲
しいな~などと期待しながら、リビングに戻るたびに、その姿を確認していた。
残念ながら、今は夜遊びに行ったらしく、この窓辺にはいない・・・。
そして、夕方の事・・・。
最近、風呂嫌いになった末っ子・ミックを騙して風呂に入れるために、何かいいものはないかと探していたとこ
ろ、脱衣所の近くの床で、埃の塊のようなものを見つけた。
良く見たら、チンチョックだったが、あまりにじっとしているので死んでいるのかと思ったが、触ってみたら生き
ていた。
足に埃が巻きついているのと床がタイルで滑りやすいので、普通のチンチョックのように素早い動きが出来な
いらしい。
これではミックにでも捕まってしまう。
と思いながら、「!」とひらめいた私は、さっそくそのチンチョックを捕まえて、ミックの興味を引き、お風呂場へ
と誘い込んだ。
すると、ミックがそのチンチョックを自分が浸かっているタライに入れて泳がせようとするので、慌てて取り上
げた。
・・・・あれは、今から10年近く前の事、当時幼稚園児だった長男が、日本から遊びに来た虫好きの友達と
ホテルにお泊りして、捕獲したチンチョックを風呂場の湯船で泳がせて溺死させたという事件があった。
その事件が忘れられない私は、今でも長男を冷やかしている・・。
ところで、そのチンチョックを手に取った私は、そのチンチョックの口が何だか異常に膨れ上がっているのに
気がついた。
そのチンチョックは何らかの原因で奇形らしかった。
こんなところで奇形のチンチョックを見つけるとは・・・、今日は何の日だろう。
2008年12月08日
タビヤンバーン(戸籍簿)
だいぶ前になるが、市役所に勤めている主人の友人から、
「奥さんのタビヤンバーン(戸籍簿)が作れるから、必要書類を揃えて持って来い」という連絡が入り、パスポートのコピーやら、子供たちのスティバット(出生届証明書)やら、読めるはずもないのに日本の戸籍まで用意しろとのことで、わざわざ日本から取り寄せて持って行った。
しかし、その場で出来るものと思っていたら、そこはタイのお役所仕事。
当日は、市長が不在とかで「お預かり」になり、それから何日しても何の連絡もなかった・・・。
ところが「忘れた頃にやってくる」とはこのことで、本当に忘れていた今頃になって、突然連絡が入り、先日主人が受け取りに行って来たのが、この「タビヤンバーン」である。
上の紺色のは、一般的なタイ人のタビヤンバーン。
下の黄色のが、外国人用のタビヤンバーン。
ページをめくると1ページ目には、タイ人のタビヤンバーンと同じ、家の所在地や種類などが記録されている。
これは、我が家の主人や子供が記載されている「タイ人専用」そのままである。
どこが違うのかと言えば、ページの一番下の隅に、
「タイ国における、法に適わない、または暫時的な滞在者」という但し書きが、全ページに印刷されているところである。
つまりこれは、タイ国籍を有していない外国人用の戸籍簿だというわけである。
もう一枚ページをめくると、戸籍の筆頭者のページになる。
このタビヤンバーンの戸籍の筆頭者は、何故か私になっていた。
もう一つの我が家のタイ人用戸籍は、もちろん主人が戸籍の筆頭者である。
同じ家の戸籍が二つ・・・何だか本物と偽物のようだ。
しかも、私にはパスポート番号や免許証番号はあっても、国民IDなどあるわけがないのに、このタビヤンバーンには何故か私の国民IDまで記入されている。
・・・・?
でも、これを見て調子に乗った私は、例の近所の市立病院で、「30バーツ医療のカード」を作れるかも知れない・・・と企んだ。
以前子供のカードや主人のカードを申し込んだ事務局に行き、そ知らぬ顔でカード作成を申し込んだ。
しばらく待って、パソコン画面とにらめっこしていた係りの看護婦がこう言った。
「う~ん・・。残念ですが、このタビヤンバーンではカードは作れませんね。ID番号のデータが何もないんです。」
・・・・やっぱり。
このID番号はデータ無しの幽霊番号だったか。
普通、タイ人は出生届と同時に国民ID番号が自動的に決まる。
タイ人でない私には、あるはずのない番号だった・・・。
適当に番号を入れるのなら空白にしておけばいいのに・・・。
さすがは、タイのお役所仕事である。
空白では見た目がよろしくないから、とりあえず埋めておこうというところか。
お茶代やお昼代ばかりせびってないで、もう少ししっかり仕事をしてもらいたい。
ちなみに今回のお礼は、友人と言うことで、「リージェンシーのボトル1本」だった・・・・。
後日談だが、私が冗談で「色つきの酒はもったいないから、ラオカーオ(焼酎)にしておけば・・。」と主人に言ったら、なんと友人に暴露してしまったので、しばらく合わせる顔がなかった・・・。
2008年11月20日
我が家のモーターサイ(オートバイ)
我が家のモーターサイには、歴史がある・・・。
私が、初めて義母と旦那の実家に同居したとき、義母はどこかで見た覚えのある、真っ赤なカブに乗っていた・・・。
そう、それは紛れもなく、日本で廃棄処分になった郵便配達のバイクだった。
当時、義母の家にはそのバイクしかなく、日本では自動車教習所の講習のとき以外にバイクに乗るどころか触ったこともない私だったが、田舎で生活する必要上、大胆にも、この「郵便屋バイク」で初めてのバイク乗りに挑戦したのであった。
ところが、義母の家は、毎年襲う洪水に備えて、家を持ち上げ、玄関口へ入る道が40度近い傾斜の坂道になっていた。
その目の前は、狭いが往来の激しい公道で、家の中に停めてあった義母のバイクにまたがって、エンジンをかけたまではよかったが、その坂道をゆっくり降りようとハンドブレーキを握ったつもりが、力が入り過ぎて、アクセルを吹かしてしまった。
そのバイクはさすがに廃棄されたバイクだけあって、足のブレーキは掛からず、私の乗ったバイクは、一気に公道へ飛び出してしまう結果となった。
しかし幸いなことに、ちょうどそのとき公道を行き来する車やバイクはおらず、私のバイクは飛び出して、義母の家の向かいにある、駄菓子屋の前に停めてあった、ピックアップトラックのバンパーに激突するだけで済んだのだった。
こんな過去があるので、今の私はバイク乗りには慎重である。
その後一度日本に戻ってから、今度は旦那も一緒にタイに移住してきて、義母の家から離れたこの市で店を始めてから、最初にFordのピックアップトラックを買ったが、そのすぐ後に近所での移動のためにモーターサイを買った。
今度は日本の廃品ではなく、タイの新車である。
HONDAのWaveという車種だが、初めから慎重に練習したので、今回は2回くらい自分で転んだだけである。ただし子供も乗せていたこともあるが・・擦り傷程度だった。
このWaveくんは、とても我慢強い。
一台で、家族6人を運んでいたこともある・・・というか私たちが勝手に乗っているのだが。
タイに住んでいる方は、想像できると思うが、「モーターサイ・トゥアミア(女型バイク)」と呼ばれる、大きさは日本のカブくらいだが、タイのバイクは二人乗り、三人乗りが普通なので座席が長くなっている。
そのバイクに、まず運転手の旦那が乗る。その後ろに、当時小4だった長女、小6だった長男が乗り、さらに旦那腕の中に入るように、小2の次男がもぐりこむ。そして、長男の後ろの座席がない尻尾部分に、私が三男を抱いてかろうじて乗っかる。
油断すると落ちてしまいそうだが、タラートを行き来する程度なので問題はない。
しかし、今は、もう子供たちの半分は大人並みの体型になってしまったので、無理がある。
そのため、旦那が鉄で箱型のサイドカーを作り、いろいろ改造をして、我が家のWaveくんは、今では立派な家族のマイカーとなった。
この先、彼がどう改造されていくのか楽しみである。
2008年11月19日
田舎者とスクーター
昨日、隣の市に住む上の義姉の旦那が、うちのピックアップ(トラック)を借りたいから、とやってきた。
その義姉の家は車はセダン型で、大きな荷物を運ぶのは無理なので、こういうことはよくあるのだが、いつもはその乗用車か、古いスズキのベルという型のバイクで来るのだが、今回はまた借金の上に借金を重ねて新しいバイクを買ったらしく、タイの田舎でも、最近流行のギアチェンジのない、スクーター型のバイクに乗ってきた。
そして、うちの車を借りて行ってしまったのだが、私がタラートに行きたくなった。
我が家も旦那が趣味で改造している、男型のバイク(HONDAのCBX?とかいう・・)は動かないし、家族用の女型のバイクはあるのだが、それも、数ヶ月前に旦那が横に座席をくっつけて、サイドカー化してしまったので、私には乗れなくなってしまい、このスクーターに挑戦しようとしたところ、カギを回しても、どうにもエンジンが掛からない・・・。
機械オンチの私だけなら仕方が無いが、旦那がやっても子供たちが順番に挑戦してみても一向に掛かる様子もない・・・。
こういうのは、自動車のようにカギを回せばかかるはず・・・と誰もが思うのだが、誰がやっても掛からないので、
「ヘンだな~。さっきまでピー・リット(義姉の旦那)が乗ってたんだから、壊れてるわけないし。しかもまだ新品だし・・・。」
といいつつも、みんな諦めて、タラートに行くのは諦めてしまったのだった。
そうしているうちに、隣町でバイクを売っている知り合いの社長がちょうどやってきて、ある事実を教えてくれた・・・。
それは、スクーターのスタンドを立てていたら、エンジンが掛からないようになっている、タイヤが地面についている状態でないとダメだという事実・・・・。
「・・・・・・・。」
所詮は田舎者の集まり・・・。
この最新型スクータータイプのバイクのエンジンのかけ方も誰もわからなかったのである。
もとはと言えば、持ち主の義姉の旦那が、教えていくべきだったのだ・・・と思った。
旦那が、このスクーターを気に入って、今度お金が出来たら、私の買い物用に買ってくれるというが、乗り方が簡単なので、子供たちが乗りたがるのが心配だ。
我が家の家訓?では、18歳になるまではバイク禁止令というのを出している。
最近、近所でも長女や次男の同級生までバイクデビューしている。
それでも、人は人、タイ人はタイ人、うちはうち・・・と決めている。
何度も、家の前の交差点での悲惨な事故を見ているので、我が家の子供たちには、どうしても小学生や中学生で、バイクの運転は許可出来ないのである。
その義姉の家は車はセダン型で、大きな荷物を運ぶのは無理なので、こういうことはよくあるのだが、いつもはその乗用車か、古いスズキのベルという型のバイクで来るのだが、今回はまた借金の上に借金を重ねて新しいバイクを買ったらしく、タイの田舎でも、最近流行のギアチェンジのない、スクーター型のバイクに乗ってきた。
そして、うちの車を借りて行ってしまったのだが、私がタラートに行きたくなった。
我が家も旦那が趣味で改造している、男型のバイク(HONDAのCBX?とかいう・・)は動かないし、家族用の女型のバイクはあるのだが、それも、数ヶ月前に旦那が横に座席をくっつけて、サイドカー化してしまったので、私には乗れなくなってしまい、このスクーターに挑戦しようとしたところ、カギを回しても、どうにもエンジンが掛からない・・・。
機械オンチの私だけなら仕方が無いが、旦那がやっても子供たちが順番に挑戦してみても一向に掛かる様子もない・・・。
こういうのは、自動車のようにカギを回せばかかるはず・・・と誰もが思うのだが、誰がやっても掛からないので、
「ヘンだな~。さっきまでピー・リット(義姉の旦那)が乗ってたんだから、壊れてるわけないし。しかもまだ新品だし・・・。」
といいつつも、みんな諦めて、タラートに行くのは諦めてしまったのだった。
そうしているうちに、隣町でバイクを売っている知り合いの社長がちょうどやってきて、ある事実を教えてくれた・・・。
それは、スクーターのスタンドを立てていたら、エンジンが掛からないようになっている、タイヤが地面についている状態でないとダメだという事実・・・・。
「・・・・・・・。」
所詮は田舎者の集まり・・・。
この最新型スクータータイプのバイクのエンジンのかけ方も誰もわからなかったのである。
もとはと言えば、持ち主の義姉の旦那が、教えていくべきだったのだ・・・と思った。
旦那が、このスクーターを気に入って、今度お金が出来たら、私の買い物用に買ってくれるというが、乗り方が簡単なので、子供たちが乗りたがるのが心配だ。
我が家の家訓?では、18歳になるまではバイク禁止令というのを出している。
最近、近所でも長女や次男の同級生までバイクデビューしている。
それでも、人は人、タイ人はタイ人、うちはうち・・・と決めている。
何度も、家の前の交差点での悲惨な事故を見ているので、我が家の子供たちには、どうしても小学生や中学生で、バイクの運転は許可出来ないのである。
2008年11月11日
動物に咬まれたら・・・。
これに咬まれたら・・・かなり痛そう・・。
今日、夕方、外で遊んでいたミックが、近所のチュートという犬と遊ぼうと構っていたところ、犬もご機嫌斜めだったらしく、ミックの散々のしつこい攻撃に、堪忍袋の緒が切れたのか、「バウバウバウ!!!!・・・」と吠えたかと思うと、ミックの手に咬み付いた・・・。
しかし、幸いなことに、キズは非常に浅く、爪の引っかき傷程度だったが、3~4箇所だったため、念のため例の病院へ駆け込んだ。
病院で、傷口の消毒と「破傷風、狂犬病」の予防接種をするためである。
タイの犬は基本的に放し飼いである。
こういう、咬みつき事件はわりと頻繁にあるが、子供が大型犬に頭をガブリと咬まれ、死に至ったケースもあるらしい・・・。
予防接種の予約は、今回が1回目、3日後に2回目、そのまた4日後に3回目。
手にかすり傷を負っただけなのに、最低3回も注射を射つ羽目になる。
これはその咬んだ動物が無事に生きていればのことで、もし、その動物が病気等で10日以内に自然死すれば、咬まれた人間はその後にまた2回の予防接種が待っている。
自分を咬んだ動物の長寿を祈るのみである。
今日ミックを咬んだ犬も、そのことを危惧して、旦那が、「飼い主に言ってくる、お仕置でその犬を殺すなということと、もし、バケツ交換車が来ても、バケツと取り替えちゃだめだって・・・。」と、飼い主に忠告しに行った。
これはさすがに飼ってません。
我が家の子供たちは、過去に犬以外のものに咬まれて注射をしたことがある。
まず、長女は野良猫(ほとんどの犬も猫も野良と変わらないが・・)を構っていて、やはりしつこくして引っかかれた・・。
そして、その猫がいなくなったので、念のため、合計5回の注射を受ける羽目になった・・運が悪い娘である。
それから、次男。以前、我が家の横で3匹のイノシシを飼っていたことがある。
次男はよく世話をしていたが、身体が大きなメスが、自分の気に入っている小柄なオスのエサを横取りするのに腹を立て、果敢にも、イノシシのメスに挑戦しようとして・・・・思い切り咬まれた。
その次の日は、このメスイノシシを食べる約束だったが、次男の検査の結果がまだでないので、このメスは運よく難を逃れ、代わりに次男の大好きな小柄なオスが食されることとなった。
次男には二重のショックである・・・。
ヘビは、色や形が決め手!
幸い、ヘビにはまだ咬まれた者はいないが、もしヘビに咬まれたら、まず、咬んだヘビの色、柄、大きさ、頭や尾の形をよく観察し、覚える必要があるという。
これは、私が最初にタイに来たときに、幼稚園の子供でも知っている・・・・と、当時、友人だった中国系タイ人が教えてくれた知識である。
みんな、その特徴で、毒があるかを判断するからである。
まあ、何はさておき、こういうときこそ、病院の「ホーン・チュックチューン(応急室)を最大限活用するべきである・・・。
いろんな方が書いているが、やはり、とりあえず、血圧を計る。
でも、血圧を測ってる間に容態が変わったら、どうするのだろうか・・・・。
こっちがいくら慌てても、病院の看護婦たちは落ち着いたものである。
すべては、病院のみぞ知る。
2008年11月10日
タイのドラマとモザイク
ほとんどのタイ人がそうであるように、我が家では、私以外、みんなドラマ好きで、ドラマが始まるとテレビに釘付けで、身動きもしなくなる。
しかし、どうしてタイのドラマは、ああもワンパターンで、つまらない設定なのだろうか?
タイのドラマの作り方。
まず、主人公、その相手役、そしてそれをジャマする悪役、さらに主人公かその相手役に思いを寄せる友人。それから、脇役で、主人公たちの恋路を反対する親。そして、オカマ、それから主人公と関わる子供・・・。
たいていはこの人物関係で、ほとんどのドラマが構成されている。
物語は・・というと、舞台はたいていがハイソーな設定。またはどちらかが金持ち、もう片方が貧乏。
タイ人視聴者の99%は死んでも買えないというような豪邸に住み、みんな新車の高級車を乗り回す。
たまに、主人公がわけあって、田舎の農村に住んでいるようなこともあるが、あきらかに浮きまくり。現実感は微塵もない。
最初はお互いに特別な感情がありながらも、素直になれない主人公たち、それをジャマする恋敵、助ける友人。その他の人物がゴタゴタを繰り返し、睡眠薬を盛り、希硫酸を顔にぶっ掛け合い・・・しかし、最後は悪役が死ぬか、改心して、何故かハッピーエンドになるという超ワンパターンの始まったときから、最終回が見えているドラマを、みんな毎回、食い入るようにして見ている。
私は、この手の7チャンネル、3チャンネル等のタイドラマを見ていると、つい余計な口を挟みたくなるので、最近はイヤホンをして音楽を聞きながら家事をすることにしている。
でないと、この手のドラマを真剣に見ている家人たちの気に障って、家庭内のもめごとの原因になりかねないからだ。
こんなくだらないドラマが原因で家庭内紛争になったのでは、笑うに笑えない・・・。
それに、これはタイのドラマだけに限ったことではないが、私がいつも余計なひとことを言いたくなるのが、「タイ式モザイク」である。
別に、日本のように「大人用の映像」にモザイクを掛けるのは、青少年の想像力を掻き立てるだけなのだが、建前上、仕方ない対策だと思うが、タイのモザイクには、「はぁ?」というものが多い。
タイのモザイクで納得行かないのは、タイのドラマではたいていモザイクを掛けないのに、外国のドラマや映画を放送すると、タバコに、拳銃に・・と手の先を見なくても想像つくものにわざわざモザイクを掛ける。
はっきり言って、非常に低レベルである。
タバコにモザイクを掛けても、その先に煙が立ち上っているのだから、タバコだということはうちの2歳児のミックでも分かる。
2歳児以下だな・・タイのテレビ関係者は・・・。
モザイクを掛けて、俳優の顔が見えにくくなるだけ腹が立つ。
自分の頭に拳銃を向けて自殺する設定の、俳優の腕と頭の間にあるのは拳銃に決まっている。ペンや棒であるはずがない。
隠すことで、余計にその「もの」を想像させてしまう。
しかも、タイのドラマや映画ではまったくと言っていいほど、このモザイクをしない。
タイの映画はくだらないお化け映画が多いが、だいぶ前に観た(あまりにつまらないので最近はもう観ていない・・)「ブッパーラーティー」という映画では、お化けの主人公が浮気をした恋人の口を太い麻袋用の針か何かで縫うというシーンがあったが、そのシーンにモザイクはない。同じくその映画の中で、悪い医者が盲目の少女を騙して睡眠薬を飲ませ強姦しようというシーンがあったが、これにもモザイクはない。
その後のいろいろなお化け映画でも、かなり残酷なシーンが毎回あるようだが、どれもモザイクなし・・・・。
こういう映像の方が、青少年に悪影響を与えるに決まっているのに、どこでも見れる「タバコを吸う人間」にモザイク。
こういう殺人事件やレイプ事件に繋がる残酷シーンはOK。
何故なのか? タイの理解しがたい現実の一つである。
タイの映像関係者に、是非聞きたいといつもいつも思っている。
しかし、どうしてタイのドラマは、ああもワンパターンで、つまらない設定なのだろうか?
タイのドラマの作り方。
まず、主人公、その相手役、そしてそれをジャマする悪役、さらに主人公かその相手役に思いを寄せる友人。それから、脇役で、主人公たちの恋路を反対する親。そして、オカマ、それから主人公と関わる子供・・・。
たいていはこの人物関係で、ほとんどのドラマが構成されている。
物語は・・というと、舞台はたいていがハイソーな設定。またはどちらかが金持ち、もう片方が貧乏。
タイ人視聴者の99%は死んでも買えないというような豪邸に住み、みんな新車の高級車を乗り回す。
たまに、主人公がわけあって、田舎の農村に住んでいるようなこともあるが、あきらかに浮きまくり。現実感は微塵もない。
最初はお互いに特別な感情がありながらも、素直になれない主人公たち、それをジャマする恋敵、助ける友人。その他の人物がゴタゴタを繰り返し、睡眠薬を盛り、希硫酸を顔にぶっ掛け合い・・・しかし、最後は悪役が死ぬか、改心して、何故かハッピーエンドになるという超ワンパターンの始まったときから、最終回が見えているドラマを、みんな毎回、食い入るようにして見ている。
私は、この手の7チャンネル、3チャンネル等のタイドラマを見ていると、つい余計な口を挟みたくなるので、最近はイヤホンをして音楽を聞きながら家事をすることにしている。
でないと、この手のドラマを真剣に見ている家人たちの気に障って、家庭内のもめごとの原因になりかねないからだ。
こんなくだらないドラマが原因で家庭内紛争になったのでは、笑うに笑えない・・・。
それに、これはタイのドラマだけに限ったことではないが、私がいつも余計なひとことを言いたくなるのが、「タイ式モザイク」である。
別に、日本のように「大人用の映像」にモザイクを掛けるのは、青少年の想像力を掻き立てるだけなのだが、建前上、仕方ない対策だと思うが、タイのモザイクには、「はぁ?」というものが多い。
タイのモザイクで納得行かないのは、タイのドラマではたいていモザイクを掛けないのに、外国のドラマや映画を放送すると、タバコに、拳銃に・・と手の先を見なくても想像つくものにわざわざモザイクを掛ける。
はっきり言って、非常に低レベルである。
タバコにモザイクを掛けても、その先に煙が立ち上っているのだから、タバコだということはうちの2歳児のミックでも分かる。
2歳児以下だな・・タイのテレビ関係者は・・・。
モザイクを掛けて、俳優の顔が見えにくくなるだけ腹が立つ。
自分の頭に拳銃を向けて自殺する設定の、俳優の腕と頭の間にあるのは拳銃に決まっている。ペンや棒であるはずがない。
隠すことで、余計にその「もの」を想像させてしまう。
しかも、タイのドラマや映画ではまったくと言っていいほど、このモザイクをしない。
タイの映画はくだらないお化け映画が多いが、だいぶ前に観た(あまりにつまらないので最近はもう観ていない・・)「ブッパーラーティー」という映画では、お化けの主人公が浮気をした恋人の口を太い麻袋用の針か何かで縫うというシーンがあったが、そのシーンにモザイクはない。同じくその映画の中で、悪い医者が盲目の少女を騙して睡眠薬を飲ませ強姦しようというシーンがあったが、これにもモザイクはない。
その後のいろいろなお化け映画でも、かなり残酷なシーンが毎回あるようだが、どれもモザイクなし・・・・。
こういう映像の方が、青少年に悪影響を与えるに決まっているのに、どこでも見れる「タバコを吸う人間」にモザイク。
こういう殺人事件やレイプ事件に繋がる残酷シーンはOK。
何故なのか? タイの理解しがたい現実の一つである。
タイの映像関係者に、是非聞きたいといつもいつも思っている。