2012年01月25日
明日はトルット・チーン(中国正月)です。
今年の我が家の居間のカレンダーは、タイ最大のオイル会社「PTT」から貰ったものにした。
そして、今月のカレンダーを見た主人が、
「あれ?今年は23日がトルット・チーン(中国正月)で、しかも「赤い日」(=つまり休日)だぞ!」と叫んだ。
「え?いつもは違ったっけ?」と私。
「じゃあ、赤い日は公務の休日だから、公務員や政府関係者が皆中国人になったんだね、きっと。」と冗談を言った。
そして、先週末学校から帰ってきた子供たちが、
「月曜日は休みじゃないよ。」と言うので、結局今年も国家の休日には指定されていないことが判明した。(当然と言えば当然だが)
それでも自分は年中無休でも、子供のいる休日が好きな私は何かの間違いでも休みになっていれば、と言う淡い期待を持って、他の数社のカレンダーを確認してみたが、結局赤い字になっていたのは、「PTT」のだけで、他は普通に「トルット・チーン」と書かれているだけだった。
要は、会社の休日を記しただけだったようである。
と、ここまで書いて、時間がなかったので一休みにしたら、結局、「明日は」と書いたのに、数日過ぎてしまって、肝心のトルットチーンが終わってしまった。
当日は、早朝というか、夜中の3時から起きてお供え物の準備をし、それを車の荷台に乗せて、4時に子供たちを起こし、5時前には義母の待つ主人の実家に到着していた。
それから、豚肉、鶏、あひる、果物、酒などの供え物を急いで並べ、それぞれ順番に線香を上げた。
その後、主人は義母と朝ご飯を食べてから帰ってくる予定だったのだが、もう7時を過ぎた店先で、客が待っているという連絡があったので、急いで帰ることになった。
毎年、我が家のトルッとチーンは、義母や隣のウワンの家の供え物のお裾分けをもらうのが普通だった。
主人の言い分は、「義母は中国人の子供だけど、自分はタイ人である。中国人ではないからトルットチーンなんて関係ない。」というのがいつもの主人だった。
それが、今年はどうしたわけか、主人が「実家に行って、供え物をして線香を上げて来よう」などと言い出したのだった。
何か、やましいことでもあるのか、最近の行動がどうもおかしい主人である。
更新しました!
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そして、今月のカレンダーを見た主人が、
「あれ?今年は23日がトルット・チーン(中国正月)で、しかも「赤い日」(=つまり休日)だぞ!」と叫んだ。
「え?いつもは違ったっけ?」と私。
「じゃあ、赤い日は公務の休日だから、公務員や政府関係者が皆中国人になったんだね、きっと。」と冗談を言った。
そして、先週末学校から帰ってきた子供たちが、
「月曜日は休みじゃないよ。」と言うので、結局今年も国家の休日には指定されていないことが判明した。(当然と言えば当然だが)
それでも自分は年中無休でも、子供のいる休日が好きな私は何かの間違いでも休みになっていれば、と言う淡い期待を持って、他の数社のカレンダーを確認してみたが、結局赤い字になっていたのは、「PTT」のだけで、他は普通に「トルット・チーン」と書かれているだけだった。
要は、会社の休日を記しただけだったようである。
と、ここまで書いて、時間がなかったので一休みにしたら、結局、「明日は」と書いたのに、数日過ぎてしまって、肝心のトルットチーンが終わってしまった。
当日は、早朝というか、夜中の3時から起きてお供え物の準備をし、それを車の荷台に乗せて、4時に子供たちを起こし、5時前には義母の待つ主人の実家に到着していた。
それから、豚肉、鶏、あひる、果物、酒などの供え物を急いで並べ、それぞれ順番に線香を上げた。
その後、主人は義母と朝ご飯を食べてから帰ってくる予定だったのだが、もう7時を過ぎた店先で、客が待っているという連絡があったので、急いで帰ることになった。
毎年、我が家のトルッとチーンは、義母や隣のウワンの家の供え物のお裾分けをもらうのが普通だった。
主人の言い分は、「義母は中国人の子供だけど、自分はタイ人である。中国人ではないからトルットチーンなんて関係ない。」というのがいつもの主人だった。
それが、今年はどうしたわけか、主人が「実家に行って、供え物をして線香を上げて来よう」などと言い出したのだった。
何か、やましいことでもあるのか、最近の行動がどうもおかしい主人である。
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タグ :中国正月
2012年01月21日
警察の不祥事
昨日、久しぶりにネットで日本のニュースを見ていたら、ヤフーの記事に『警察の不祥事』という見出しで、「警官が自転車に乗り携帯電話」というのが出ていた。
確か、50代の男性巡査部長が自転車に乗りながら携帯電話で電話していて、歩行者の足を踏んだことが問題だったらしい。
これを読んで、改めて日本の社会の厳しさを実感した。
こんなことが日本のニュースのトップに出るなんて、本当に日本社会というのは、規律や規範というのに厳しいのだと思う。
タイに数年住んでいるだけだが、タイの警察の実態はだいぶ理解してきた。
このレベルの話など、問題にもならないだろう。
「不祥事」というからには、どんな凄い事件を起こしたのかと思ったが、自動車でもオートバイでもなく、「自転車」というのに、笑ってしまった。
そうだ、日本の「おまわりさん」は、自転車で勤勉に巡回などしているのだな。
その途中で、電話が鳴ったとか、つい走ったまま会話してしまったのだろう。
タイの警察に比べればかわいいものだ。
一般庶民には、ヘルメットを着用、携帯通話禁止、シートベルトの着用を義務づけ、その不備を理由に罰金や袖の下をかき集めているが、自分は警官の勤務中でも、ヘルメットはかぶらない、携帯電話はする、など自分のことは棚に上げっぱなしで、弱いものいじめばかりしている。
警察署の宴会資金がなくなると、売れない田舎歌手のコンサートを開催し、そのチケットをこれまた一般庶民に押し売りにやってくる。
それも、一枚100バーツくらいなら許せるが、一枚1000バーツ単位で、何枚も買わせるのだから困ったものだ。
うちの主人なども、「どうせ行けないから、気持ちだけお手伝いします。」
と言って、500バーツ払って済ませようとしたら、
売りにきたおばさん警官も、「いえいえ、それは困ります。どうぞ、ぜひ見に来てください。」と無理矢理押し付けて、1000バーツを奪っていったこともある。
警官が飲酒運転で事故を起こしたなどというのは、タイでは日常茶飯事だし、我が家の前の交差点の信号を無視して行く警官もよく見かける。
そういう環境なので、この「警察の不祥事」という見出しに、この程度で不祥事になる日本という国は、本当に規律ということに対する厳しさがあって、素晴らしいなと思ったのである。
確か、50代の男性巡査部長が自転車に乗りながら携帯電話で電話していて、歩行者の足を踏んだことが問題だったらしい。
これを読んで、改めて日本の社会の厳しさを実感した。
こんなことが日本のニュースのトップに出るなんて、本当に日本社会というのは、規律や規範というのに厳しいのだと思う。
タイに数年住んでいるだけだが、タイの警察の実態はだいぶ理解してきた。
このレベルの話など、問題にもならないだろう。
「不祥事」というからには、どんな凄い事件を起こしたのかと思ったが、自動車でもオートバイでもなく、「自転車」というのに、笑ってしまった。
そうだ、日本の「おまわりさん」は、自転車で勤勉に巡回などしているのだな。
その途中で、電話が鳴ったとか、つい走ったまま会話してしまったのだろう。
タイの警察に比べればかわいいものだ。
一般庶民には、ヘルメットを着用、携帯通話禁止、シートベルトの着用を義務づけ、その不備を理由に罰金や袖の下をかき集めているが、自分は警官の勤務中でも、ヘルメットはかぶらない、携帯電話はする、など自分のことは棚に上げっぱなしで、弱いものいじめばかりしている。
警察署の宴会資金がなくなると、売れない田舎歌手のコンサートを開催し、そのチケットをこれまた一般庶民に押し売りにやってくる。
それも、一枚100バーツくらいなら許せるが、一枚1000バーツ単位で、何枚も買わせるのだから困ったものだ。
うちの主人なども、「どうせ行けないから、気持ちだけお手伝いします。」
と言って、500バーツ払って済ませようとしたら、
売りにきたおばさん警官も、「いえいえ、それは困ります。どうぞ、ぜひ見に来てください。」と無理矢理押し付けて、1000バーツを奪っていったこともある。
警官が飲酒運転で事故を起こしたなどというのは、タイでは日常茶飯事だし、我が家の前の交差点の信号を無視して行く警官もよく見かける。
そういう環境なので、この「警察の不祥事」という見出しに、この程度で不祥事になる日本という国は、本当に規律ということに対する厳しさがあって、素晴らしいなと思ったのである。
2012年01月12日
親しき仲にも礼儀あり。
このところ、中3の長女は思春期なのか、反抗期なのか、イライラしている時間が多く、ご機嫌斜目である。
そういう事情を知ってか知らずか、父親である主人が余計なからかいをしたりするのだが、反抗的な態度で向かってくるので、先に手を出しておいて、主人が逆ギレして罵倒やお説教が始まったりするので、側にいる我々もいい迷惑である。
そんな微妙な関係の主人と長女だが、今日も学校から帰って来た途端、大好きな韓国アイドルの番組を見るため、テレビの前から動こうとしない長女に、主人が文句を言い始めた。
その内容は・・・・。
「お前は、家に帰ってきても、何も手伝いもしないで、テレビの前で番をしている。お母さんを見てみろ、洗い物もあるし、洗濯もあるし、ご飯の支度もしているのに、何で何も手伝おうという気がないんだ。そんなことで、お前に子供が出来たとき、子供を使えると思っているのか。俺が子供のときは、毎日お母さんの手伝いをして学校に行ったもんだ、それも小学生になる前からだ。お前はもう中学3年生なんだから、少しは考えろ!もう大人になるんだぞ。それに、そんなアイドルなんか見ていて、学校で1番の成績が取れるのなら、俺も文句は言わない。どうだ、そんな番組を見ていて、1番になれるのか?え?どうだ、何とか言って見ろ!」
こんな捨て台詞を残し、入浴しようと風呂場に入って行ったところ、テレビの前で聞いていた長女が、
「だったら、自分が手伝えばいいじゃん。自分だって何もしないくせに。」
と、独り言のようにぼやいたところ、それを耳ざとく聞いた主人が、タオルを巻いて風呂場から出てきて、
「何だと!!お前、今、何て言った?え?もう一度言って見ろ!え?え?ほら!言って見ろって言ってるんだよ!」
・・・などと絡みだした。
私は、これで手でも上げたら嫌だな・・・と思っていたが、子供に滅多に手を上げない主人は、何とか手は上げなかったが、最後に、
「こんなことなら、最初から口に灰でも詰め込んでおけばよかった。」と言い残して、その場を去った。
私は、これを聞いて、これは言ってはいけない言葉だな・・・という感じがすごくして、この言葉が気になったまま、今、この夜中に置きだしてきて、ここに書いている。
「口に灰を詰め込む」というのは、「赤ちゃんの口に灰を詰めて窒息死させてしまう」ということ、つまり「赤ちゃんのうちに殺しておけばよかった。」という意味である。
私は、こういうことを平気で口にする神経が未だに理解できない、いや理解したくない・・と言った方がいいだろう。
意味は分かるが、仮にも自分の子供に、面と向かってそういう事を言うのはどうだろう。
「お前なんか生まれてこなければ良かったのに。」と言っているようなものだ。
つまり、その人間の存在価値を否定する言葉である。
以前、こういうことを聞いたことがある。
主人の母のところに、兄嫁が「子供が具合が悪いから、栄養のあるものでも食べさせてやりたいのでお金を貸して欲しい。」とお金を借りに行ったところ、ちょうどその兄嫁と関係があまり良くなかったらしい義母が、
「(それくらいで死ぬんなら、)死んでしまえ。」と追い返したという話だ。
まあ、これはその兄嫁が言った話なので、偏見があるかも知れないし、他の背景とか事実関係はどうだったか分からないが、こういう「死ね」というような暴言を、かなり頻繁に、簡単に口にする・・とは思う。
「親しき仲にも礼儀あり」というが、こういう言葉は余程のことがない限り、いや、余程のことがあっても、口にするべきではない言葉だと私は思うのだが・・・。
これがタイ人全般に通用するとも思えないが、思ったことは次の瞬間には発言しているというのは、基本的なタイ人の性格ではないかな・・と思う。
そういう意味で、いろいろなことに遠慮して、はっきり物を言わない長男は日本人タイプ、何でも思った瞬間に発言している長女は完璧に主人の血筋を引いていると思う。
しかも、何か言われたら言い返さないと気が済まない・・・というか、ピンポンの壁打ちのように、勝手に言葉が跳ね返ってしまうようだ。
よく、長男と二人で、「あ~あ、何でああいう事いうかな~?」とか、「黙って、ハイハイって言っておけばいいのに、どうして黙っていられないんだろうね。」などと、日常化したタイ人父娘の戦況を観戦する日々である。

家庭の事情とは関係なく、どこでもよく寝るココ。
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そういう事情を知ってか知らずか、父親である主人が余計なからかいをしたりするのだが、反抗的な態度で向かってくるので、先に手を出しておいて、主人が逆ギレして罵倒やお説教が始まったりするので、側にいる我々もいい迷惑である。
そんな微妙な関係の主人と長女だが、今日も学校から帰って来た途端、大好きな韓国アイドルの番組を見るため、テレビの前から動こうとしない長女に、主人が文句を言い始めた。
その内容は・・・・。
「お前は、家に帰ってきても、何も手伝いもしないで、テレビの前で番をしている。お母さんを見てみろ、洗い物もあるし、洗濯もあるし、ご飯の支度もしているのに、何で何も手伝おうという気がないんだ。そんなことで、お前に子供が出来たとき、子供を使えると思っているのか。俺が子供のときは、毎日お母さんの手伝いをして学校に行ったもんだ、それも小学生になる前からだ。お前はもう中学3年生なんだから、少しは考えろ!もう大人になるんだぞ。それに、そんなアイドルなんか見ていて、学校で1番の成績が取れるのなら、俺も文句は言わない。どうだ、そんな番組を見ていて、1番になれるのか?え?どうだ、何とか言って見ろ!」
こんな捨て台詞を残し、入浴しようと風呂場に入って行ったところ、テレビの前で聞いていた長女が、
「だったら、自分が手伝えばいいじゃん。自分だって何もしないくせに。」
と、独り言のようにぼやいたところ、それを耳ざとく聞いた主人が、タオルを巻いて風呂場から出てきて、
「何だと!!お前、今、何て言った?え?もう一度言って見ろ!え?え?ほら!言って見ろって言ってるんだよ!」
・・・などと絡みだした。
私は、これで手でも上げたら嫌だな・・・と思っていたが、子供に滅多に手を上げない主人は、何とか手は上げなかったが、最後に、
「こんなことなら、最初から口に灰でも詰め込んでおけばよかった。」と言い残して、その場を去った。
私は、これを聞いて、これは言ってはいけない言葉だな・・・という感じがすごくして、この言葉が気になったまま、今、この夜中に置きだしてきて、ここに書いている。
「口に灰を詰め込む」というのは、「赤ちゃんの口に灰を詰めて窒息死させてしまう」ということ、つまり「赤ちゃんのうちに殺しておけばよかった。」という意味である。
私は、こういうことを平気で口にする神経が未だに理解できない、いや理解したくない・・と言った方がいいだろう。
意味は分かるが、仮にも自分の子供に、面と向かってそういう事を言うのはどうだろう。
「お前なんか生まれてこなければ良かったのに。」と言っているようなものだ。
つまり、その人間の存在価値を否定する言葉である。
以前、こういうことを聞いたことがある。
主人の母のところに、兄嫁が「子供が具合が悪いから、栄養のあるものでも食べさせてやりたいのでお金を貸して欲しい。」とお金を借りに行ったところ、ちょうどその兄嫁と関係があまり良くなかったらしい義母が、
「(それくらいで死ぬんなら、)死んでしまえ。」と追い返したという話だ。
まあ、これはその兄嫁が言った話なので、偏見があるかも知れないし、他の背景とか事実関係はどうだったか分からないが、こういう「死ね」というような暴言を、かなり頻繁に、簡単に口にする・・とは思う。
「親しき仲にも礼儀あり」というが、こういう言葉は余程のことがない限り、いや、余程のことがあっても、口にするべきではない言葉だと私は思うのだが・・・。
これがタイ人全般に通用するとも思えないが、思ったことは次の瞬間には発言しているというのは、基本的なタイ人の性格ではないかな・・と思う。
そういう意味で、いろいろなことに遠慮して、はっきり物を言わない長男は日本人タイプ、何でも思った瞬間に発言している長女は完璧に主人の血筋を引いていると思う。
しかも、何か言われたら言い返さないと気が済まない・・・というか、ピンポンの壁打ちのように、勝手に言葉が跳ね返ってしまうようだ。
よく、長男と二人で、「あ~あ、何でああいう事いうかな~?」とか、「黙って、ハイハイって言っておけばいいのに、どうして黙っていられないんだろうね。」などと、日常化したタイ人父娘の戦況を観戦する日々である。

家庭の事情とは関係なく、どこでもよく寝るココ。
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2012年01月02日
続・一期一会~ロット・タイのその後
前回からの続きです。

年も押し迫った12月の下旬にやってきたのは、よくいるタイ人の集団見学の軍団だった。
本当に、タイ人というのは、余程ヒマなのか、根っからの野次馬根性の強さなのか、誰かがどこかに出掛ける・・というと、家族はもちろん、親戚、はたまた近所のオジサン、オバサンや赤ん坊まで芋蔓式に付いて来る。
私や子供たちは、家で自分の時間を楽しむのが何よりも楽しいと思うので、強制的に行かなければならないとき以外は、できれば家にいたいほうだが、彼ら一般のタイ人はどうもそうではないらしい。
というわけで、今回のロット・タイ見学・査定にも、紹介料として分け前を啜りたいチャン(修理工)が引き連れてきたのは、買い主になる予定の男性以外にも、4,5人の近所や親戚の男性たちがいた。
その彼らが散々見た挙句、主人に2000バーツの手付け金(というにはあまりにセコ過ぎるが・・)を払って引き上げて行った。
その夜、散々待たされて、もう諦めていた長女は、2000バーツという手付金に、「どうせ買う気なんてないよ。」
とふてくされていたが、私だって、もし2000バーツ手付けしたら、もったいなくてキャンセルなどしないと思ったが、その翌々日、今度は「ご主人様」である奥さんを連れてやってきた。
結局、私が店を仕切っている間に、主人とその買い主たちとの間で話がどんどん進み、家の前を占拠していた買い主の連れたちも加わって、売買契約書などが作成されてたらしい。
その後、時間の空いた私に主人がコピーを取れと言うので、取ったのだが、その戸籍書類の中で、買い主の家の中の勢力図がはっきりした。
戸籍主には男性がなっているのが普通だが、その買い主の戸籍は奥さんが戸籍主で、その旦那は同居人になっていた。
年齢も奥さんが2つほど上で、やはり奥さんが年下でさえ、頭が上がらないのがタイ人男性の成れの果てなのに、これでは奥さんにお伺いを立てないでこんな高い買い物を勝手に決められるわけがないのが見て取れた。
そして、よくあるのだが、タイ人女性(これはタイ人に限らないかもしれないが・・)の買い物に対する値切り根性の図太さに開いた口が塞がらなかった・・・。
当初38万バーツで設定した売値を37万で売ることにしていたが、この紹介料を啜ろうとするチャン(修理工)の頼みで、買い主には「40万バーツ」と言ってあった。(つまりこのチャンは、客を連れて来てちょっとアドバイスをしただけで、3万バーツを丸々自分のものにし、しかもその何も知らない客から、今回買ったロット・タイの修理を請け負いさらに甘い汁を啜るのである。)
そして、もともと「現状でこの価格」と言ってあったのに、「あれが壊れている・・こっちが悪い・・」などといろいろ粗捜しをし、「現状」と言ってあるのに、結局主人が、前タイヤやいくつかの部品を新品と取り替えてその価格を半額に負けてあげる・・という話になっていた。
ところが、奥さんが来たら、「ハンドルのポンプは新しくしてくれないの?」(一個5千バーツくらいする。)とか、「この追加の部品代は全部おまけにしてくれないの?」(全部で1万バーツ近くする。)
などと図々しいことを言い出した。
私は普段の商売でも、女性客は特に苦手である。
部品や車のことなどよく分からないくせに、「負けろ負けろ」とばかりせっつくからである。
まるで、「相手に負けさせなければ、自分の負けだ。」とでも思っているかのようだ。
私たちは、その辺の石ころを拾って売っているわけではない。
家の前の粘土を固めて部品を作っているのでもない。
こっちには購入した価格があって、それに利益を足して売っている。利益がなければ誰が商売などするものか。
・・・と喉元まで出掛かる言葉をいつも飲み込んでいる。
だから、私はこの商売を始めて以来、むやみに値引き交渉はしないことにしている。
負けるかどうかは、店の側の良心に任せている。
うちの主人のように、客の利益を第一に考えて、こっちが値段を間違えて多く取ったときには、たとえ1バーツでもその分を取り分けて置いて、次に来たときに返す・・・(私は、こっちが損をすることもあるのだからお互い様くらいに思っているのだが・・)などという店主もいれば、この前街中の衣料品屋で子供服を買ったときに、「199バーツ」の9バーツどころか、4バーツも負けたくないらしく、必死で釣銭1バーツの両替に走っていたおばさん店主もいた。
「ああ、この人はどうしても負けたくないんだな・・。」と可笑しくなったものだ。
話は逸れたが、こうしてご主人の奥さんにいろいろ言われ、なんだかんだおまけした結果、主人のロット・タイは40万バーツで売る話に収まった。
しかし、今回持って来たのは、そのうちの30万バーツと付加した部品代。
残りの車両代・10万バーツは来年の正月までに払うという事になっている。
何と気の長い話である・・・・。
長女を始め、我が家の子供たちも私も「はぁ・・?」と言ってしまった。
まあ、それは買い主の良心から長めに言っておいただけで、もしそれ以前にサトウキビを売ってまとまった金額が入れば、先に払うと言うことだった。
それに今回は、主人には珍しく、その残金に利子も計算するらしい。
結局、我が家に入るのは37万バーツとその残金の10万バーツの利子である。
しかし、妙に律儀な主人は、この迷惑ロット・タイの話を持ち込んだ、ルン・ウワンと主人の母に、ロット・タイが売れたからということで、それぞれ1万バーツ渡すらしい。
ルン・ウワンは主人が買ったことで、回収不可能だった賭博の借金をほとんど回収できたのだし、義母も別に何をしたというわけでもない(私にしてみれば余計なやっかい話を持ち込んだ・・と言いたいくらいだ。)のだから、別に上げる必要もないと思うのだが、主人が上げたいならそれはそれで構わないので、何も言わないが・・・。
でも、37万バーツから2万バーツ、元金が31万バーツ、ガソリン代、運搬代、その他諸々の経費それに迷惑代を入れたら、結局何も残らないような気がする。
一期一会・・・本来の意味とは異なるが、本当にもう二度と会いたくないような出会いであった。
裏ブログ?
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年も押し迫った12月の下旬にやってきたのは、よくいるタイ人の集団見学の軍団だった。
本当に、タイ人というのは、余程ヒマなのか、根っからの野次馬根性の強さなのか、誰かがどこかに出掛ける・・というと、家族はもちろん、親戚、はたまた近所のオジサン、オバサンや赤ん坊まで芋蔓式に付いて来る。
私や子供たちは、家で自分の時間を楽しむのが何よりも楽しいと思うので、強制的に行かなければならないとき以外は、できれば家にいたいほうだが、彼ら一般のタイ人はどうもそうではないらしい。
というわけで、今回のロット・タイ見学・査定にも、紹介料として分け前を啜りたいチャン(修理工)が引き連れてきたのは、買い主になる予定の男性以外にも、4,5人の近所や親戚の男性たちがいた。
その彼らが散々見た挙句、主人に2000バーツの手付け金(というにはあまりにセコ過ぎるが・・)を払って引き上げて行った。
その夜、散々待たされて、もう諦めていた長女は、2000バーツという手付金に、「どうせ買う気なんてないよ。」
とふてくされていたが、私だって、もし2000バーツ手付けしたら、もったいなくてキャンセルなどしないと思ったが、その翌々日、今度は「ご主人様」である奥さんを連れてやってきた。
結局、私が店を仕切っている間に、主人とその買い主たちとの間で話がどんどん進み、家の前を占拠していた買い主の連れたちも加わって、売買契約書などが作成されてたらしい。
その後、時間の空いた私に主人がコピーを取れと言うので、取ったのだが、その戸籍書類の中で、買い主の家の中の勢力図がはっきりした。
戸籍主には男性がなっているのが普通だが、その買い主の戸籍は奥さんが戸籍主で、その旦那は同居人になっていた。
年齢も奥さんが2つほど上で、やはり奥さんが年下でさえ、頭が上がらないのがタイ人男性の成れの果てなのに、これでは奥さんにお伺いを立てないでこんな高い買い物を勝手に決められるわけがないのが見て取れた。
そして、よくあるのだが、タイ人女性(これはタイ人に限らないかもしれないが・・)の買い物に対する値切り根性の図太さに開いた口が塞がらなかった・・・。
当初38万バーツで設定した売値を37万で売ることにしていたが、この紹介料を啜ろうとするチャン(修理工)の頼みで、買い主には「40万バーツ」と言ってあった。(つまりこのチャンは、客を連れて来てちょっとアドバイスをしただけで、3万バーツを丸々自分のものにし、しかもその何も知らない客から、今回買ったロット・タイの修理を請け負いさらに甘い汁を啜るのである。)
そして、もともと「現状でこの価格」と言ってあったのに、「あれが壊れている・・こっちが悪い・・」などといろいろ粗捜しをし、「現状」と言ってあるのに、結局主人が、前タイヤやいくつかの部品を新品と取り替えてその価格を半額に負けてあげる・・という話になっていた。
ところが、奥さんが来たら、「ハンドルのポンプは新しくしてくれないの?」(一個5千バーツくらいする。)とか、「この追加の部品代は全部おまけにしてくれないの?」(全部で1万バーツ近くする。)
などと図々しいことを言い出した。
私は普段の商売でも、女性客は特に苦手である。
部品や車のことなどよく分からないくせに、「負けろ負けろ」とばかりせっつくからである。
まるで、「相手に負けさせなければ、自分の負けだ。」とでも思っているかのようだ。
私たちは、その辺の石ころを拾って売っているわけではない。
家の前の粘土を固めて部品を作っているのでもない。
こっちには購入した価格があって、それに利益を足して売っている。利益がなければ誰が商売などするものか。
・・・と喉元まで出掛かる言葉をいつも飲み込んでいる。
だから、私はこの商売を始めて以来、むやみに値引き交渉はしないことにしている。
負けるかどうかは、店の側の良心に任せている。
うちの主人のように、客の利益を第一に考えて、こっちが値段を間違えて多く取ったときには、たとえ1バーツでもその分を取り分けて置いて、次に来たときに返す・・・(私は、こっちが損をすることもあるのだからお互い様くらいに思っているのだが・・)などという店主もいれば、この前街中の衣料品屋で子供服を買ったときに、「199バーツ」の9バーツどころか、4バーツも負けたくないらしく、必死で釣銭1バーツの両替に走っていたおばさん店主もいた。
「ああ、この人はどうしても負けたくないんだな・・。」と可笑しくなったものだ。
話は逸れたが、こうしてご主人の奥さんにいろいろ言われ、なんだかんだおまけした結果、主人のロット・タイは40万バーツで売る話に収まった。
しかし、今回持って来たのは、そのうちの30万バーツと付加した部品代。
残りの車両代・10万バーツは来年の正月までに払うという事になっている。
何と気の長い話である・・・・。
長女を始め、我が家の子供たちも私も「はぁ・・?」と言ってしまった。
まあ、それは買い主の良心から長めに言っておいただけで、もしそれ以前にサトウキビを売ってまとまった金額が入れば、先に払うと言うことだった。
それに今回は、主人には珍しく、その残金に利子も計算するらしい。
結局、我が家に入るのは37万バーツとその残金の10万バーツの利子である。
しかし、妙に律儀な主人は、この迷惑ロット・タイの話を持ち込んだ、ルン・ウワンと主人の母に、ロット・タイが売れたからということで、それぞれ1万バーツ渡すらしい。
ルン・ウワンは主人が買ったことで、回収不可能だった賭博の借金をほとんど回収できたのだし、義母も別に何をしたというわけでもない(私にしてみれば余計なやっかい話を持ち込んだ・・と言いたいくらいだ。)のだから、別に上げる必要もないと思うのだが、主人が上げたいならそれはそれで構わないので、何も言わないが・・・。
でも、37万バーツから2万バーツ、元金が31万バーツ、ガソリン代、運搬代、その他諸々の経費それに迷惑代を入れたら、結局何も残らないような気がする。
一期一会・・・本来の意味とは異なるが、本当にもう二度と会いたくないような出会いであった。
裏ブログ?
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より深い、タイ人、イサーンへの理解を願って・・・・ランキングに参加しています。

2011年12月30日
一期一会~ロット・タイ(トラクター)のその後
それは、先週のある朝のことだった・・・・。
いつものように年末が近いせいか、朝から店が忙しく、何人もの客が同時に買いに来たり、そうかと思うと、一人終わるとまた次が・・・というように、息付く暇もなく、昼近くになってもまだ朝ごはんも食べていない・・という日だった。
さあ、今度こそこの暇に朝ごはんを食べるぞ!・・と思っていたところ、家の前を二台のピックアップトラックが通過し、家の横に停めてあるロット・タイ(トラクター)の方で停まった感じがした。
それ以前にも、冷やかしや値段を聞くだけ・・などで一日数人の客がロット・タイを見に来ることがよくあった。
そのたびに売れるかな・・?と期待に胸を膨らませていた長女も、最近では「もう誰も買わないよ。」などと半ば投げやりな口調になっていた。
それ以前にも、あまりにも客が塗装もはげたり、錆びた部分も目立つ外見に文句を付けるので、このままで値段を上げずに売るはずだったのを、思い切って塗装もやり直し、外見を新品のようにして売るか!と内部の整備をし直すために、部品を外し始めたら、修理工だという人が来て、「明日、知人を連れて見に来るから・・元の状態にしておいて欲しい」(知人に売って、うちから紹介料を貰い、自分が修理をして修理代を稼ぐため)などと言い、せっかく外し始めたのを元に戻して待っていたら、何日経っても来ない・・・ということもあった。
そんな経緯から、家の中では、「売れなかったら、自分で乗ればいいよ。」という主人、(乗ってどうするんだ?また副業で畑の耕作でも請け負うのか?)「新品同様に仕上げて金持ちにしか買えないくらいに、値段を吊り上げちゃえば?」という私・・・とそれぞれの思惑が交錯していた。
ロット・タイが我が家に来てから、家の中から見える横庭に置かれた、その車体は最初は「売れない売れない・・」と目障りな存在だったが、最近ではその古びたロット・タイがあることが普通になっていた。
そうして、そんな朝にやってきた客は、最初はいつものように冷やかし客かと思っていたが、二台のピックアップで来た4,5人の客は、しばらくロット・タイを取り囲んでいたり、こっちの店の前に来て主人を呼んだり、そうしてまた見に行ったり・・・と行ったり来たりを繰り返していた。
そんな客の行動にも、忙しさのあまり大した興味も示さなかった私だったが、小一時間ほど観察をした後、結局引き上げて行ったのは確認していた。
ところが主人とは、かなり話を進めていたようで、その日のうちに手付け金として、手持ちの数千バーツを払って行ったらしかった。
何十万バーツの買い物に数千バーツの手付け金というのは少なすぎるが、手持ちのお金で急いで手付けしたというのは、かなり本気なのだと思われた。
・・・次回に続きます。
裏ブログ?
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いつものように年末が近いせいか、朝から店が忙しく、何人もの客が同時に買いに来たり、そうかと思うと、一人終わるとまた次が・・・というように、息付く暇もなく、昼近くになってもまだ朝ごはんも食べていない・・という日だった。
さあ、今度こそこの暇に朝ごはんを食べるぞ!・・と思っていたところ、家の前を二台のピックアップトラックが通過し、家の横に停めてあるロット・タイ(トラクター)の方で停まった感じがした。
それ以前にも、冷やかしや値段を聞くだけ・・などで一日数人の客がロット・タイを見に来ることがよくあった。
そのたびに売れるかな・・?と期待に胸を膨らませていた長女も、最近では「もう誰も買わないよ。」などと半ば投げやりな口調になっていた。
それ以前にも、あまりにも客が塗装もはげたり、錆びた部分も目立つ外見に文句を付けるので、このままで値段を上げずに売るはずだったのを、思い切って塗装もやり直し、外見を新品のようにして売るか!と内部の整備をし直すために、部品を外し始めたら、修理工だという人が来て、「明日、知人を連れて見に来るから・・元の状態にしておいて欲しい」(知人に売って、うちから紹介料を貰い、自分が修理をして修理代を稼ぐため)などと言い、せっかく外し始めたのを元に戻して待っていたら、何日経っても来ない・・・ということもあった。
そんな経緯から、家の中では、「売れなかったら、自分で乗ればいいよ。」という主人、(乗ってどうするんだ?また副業で畑の耕作でも請け負うのか?)「新品同様に仕上げて金持ちにしか買えないくらいに、値段を吊り上げちゃえば?」という私・・・とそれぞれの思惑が交錯していた。
ロット・タイが我が家に来てから、家の中から見える横庭に置かれた、その車体は最初は「売れない売れない・・」と目障りな存在だったが、最近ではその古びたロット・タイがあることが普通になっていた。
そうして、そんな朝にやってきた客は、最初はいつものように冷やかし客かと思っていたが、二台のピックアップで来た4,5人の客は、しばらくロット・タイを取り囲んでいたり、こっちの店の前に来て主人を呼んだり、そうしてまた見に行ったり・・・と行ったり来たりを繰り返していた。
そんな客の行動にも、忙しさのあまり大した興味も示さなかった私だったが、小一時間ほど観察をした後、結局引き上げて行ったのは確認していた。
ところが主人とは、かなり話を進めていたようで、その日のうちに手付け金として、手持ちの数千バーツを払って行ったらしかった。
何十万バーツの買い物に数千バーツの手付け金というのは少なすぎるが、手持ちのお金で急いで手付けしたというのは、かなり本気なのだと思われた。
・・・次回に続きます。
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2011年12月21日
寒波到来・・・。
先日、店が忙しくて、朝から洗って置いた洗濯物を干す時間もなく、日が暮れてから二階のベランダに行って干していると、どこからともなく聞き覚えのあるセロのような音色が耳に付いた。
セロの音色と言っても、メロディーを奏でているのではなく、ただ単調に繰り返し弾いているような音である・・・。
そう、以前このブログにも書いた『ワーオの音色』 (http://mic.namjai.cc/e5246.html参照)が聞こえる季節になったのだ。
昨年は、ほとんど・・というか、聞いた記憶さえ残っていないのだが、今年はすでに年末から揚げている人がいるらしい。
確か一昨年、私が表現したのは、『ハメルンの笛吹き』を連想させる音色だったのだが、今年聞いていたら、私の頭の中に浮かんだのは『セロ弾きのゴーシュ』だった。
まあ、作品は異なるが、つまりは空想力をかき立てるような、不思議な感覚の音色だという事である。
前置きが長くなったが、つまりこの季節になると、タイでも長袖シャツが恋しくなり、我が家の名前入り長袖Tシャツの要望も日毎に強くなる。
今日も、この前、一度貰ったはずのお客が、「服一枚くれよ。」というので、「あれ?この前上げたでしょう?」と聞き返すと、へらへら笑いながら、「いや~、最近、めっきり寒くなって、着替え用にもう一枚欲しいんだよ。」などというので、私は、「数に限りがあるので、お一人様一枚になってるんですよ。まだ貰ってない他の人にも上げなくちゃなので・・。」と言いながら、内心「寒けりゃ市場で一枚35バーツでくらいで売ってるんだから、自分で買えばいいでしょ!全部もらい物で済ませようって思ってるのか?」と思いながら適当にあしらったが、まあ、ここのところの寒さでは、もらい物で済ますか自分買うかはともかく、長袖の服が恋しくなるのは仕方がない。
というわけで、我が家も例年のごとく月に一度16日の定期市で、主人に「マオ・タラート(市場を買い占めた)したの?」と冷やかされるくらい、両手にいっぱいの袋を抱えて買い込んで来た、日本・韓国・中国からの「輸入物の古着」を着て今年の冬も乗り越えるのである。

市場に構えた古着屋キャラバンの店先
ところで、この古着屋という稼業、正規で輸入という人もあるのだろうが、私はどうしても、外国などからの国際援助などの横流し・・のような気がしてならない。
今年は、バンコクで世界的に知られた洪水による被害が発生したので、もしかしたらその支援物資などの横流しで、この古着業界にも商品が豊富になるような気がする。
まあ、これはあくまで私の推測に過ぎないのだが・・・・。
更新しました!!
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セロの音色と言っても、メロディーを奏でているのではなく、ただ単調に繰り返し弾いているような音である・・・。
そう、以前このブログにも書いた『ワーオの音色』 (http://mic.namjai.cc/e5246.html参照)が聞こえる季節になったのだ。
昨年は、ほとんど・・というか、聞いた記憶さえ残っていないのだが、今年はすでに年末から揚げている人がいるらしい。
確か一昨年、私が表現したのは、『ハメルンの笛吹き』を連想させる音色だったのだが、今年聞いていたら、私の頭の中に浮かんだのは『セロ弾きのゴーシュ』だった。
まあ、作品は異なるが、つまりは空想力をかき立てるような、不思議な感覚の音色だという事である。
前置きが長くなったが、つまりこの季節になると、タイでも長袖シャツが恋しくなり、我が家の名前入り長袖Tシャツの要望も日毎に強くなる。
今日も、この前、一度貰ったはずのお客が、「服一枚くれよ。」というので、「あれ?この前上げたでしょう?」と聞き返すと、へらへら笑いながら、「いや~、最近、めっきり寒くなって、着替え用にもう一枚欲しいんだよ。」などというので、私は、「数に限りがあるので、お一人様一枚になってるんですよ。まだ貰ってない他の人にも上げなくちゃなので・・。」と言いながら、内心「寒けりゃ市場で一枚35バーツでくらいで売ってるんだから、自分で買えばいいでしょ!全部もらい物で済ませようって思ってるのか?」と思いながら適当にあしらったが、まあ、ここのところの寒さでは、もらい物で済ますか自分買うかはともかく、長袖の服が恋しくなるのは仕方がない。
というわけで、我が家も例年のごとく月に一度16日の定期市で、主人に「マオ・タラート(市場を買い占めた)したの?」と冷やかされるくらい、両手にいっぱいの袋を抱えて買い込んで来た、日本・韓国・中国からの「輸入物の古着」を着て今年の冬も乗り越えるのである。

市場に構えた古着屋キャラバンの店先
ところで、この古着屋という稼業、正規で輸入という人もあるのだろうが、私はどうしても、外国などからの国際援助などの横流し・・のような気がしてならない。
今年は、バンコクで世界的に知られた洪水による被害が発生したので、もしかしたらその支援物資などの横流しで、この古着業界にも商品が豊富になるような気がする。
まあ、これはあくまで私の推測に過ぎないのだが・・・・。
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2011年12月13日
タイでの商売
久々に更新をしたと思ったら、もうすでに10日が経ってしまいました。
本当に最近の忙しさと言ったら、こんなタイの田舎でもまさに「師走」なのです。
先月の第4週の土日に一度、今月の第1週の土日と二回に分けて、例年通り家族総出で、年末の「粗品」となる店の名前を刷り込んだシャツの印刷作業に精を出しました。
今年は、5歳の末っ子・ミックまで、走り回ってシャツに挟む板の回収を手伝い、まさに家族総出。
主人が、
「これで、子供たちが大学にでも入って家を出たら、この印刷作業も早めにシャツを注文しておいて、学校の長期休みに子供たちが帰省したときにやるしかないな。」
などと言うので、私は、
「子供が家を出たら、シャツの注文から印刷まで全部業者に任せればいいじゃん。そこまでして自力でやらなくても・・。」
と内心思ったのでした。
その作業が終わると、今度は来る客来る客の顔を見て、なるべく重複しないように、出来上がった店の名前入りシャツを配って行きます。
そのたびに、いちいち
「あれ?この人、もう渡したっけ?」と考えたり、主人とお互いに確認したりしているので、いつも以上に神経が疲れます。
しかも、店の売り上げもオーク・パンサーの景気のよさで、次々と誰かしら来て客足が途絶えないので、夕方店を閉める頃には、ドッと疲れが出て、
「あ~疲れた・・・。」が口癖のような毎日が続いています。
と、そんな毎日の連続で、本当に一日一日がすぐに終わってしまいます。
気が付いたらもうすぐ、今月の半分が過ぎてしまうので驚いています。
さて、そんな毎日ですが、今日ブログの前書きを読み返してみたら、「そんな生活で、湧き出るストレスを吐き出そうかと・・」というブログ紹介文を読んで、「そうだ、このブログの基本は、うちのタイ人相手の商売から来るストレスだった」ことを思い出し、久々に商売でのちょっとした出来事を書いてみようかと思いました。
基本的に、「タイ人の買い物は値切るのが基本」とよく言われますが、よくいるのが、勝手に値段を決めてくる客です。
例えば、こちらが「300バーツです。」などと商品の値段を言うと、「200バーツで十分だろ。」などと、店主の値段設定を無視して、勝手な値切りをする客。厚かましいにも程があります。
それから、いつも「アホか?」と言いたくなるような質問が、「それで、どっちがいいの?」です。
例えば、こちらが「これは普通品で100バーツ、こちらは良品で500バーツです。」と説明しているのに、「それで、どっちの方がいいの?」と聞く客がよくいます。
仕方がないので、「だから、こっちは普通品。こっちは良品。100バーツと500バーツです。」ともう一度丁寧に説明するのですが、それでもまた「で、どっちの品の方がいい?」と聞き返す客・・・。
まるで、幼稚園児に初めての足し算を教えている気分です。
「『普通品で安い』って言ってるだろう!高い品の方が質が悪かったら、どこの誰が買うんだよ!!」と内心、客の物分りの悪さにイライラしてしまいます。
なので時には、「もし、高い品が悪かったら、誰も買う人なんていないですよ。」と、少し引きつった笑みを浮かべ、やんわりと切り返します。
そして、厚かましいのか、物分りが悪いのか、それを足したようなことを言うのが、
「安い物と良い物、どちらにしますか?」と聞くと、
「安くて、良い物を」と答える客・・・。
私は「そんなものは世の中にはない!!!!」と言いたくなります。
それから、今日いたのが、壊れた部品の交換部品を買いに来て、「今度は良い物だから、これならもう壊れないだろ?」と聞かれたのですが、私は思わず真顔で、
「世の中に壊れない物なんて有りません。形あるものはいつか必ず壊れます。」と答えてしまいました。
この商売を始めて早9年、さすがに接客にも慣れて来ましたが、未だに慣れないのが、ときどき来るお坊さんへの接客です。
お坊さん用語などにあまり慣れていないので、主人がいるときは、なるべく主人に任せてしまうのですが、一人のことも多いので、「お坊さん接客の基本」だけは、マスターしました。
これは、タイの観光本にも必ず載っている基本事項ですが、「女性はお坊さんに触れてはいけない。」のです。
観光なら単に避ければいいのですが、商売ではそうは行きません。商品や金銭の受け渡しが基本だからです。
接客のときでも、寺男のような付き人が一緒のときはその人を介せばいいのですが、最近のお坊さんは近代化してきて、徒歩どころか、自分で車を運転して来るようなお坊さんも増えたので、直接接客する機会も増えました。
まず、要求された商品を渡すのですが、そのときは私がどこかに一度置きます。
そして、その置かれた商品をお坊さんが手にとって見て、買うかどうか決め、買うとなったら、また一度どこかに置き、それを私が袋に入れます。
そして、その袋ごとまたどこかに置いて値段を言うと、お坊さんがお金を出しどこかに置き、それを私が拾うように受け取り、商売完了です。
おつりがあれば、またおつりをどこかに置き、お坊さんが取って行きます。
つまり、お互い触れない、同時に同じものを触らない(手渡しは厳禁)のが、女性店員のお坊さん相手の商売の基本です。
はっきり言って「面倒」です。でも、これがタイの常識なので、それに従うしかありません。
私自身は、以前は信仰しようと思ったこともありましたが、今は全くその気がなくなったので、私自身には無意味なのですが、これがタイの慣習なのでその行為は形だけですが、真似せざるを得ません。
こうして、私の平々凡々な『イサーンで埋没』した生活が続いて行くわけです。
これからも、こんな日々の出来事を綴って行きますので、お暇なときにはまた読んで見てください。
今日は、少し初心に戻ってみました・・・。
更新しました!!
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本当に最近の忙しさと言ったら、こんなタイの田舎でもまさに「師走」なのです。
先月の第4週の土日に一度、今月の第1週の土日と二回に分けて、例年通り家族総出で、年末の「粗品」となる店の名前を刷り込んだシャツの印刷作業に精を出しました。
今年は、5歳の末っ子・ミックまで、走り回ってシャツに挟む板の回収を手伝い、まさに家族総出。
主人が、
「これで、子供たちが大学にでも入って家を出たら、この印刷作業も早めにシャツを注文しておいて、学校の長期休みに子供たちが帰省したときにやるしかないな。」
などと言うので、私は、
「子供が家を出たら、シャツの注文から印刷まで全部業者に任せればいいじゃん。そこまでして自力でやらなくても・・。」
と内心思ったのでした。
その作業が終わると、今度は来る客来る客の顔を見て、なるべく重複しないように、出来上がった店の名前入りシャツを配って行きます。
そのたびに、いちいち
「あれ?この人、もう渡したっけ?」と考えたり、主人とお互いに確認したりしているので、いつも以上に神経が疲れます。
しかも、店の売り上げもオーク・パンサーの景気のよさで、次々と誰かしら来て客足が途絶えないので、夕方店を閉める頃には、ドッと疲れが出て、
「あ~疲れた・・・。」が口癖のような毎日が続いています。
と、そんな毎日の連続で、本当に一日一日がすぐに終わってしまいます。
気が付いたらもうすぐ、今月の半分が過ぎてしまうので驚いています。
さて、そんな毎日ですが、今日ブログの前書きを読み返してみたら、「そんな生活で、湧き出るストレスを吐き出そうかと・・」というブログ紹介文を読んで、「そうだ、このブログの基本は、うちのタイ人相手の商売から来るストレスだった」ことを思い出し、久々に商売でのちょっとした出来事を書いてみようかと思いました。
基本的に、「タイ人の買い物は値切るのが基本」とよく言われますが、よくいるのが、勝手に値段を決めてくる客です。
例えば、こちらが「300バーツです。」などと商品の値段を言うと、「200バーツで十分だろ。」などと、店主の値段設定を無視して、勝手な値切りをする客。厚かましいにも程があります。
それから、いつも「アホか?」と言いたくなるような質問が、「それで、どっちがいいの?」です。
例えば、こちらが「これは普通品で100バーツ、こちらは良品で500バーツです。」と説明しているのに、「それで、どっちの方がいいの?」と聞く客がよくいます。
仕方がないので、「だから、こっちは普通品。こっちは良品。100バーツと500バーツです。」ともう一度丁寧に説明するのですが、それでもまた「で、どっちの品の方がいい?」と聞き返す客・・・。
まるで、幼稚園児に初めての足し算を教えている気分です。
「『普通品で安い』って言ってるだろう!高い品の方が質が悪かったら、どこの誰が買うんだよ!!」と内心、客の物分りの悪さにイライラしてしまいます。
なので時には、「もし、高い品が悪かったら、誰も買う人なんていないですよ。」と、少し引きつった笑みを浮かべ、やんわりと切り返します。
そして、厚かましいのか、物分りが悪いのか、それを足したようなことを言うのが、
「安い物と良い物、どちらにしますか?」と聞くと、
「安くて、良い物を」と答える客・・・。
私は「そんなものは世の中にはない!!!!」と言いたくなります。
それから、今日いたのが、壊れた部品の交換部品を買いに来て、「今度は良い物だから、これならもう壊れないだろ?」と聞かれたのですが、私は思わず真顔で、
「世の中に壊れない物なんて有りません。形あるものはいつか必ず壊れます。」と答えてしまいました。
この商売を始めて早9年、さすがに接客にも慣れて来ましたが、未だに慣れないのが、ときどき来るお坊さんへの接客です。
お坊さん用語などにあまり慣れていないので、主人がいるときは、なるべく主人に任せてしまうのですが、一人のことも多いので、「お坊さん接客の基本」だけは、マスターしました。
これは、タイの観光本にも必ず載っている基本事項ですが、「女性はお坊さんに触れてはいけない。」のです。
観光なら単に避ければいいのですが、商売ではそうは行きません。商品や金銭の受け渡しが基本だからです。
接客のときでも、寺男のような付き人が一緒のときはその人を介せばいいのですが、最近のお坊さんは近代化してきて、徒歩どころか、自分で車を運転して来るようなお坊さんも増えたので、直接接客する機会も増えました。
まず、要求された商品を渡すのですが、そのときは私がどこかに一度置きます。
そして、その置かれた商品をお坊さんが手にとって見て、買うかどうか決め、買うとなったら、また一度どこかに置き、それを私が袋に入れます。
そして、その袋ごとまたどこかに置いて値段を言うと、お坊さんがお金を出しどこかに置き、それを私が拾うように受け取り、商売完了です。
おつりがあれば、またおつりをどこかに置き、お坊さんが取って行きます。
つまり、お互い触れない、同時に同じものを触らない(手渡しは厳禁)のが、女性店員のお坊さん相手の商売の基本です。
はっきり言って「面倒」です。でも、これがタイの常識なので、それに従うしかありません。
私自身は、以前は信仰しようと思ったこともありましたが、今は全くその気がなくなったので、私自身には無意味なのですが、これがタイの慣習なのでその行為は形だけですが、真似せざるを得ません。
こうして、私の平々凡々な『イサーンで埋没』した生活が続いて行くわけです。
これからも、こんな日々の出来事を綴って行きますので、お暇なときにはまた読んで見てください。
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2011年12月02日
ご無沙汰でした。
タイ、主にバンコクを中心とした洪水がテレビの画面を賑わせてから、いつのまにか、2ヶ月近くが過ぎてしまいました。
前回の更新がオークパンサーの記事なので、私のブログももう一ヶ月半ほど更新が途絶えていたことになります。
先日、私の消息(笑)を心配してくださった読者の方から、メッセージを頂いて、改めて長い間更新がなかったことに気が付きました。
こちらイサーン地方では、直接の洪水被害はないものの、バンコクからの物流が途絶えたり、陸運業者の集まる「プッタモンコンサーイ2・3」地域が洪水で壊滅的な被害らしく、我が家で注文した自動車部品も水の中に沈んだり、あるいは、運送業者が廃業してしまい、我が家の町まで来る業者がなくなってしまったり・・と間接的な被害を受けています。
そのため、週に数回、30キロ離れた隣町の友人宅に配達された荷物を受け取りに行ったり、先週は主人が自家用車でバンコクまで荷物を集荷に行った・・ということもありました。
そうは言っても、直接洪水の最中におられるバンコク在住の方に比べれば、大した被害もなく、とりあえず日常的な生活を送っていられるので、贅沢は言えません。
しかし、このブログの更新が途絶えた理由は、他にもあり、新学期に入ってからの末っ子の登校拒否(単に休み中のぬるま湯生活に慣れてしまったので面倒くさいらしい・・・)に伴い、夜末っ子に合わせて就寝する生活が続き、夜中に起きだしてブログの更新どころか、ネット鑑賞・・・さえも出来ない日々が続いていました。
しかも、夕方から子供たちが宿題のために、このノートブックを占領するので、もうパソコンに向かう暇もないくらいの日々・・・。
しかし、今回頂いたメッセで、こんな私のブログでも楽しみにしてくださる方がまだいる・・・ということに気づき、慌てて早朝に目覚ましを1時間早くセットし、朝食の支度の前のこの時間に大急ぎで書いているわけです。
(とはいえ、実はあと1時間、つまり2時間時間を見て朝の3時にセットしたのですが、結局4時になってしまいました・・)
こういう、言い訳を書いているだけでも、こうして長々と書いてしまうのですが、次回からはなるべく短期間での更新を目指しますので、改めてこれからも宜しくお願いします。
更新しました!!
裏ブログ?
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前回の更新がオークパンサーの記事なので、私のブログももう一ヶ月半ほど更新が途絶えていたことになります。
先日、私の消息(笑)を心配してくださった読者の方から、メッセージを頂いて、改めて長い間更新がなかったことに気が付きました。
こちらイサーン地方では、直接の洪水被害はないものの、バンコクからの物流が途絶えたり、陸運業者の集まる「プッタモンコンサーイ2・3」地域が洪水で壊滅的な被害らしく、我が家で注文した自動車部品も水の中に沈んだり、あるいは、運送業者が廃業してしまい、我が家の町まで来る業者がなくなってしまったり・・と間接的な被害を受けています。
そのため、週に数回、30キロ離れた隣町の友人宅に配達された荷物を受け取りに行ったり、先週は主人が自家用車でバンコクまで荷物を集荷に行った・・ということもありました。
そうは言っても、直接洪水の最中におられるバンコク在住の方に比べれば、大した被害もなく、とりあえず日常的な生活を送っていられるので、贅沢は言えません。
しかし、このブログの更新が途絶えた理由は、他にもあり、新学期に入ってからの末っ子の登校拒否(単に休み中のぬるま湯生活に慣れてしまったので面倒くさいらしい・・・)に伴い、夜末っ子に合わせて就寝する生活が続き、夜中に起きだしてブログの更新どころか、ネット鑑賞・・・さえも出来ない日々が続いていました。
しかも、夕方から子供たちが宿題のために、このノートブックを占領するので、もうパソコンに向かう暇もないくらいの日々・・・。
しかし、今回頂いたメッセで、こんな私のブログでも楽しみにしてくださる方がまだいる・・・ということに気づき、慌てて早朝に目覚ましを1時間早くセットし、朝食の支度の前のこの時間に大急ぎで書いているわけです。
(とはいえ、実はあと1時間、つまり2時間時間を見て朝の3時にセットしたのですが、結局4時になってしまいました・・)
こういう、言い訳を書いているだけでも、こうして長々と書いてしまうのですが、次回からはなるべく短期間での更新を目指しますので、改めてこれからも宜しくお願いします。
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2011年10月15日
今年のオーク・パンサー
先日、10月12日は今年の「オーク・パンサー」(「カオ・パンサー(安居節)」が終わる日)であった。
「今年の」というのは、毎年日付が変わるからである。
だから、主人を始め、当のタイ人たちも、毎年の暦が出るまでは、その年の「カオ・パンサー」や「オーク・パンサー」の日が分からないのである。
普通は皆、大体で生活しているので、「7月の何日かに、『カオ・パンサー(安居節)』に入り、10月の何日かに『オーク・パンサー』になる。」程度の認識でしかない。
しかし、当月になって、その日が迫ってくると、本来のところ数ある年間の仏教行事の中でも、タイ人の生活に密着した庶民レベルの行事でもあるので、タイの正月『ソンクラーン』同様、その準備にそわそわし始める。
中には、ソンクラーンの水掛け同様、フライングでやってしまう子供や若者も多い。
それが、オーク・パンサーの「パタック(爆竹・花火)」である。
さて、今年の我が家は、昨年調子があまり良くなかった主人も一月の手術後すっかり元気になったので、今年は張り切って、10月になる前から、
「12日はお母さんの家でご飯を食べよう!」と言い出だしたので、何の日かと思っていたら、今年のオーク・パンサーだったと言うわけである。
それまでも、大体毎年出掛けていたが、カオ・パンサーとオーク・パンサーには、実家の近くのお寺にある、主人の父の墓に線香を上げに行く・・という、日本で言えば『お彼岸』のようなものである。(その意味合いは異なるがかも知れないが・・)
そういうわけで、先日は店を早々(と言っても6時過ぎ)に閉め、家族揃って、義母が待つ主人の実家に出掛けた。
こういう場合、日本ならもう小学高学年や中学生くらいにもなれば、こういう行事への参加や、親と出掛けるなどということに抵抗を感じたり、単に面倒くさがったりして、同行しないという気がするが、タイでは、こういう行事に参加するのはごく当然である。
実際、我が家の子どもたちも、どこでも出掛ければ嬉しい幼稚園児のミックはさておき、もう中学生になった上の3人は、出来れば家で自分の好きなことをしていたいところだが、祖父の墓参り、祖母を訪ねて一緒に食事ということには、父親の気持ちを尊重して・・という配慮があり、何のためらいもなく従う。
祖父の墓参りは大切なことだと言うこと、祖母との食事は、孫である自分たちを連れて、一人暮らしの祖母とたまにしか出来ない食事を楽しみたい・・・という父親の気持ちを十分理解しているからである。
さて、そういう事情で家を出、途中の町にある大きな市場で夕食の材料などを仕入れ、義母の家に着いた。
私と長男で義母の手伝いをして、食事の準備をしているうちに、主人と長女、次男とミックが墓参り用グッズを仕入れに出掛けた。
ここで大事なのが、蝋燭や線香はもちろんのこと、この行事の子供たちにとっての楽しみ、「パタック」(爆竹)である。
もう、このオーク・パンサーの数日前から売り出されているが、当日、もしくは前夜くらいしか、爆音のする爆竹などは鳴らせない。
それ以外の日に鳴らしたりすると、警察に捕まる・・と言われているからである。(実際捕まった人は知らないが・・)
ところが、この日は無礼講なので、もうあちこちで「バン!バン!バババンン!!」とけたたましい爆音が響き続ける。
家のすぐ脇などでも、所構わず鳴らしてくれる。
心臓の弱い人などは、これが死因にでもなるのではないか・・?と思ってしまうほどである。
そんな中、食事の準備を終えてから、先に祖父の墓参りに出掛けた。
毎年、徒歩で行ける距離なのに、歩いても5分と掛からない道のりを、何故か今年は車で出掛けたのだが、実はこれが大正解だった。
私の記憶では、一昨年に来たときまでは、お寺の境内でも、確かに爆竹やロケット花火などをする人もいたが、それほどでもなかった気がした。
ところが、今年は、何故か派手で、お寺の入り口には、車が入れないくらい、若者がオートバイを停めてたむろしているし、その入り口に辿り着くまでの、お寺の塀の周囲でも、若者や子供たちが爆竹をお寺の境内に投げ入れて遊んでいた。
その塀自体が墓標になっていて、塀のすぐ内側は、墓参りをする人が何人も立ったり座ったりしているのに・・である。

お寺の塀、この隙間や上部から投げ入れる
我々が、入り口の若者たちのオートバイを退けさせて、何とか境内に入ったときには、もっと驚いた。
広さ300メートル平方くらいの境内が、暗闇の中でまるで戦場のように見えたからである。
遠くに見えるそれぞれの塀には、墓参り後の蝋燭の残りがぼんやり燃えている。
それが周囲を囲んでいる戦場の残骸の火の粉のように映り、さらに塀の外からも、境内でも、若者か子供か分からないが、何人もが爆竹や火の出る花火を投げているのが、さながら手榴弾のようだった。
どこに人がいるかも定かでないのに、どこそこ構わず投げつけているのである。
私は、車から出るのも怖かったが、それより、ピックアップトラックの荷台に乗っている、次男とミックに当たらないかと気が気ではなかった。
そして、何とか車を停めて、義父の墓まで歩いて行くときも、どこから飛んでくるか分からない、手榴弾さながらの爆竹や花火が家族の誰かに当たったらどうしよう・・・とそればかり考えていた。
ちょうど、一昨年のこの時期に、爆竹で遊んでいた次男の友達が、爆竹が誤って爆発して、指を2本失った・・という話を聞いていたからである。
自分で持っていなくても、誰かが投げた物が身体の一部にでも当たれば、大変なことになるだろう・・・という想像が先走った。
なので、少し急ぎ足ながら平静を装っていたが、内心死に物狂いで、周囲の物音に敏感に反応してしまった。
そうしているうちに、何とか無事、義父の墓標の前に辿り着き、蝋燭を立てて線香を上げ、「今年もまた来ました。家族が幸せに暮らせるよう見守ってください。」・・等々の挨拶を済ませると、急いで引き上げようと、足早に車に向かった。

祖父の墓標、真ん中が骨壷
帰り掛けに、主人がこの爆竹などのことを、やり過ぎだとか非難していたが、こういうお祭り騒ぎには、つい日常を逸脱してしまう人が多いものである。
タイ正月のソンクラーンでも、水道用のPVCのパイプで作る手製の直射型の水鉄砲が危険だと世間的には禁止されているが、やはり隠れて作ったりする者もいる。
この爆竹が危険だからと禁止するのも、これまでの慣習からすれば「これがないと、オーク・パンサーの気分が出ない」などという意見も出て、禁止というわけにも行かないのかも知れない。
やはりこういう事は、タイに限らず、それぞれ国民の常識の範囲に任せるしかないのだろうが、タイ人の常識の範囲は個人それぞれ広すぎて、しかも曖昧で、今一つ、日本人のように操り難いのが問題である・・・。
更新しました!
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イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
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「今年の」というのは、毎年日付が変わるからである。
だから、主人を始め、当のタイ人たちも、毎年の暦が出るまでは、その年の「カオ・パンサー」や「オーク・パンサー」の日が分からないのである。
普通は皆、大体で生活しているので、「7月の何日かに、『カオ・パンサー(安居節)』に入り、10月の何日かに『オーク・パンサー』になる。」程度の認識でしかない。
しかし、当月になって、その日が迫ってくると、本来のところ数ある年間の仏教行事の中でも、タイ人の生活に密着した庶民レベルの行事でもあるので、タイの正月『ソンクラーン』同様、その準備にそわそわし始める。
中には、ソンクラーンの水掛け同様、フライングでやってしまう子供や若者も多い。
それが、オーク・パンサーの「パタック(爆竹・花火)」である。
さて、今年の我が家は、昨年調子があまり良くなかった主人も一月の手術後すっかり元気になったので、今年は張り切って、10月になる前から、
「12日はお母さんの家でご飯を食べよう!」と言い出だしたので、何の日かと思っていたら、今年のオーク・パンサーだったと言うわけである。
それまでも、大体毎年出掛けていたが、カオ・パンサーとオーク・パンサーには、実家の近くのお寺にある、主人の父の墓に線香を上げに行く・・という、日本で言えば『お彼岸』のようなものである。(その意味合いは異なるがかも知れないが・・)
そういうわけで、先日は店を早々(と言っても6時過ぎ)に閉め、家族揃って、義母が待つ主人の実家に出掛けた。
こういう場合、日本ならもう小学高学年や中学生くらいにもなれば、こういう行事への参加や、親と出掛けるなどということに抵抗を感じたり、単に面倒くさがったりして、同行しないという気がするが、タイでは、こういう行事に参加するのはごく当然である。
実際、我が家の子どもたちも、どこでも出掛ければ嬉しい幼稚園児のミックはさておき、もう中学生になった上の3人は、出来れば家で自分の好きなことをしていたいところだが、祖父の墓参り、祖母を訪ねて一緒に食事ということには、父親の気持ちを尊重して・・という配慮があり、何のためらいもなく従う。
祖父の墓参りは大切なことだと言うこと、祖母との食事は、孫である自分たちを連れて、一人暮らしの祖母とたまにしか出来ない食事を楽しみたい・・・という父親の気持ちを十分理解しているからである。
さて、そういう事情で家を出、途中の町にある大きな市場で夕食の材料などを仕入れ、義母の家に着いた。
私と長男で義母の手伝いをして、食事の準備をしているうちに、主人と長女、次男とミックが墓参り用グッズを仕入れに出掛けた。
ここで大事なのが、蝋燭や線香はもちろんのこと、この行事の子供たちにとっての楽しみ、「パタック」(爆竹)である。
もう、このオーク・パンサーの数日前から売り出されているが、当日、もしくは前夜くらいしか、爆音のする爆竹などは鳴らせない。
それ以外の日に鳴らしたりすると、警察に捕まる・・と言われているからである。(実際捕まった人は知らないが・・)
ところが、この日は無礼講なので、もうあちこちで「バン!バン!バババンン!!」とけたたましい爆音が響き続ける。
家のすぐ脇などでも、所構わず鳴らしてくれる。
心臓の弱い人などは、これが死因にでもなるのではないか・・?と思ってしまうほどである。
そんな中、食事の準備を終えてから、先に祖父の墓参りに出掛けた。
毎年、徒歩で行ける距離なのに、歩いても5分と掛からない道のりを、何故か今年は車で出掛けたのだが、実はこれが大正解だった。
私の記憶では、一昨年に来たときまでは、お寺の境内でも、確かに爆竹やロケット花火などをする人もいたが、それほどでもなかった気がした。
ところが、今年は、何故か派手で、お寺の入り口には、車が入れないくらい、若者がオートバイを停めてたむろしているし、その入り口に辿り着くまでの、お寺の塀の周囲でも、若者や子供たちが爆竹をお寺の境内に投げ入れて遊んでいた。
その塀自体が墓標になっていて、塀のすぐ内側は、墓参りをする人が何人も立ったり座ったりしているのに・・である。

お寺の塀、この隙間や上部から投げ入れる
我々が、入り口の若者たちのオートバイを退けさせて、何とか境内に入ったときには、もっと驚いた。
広さ300メートル平方くらいの境内が、暗闇の中でまるで戦場のように見えたからである。
遠くに見えるそれぞれの塀には、墓参り後の蝋燭の残りがぼんやり燃えている。
それが周囲を囲んでいる戦場の残骸の火の粉のように映り、さらに塀の外からも、境内でも、若者か子供か分からないが、何人もが爆竹や火の出る花火を投げているのが、さながら手榴弾のようだった。
どこに人がいるかも定かでないのに、どこそこ構わず投げつけているのである。
私は、車から出るのも怖かったが、それより、ピックアップトラックの荷台に乗っている、次男とミックに当たらないかと気が気ではなかった。
そして、何とか車を停めて、義父の墓まで歩いて行くときも、どこから飛んでくるか分からない、手榴弾さながらの爆竹や花火が家族の誰かに当たったらどうしよう・・・とそればかり考えていた。
ちょうど、一昨年のこの時期に、爆竹で遊んでいた次男の友達が、爆竹が誤って爆発して、指を2本失った・・という話を聞いていたからである。
自分で持っていなくても、誰かが投げた物が身体の一部にでも当たれば、大変なことになるだろう・・・という想像が先走った。
なので、少し急ぎ足ながら平静を装っていたが、内心死に物狂いで、周囲の物音に敏感に反応してしまった。
そうしているうちに、何とか無事、義父の墓標の前に辿り着き、蝋燭を立てて線香を上げ、「今年もまた来ました。家族が幸せに暮らせるよう見守ってください。」・・等々の挨拶を済ませると、急いで引き上げようと、足早に車に向かった。

祖父の墓標、真ん中が骨壷
帰り掛けに、主人がこの爆竹などのことを、やり過ぎだとか非難していたが、こういうお祭り騒ぎには、つい日常を逸脱してしまう人が多いものである。
タイ正月のソンクラーンでも、水道用のPVCのパイプで作る手製の直射型の水鉄砲が危険だと世間的には禁止されているが、やはり隠れて作ったりする者もいる。
この爆竹が危険だからと禁止するのも、これまでの慣習からすれば「これがないと、オーク・パンサーの気分が出ない」などという意見も出て、禁止というわけにも行かないのかも知れない。
やはりこういう事は、タイに限らず、それぞれ国民の常識の範囲に任せるしかないのだろうが、タイ人の常識の範囲は個人それぞれ広すぎて、しかも曖昧で、今一つ、日本人のように操り難いのが問題である・・・。
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2011年10月01日
タイ時間
もうすぐ、10月に入る。
いや、日本時間ではもう10月になっているのか。
もう、我が家の子供たちのうち3人は中間休みに入り、先日の洪水で学校が冠水したために一週間臨時休校になって、期末試験が延期された長女だけが、まだ学校に行っている。
さて、その長女だが、もう数ヶ月前から切望していることがある。
それは、若いタイ女性の憧れ的ファッションでもある、「歯の矯正」である。
・・・とここまでは、本日先に更新した姉妹ブログ『子供に学ぶタイ語』に書いた。
さて、今回はその長女の切望する「歯の矯正」と、冒頭に書いた「もう10月」がどう関係してくるのか・・・という話である。
それは、8月24日更新の記事『博打人生~親戚の親戚はみな親戚だ~』(http://mic.namjai.cc/e55929.html 参照)と、その続編、『ルークラーンの為に・・・』(http://mic.namjai.cc/e56290.html 参照)に遡る・・・。
義母の得意技「他人の世話焼き」のお陰で、一ヶ月半が過ぎた今も、未だに我が家に居候している大型トラクターは、我が家の愛車のピックアップを追い出して、先月完成したばかりの倉庫に入っている。
外に停めて置くと、夜間は部品やバッテリー泥棒の心配もあり、昼間は来店する客が興味を持って、いちいち「売ってるのか?」とか、「いくらだ?」とか、「どこから買ってきた?」などと聞くので、売る気があるならいいのだが、親戚同士の約束で他人に売らずに、親戚の銀行からの借り入れを待っている状況なので、主人は外に停めて置きたくないのである。
さて、その買い主になる予定の親戚の男性だが、先月の終わりに、電話で
「来月(9月)の半ばには銀行の借り入れの合否結果が出るそうです。それまで売らずに待っていてください。」
という話であった。
ちょうどその頃、長女の歯が痛くなり、歯科へ行ったときに、「前歯の重なりが原因かも・・」と言われ、以前から前歯の重なりと気にしていて、友達も何人かやっている、「歯の矯正」を夢見ていた長女が、「願ってもないチャンス!」と、主人にその「歯の矯正」をしたいという話を切り出した・・・。
ところが、甥や姪がすでに矯正をした話で、普通でも矯正一通りすると3万~4万バーツくらいの費用が掛かると聞いていた主人の返事はこうだった。
「今は、カオ・パンサーの農閑期で、我が家の売り上げも少ない日が続いている。それに先日、あのトラクターを買ってしまったから、今はそういう余裕がない。だから、このトラクターが売れてからにしよう。」
しかし、主人と長女が歯科で聞いてきた話では、総額はそれくらい掛かるが、一回の費用は月に千バーツくらいで、初回だけ、レントゲンや諸費用が掛かって4千バーツくらいだという話だった。
長女にしてみれば、矯正は何年という長期なので、今年中3の長女は高校で進路の為に面接や受験が始まる前に、直したくて、なるべく早く始めたいらしい。
私としては、矯正の費用は分割だというし、確かにこの時期売り上げは少なく、毎月数十万バーツという赤字が続いたりするが、親戚や他人に貸すお金があるなら、子供の為に使いたいと思って、内心不満いっぱいだった。
しかし、ここであからさまに不満を見せると、何故か逆ギレで主人が機嫌を損ねるので、とりあえず黙って様子を見ることにした。
そうして、約束の「9月中旬」が近づいてくると、まず、口が達者で家の中では怖いもの知らずの長女が口を切った。
「ねえ、もう中旬だよ。まだ、トラクターは売れないの?」
私も内心は同感だったが、主人の機嫌を見ながら、
「でも、今日はまだ14日でしょ?やっぱり、15日過ぎなきゃ、中旬って言ったら、20日くらいまで中旬だし・・。」
と、長女の勢いをなだめるように付け足した。
そうしているうちに、また数日過ぎ、本当に「中旬」は過ぎたが、やはり何の連絡もなかった・・・。
そして、9月が終わろうとしていた昨日、例の元・持ち主の実弟が訪ねてきて、
「銀行の借り入れは通ったけれど、その担当の人が体調を崩して入院してそうで、手続きが遅れるそうなので、もうしばらく待って欲しい。」
という話だった。
あ~あ・・・。
また出た、これこそ、タイ時間。
どんどんズレ込んで行く約束の期日。
タイ好きの詩人のささやきや、観光局のキャッチコピーでおなじみの「悠久の時間が流れる」とか、「ゆるやかな時の流れ・・」だとか・・・。
確かに日々時間に追われ、忙しい毎日を送っている日本人が旅行で来たときなどは、この時間の流れが感動になるのかも知れない。
かつては私も、チェンマイの空に浮かぶゆるやかな雲の流れや、タルタオ島砂浜で蒼い海と青い空の境目などを眺めながら悠久の時間を満喫したことがある。
しかし!このタイ時間が実生活となった今は、これを「悠久の時間」などという優雅な言葉で表現している余裕はない。
担当者が入院したなら、他の行員が代わりに仕事をするべきだろう。
もし、担当者が死んだら、この借り入れの手続きは無くなるのか?
銀行なのだ。個人で、しかも一人で経営している会社ではない。
そんな理由で我が家への借金返済を待たせるな!
この実弟も、どうせ銀行の都合だから、自分にはどうにもならないし、関係ない・・と思ってのんびり構えているのだろう。
大体、もしこの銀行からの借り入れが出来ても、おそらく20万バーツくらいだろうと言われているのだから、残りの金額の10数万バーツはまだ残っている。
残りの金額は11月にサトウキビの刈り入れをして払うというが、それも実際その金額まで払えるか分からないし、このタイ時間の流れで行くと、本当に11月に収穫出来るかさえ定かではない。
せっかくすぐに話が終わる・・と思っていた、このトラクター騒動は、この10月に入っても、まだ片が付いていない。
このよく言えば「悠久の時間の流れ」も、今の私に言わせれば、
「いつまでもダラダラと流れるタイ時間」
なのである。
一体いつになったらこの問題が終わるのか・・。
しかし、もしこれが解決しても、きっとまた次の問題を持ってきてくれる義母。
本当に世話焼きで情に厚い、周囲から頼りにされている、主人の自慢の母なのであるが、それをこちらに御裾分けしてくれるのは、出来れば遠慮したい。
8年前に義母が持ちかけた話・・・。
この我が家を担保にして、主人に銀行から借り入れさせてまで貸した、義母の知人の「トウガラシ畑ビジネスのための資金」だった30万バーツも、結局肝心のトウガラシ畑は失敗。
毎月入る予定だった利子の3000バーツも最初の3ヶ月くらいは払ったが、それ以後はまったく入って来ない。
「そのうち、そのうち・・」で待つこと、8年以上。
最初に主人が10年ローンで借り入れた銀行の借り入れは昨年繰り上げ返済をして終わらせた。
しかし、その借り入れ金から貸した30万バーツはそのまま・・・である。
もう、未払いの利子がいくらになるか・・などという計算をするのは数年前に止めた。
経験から言って、こういう場合、もし万が一相手が元金を返済しても、利子は「じゃ、これだけでいいよ。」とすずめの涙どころか、蟻の涙ほども貰わないのが主人の常だからである。
主人も義母に負けずに、というか、さすがは親子。人情深く過ぎて、ついて行けない・・・。
義母も主人も、借主は土地を売って返済するつもりなのだが、その土地は借主の兄嫁が銀行の担保に入れてしまっていて、どうしてもその兄嫁が銀行から出してくれないから、返せないのだと・・・。
義母と主人はその借主を擁護するが、私に言わせれば、それはそっちの事情。
兄嫁が性格が悪かろうが、それは私たちには関係ない。
そういう内情を言い訳にする借主も借主だが、それに同情する義母と主人もどうかと思う・・・。
この親子、こういう性格では、よくある村の高利貸しなどをやったら、すぐに貸し倒れで何も残らなくなるだろう。
私は払うものはきちんと払ってもらいたい方だし、自分が払うときも、きちんと払わなければ・・と思うが、我が家では主人の決定が最優先なので、心の中でため息をつきながら諦める。
こういう、何年越しの借金・・・というのは何件もある。
店のツケまで入れたら、数え切れない。
この返って来ない借金を待つ年月さえも、「タイ時間」とイライラせず、扇子片手に、「悠久の時間が流れて行く・・・。」と、旅先で放浪する詩人のように、ゆったり構えていられるようなる日が来るのだろうか。

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いや、日本時間ではもう10月になっているのか。
もう、我が家の子供たちのうち3人は中間休みに入り、先日の洪水で学校が冠水したために一週間臨時休校になって、期末試験が延期された長女だけが、まだ学校に行っている。
さて、その長女だが、もう数ヶ月前から切望していることがある。
それは、若いタイ女性の憧れ的ファッションでもある、「歯の矯正」である。
・・・とここまでは、本日先に更新した姉妹ブログ『子供に学ぶタイ語』に書いた。
さて、今回はその長女の切望する「歯の矯正」と、冒頭に書いた「もう10月」がどう関係してくるのか・・・という話である。
それは、8月24日更新の記事『博打人生~親戚の親戚はみな親戚だ~』(http://mic.namjai.cc/e55929.html 参照)と、その続編、『ルークラーンの為に・・・』(http://mic.namjai.cc/e56290.html 参照)に遡る・・・。
義母の得意技「他人の世話焼き」のお陰で、一ヶ月半が過ぎた今も、未だに我が家に居候している大型トラクターは、我が家の愛車のピックアップを追い出して、先月完成したばかりの倉庫に入っている。
外に停めて置くと、夜間は部品やバッテリー泥棒の心配もあり、昼間は来店する客が興味を持って、いちいち「売ってるのか?」とか、「いくらだ?」とか、「どこから買ってきた?」などと聞くので、売る気があるならいいのだが、親戚同士の約束で他人に売らずに、親戚の銀行からの借り入れを待っている状況なので、主人は外に停めて置きたくないのである。
さて、その買い主になる予定の親戚の男性だが、先月の終わりに、電話で
「来月(9月)の半ばには銀行の借り入れの合否結果が出るそうです。それまで売らずに待っていてください。」
という話であった。
ちょうどその頃、長女の歯が痛くなり、歯科へ行ったときに、「前歯の重なりが原因かも・・」と言われ、以前から前歯の重なりと気にしていて、友達も何人かやっている、「歯の矯正」を夢見ていた長女が、「願ってもないチャンス!」と、主人にその「歯の矯正」をしたいという話を切り出した・・・。
ところが、甥や姪がすでに矯正をした話で、普通でも矯正一通りすると3万~4万バーツくらいの費用が掛かると聞いていた主人の返事はこうだった。
「今は、カオ・パンサーの農閑期で、我が家の売り上げも少ない日が続いている。それに先日、あのトラクターを買ってしまったから、今はそういう余裕がない。だから、このトラクターが売れてからにしよう。」
しかし、主人と長女が歯科で聞いてきた話では、総額はそれくらい掛かるが、一回の費用は月に千バーツくらいで、初回だけ、レントゲンや諸費用が掛かって4千バーツくらいだという話だった。
長女にしてみれば、矯正は何年という長期なので、今年中3の長女は高校で進路の為に面接や受験が始まる前に、直したくて、なるべく早く始めたいらしい。
私としては、矯正の費用は分割だというし、確かにこの時期売り上げは少なく、毎月数十万バーツという赤字が続いたりするが、親戚や他人に貸すお金があるなら、子供の為に使いたいと思って、内心不満いっぱいだった。
しかし、ここであからさまに不満を見せると、何故か逆ギレで主人が機嫌を損ねるので、とりあえず黙って様子を見ることにした。
そうして、約束の「9月中旬」が近づいてくると、まず、口が達者で家の中では怖いもの知らずの長女が口を切った。
「ねえ、もう中旬だよ。まだ、トラクターは売れないの?」
私も内心は同感だったが、主人の機嫌を見ながら、
「でも、今日はまだ14日でしょ?やっぱり、15日過ぎなきゃ、中旬って言ったら、20日くらいまで中旬だし・・。」
と、長女の勢いをなだめるように付け足した。
そうしているうちに、また数日過ぎ、本当に「中旬」は過ぎたが、やはり何の連絡もなかった・・・。
そして、9月が終わろうとしていた昨日、例の元・持ち主の実弟が訪ねてきて、
「銀行の借り入れは通ったけれど、その担当の人が体調を崩して入院してそうで、手続きが遅れるそうなので、もうしばらく待って欲しい。」
という話だった。
あ~あ・・・。
また出た、これこそ、タイ時間。
どんどんズレ込んで行く約束の期日。
タイ好きの詩人のささやきや、観光局のキャッチコピーでおなじみの「悠久の時間が流れる」とか、「ゆるやかな時の流れ・・」だとか・・・。
確かに日々時間に追われ、忙しい毎日を送っている日本人が旅行で来たときなどは、この時間の流れが感動になるのかも知れない。
かつては私も、チェンマイの空に浮かぶゆるやかな雲の流れや、タルタオ島砂浜で蒼い海と青い空の境目などを眺めながら悠久の時間を満喫したことがある。
しかし!このタイ時間が実生活となった今は、これを「悠久の時間」などという優雅な言葉で表現している余裕はない。
担当者が入院したなら、他の行員が代わりに仕事をするべきだろう。
もし、担当者が死んだら、この借り入れの手続きは無くなるのか?
銀行なのだ。個人で、しかも一人で経営している会社ではない。
そんな理由で我が家への借金返済を待たせるな!
この実弟も、どうせ銀行の都合だから、自分にはどうにもならないし、関係ない・・と思ってのんびり構えているのだろう。
大体、もしこの銀行からの借り入れが出来ても、おそらく20万バーツくらいだろうと言われているのだから、残りの金額の10数万バーツはまだ残っている。
残りの金額は11月にサトウキビの刈り入れをして払うというが、それも実際その金額まで払えるか分からないし、このタイ時間の流れで行くと、本当に11月に収穫出来るかさえ定かではない。
せっかくすぐに話が終わる・・と思っていた、このトラクター騒動は、この10月に入っても、まだ片が付いていない。
このよく言えば「悠久の時間の流れ」も、今の私に言わせれば、
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この我が家を担保にして、主人に銀行から借り入れさせてまで貸した、義母の知人の「トウガラシ畑ビジネスのための資金」だった30万バーツも、結局肝心のトウガラシ畑は失敗。
毎月入る予定だった利子の3000バーツも最初の3ヶ月くらいは払ったが、それ以後はまったく入って来ない。
「そのうち、そのうち・・」で待つこと、8年以上。
最初に主人が10年ローンで借り入れた銀行の借り入れは昨年繰り上げ返済をして終わらせた。
しかし、その借り入れ金から貸した30万バーツはそのまま・・・である。
もう、未払いの利子がいくらになるか・・などという計算をするのは数年前に止めた。
経験から言って、こういう場合、もし万が一相手が元金を返済しても、利子は「じゃ、これだけでいいよ。」とすずめの涙どころか、蟻の涙ほども貰わないのが主人の常だからである。
主人も義母に負けずに、というか、さすがは親子。人情深く過ぎて、ついて行けない・・・。
義母も主人も、借主は土地を売って返済するつもりなのだが、その土地は借主の兄嫁が銀行の担保に入れてしまっていて、どうしてもその兄嫁が銀行から出してくれないから、返せないのだと・・・。
義母と主人はその借主を擁護するが、私に言わせれば、それはそっちの事情。
兄嫁が性格が悪かろうが、それは私たちには関係ない。
そういう内情を言い訳にする借主も借主だが、それに同情する義母と主人もどうかと思う・・・。
この親子、こういう性格では、よくある村の高利貸しなどをやったら、すぐに貸し倒れで何も残らなくなるだろう。
私は払うものはきちんと払ってもらいたい方だし、自分が払うときも、きちんと払わなければ・・と思うが、我が家では主人の決定が最優先なので、心の中でため息をつきながら諦める。
こういう、何年越しの借金・・・というのは何件もある。
店のツケまで入れたら、数え切れない。
この返って来ない借金を待つ年月さえも、「タイ時間」とイライラせず、扇子片手に、「悠久の時間が流れて行く・・・。」と、旅先で放浪する詩人のように、ゆったり構えていられるようなる日が来るのだろうか。
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2011年09月22日
我が家の米
今年も例年の雨季による洪水で、タイ各地でも予想通り、(この「予想通り」と言うところが、タイの社会である。日本だったら、「予想外の」でしかありえない。)多かれ少なかれ様々な洪水による被害が起きているが、中でも一番深刻なのは、生活の糧である、農作物への被害を被った、タイ全土の農民たちだろう。
我が家の義母の村にある主人名義の沼地で、義母は鯰やフナの一種、海老などを飼っているのだが、その広大な沼地も、毎年洪水の被害に遭っているので、雨が降る季節になると、毎朝のように、早朝6時ごろ、義母からの電話が鳴る。
「ハロー、そっちは雨が降ったかい?こっちは昨夜の大雨で、沼の水が流出して、魚が逃げてしまうから、早く○○(主人)に来るように言って!」
・・と、まるでラーメン屋の出前か何かのように、ここから45キロも離れている実家まで、呼びつける。
昨年までは、この沼地の処理に出掛けて行った主人が一旦戻って来て、もう一度隣の義姉の夫、隣市のもう一人の義姉の夫を連れて、デジカメを持って、再び現地へ集合・・というパターンだった。
それは、アピシット前首相の政策で、農業者を助けるために、「自然災害で被害を受けた場合に、政府からの給付金が出る・・」というのがあり、その申請のための証拠写真を撮るために出掛けて行くのであった。
これは、その農業に携わっている人、「一人当たりいくら」で給付金が出るので、下手をすると、普通に収穫して出荷するよりも、給付金の方が儲かるという場合もあり、この制度が施行されてから、農民の中には、雨季の激しい時期にあえて作物を植え、被害を待って、給付金を申請するという、この制度を悪用する人もかなりいたらしい。
とは言え、この人たちには、「悪用する」という自覚はなく、あくまで、「割のいいほうに利用する」という感覚のようである。
だから、うちの店の前などで、客同士が大声で、
「いや~、今年は雨が多かったから、その時期を狙って米を植えたんだけど、上手い具合に、全部の田んぼが水浸しで、給付金の申請が上手く行ったよ。」
などという自慢話に花を咲かせていたりする。その表情には悪びれた様子など微塵も感じられない。
我が家の主人は、本業は商売なので、実家の方の沼地の給付金申請などは、あくまで実質的に魚の飼育・販売をしている、義母の指示である。
実際、我が家の裏で趣味でやっている田んぼは、堤防が崩れようが、稲がだめになろうが、どんな被害が出ても自力で処理し、給付金などを当てにはしない。
ところが、この農民救済のための給付金制度だが、今回のインラック政権への交代で、この制度が使えなくなってしまうという話である。
これは、あくまで前首相・アピシット氏の政策なので、このインラック政権では、適用されないのだと言う。
彼女の最大の人気取りの政策は、「最低賃金を全国一律、一日300バーツに引き上げる」だったが、これも発足早々、実行出来るのか、雲行きが怪しくなっている。
本人も、選挙での公約に対して、ここに来て「技術職に関しては」を付け加えるなど、はっきり言って、幼稚園児の『後出しじゃんけん』の如く、非常に「ずるい」作戦に出た。
よく、「男に二言はない。」などと言うが、こういう立場の人間なら、「(女であっても)二言はない」にして欲しいものである。
この政権交代で、一番困ったのは、毎年出ていた給付金を当てにしていた、農民たちではないだろうか?
普通、農作業での日当は、100バーツから200バーツ程度。
インラック政権の「最低賃金300バーツ」に惹かれて、票を入れたのに、政権を握ったところで、全国一律が困難なことに気づき、「技術職に関しては」と付け加えられて、夢に見た農作業での日当300バーツは花と散った・・・。
加えて、前政権で保障されていた「農業作物の自然災害による被害のための給付金制度」もなくなってしまった。
農民にしてみれば、「踏んだり蹴ったり」の政権交代だった。
それぞれの政権に長所短所はあると思うが、今回の政権交代で、農民が直面した問題は、机上の理論ではなく、まさに農民の死活問題である。
昨年まで、この季節の洪水にも悠々と構えていた農民たちが、今年はそうは言っていられない。
誰も、自分たちの被害を保障してくれないからである。
自分たちが選んだ政権が、これで良かったのか・・・?今更ながら、頭を抱えている人も少なくないようだ。
さて、我が家はこの保障制度とは関係なく、主人の暇つぶしに米作をしているが、主人の田んぼも今年の大雨には被害を被り、昨年かなりの投資をし、子供たちも動員して築き上げた自信作の防水堤が、今年の大雨には跡形もなかった・・・。
これに、意気消沈した主人が、「もうだめだ、今年はこのまま放置して、来年から人に貸そう。」などと言い出したので、私は内心、ほっとした。
実は、以前は収穫した米は、実家の方に保存して置いて、義母の知り合いの精米所で精米して、義母が夜の暇つぶしに、精米の後始末(混ざった籾殻や小石などを選別して除く)を終えた米を持って来ていたのだが、最近我が家に籾ごと持って来て、この近所で精米するようになった。
そして、今まで義母がやってくれていた「精米後の後始末」という仕事が増えてしまったのである。
炊飯をしようと思っても、米を計る前に、まず、この中に混じった「ゴミ」を取り除くのに、30分くらい掛かってしまう。
これを毎回やっていてくれた義母には頭が下がるが、それでも、売っている米なら、ここまで時間が掛からないのにな・・と思わずにはいられない。
以前、日本の友人が「無洗米」だとか言う、洗わずに、計って水だけ入れればいい・・・という、さすがは「忙しい日本人の発想」というような米が発売されて、使っている・・・という話を聞いたことがある。
私は、ここまで便利でなくてもいいから、せめて、計って洗うだけで炊ける・・という普通の米が欲しい。
しかし、今は、せっかく主人が精魂込めて作った米が残っているので、主人の前では、決して愚痴はこぼさず、首と肩の凝りを何気なく表現しながら、せっせと籾殻、小石、草の種を取り除くために睡眠時間を削っている。

白米とは言い難い我が家の米

これらが、私を困らせる白米の同居人
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我が家の義母の村にある主人名義の沼地で、義母は鯰やフナの一種、海老などを飼っているのだが、その広大な沼地も、毎年洪水の被害に遭っているので、雨が降る季節になると、毎朝のように、早朝6時ごろ、義母からの電話が鳴る。
「ハロー、そっちは雨が降ったかい?こっちは昨夜の大雨で、沼の水が流出して、魚が逃げてしまうから、早く○○(主人)に来るように言って!」
・・と、まるでラーメン屋の出前か何かのように、ここから45キロも離れている実家まで、呼びつける。
昨年までは、この沼地の処理に出掛けて行った主人が一旦戻って来て、もう一度隣の義姉の夫、隣市のもう一人の義姉の夫を連れて、デジカメを持って、再び現地へ集合・・というパターンだった。
それは、アピシット前首相の政策で、農業者を助けるために、「自然災害で被害を受けた場合に、政府からの給付金が出る・・」というのがあり、その申請のための証拠写真を撮るために出掛けて行くのであった。
これは、その農業に携わっている人、「一人当たりいくら」で給付金が出るので、下手をすると、普通に収穫して出荷するよりも、給付金の方が儲かるという場合もあり、この制度が施行されてから、農民の中には、雨季の激しい時期にあえて作物を植え、被害を待って、給付金を申請するという、この制度を悪用する人もかなりいたらしい。
とは言え、この人たちには、「悪用する」という自覚はなく、あくまで、「割のいいほうに利用する」という感覚のようである。
だから、うちの店の前などで、客同士が大声で、
「いや~、今年は雨が多かったから、その時期を狙って米を植えたんだけど、上手い具合に、全部の田んぼが水浸しで、給付金の申請が上手く行ったよ。」
などという自慢話に花を咲かせていたりする。その表情には悪びれた様子など微塵も感じられない。
我が家の主人は、本業は商売なので、実家の方の沼地の給付金申請などは、あくまで実質的に魚の飼育・販売をしている、義母の指示である。
実際、我が家の裏で趣味でやっている田んぼは、堤防が崩れようが、稲がだめになろうが、どんな被害が出ても自力で処理し、給付金などを当てにはしない。
ところが、この農民救済のための給付金制度だが、今回のインラック政権への交代で、この制度が使えなくなってしまうという話である。
これは、あくまで前首相・アピシット氏の政策なので、このインラック政権では、適用されないのだと言う。
彼女の最大の人気取りの政策は、「最低賃金を全国一律、一日300バーツに引き上げる」だったが、これも発足早々、実行出来るのか、雲行きが怪しくなっている。
本人も、選挙での公約に対して、ここに来て「技術職に関しては」を付け加えるなど、はっきり言って、幼稚園児の『後出しじゃんけん』の如く、非常に「ずるい」作戦に出た。
よく、「男に二言はない。」などと言うが、こういう立場の人間なら、「(女であっても)二言はない」にして欲しいものである。
この政権交代で、一番困ったのは、毎年出ていた給付金を当てにしていた、農民たちではないだろうか?
普通、農作業での日当は、100バーツから200バーツ程度。
インラック政権の「最低賃金300バーツ」に惹かれて、票を入れたのに、政権を握ったところで、全国一律が困難なことに気づき、「技術職に関しては」と付け加えられて、夢に見た農作業での日当300バーツは花と散った・・・。
加えて、前政権で保障されていた「農業作物の自然災害による被害のための給付金制度」もなくなってしまった。
農民にしてみれば、「踏んだり蹴ったり」の政権交代だった。
それぞれの政権に長所短所はあると思うが、今回の政権交代で、農民が直面した問題は、机上の理論ではなく、まさに農民の死活問題である。
昨年まで、この季節の洪水にも悠々と構えていた農民たちが、今年はそうは言っていられない。
誰も、自分たちの被害を保障してくれないからである。
自分たちが選んだ政権が、これで良かったのか・・・?今更ながら、頭を抱えている人も少なくないようだ。
さて、我が家はこの保障制度とは関係なく、主人の暇つぶしに米作をしているが、主人の田んぼも今年の大雨には被害を被り、昨年かなりの投資をし、子供たちも動員して築き上げた自信作の防水堤が、今年の大雨には跡形もなかった・・・。
これに、意気消沈した主人が、「もうだめだ、今年はこのまま放置して、来年から人に貸そう。」などと言い出したので、私は内心、ほっとした。
実は、以前は収穫した米は、実家の方に保存して置いて、義母の知り合いの精米所で精米して、義母が夜の暇つぶしに、精米の後始末(混ざった籾殻や小石などを選別して除く)を終えた米を持って来ていたのだが、最近我が家に籾ごと持って来て、この近所で精米するようになった。
そして、今まで義母がやってくれていた「精米後の後始末」という仕事が増えてしまったのである。
炊飯をしようと思っても、米を計る前に、まず、この中に混じった「ゴミ」を取り除くのに、30分くらい掛かってしまう。
これを毎回やっていてくれた義母には頭が下がるが、それでも、売っている米なら、ここまで時間が掛からないのにな・・と思わずにはいられない。
以前、日本の友人が「無洗米」だとか言う、洗わずに、計って水だけ入れればいい・・・という、さすがは「忙しい日本人の発想」というような米が発売されて、使っている・・・という話を聞いたことがある。
私は、ここまで便利でなくてもいいから、せめて、計って洗うだけで炊ける・・という普通の米が欲しい。
しかし、今は、せっかく主人が精魂込めて作った米が残っているので、主人の前では、決して愚痴はこぼさず、首と肩の凝りを何気なく表現しながら、せっせと籾殻、小石、草の種を取り除くために睡眠時間を削っている。

白米とは言い難い我が家の米

これらが、私を困らせる白米の同居人
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2011年09月13日
殺人予告?
ほぼひと月前に書いた記事 『三角形の面積は?』 (http://mic.namjai.cc/e54372.html参照)に登場した、三角形の面積の計算も出来ない建築技師のパナットは、このひと月の間に、我が家の周囲に様々な問題を残したまま、姿を消してしまった。
もともと、我が家の倉庫の建設も未完成のままだったが、我が家の主人は、自分でせっせと後始末をし出し、出来ないところ(高所恐怖症なので屋根に上るのは苦手)は、自腹で別の職人を雇い、何とかほぼ完成させた。
最初の計画にあった、倉庫隣接のトイレも鉄で骨格だけ溶接し、穴を掘り便器を設置したところで放置されていたのを、これでは、誰も用を足す気にはなれないと思うので(壁がないので丸見え・・・)、その壁と屋根を数日掛けて取り付け、何とか義姉の店に来た客が(我が家が作ったのにこれを利用するのは、ほとんど義姉の客になる。)使えるようになった。

ドアの右側は廃材を一枚一枚切って特に時間が掛かった
我が家の問題は、先に払ってしまった二十数万バーツで遣り残しの後始末までしければならなかったのを諦めればこれで済むはずだったのだが、実はそれ以外にも義姉のタウンハウス&商業用住宅建設や、隣人のウワンまで、我々の話を聞いて、このパナットに家の突貫改装工事を頼んでしまったものだから、隣三軒がこのパナットの所業に頭を悩ませられる悲劇となった。
それに我が家も、それらの工事に伴い、当初、大丈夫だと言っていた、義姉の指示で、色々な工具や部品をパナットにツケで売ったものだから、その商品代も未払い状態のまま、その代金の回収も怪しくなってしまった。
そうこうして、当初は、ほぼ毎日来ていたパナットが、義姉と工事代金の支払いのことで揉めるようになり、週に1,2度しか姿を見せなくなり、その工事の遅れから当初完売したはずの義姉の建物の予約が半数近くキャンセルされたことで、義姉はますます苛立ち、そのことでまたもパナットと衝突し、今月の初めのある日、作業員たちの給料日を境に、ついにパナットの姿が見えなくなった。
実は、後で聞いたのだが、この作業員たちは賃金の未払いが何ヶ月も続いているので、ストをすると言ったのだが、その賃金を払うためか、パナットが義姉に工事代金の先払いを頼んだところ、工事の遅れと、前払いが度を過ぎていることを理由に断られ、それ以降、雲隠れしたというわけである。
さて、これで義姉も我が家もウワンの家も未完成・未払いのままで困ったのはもちろんだが、それよりも一番困ったのは、パナットに雇われている作業員の人たちであった。
彼らは、このパナットが請け負った仕事をするために、故郷のブリラム県から、はるばる働きに来ている日雇い労働者たちである。
話によると、ほとんどが親戚で祖父から孫の代まで一緒に出稼ぎに来て、ここでは、一軒の長屋の部屋を借りて、20人近くが一緒に寝起きしている。
我が家の主人が気さくで(他人には)人当たりが良いのと、ちょうど家の前にクルワイ・マイ(蘭の花)を趣味でたくさん育てて吊るしてあるので、彼らのうちのリーダー格のおじいさんとその息子・チャン・ヤオがそれで話が合い、主人と割と親しく話していた。
そのため、主人と同世代らしいチャン・ヤオは、このパナット失踪後から、毎日のように我が家の庭先に来ては、主人と話す機会を待っているようだった。
その歩く姿は、長身のせいか、余計に悲壮な感じで、がっくりと首を落とし、一家・一族を抱えて、毎日の生活に困っている様子が私にも見て取れた。
ちょうど主人の手が空いて、主人と話したときには、泣きそうな顔で、毎月のローンも残っているし、家族の生活費も掛かる、ただ仕事もしないでいるだけでは、どうにもならない・・・ということを話していたそうである。
そうして、約一週間が過ぎた昨日、またチャン・ヤオが、覚悟を決めたような顔つきで主人のところに来て話出した。
そのうち、普段はいかにも人の良い感じのチャン・ヤオの目付きが変わって来て、こう言った。
「タム・ヤーンニー・ディヤオ・コー・ドーン・ケップ・ネー」 (「(パナットは)こういうことをしていると、近いうちに始末されても仕方がない。」)
普通、「殺す」という言葉は「カー」だが、あくまで「カー」と言わず、「ケップ」(片付ける・始末する)を使った辺りが、表面的な怒りではなくて、心底から滲み出るような恨みを感じさせる。
主人も言っていたが、イサーンの中でも、ブリラムは特殊な県で、その多くがカメーン(クメール人)の血を引いている。
彼らブリラム人は、地元では、タイ語でもイサーン語と言われるラオ語でもなく、カメーン語と呼ばれるクメール語で話している。
ブリラムの全てがそうではないが、ちょうどこのチャン・ヤオ一族は、カメーン人らしく、我々の前では訛ったタイ語で話すが、仲間うちでは、カメーン語で話しているということだ。
そして、主人が真剣な顔で付け加えたのが、
「カメーンの人は、殺るときには本当に殺る。」である。
まあ、これは歴史を踏まえた主人たちタイ人の偏見かも知れないが、そのチャン・ヤオの思い詰めた眼差しを見ていると、彼は本気なのでは?と思えて来た。
よく感じるのだが、「ブリラム出身」と聞くと、この辺の人は、皆一歩引くようなところがある。
タイでも毎日、恨みつらみが原因の殺人事件が新聞の一面を飾っているが、パナットの無残な姿がそこに載る日も遠くはないかも知れない・・・。
彼らの未払い賃金は、総額で十万バーツにもなるというから、それでどうして今まで黙って働いて来たのだろう・・と思うが、主人が言うには、働いていればいつか賃金が貰えるという希望があるからだ・・と言うことだ。
それが、今回は、雇い主のパナットが雲隠れしてしまったことで、「このままでは野たれ死にだ・・」という危機感を感じたのだろう。
そういう危機を回避するべく、今日、義姉を筆頭に我が家の主人、それに数人の作業員の若者を連れて、パナットの潜伏先という情報があった、ここから100キロほど離れた、別の作業現場に乗り込んで行った。
先日、バンコクのパナットの自宅に出頭するよう勧告状を送ったという義姉だが、それでも一向に現れないパナットを捕まえて話をするためである。
この話の行方は、まだまだ続きそうである。
次は如何なる展開が待っているのか、それは私にも分からない・・・・。
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もともと、我が家の倉庫の建設も未完成のままだったが、我が家の主人は、自分でせっせと後始末をし出し、出来ないところ(高所恐怖症なので屋根に上るのは苦手)は、自腹で別の職人を雇い、何とかほぼ完成させた。
最初の計画にあった、倉庫隣接のトイレも鉄で骨格だけ溶接し、穴を掘り便器を設置したところで放置されていたのを、これでは、誰も用を足す気にはなれないと思うので(壁がないので丸見え・・・)、その壁と屋根を数日掛けて取り付け、何とか義姉の店に来た客が(我が家が作ったのにこれを利用するのは、ほとんど義姉の客になる。)使えるようになった。

ドアの右側は廃材を一枚一枚切って特に時間が掛かった
我が家の問題は、先に払ってしまった二十数万バーツで遣り残しの後始末までしければならなかったのを諦めればこれで済むはずだったのだが、実はそれ以外にも義姉のタウンハウス&商業用住宅建設や、隣人のウワンまで、我々の話を聞いて、このパナットに家の突貫改装工事を頼んでしまったものだから、隣三軒がこのパナットの所業に頭を悩ませられる悲劇となった。
それに我が家も、それらの工事に伴い、当初、大丈夫だと言っていた、義姉の指示で、色々な工具や部品をパナットにツケで売ったものだから、その商品代も未払い状態のまま、その代金の回収も怪しくなってしまった。
そうこうして、当初は、ほぼ毎日来ていたパナットが、義姉と工事代金の支払いのことで揉めるようになり、週に1,2度しか姿を見せなくなり、その工事の遅れから当初完売したはずの義姉の建物の予約が半数近くキャンセルされたことで、義姉はますます苛立ち、そのことでまたもパナットと衝突し、今月の初めのある日、作業員たちの給料日を境に、ついにパナットの姿が見えなくなった。
実は、後で聞いたのだが、この作業員たちは賃金の未払いが何ヶ月も続いているので、ストをすると言ったのだが、その賃金を払うためか、パナットが義姉に工事代金の先払いを頼んだところ、工事の遅れと、前払いが度を過ぎていることを理由に断られ、それ以降、雲隠れしたというわけである。
さて、これで義姉も我が家もウワンの家も未完成・未払いのままで困ったのはもちろんだが、それよりも一番困ったのは、パナットに雇われている作業員の人たちであった。
彼らは、このパナットが請け負った仕事をするために、故郷のブリラム県から、はるばる働きに来ている日雇い労働者たちである。
話によると、ほとんどが親戚で祖父から孫の代まで一緒に出稼ぎに来て、ここでは、一軒の長屋の部屋を借りて、20人近くが一緒に寝起きしている。
我が家の主人が気さくで(他人には)人当たりが良いのと、ちょうど家の前にクルワイ・マイ(蘭の花)を趣味でたくさん育てて吊るしてあるので、彼らのうちのリーダー格のおじいさんとその息子・チャン・ヤオがそれで話が合い、主人と割と親しく話していた。
そのため、主人と同世代らしいチャン・ヤオは、このパナット失踪後から、毎日のように我が家の庭先に来ては、主人と話す機会を待っているようだった。
その歩く姿は、長身のせいか、余計に悲壮な感じで、がっくりと首を落とし、一家・一族を抱えて、毎日の生活に困っている様子が私にも見て取れた。
ちょうど主人の手が空いて、主人と話したときには、泣きそうな顔で、毎月のローンも残っているし、家族の生活費も掛かる、ただ仕事もしないでいるだけでは、どうにもならない・・・ということを話していたそうである。
そうして、約一週間が過ぎた昨日、またチャン・ヤオが、覚悟を決めたような顔つきで主人のところに来て話出した。
そのうち、普段はいかにも人の良い感じのチャン・ヤオの目付きが変わって来て、こう言った。
「タム・ヤーンニー・ディヤオ・コー・ドーン・ケップ・ネー」 (「(パナットは)こういうことをしていると、近いうちに始末されても仕方がない。」)
普通、「殺す」という言葉は「カー」だが、あくまで「カー」と言わず、「ケップ」(片付ける・始末する)を使った辺りが、表面的な怒りではなくて、心底から滲み出るような恨みを感じさせる。
主人も言っていたが、イサーンの中でも、ブリラムは特殊な県で、その多くがカメーン(クメール人)の血を引いている。
彼らブリラム人は、地元では、タイ語でもイサーン語と言われるラオ語でもなく、カメーン語と呼ばれるクメール語で話している。
ブリラムの全てがそうではないが、ちょうどこのチャン・ヤオ一族は、カメーン人らしく、我々の前では訛ったタイ語で話すが、仲間うちでは、カメーン語で話しているということだ。
そして、主人が真剣な顔で付け加えたのが、
「カメーンの人は、殺るときには本当に殺る。」である。
まあ、これは歴史を踏まえた主人たちタイ人の偏見かも知れないが、そのチャン・ヤオの思い詰めた眼差しを見ていると、彼は本気なのでは?と思えて来た。
よく感じるのだが、「ブリラム出身」と聞くと、この辺の人は、皆一歩引くようなところがある。
タイでも毎日、恨みつらみが原因の殺人事件が新聞の一面を飾っているが、パナットの無残な姿がそこに載る日も遠くはないかも知れない・・・。
彼らの未払い賃金は、総額で十万バーツにもなるというから、それでどうして今まで黙って働いて来たのだろう・・と思うが、主人が言うには、働いていればいつか賃金が貰えるという希望があるからだ・・と言うことだ。
それが、今回は、雇い主のパナットが雲隠れしてしまったことで、「このままでは野たれ死にだ・・」という危機感を感じたのだろう。
そういう危機を回避するべく、今日、義姉を筆頭に我が家の主人、それに数人の作業員の若者を連れて、パナットの潜伏先という情報があった、ここから100キロほど離れた、別の作業現場に乗り込んで行った。
先日、バンコクのパナットの自宅に出頭するよう勧告状を送ったという義姉だが、それでも一向に現れないパナットを捕まえて話をするためである。
この話の行方は、まだまだ続きそうである。
次は如何なる展開が待っているのか、それは私にも分からない・・・・。
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2011年08月31日
ルーク・ラーンの為に・・・。
前回の博打人生を満喫する『遠~い親戚』のために、我が家に降りかかった災難の話は、実はまだ終わっていなかった・・・。
我が家が義母の要望で借金の肩代わりをするかたちで買うことになり、引き取ってきたトラクターを、間もなくその元持ち主の実弟が買い戻しに来たというところで話は終わっていた。
ところが、この実弟は、実兄と違い、賭博などには縁がなく、真面目に農業をしているのだが、真面目に働いているだけで、それほどまとまった財産を持っていなかった。
最初の話では、奥さんの父親を連れて来て見てもらい、その義父に少し借りられるという目論みだったようだが、義父も中々財布の紐が堅いようで、何人もの外野を伴って見には来て、長いこと相談してはいた。
ところが、その数日後、その買いたいという実弟から電話が入ったのだが、何やら、「当てにしていた義父からの援助は無理なようで、しかも、自分の家か畑を担保にした農民銀行の借り入れも来月の半ばにならないと話が進まないらしいので、それまで売らずに待っていて欲しい。」という話であった。
我が家は現金で買い取って来て、この実弟に売るのは大した利益にもならないのだから、はっきり言って、この金額なら、今すぐにでも現金で買い取って欲しいのだ。
それでなければ、この実弟を無視して、他の客に売ったほうが、少なくても3~4万は利益が出る。
この実弟に売るのは、あくまでも、彼がその実兄と同じように、義母の遠い親戚、つまりは主人とも遠~い親戚に当たるからで、彼が、最初に言ったように、
「お願いしますよ、ここはやはり親戚ということで、せっかく母が残してくれたトラクターだから、これを『ルーク・ラーン(子孫)』に残すように・・・。他人には売らないでください。」
というその請願のためである。
その話の中に出てくる、『ルーク・ラーン』という、田舎のタイ人にとっては、殺し文句とでも言うべきか、まるで水戸黄門が葵の御紋を出したように、この『ルーク・ラーン』という言葉には、余程の冷血漢でもなければ、絶対に無視出来ない不思議な威力がある。
何はどうあれ、この『ルーク・ラーン』という殺し文句を無視すると、このタイの田舎社会では、まさに村八分にされて当然なのである。
親戚の親戚はみな親戚、親戚の子供・孫・甥・姪もすべて自分の子供同様に愛するというのが、タイ人的思考である。
核家族化が進んで、個々を大事にする社会で育って来た我々には、中々馴染めないが、この親戚共同体で上手く生活するのが、タイ田舎社会での処世術かも知れない。
というわけで、話は戻るが、我が家のトラクター転売問題は、まだまだ解決せず、来月半ばに実弟が農民銀行からどれだけの借り入れが出来るか、そして、その残りは11月くらいに(この「くらい」というのがまた当てにならないのだが・・・)サトウキビの刈り入れを予定しているので、その刈り入れが終わったら、払えると思う・・・というのが彼の言い訳である。
私は、この「芋の収穫が終わったら・・」とか「サトウキビを収穫したら・・・」という何年もツケを払わない客の言い訳にはうんざりするほど聞かされているので、毎回、「いつになったら収穫するんだよ!」(実際は収穫しても払いに来ないだけなのだが・・・)と思っているという日常なので、この手の話は当てにしたくないのだが、これを主人に言ったら、やはり親戚大事な主人の癇に障ったらしく、機嫌を損ねて冷戦状態になってしまった・・・。
相変わらず、迷惑な親戚騒動である。
さて、この話の結末はどういう展開になるのか・・・。
この続きは、また次の機会に・・・・。

まだまだうちに置かれているトラクター
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我が家が義母の要望で借金の肩代わりをするかたちで買うことになり、引き取ってきたトラクターを、間もなくその元持ち主の実弟が買い戻しに来たというところで話は終わっていた。
ところが、この実弟は、実兄と違い、賭博などには縁がなく、真面目に農業をしているのだが、真面目に働いているだけで、それほどまとまった財産を持っていなかった。
最初の話では、奥さんの父親を連れて来て見てもらい、その義父に少し借りられるという目論みだったようだが、義父も中々財布の紐が堅いようで、何人もの外野を伴って見には来て、長いこと相談してはいた。
ところが、その数日後、その買いたいという実弟から電話が入ったのだが、何やら、「当てにしていた義父からの援助は無理なようで、しかも、自分の家か畑を担保にした農民銀行の借り入れも来月の半ばにならないと話が進まないらしいので、それまで売らずに待っていて欲しい。」という話であった。
我が家は現金で買い取って来て、この実弟に売るのは大した利益にもならないのだから、はっきり言って、この金額なら、今すぐにでも現金で買い取って欲しいのだ。
それでなければ、この実弟を無視して、他の客に売ったほうが、少なくても3~4万は利益が出る。
この実弟に売るのは、あくまでも、彼がその実兄と同じように、義母の遠い親戚、つまりは主人とも遠~い親戚に当たるからで、彼が、最初に言ったように、
「お願いしますよ、ここはやはり親戚ということで、せっかく母が残してくれたトラクターだから、これを『ルーク・ラーン(子孫)』に残すように・・・。他人には売らないでください。」
というその請願のためである。
その話の中に出てくる、『ルーク・ラーン』という、田舎のタイ人にとっては、殺し文句とでも言うべきか、まるで水戸黄門が葵の御紋を出したように、この『ルーク・ラーン』という言葉には、余程の冷血漢でもなければ、絶対に無視出来ない不思議な威力がある。
何はどうあれ、この『ルーク・ラーン』という殺し文句を無視すると、このタイの田舎社会では、まさに村八分にされて当然なのである。
親戚の親戚はみな親戚、親戚の子供・孫・甥・姪もすべて自分の子供同様に愛するというのが、タイ人的思考である。
核家族化が進んで、個々を大事にする社会で育って来た我々には、中々馴染めないが、この親戚共同体で上手く生活するのが、タイ田舎社会での処世術かも知れない。
というわけで、話は戻るが、我が家のトラクター転売問題は、まだまだ解決せず、来月半ばに実弟が農民銀行からどれだけの借り入れが出来るか、そして、その残りは11月くらいに(この「くらい」というのがまた当てにならないのだが・・・)サトウキビの刈り入れを予定しているので、その刈り入れが終わったら、払えると思う・・・というのが彼の言い訳である。
私は、この「芋の収穫が終わったら・・」とか「サトウキビを収穫したら・・・」という何年もツケを払わない客の言い訳にはうんざりするほど聞かされているので、毎回、「いつになったら収穫するんだよ!」(実際は収穫しても払いに来ないだけなのだが・・・)と思っているという日常なので、この手の話は当てにしたくないのだが、これを主人に言ったら、やはり親戚大事な主人の癇に障ったらしく、機嫌を損ねて冷戦状態になってしまった・・・。
相変わらず、迷惑な親戚騒動である。
さて、この話の結末はどういう展開になるのか・・・。
この続きは、また次の機会に・・・・。

まだまだうちに置かれているトラクター
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2011年08月24日
博打人生~親戚の親戚はみな親戚だ~
それは、先週の夕方のことだった・・・。
いつものように、店の片づけをしていると、いきなり主人の携帯に電話があった。
掛けてきたのは義母で、電話を主人に渡すと、何やら、揉めているような、少し深刻そうな内容なのが遠くからでも分かった。
こういう時刻に義母からのいきなりの電話は、大抵、面倒な困った内容のことが多い。
私の嫌な予感の通り、今回も例に漏れず、義母の十八番「他人助け」であった。
実はこの話は、前々回の我が家の新メンバー・山猫改め、ジャコウネコのココを持ってきた人物が絡んでいた。
前々回の、借金のお礼に、ジャコウネコを安く譲ってくれた人物・ルン・ウワン(隣人のウワンとは別人物)は、義母の紹介で、我が家の主人にも借金をして、そのお金で闘鶏賭博場で高利貸しをしているのだが、ある常連客がこのルン・ウワンからパンツ一丁になるくらいの借金をして、その合計金額が30万バーツにもなり、それに月に2万バーツの利子が付くのに、その利子さえも払う金がないという。
実は、その常連客というのが、うちの義母の遠い親戚だそうで、一応、甥と呼ぶこの男性を放って置く訳にも行かないというのだが、その実、義母はこのルン・ウワンと親子同様の付き合いをしているようなので、このルン・ウワンを助けたいという義母の意向が手に取れた。
つまり、話はこうである。
その義母の甥は、もう闘鶏、ハイロー(サイコロ博打)など、いくつもの賭博にはまり、家計を脅かすどころか、家や土地を抵当に入れるほどの生活をしているのに、一向に止められない。
今回も、サイコロ博打で、どうすればここまで借金を重ねられるのか、30万という、農村の一男性としては莫大な借金を作ってしまった。
もう、家も抵当に入っているし、土地は奥さんの父親の名義なのに、それも抵当に入れてしまったので、残っているのは、農作業に使っている商売道具のFORD製の大型トラクターだけである。
そこで、義母が思いついたのが、ルン・ウワンが差し押さえというのでは、体裁が悪いので、そのトラクターをうちの主人に売るという形で、うちの主人がその31万バーツを払い、その現金は、本人に直接渡さず、ルン・ウワンが30万バーツを差し引いて、残った1万バーツを本人に渡すというものだった。
そして、翌々日、早く借金を返済させたい義母とルン・ウワンが何度も急かして電話をよこすので、閉店後の夕方、そのトラクターを見に行き、本人と話をつけることになった。
本人は、当然だが、あまり売る気もないので、そういう立場ではないのに、値段交渉を吊り上げたりして、交渉は難航した。
我が家にしてみれば、店も暇なこの時期に、わざわざ、30万バーツの高い買い物をして、赤字に拍車を掛けるようなものなので、相手が売りたくないならどうでもいいのだが、ここで、早く現金を手にしたいルン・ウワンと手伝うのが大好きな義母が、その後2日で話をまとめてしまった。
ルン・ウワンも言っていたが、ここで売らなくても、月に2万バーツの利子が毎月嵩んで行き、それを払える様子もないので、遅くても、後3ヵ月後には、借金の形にこのトラクターを差し押さえることになるに決まっている。
数ヵ月後にただで持っていかれるより、今売って、少しでも現金が入ったほうがいいと思うのに・・・。
私も、この甥はどうしてそういう風に考えられないのか、不思議でならなかった。
というわけで、結局、話はまとまり、私と主人はルン・ウワンを連れて、また閉店後にトラクターの引き取りに行った。
暗闇の中、村の真ん中で、トラクターを引き取る私たちは、まるで夜逃げでもしているようだった。
さて、それからしばらくした、ある日・・・・。
引き取ってきたトラクターを店の横に置いて、「売ります」の看板を書いていたところ、30代くらいの男性がこのトラクターを買いたいと言ってきた。
話の様子から、うちの主人と同じ村の出身ということは分かったのだが、あとで、主人に詳しく話を聞いたところ、この男性は何と、あの義母の甥・つまり博打人生ですっからかんになった男性の一番下の弟だということだった。
実はこのトラクターは、もともと彼らの母親の物で、それを譲り受けたのは先に大人になった兄だったが、自分はその母が事業で失敗して、その借金を返すため日本に働きに行ったという、まるでうちの主人とそっくりな状況の末っ子だったのだ。
兄の状況は知っていて、このトラクターを買い取りたいと思っていたが、兄の借金を返すための現金がなかったので、諦めていたが、今回、本当に買い取られてしまって、せっかく母が残したものだから、他人の手に渡したくないということで、自分の奥さんの父親に買い取ってもらおうと思っている・・・ということだった。
当初は39万バーツで売り出し、38万バーツくらいで売れたら・・と思っていたのだが、結局、知り合いというか身内だからということで、手数料に1万バーツくらい取るだけということになった。
何だか、我が家は、何度もトラクターを見に行ったガソリン代、トラクターを運んで来た賃金などを引いたら、骨折り損のくたびれもうけ・・・という気がしないでもないが、それもこれも相変わらず、「親戚の親戚はみな親戚だ」的なことごとく面倒見の良い(我々に言わせれば、面倒事を探す名人の)義母の世話焼きの成果であった。
相変わらず、一日に一度は何かの用事で電話を掛けてくる義母だが、そのたびに「また、何か?」と思っているのは、私だけではないだろう・・・。

これが問題のトラクター(我が家の主要商品は、この部品である)
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いつものように、店の片づけをしていると、いきなり主人の携帯に電話があった。
掛けてきたのは義母で、電話を主人に渡すと、何やら、揉めているような、少し深刻そうな内容なのが遠くからでも分かった。
こういう時刻に義母からのいきなりの電話は、大抵、面倒な困った内容のことが多い。
私の嫌な予感の通り、今回も例に漏れず、義母の十八番「他人助け」であった。
実はこの話は、前々回の我が家の新メンバー・山猫改め、ジャコウネコのココを持ってきた人物が絡んでいた。
前々回の、借金のお礼に、ジャコウネコを安く譲ってくれた人物・ルン・ウワン(隣人のウワンとは別人物)は、義母の紹介で、我が家の主人にも借金をして、そのお金で闘鶏賭博場で高利貸しをしているのだが、ある常連客がこのルン・ウワンからパンツ一丁になるくらいの借金をして、その合計金額が30万バーツにもなり、それに月に2万バーツの利子が付くのに、その利子さえも払う金がないという。
実は、その常連客というのが、うちの義母の遠い親戚だそうで、一応、甥と呼ぶこの男性を放って置く訳にも行かないというのだが、その実、義母はこのルン・ウワンと親子同様の付き合いをしているようなので、このルン・ウワンを助けたいという義母の意向が手に取れた。
つまり、話はこうである。
その義母の甥は、もう闘鶏、ハイロー(サイコロ博打)など、いくつもの賭博にはまり、家計を脅かすどころか、家や土地を抵当に入れるほどの生活をしているのに、一向に止められない。
今回も、サイコロ博打で、どうすればここまで借金を重ねられるのか、30万という、農村の一男性としては莫大な借金を作ってしまった。
もう、家も抵当に入っているし、土地は奥さんの父親の名義なのに、それも抵当に入れてしまったので、残っているのは、農作業に使っている商売道具のFORD製の大型トラクターだけである。
そこで、義母が思いついたのが、ルン・ウワンが差し押さえというのでは、体裁が悪いので、そのトラクターをうちの主人に売るという形で、うちの主人がその31万バーツを払い、その現金は、本人に直接渡さず、ルン・ウワンが30万バーツを差し引いて、残った1万バーツを本人に渡すというものだった。
そして、翌々日、早く借金を返済させたい義母とルン・ウワンが何度も急かして電話をよこすので、閉店後の夕方、そのトラクターを見に行き、本人と話をつけることになった。
本人は、当然だが、あまり売る気もないので、そういう立場ではないのに、値段交渉を吊り上げたりして、交渉は難航した。
我が家にしてみれば、店も暇なこの時期に、わざわざ、30万バーツの高い買い物をして、赤字に拍車を掛けるようなものなので、相手が売りたくないならどうでもいいのだが、ここで、早く現金を手にしたいルン・ウワンと手伝うのが大好きな義母が、その後2日で話をまとめてしまった。
ルン・ウワンも言っていたが、ここで売らなくても、月に2万バーツの利子が毎月嵩んで行き、それを払える様子もないので、遅くても、後3ヵ月後には、借金の形にこのトラクターを差し押さえることになるに決まっている。
数ヵ月後にただで持っていかれるより、今売って、少しでも現金が入ったほうがいいと思うのに・・・。
私も、この甥はどうしてそういう風に考えられないのか、不思議でならなかった。
というわけで、結局、話はまとまり、私と主人はルン・ウワンを連れて、また閉店後にトラクターの引き取りに行った。
暗闇の中、村の真ん中で、トラクターを引き取る私たちは、まるで夜逃げでもしているようだった。
さて、それからしばらくした、ある日・・・・。
引き取ってきたトラクターを店の横に置いて、「売ります」の看板を書いていたところ、30代くらいの男性がこのトラクターを買いたいと言ってきた。
話の様子から、うちの主人と同じ村の出身ということは分かったのだが、あとで、主人に詳しく話を聞いたところ、この男性は何と、あの義母の甥・つまり博打人生ですっからかんになった男性の一番下の弟だということだった。
実はこのトラクターは、もともと彼らの母親の物で、それを譲り受けたのは先に大人になった兄だったが、自分はその母が事業で失敗して、その借金を返すため日本に働きに行ったという、まるでうちの主人とそっくりな状況の末っ子だったのだ。
兄の状況は知っていて、このトラクターを買い取りたいと思っていたが、兄の借金を返すための現金がなかったので、諦めていたが、今回、本当に買い取られてしまって、せっかく母が残したものだから、他人の手に渡したくないということで、自分の奥さんの父親に買い取ってもらおうと思っている・・・ということだった。
当初は39万バーツで売り出し、38万バーツくらいで売れたら・・と思っていたのだが、結局、知り合いというか身内だからということで、手数料に1万バーツくらい取るだけということになった。
何だか、我が家は、何度もトラクターを見に行ったガソリン代、トラクターを運んで来た賃金などを引いたら、骨折り損のくたびれもうけ・・・という気がしないでもないが、それもこれも相変わらず、「親戚の親戚はみな親戚だ」的なことごとく面倒見の良い(我々に言わせれば、面倒事を探す名人の)義母の世話焼きの成果であった。
相変わらず、一日に一度は何かの用事で電話を掛けてくる義母だが、そのたびに「また、何か?」と思っているのは、私だけではないだろう・・・。

これが問題のトラクター(我が家の主要商品は、この部品である)
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2011年08月10日
三角形の面積は?

我が家がここに越してきた頃に、この辺りの土地主である主人の従兄弟から押し付けられるようにして買わされた、我が家の建物に隣接した土地がある。
建物がちょうど交差点の角にあるので、我が家の隣は次の建設予定(今のところ建設は未定)の建物との間に挟まれた三角形の中途半端な土地である。

これが土地の見取り図
我が家はここに来て9年になるが、別に用途未定だったので、そのまま空き地として放って置いた。
ところが、3ヶ月くらい前に、この近辺に同じく主人の従兄弟の土地を買わされた義姉が、思い切って我が家のような商業住宅用の長屋的な建物を建設し、販売することを決めたのだった。
それは我が家とは無縁の話だったはずなのだが、義姉が頼んだ請負業者に、主人はまだその気はないのに、義姉が勝手に我が家の隣の空き地に倉庫を建設する話まで持ちかけてしまい、「ついでだから・・・」ということで、倉庫を建設することになってしまった。
もちろん、その工事代を払うのは我が家である。
我が家の家計の事情も考えずに、義姉が強引に話を進めてしまったのである。
最近の我が家は、農閑期に入ったので、売り上げの方は決していいとは言えない。
しかも、主人も言うように、今年は昨年以上に「閑」である。商品が動かない。
そして、昨年から主人の信頼する二人の大親友に貸した金も全く返ってくる見込みがない・・・・。
その上、相変わらず人助けの大好きな義母が他人の借金の肩代わりなどの話を持ち込んでくる。
ただでさえ、そういう状況なのに、さらに追い討ちを掛けるように決まった「倉庫建設」だった。
当初、請負業者のパナットが提示した金額は、18万バーツだった。
そして、最初に材料の購入費として7万バーツを受け取るとさっそく工事に取り掛かり、3日のうちに倉庫の骨組みである鉄骨の溶接が終わった。
皆、この速さなら、2週間くらいで完成するだろうと言っていた。
ところが、この骨組みが終わると、今度は次の壁のブロックやセメント代屋根のトタン代にと、またすぐに3万、5万と言う具合に予定額の全額まで前払いを要求して来た。
主人は言われるままに、払ったのだが、それからが何日もチャン(職人)が来なかったり、材料が届かないからといい、最初の速さはどこへやら、工事は2週間以上停滞した。
その後も、そういう状況で、工事は中々進まず、最初の予定外に、前面のセメント代だとか、シャッター代だとかで、予定額をどんどん上回り、気がつけば、22万バーツ近くになっていた。
しかも、もう少しで完成のところまで来たのに、最後の仕上げの穴埋めや、屋根の雨漏り箇所の修理と言ったことを、いつまでもやってくれないので、もう3ヶ月経った今も、まだ完成していない。
私ならその責任者のパナットに文句を付けたいところなのに、主人は「もう、いいよ、自分でやるから。」と自分で屋根に上り雨漏り箇所を修理したり、張り終えていない壁のトタンを自分で図って切り、取り付ける始末。
普通、こんなことをされたら、請け負い業者として面子がないだろうと思うのだが、さすがはタイ人。
当のパナットはと言うと、内心どう思っているかは別として、涼しげな顔で主人の作業を見て見ぬフリ・・・・。
仕事に対して、誇りとかそういうものは微塵も感じられない。金が入ればそれでいい・・・という感じである。
そして、基本的にタイ人を信用しない私は、最初から「何だか怪しい・・。」と気に食わなかったのだが、私が「こいつ、本当に建築技師なのか?」と疑いたくなった決定的な出来事があった。
そもそも、我が家の隣の土地は建物の間に挟まれるようにして出来た「余分な三角形」の土地なので、隣接する土地を所有しない限り、その利用価値は極めて低い・・という感じの土地である。
だが、面積で見ると、普通の一軒分の建物は幅4メートル、奥行きが27メートルの108平方メートル、タイの物差しで言うと、27ターランワー(1ワー=2メートル、1ターランワー=4平方メートル)と記載されている。
ところが、この三角形の不便な土地は、前面の幅が12メートル、面積で言うと、「36ターランワー」と土地の権利書にも記載されている。
つまり、普通の家の一軒分よりかなり広いことになる。
ところが、その形からか、どう見てもそう広くは感じられない私は、何とかしてそれを証明したくなり、数学の答えを求めるように、真面目にこの三角形の面積を求め始めた。
土地の権利書には書いてあるが、実際にどこまでがうちの土地なのかはっきり分からないのである。
この倉庫工事も、この怪しい建築技師・パナットの測量のもとに建設されたのである。
底辺を我が家の家の奥行きから考えると、25メートルくらいになる。しかし、権利書に明記されている、幅12メートルと言うのは、その底辺と直角に交わっていないので、その底辺と直角に交わる点を見つけ、そこから三角形の高さを測って計算しなければならないはずである。
ところが!!
この建築技師を名乗るパナットは、何と、単純に底辺とした我が家の奥行きより少し引いた25メートルと、どう見ても鋭角にしか交わっていないはずの前面の幅、12メートルを掛け、それを2で割って、150平方メートルと割り出し、それをターランワーにするために4で割って、「ほら、37,5ターランワー、大体合ってるよ。」と言い放った。
聞いていた私は、眉間に皺が寄った・・・。
「三角形の面積は、底辺×(直角に交わったところの)高さ÷2」
これは、小学生の算数レベルではないのか?
確かに、うちの子供たちはタイの中学校でやっているけれど、この世界共通の原理を、何で建築技師の大先生が間違えるのか?
それも、私が、眉間の皺を直してから、「いや、それは違うでしょ?三角形の面積は・・・。」と説明し、それでも、まだ分からないので、「だ~か~ら~!!!」と3回くらい説明し、私のイライラした様子に、主人が助け舟を出し、一緒に説明してくれてようやく、彼もこの基本原理を理解したようだった。
と、この事件以来、私の中で最初から低かったパナットの信用度はさらにがた落ちしたが、彼が理解しようとしまいと、私にとって未だに解決しないのは、この倉庫建設地の面積である。
もう建ててしまった物は仕方がないので、今更何と言うこともないのだが、その倉庫の周辺のどこからどこまでが我が家の私有地なのか、未だに不明なまま・・・。
私が考えられる限りの例で考えても、この土地の権利書にある「36ターランワー」が確保出来るとは思えない。
全て、はみ出して、公有地へ踏み込んでしまうのである。
結論として、この権利書が間違っているとしか思えない。
これを書いた役人は、やはりパナットのように、三角形の面積の出し方を理解していない人間なのだろうか?
いつか、この土地を測りに来る土地係の役人が来たら、是非、「この権利書に従ってどう計算したら、『36ターランワー』になるのか」と聞いてみたいものである。

いつになっても完成しない倉庫
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2011年07月28日
我が家の新しい仲間たち
ここイサーンに越して来てから、我が家にはいろいろな動物がやって来たが、中でも私的に一番可愛がっていたのが、昨年2月に逝ってしまった、シマリス類の「カテー」であった。
(『カテーの逝った朝』 http://mic.namjai.cc/e21332.html 参照。)
我が家はそれ以前にも買っていた愛犬が2匹続けて毒殺されたり、水槽の魚たちも結局は病気で死んでしまう・・ということが多かったので、このカテーの死以来、「もう、うちでは動物は飼わないよ。この家は動物を飼えない運命なんだよ、きっと。」と家族中に宣言し、その後しばらくは、長男のサイドビジネスの養豚用の豚以外は何も飼う予定はなかった。
ところが、我が家の義母は知り合いが多く、「ミャンマーの鶏だって!○○が持ってきてくれたんだよ。」と、ある日突然、禿げ頭の鶏を2羽持ってきた。
以前、義母がチャボの親子を持ってきたときにも、すぐに近所の犬たちに処理されてしまったので、もう鶏類は御免だ・・と思っていたのだが、またしても懲りずに持ってきてくれたのだった。
義母の「珍しい鶏だから」と持ってきてくれる気持ちは分かるのだが、何もうちで飼わせなくても・・と思ってしまった。
何しろ、我が家の周辺は、飼い主はいないのと同様な札付きの犬たちがゴロゴロしているのだから・・。
しかし、その2羽もだいぶ長生きしたのだが、2週間ほどしたある日、裏の畑に遠出した際に、どこからか来た新顔の犬にやられてしまった。
その次は、ハーン(ガチョウ)。やはり義母の知り合いが、「亡くなった(その人の)旦那が大事に飼っていたのだが、20羽くらいいるので、面倒見切れない。助けると思って持って行って飼って欲しい。でも、大事に飼っていたので、絶対食べたり売ったりしてはダメ。」というガチョウである。

確かに、ガチョウ好きな人ならいいかも知れないが、食べる目的で飼うのでもなく、豚のように売るわけにも行かず、朝は早朝から「ガーガー」うるさいし、朝晩の餌と水遣りは大変だし、私や子供たちは、「何でこんなもの持って来たの?仕事が増えただけじゃない。」という実に迷惑な心境だった。特に、休み中、この飼育係に任命されたような次男は、ブツブツ文句を言いながら餌やりをしていた。
その後も、義母の家に夕食に行ったときに、「知り合いの養鶏場で餌代が出せなくなって飼いきれないからって・・・。」と分けてもらったという鶏卵用の鶏を20羽ほど託されて来たが、帰りが遅くなったので、主人が鶏用の竹のカゴを被せただけで、「一晩くらい大丈夫だろう」と外に置いたら、翌朝には2羽を残してすっかり、近所の犬たちの生贄になっていた。
仕方なく、そのとき残った2羽を飼っていたら、義母がまたも懲りずに、同じ知り合いから次のグループを10羽貰ってきて、12羽で飼っていた。
この後は昼間、放し飼いにして、夜は小屋に入れるという方法で、しばらくは長生きしていたのだが、ある日、放し飼いしている昼間に、そのうちの5羽が行方不明になって、夕方になっても戻って来なかった。
数日後に、義姉の家の裏庭辺りから異臭がするというので、行ってみたら、腐り始めた鶏が見つかった。

これが、残り5羽となった鶏たち、しかもそのうち4羽はオスだったことが判明・・・。さてさて、主人が期待していた、産みたて卵の運命はいかに・・・。
もう、こうなると義母に「もう、いいから・・・」と言いたくなったその矢先、義母が急にやってきて、何かと思ったらまた例の借金の話だった。
義母が急ぎで用があると言うのは、大体この話である。
今回は野生動物ブローカーだという、やはり義母の「知り合い」の夫婦とともにやってきて、この夫婦が闘鶏場で、賭博に負けた人相手に金貸し屋をしたいというので、その資金に12万バーツほど借りたいと言う話だった。
義母が保証人になるから・・というが、義母が保証人になっても、結局義母の責任を肩代わりするのは主人なので、それでは保証人の意味がないのでは?と思ったが、そういうことに意見すると、家庭の平和が乱れるので、心の中でつぶやくだけにしておいた。
我が家は、最近はもうカオパンサーに入ったので、店の商売も割りと閑で、とても余ったお金があるとは思えないのだが、義母が頼むのと、月に4000バーツの利子を払うという約束で、主人も合意したらしかった。
さて、前置きが長~~くなったのだが、これからが登場するのが今回の主役。

この野生動物ブローカー夫婦は義母と懇意にしているらしく、その夫婦が山寺のお坊さんから仕入れたという、イ・ヘン(=山猫の類、これはイサーン語)を持ってきて、うちの主人に要るか聞いて来た。
その借金のお礼にくれるという話らしい。
私としては、愛するカテーが死んでしまったので、もう小動物の死を見たくないということと、まだ生まれて間もないので家の中で飼うということから、賛成はしなかったのだが、あからさまに反対するのも悪いので、「どっちでも・・」とはっきり答えなかったのだが、もともと動物好きで、普段から動物ドキュメンタリー番組ばかり見ている主人が、飼いたそうなのが見て取れたので、「子供たちが飼いたいから・・」と子供を言い訳にする主人の決断で買うことになった。
うちに来て一週間が過ぎたが、もうすっかり慣れて来て、子供たちも哺乳瓶でミルクを飲ませたり、ティッシュでおしっこやうんちを誘導するのもお手の物になった。
やはり夜行性らしく、昼間は、ほとんど寝ているが、起きると肩に乗り一緒に接客したりすることもある。
「手乗り山猫」である。
だが、聞いた話では、今は子猫程度の大きさだが、大きくなると4~5キロになって、猫よりも一回り大きいくらいに成長するそうだ。そうなったら、「手乗り」では済まなくなる。
困ったことに、夜中に頻繁に起きるが、飼いたいというのは主人だし、私はもう、4人の赤ちゃんの夜泣き、夜中の授乳で、結婚してから、もう何年もまともに寝ていないので、ここは、主人に夜中の面倒を見てもらおうと決め、夜中に鳴き声が聞こえても寝たフリを繰り返している・・・。
今夜は、私が起きてブログを書いているので、さすがに知らんフリも出来ないので、先ほどから何回も授乳を繰り返しているが・・・。
さて、この新しい仲間たちの行方は・・・?
またの機会にその成長や近況を書きたいと思う。

肩乗りする山猫の赤ちゃん
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ところが、我が家の義母は知り合いが多く、「ミャンマーの鶏だって!○○が持ってきてくれたんだよ。」と、ある日突然、禿げ頭の鶏を2羽持ってきた。
以前、義母がチャボの親子を持ってきたときにも、すぐに近所の犬たちに処理されてしまったので、もう鶏類は御免だ・・と思っていたのだが、またしても懲りずに持ってきてくれたのだった。
義母の「珍しい鶏だから」と持ってきてくれる気持ちは分かるのだが、何もうちで飼わせなくても・・と思ってしまった。
何しろ、我が家の周辺は、飼い主はいないのと同様な札付きの犬たちがゴロゴロしているのだから・・。
しかし、その2羽もだいぶ長生きしたのだが、2週間ほどしたある日、裏の畑に遠出した際に、どこからか来た新顔の犬にやられてしまった。
その次は、ハーン(ガチョウ)。やはり義母の知り合いが、「亡くなった(その人の)旦那が大事に飼っていたのだが、20羽くらいいるので、面倒見切れない。助けると思って持って行って飼って欲しい。でも、大事に飼っていたので、絶対食べたり売ったりしてはダメ。」というガチョウである。

確かに、ガチョウ好きな人ならいいかも知れないが、食べる目的で飼うのでもなく、豚のように売るわけにも行かず、朝は早朝から「ガーガー」うるさいし、朝晩の餌と水遣りは大変だし、私や子供たちは、「何でこんなもの持って来たの?仕事が増えただけじゃない。」という実に迷惑な心境だった。特に、休み中、この飼育係に任命されたような次男は、ブツブツ文句を言いながら餌やりをしていた。
その後も、義母の家に夕食に行ったときに、「知り合いの養鶏場で餌代が出せなくなって飼いきれないからって・・・。」と分けてもらったという鶏卵用の鶏を20羽ほど託されて来たが、帰りが遅くなったので、主人が鶏用の竹のカゴを被せただけで、「一晩くらい大丈夫だろう」と外に置いたら、翌朝には2羽を残してすっかり、近所の犬たちの生贄になっていた。
仕方なく、そのとき残った2羽を飼っていたら、義母がまたも懲りずに、同じ知り合いから次のグループを10羽貰ってきて、12羽で飼っていた。
この後は昼間、放し飼いにして、夜は小屋に入れるという方法で、しばらくは長生きしていたのだが、ある日、放し飼いしている昼間に、そのうちの5羽が行方不明になって、夕方になっても戻って来なかった。
数日後に、義姉の家の裏庭辺りから異臭がするというので、行ってみたら、腐り始めた鶏が見つかった。

これが、残り5羽となった鶏たち、しかもそのうち4羽はオスだったことが判明・・・。さてさて、主人が期待していた、産みたて卵の運命はいかに・・・。
もう、こうなると義母に「もう、いいから・・・」と言いたくなったその矢先、義母が急にやってきて、何かと思ったらまた例の借金の話だった。
義母が急ぎで用があると言うのは、大体この話である。
今回は野生動物ブローカーだという、やはり義母の「知り合い」の夫婦とともにやってきて、この夫婦が闘鶏場で、賭博に負けた人相手に金貸し屋をしたいというので、その資金に12万バーツほど借りたいと言う話だった。
義母が保証人になるから・・というが、義母が保証人になっても、結局義母の責任を肩代わりするのは主人なので、それでは保証人の意味がないのでは?と思ったが、そういうことに意見すると、家庭の平和が乱れるので、心の中でつぶやくだけにしておいた。
我が家は、最近はもうカオパンサーに入ったので、店の商売も割りと閑で、とても余ったお金があるとは思えないのだが、義母が頼むのと、月に4000バーツの利子を払うという約束で、主人も合意したらしかった。
さて、前置きが長~~くなったのだが、これからが登場するのが今回の主役。

この野生動物ブローカー夫婦は義母と懇意にしているらしく、その夫婦が山寺のお坊さんから仕入れたという、イ・ヘン(=山猫の類、これはイサーン語)を持ってきて、うちの主人に要るか聞いて来た。
その借金のお礼にくれるという話らしい。
私としては、愛するカテーが死んでしまったので、もう小動物の死を見たくないということと、まだ生まれて間もないので家の中で飼うということから、賛成はしなかったのだが、あからさまに反対するのも悪いので、「どっちでも・・」とはっきり答えなかったのだが、もともと動物好きで、普段から動物ドキュメンタリー番組ばかり見ている主人が、飼いたそうなのが見て取れたので、「子供たちが飼いたいから・・」と子供を言い訳にする主人の決断で買うことになった。
うちに来て一週間が過ぎたが、もうすっかり慣れて来て、子供たちも哺乳瓶でミルクを飲ませたり、ティッシュでおしっこやうんちを誘導するのもお手の物になった。
やはり夜行性らしく、昼間は、ほとんど寝ているが、起きると肩に乗り一緒に接客したりすることもある。
「手乗り山猫」である。
だが、聞いた話では、今は子猫程度の大きさだが、大きくなると4~5キロになって、猫よりも一回り大きいくらいに成長するそうだ。そうなったら、「手乗り」では済まなくなる。
困ったことに、夜中に頻繁に起きるが、飼いたいというのは主人だし、私はもう、4人の赤ちゃんの夜泣き、夜中の授乳で、結婚してから、もう何年もまともに寝ていないので、ここは、主人に夜中の面倒を見てもらおうと決め、夜中に鳴き声が聞こえても寝たフリを繰り返している・・・。
今夜は、私が起きてブログを書いているので、さすがに知らんフリも出来ないので、先ほどから何回も授乳を繰り返しているが・・・。
さて、この新しい仲間たちの行方は・・・?
またの機会にその成長や近況を書きたいと思う。

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2011年07月21日
髪を切りました。
先日アップした『子供に学ぶタイ語』(「マー・ラーイ・バーン(หมาหลายบ้าน)」http://lawan.namjai.cc/e53104.html)の記事にも書いた通り、このところ、我が家の末っ子・ミックの放蕩ぶり、暴君ぶりはますます度を増すばかりです。
その陰には、隣に住む義姉の後ろ盾があってのことなのですが、その義姉に誰も(産みの親の義母でさえ・・)対抗できないので、当の義姉本人も、「私には怖いものなど何もない!」とでも言うように、世界中に敵なしの態度です。
それでも、もうこの義姉と十数年の付き合いですから、大抵の義姉の機嫌の良し悪しなどを見て、近づかないようにしたり・・という工夫をしているのですが、先日、義姉がやってきて、勝ち誇ったように、こう言いました。
「さっき、ミックのことで、学校の校長先生に抗議の電話入れといたから。こういう風に言ったの、『うちのミックは昨年は、そうでもなかったのに、今年に入って、急に学校に行くのを嫌がることが多くなった。それは、今年の担任の先生が、事あるごとに、棒を持って、子供たちを叩いたり、威嚇したりするからだ。ミックは、そういう風に脅されたりするのが嫌いな性格なのだ。だから、校長先生の方からも、気をつけて実情を見て欲しい。』って。そうしたら、校長先生は、『はい、そうなんですか?わざわざ教えていただいて恐縮です。私の方も、気をつけて観察してみます。』って感謝してたよ。」
「・・・・・・・。」
それを聞いた私と主人は、何も言葉が出ませんでした。
まったく、義姉はなんて事を言い出すのだろう、とあきれてしまったのと、この抗議の電話の内容が、その当の担任の先生たちに伝わったら・・・ミックのことをどう思うだろう、逆に嫌われたりしないだろうか・・・?
私は、それが心配で、この数日、考え込んでいました。
そして、その件については、今朝、校長先生を見かけたので、呼び止めて直接、誤解を解くように話したのですが、校長先生も義姉の修理工場で自家用車の修理をしたりするので、割と性格は把握していて、それほど深く問題にはしていないとのこと。
私は、義姉は絶対に他人の意見を聞かない、あくまで自己主張の強い性格だと言うのと、ミックを本当のわが子の以上に愛していて、ついなんにでも口を出すのだということをわかってもらいました。
さて、この件については、義姉の一人よがりな見解だと言うことで、これで決着したのですが、この騒動があってから、私は、ミックと義姉と私の関係について、いろいろ考え、ストレスが溜まっていました。
そして以前から、『長い髪の女性が大好き』なミックを引き止める手段として、「もし、メー・チャー(義姉のことをこう呼ぶ)と遊びに行って、あっちに泊まったら、メーは髪の毛切るからね!」と何度も脅しに使っていた方便を、何度もこの手を使っては、もう意味がないな・・・と思い、このストレス解消ト、ミックヘ『母の本気』を見せるために、ミックが生まれて以来、5年間伸ばし続け、もうすぐ、腰に届きそうだった髪をバッサリとショートカットにすることにしました。
そして、ここ数年ご無沙汰していた、市内の美容院に行ったのですが・・・。
最初、長女がいつも行っている美容院に行って、「娘と同じようにしてください。」と言ったら、
「本当にいいの?後悔しない?」としつこい美容師。
そして、もったいないのか、私が後悔すると思ってか、肩くらいのボブにしか切らないので、
「もっと、耳が出るくらいに・・。」と言ったら、何とか、ショートボブになりました。
家に帰ってから、主人や子供から不評で、主人が、
「これじゃ、『ヌウ・ヒン』(タイの世俗漫画の主人公のおかっぱ頭の女の子)だよ。これだったら、日本に居たころの耳を出したショートカットの方がいい。」
というので、翌日、今度は昨日の美容院の目と鼻の先にある別の美容院に行ったところ、
「ああ、こんなに後ろを短くそろえたら、出来るスタイルがほとんどないわ。ねえ、聞くけど、いったいどこの美容院でこんなに切られたの?」
と、文句を言われてしまいました。
私の、『耳を出したショートカット』という意見は、全く無視され、美容師と弟子の間で、盛んに「ああ、あそこね・・。あそこはダメよね。」と、他店の陰口で盛り上がっています。
「耳を出して・・」と言うと、「ダメダメ、それじゃ全然セクシーじゃないから。」
私は、内心「何もこの歳で今更、『セクシー』とかいう問題じゃないんだけど・・・。」
結局、タイ人の女性の髪形にサイド(俗に言う『もみあげ』の部分)を切ってしまう・・という考えはないようで、どうしても切りたいなら、これは、トム(男性的な女性)のフリをして、理容院にでも行くしかない・・と悟ったのです。
何とか、他所の店の後始末を完了した美容師のお姉さんは、最後に、
「ああ、やっと何とかまともになった。どう、こうすればなかなかセクシーでしょ?」
とまたまたセクシーを繰り返しました。
というわけで、ここ数年、タイ人化すべく(タイ人は基本的にロングが好き)、またまた、ミックの好みに合わせ、そしてただ何となく美容院に行くのが面倒で・・・という様々な理由から伸ばしていた背中を占領していた髪の毛は切られ、さらに軽くなった頭が残りました。
翌日、いつもの義姉とのお泊りから帰ってきて、私の姿を見たミックは、
「メー!何で切ったの!?」と言ったのですが、それを義姉に報告しに行って、戻ってきたミックが言うには、
「メー・チャーが、『何で坊主にしなかったの?』って言ってたよ。」
と言うので、ついムッとして、
「うん、今度坊主にするって言っておいで。」
と言ってしまいました。
さすがは義姉。
一筋縄では行かない、怖いもの無しの義姉の天下はまだまだ続きそうです・・・。
裏ブログ?
イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
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その陰には、隣に住む義姉の後ろ盾があってのことなのですが、その義姉に誰も(産みの親の義母でさえ・・)対抗できないので、当の義姉本人も、「私には怖いものなど何もない!」とでも言うように、世界中に敵なしの態度です。
それでも、もうこの義姉と十数年の付き合いですから、大抵の義姉の機嫌の良し悪しなどを見て、近づかないようにしたり・・という工夫をしているのですが、先日、義姉がやってきて、勝ち誇ったように、こう言いました。
「さっき、ミックのことで、学校の校長先生に抗議の電話入れといたから。こういう風に言ったの、『うちのミックは昨年は、そうでもなかったのに、今年に入って、急に学校に行くのを嫌がることが多くなった。それは、今年の担任の先生が、事あるごとに、棒を持って、子供たちを叩いたり、威嚇したりするからだ。ミックは、そういう風に脅されたりするのが嫌いな性格なのだ。だから、校長先生の方からも、気をつけて実情を見て欲しい。』って。そうしたら、校長先生は、『はい、そうなんですか?わざわざ教えていただいて恐縮です。私の方も、気をつけて観察してみます。』って感謝してたよ。」
「・・・・・・・。」
それを聞いた私と主人は、何も言葉が出ませんでした。
まったく、義姉はなんて事を言い出すのだろう、とあきれてしまったのと、この抗議の電話の内容が、その当の担任の先生たちに伝わったら・・・ミックのことをどう思うだろう、逆に嫌われたりしないだろうか・・・?
私は、それが心配で、この数日、考え込んでいました。
そして、その件については、今朝、校長先生を見かけたので、呼び止めて直接、誤解を解くように話したのですが、校長先生も義姉の修理工場で自家用車の修理をしたりするので、割と性格は把握していて、それほど深く問題にはしていないとのこと。
私は、義姉は絶対に他人の意見を聞かない、あくまで自己主張の強い性格だと言うのと、ミックを本当のわが子の以上に愛していて、ついなんにでも口を出すのだということをわかってもらいました。
さて、この件については、義姉の一人よがりな見解だと言うことで、これで決着したのですが、この騒動があってから、私は、ミックと義姉と私の関係について、いろいろ考え、ストレスが溜まっていました。
そして以前から、『長い髪の女性が大好き』なミックを引き止める手段として、「もし、メー・チャー(義姉のことをこう呼ぶ)と遊びに行って、あっちに泊まったら、メーは髪の毛切るからね!」と何度も脅しに使っていた方便を、何度もこの手を使っては、もう意味がないな・・・と思い、このストレス解消ト、ミックヘ『母の本気』を見せるために、ミックが生まれて以来、5年間伸ばし続け、もうすぐ、腰に届きそうだった髪をバッサリとショートカットにすることにしました。
そして、ここ数年ご無沙汰していた、市内の美容院に行ったのですが・・・。
最初、長女がいつも行っている美容院に行って、「娘と同じようにしてください。」と言ったら、
「本当にいいの?後悔しない?」としつこい美容師。
そして、もったいないのか、私が後悔すると思ってか、肩くらいのボブにしか切らないので、
「もっと、耳が出るくらいに・・。」と言ったら、何とか、ショートボブになりました。
家に帰ってから、主人や子供から不評で、主人が、
「これじゃ、『ヌウ・ヒン』(タイの世俗漫画の主人公のおかっぱ頭の女の子)だよ。これだったら、日本に居たころの耳を出したショートカットの方がいい。」
というので、翌日、今度は昨日の美容院の目と鼻の先にある別の美容院に行ったところ、
「ああ、こんなに後ろを短くそろえたら、出来るスタイルがほとんどないわ。ねえ、聞くけど、いったいどこの美容院でこんなに切られたの?」
と、文句を言われてしまいました。
私の、『耳を出したショートカット』という意見は、全く無視され、美容師と弟子の間で、盛んに「ああ、あそこね・・。あそこはダメよね。」と、他店の陰口で盛り上がっています。
「耳を出して・・」と言うと、「ダメダメ、それじゃ全然セクシーじゃないから。」
私は、内心「何もこの歳で今更、『セクシー』とかいう問題じゃないんだけど・・・。」
結局、タイ人の女性の髪形にサイド(俗に言う『もみあげ』の部分)を切ってしまう・・という考えはないようで、どうしても切りたいなら、これは、トム(男性的な女性)のフリをして、理容院にでも行くしかない・・と悟ったのです。
何とか、他所の店の後始末を完了した美容師のお姉さんは、最後に、
「ああ、やっと何とかまともになった。どう、こうすればなかなかセクシーでしょ?」
とまたまたセクシーを繰り返しました。
というわけで、ここ数年、タイ人化すべく(タイ人は基本的にロングが好き)、またまた、ミックの好みに合わせ、そしてただ何となく美容院に行くのが面倒で・・・という様々な理由から伸ばしていた背中を占領していた髪の毛は切られ、さらに軽くなった頭が残りました。
翌日、いつもの義姉とのお泊りから帰ってきて、私の姿を見たミックは、
「メー!何で切ったの!?」と言ったのですが、それを義姉に報告しに行って、戻ってきたミックが言うには、
「メー・チャーが、『何で坊主にしなかったの?』って言ってたよ。」
と言うので、ついムッとして、
「うん、今度坊主にするって言っておいで。」
と言ってしまいました。
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2011年07月10日
フワイの日に見るタイ人の人生観
その日は、多くのタイ人が心待ちにしている、恒例の毎月1日の「フワイ」(宝くじ)の抽選日でした。
我が家は、義母の「フワイ」販売での莫大な借金を背負って日本に出稼ぎに行った主人が、その悪因である、「フワイ」を嫌っているのと、私自身も、賭け事が嫌いで、そういう他力本願の生き方が好きでないので、毎月皆が心待ちにしている、1日と16日も普段と全く変わらない日々を送っているのですが、多くのタイ人にとって、この日は朝からそわそわした変な雰囲気が漂っています。
したがって、この2日は、店の客入りも悪く(皆、仕事どころではない・・・)、暇な日が多いのですが、その日は、何故か開店してすぐに、「バッテリーが上がってしまって困っているので、見に来て欲しい・・」という依頼があり、主人は朝ごはんも食べないまま、市内にある、その依頼客の自宅に出張サービスをすることになりました。
一度目は、様子を見に、そして、バッテリーの交換が必要だということになり、また交換しに出掛けました。
そうして、しばらくして帰ってきた主人が、慌てた顔で、近所の義姉に聞こえるくらいの大声で叫んでいました。
「いや~、まいったまいった。バッテリーの交換してたら、犬におしっこ掛けられたよ~!困った大変だ・・・。」
確かに、主人のズボンの端が少し濡れたように変色していました。
でも、何でそんなに大騒ぎしているのか、私には状況がいまいち理解出来ません。
それならさっさと、シャワーでも浴びて、ズボンを履き替えに行けばいいのに・・・・。
すると、主人がまた、「いや~。大変なことだ。これからお寺に行って来なくちゃ。」
それに応えるように、隣で聞いていたらしい隣人のウワンが、
「そうだね、でも、お寺でルアンポーの聖水を掛けてもらって、お祓いすれば大丈夫だよ。」
二人の会話を怪訝な顔で聞いていた私に、主人が、
「『犬におしっこを掛けられる』っていうのは、タイではとても不吉なことなんだ。だから、お寺に行ってお祓いしてもらうんだ。」
ということだそうで、その後朝ごはんもそこそこに、急いでお寺に出掛けて行きました。
*******************************************
1時間くらいして帰って来た主人に聞くと、やはり、ナムオンという聖水を頭の上に振りかけてもらい、お祓いをしたそうです。
そして、そのお祓いの後に、しばらくぶりだったので、そのお坊様といろいろな話などをして来たらしいのですが、その中で、
「いつも、フワイの当選番号などを夢に見るのだが、その夢に出る数字というのは、数字がそのまま出るのではなく、何かの暗示のように、その数字を連想させるような形で出てくる」のだそうで、
「今回の夢は、男性器と女性器が互いに合体している夢」だったそうで、それを信者たちに話すと、信者たちが自分で連想したり、その暗示を読んだりして、フワイの番号を考えるのだそうです。
今回の場合、ちょっと下ネタのようで書きにくいのですが、徳の高いお坊様が言われたことなので、そのまま書きます。
タイ語の俗語で男性器は、「ハム」と言い、女性器は「ヒー」というので、二つの言葉の頭に来る文字が「ห」であることから、「ห」の付く数字が予想されたわけですが、タイ数字の1から10まででこの字が付くのは、普通に考えると、「ห้า=5」「หก=6」の二つですが、実はもう一つあって、発音は「ヌン」ですが、頭に「ห」が付くのがあって、それが「หนึ่ง=1」となり、3文字の候補が出たわけです。
大抵、こういうフワイの予想桁は2桁で、正規に売っている全桁のロッタリーの並び全てを予想するわけではありません。
庶民の宝くじなのです。
そして、主人はもちろん買わないのですが、その日に出た当たり番号は、「51」だったそうで、さすがというか、これで毎回解読出来たら、「フワイ長者も夢ではない」と思わせる結果でした。
主人が、「惜しい!当たったのに・・・。」と冗談で言っていましたが、我が家は、そのお坊様のことは信じていますが、宝くじに関しては、買う気がないので、当たるはずもありません。
こういう、宝くじの予想を得意とするお坊様は各地にいて、それで有名なお寺もあるそうです。
この宝くじに日々の楽しみを見出しているタイ人を見るにつけ、この国の人は他力本願で生きることを幸せとするのだな・・とつくづく感じます。
自分の努力やその達成感にやりがいや幸せを感じる我々とは、根本的に違う・・ということを、こういう日常のひとコマに、思い知らされます。

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したがって、この2日は、店の客入りも悪く(皆、仕事どころではない・・・)、暇な日が多いのですが、その日は、何故か開店してすぐに、「バッテリーが上がってしまって困っているので、見に来て欲しい・・」という依頼があり、主人は朝ごはんも食べないまま、市内にある、その依頼客の自宅に出張サービスをすることになりました。
一度目は、様子を見に、そして、バッテリーの交換が必要だということになり、また交換しに出掛けました。
そうして、しばらくして帰ってきた主人が、慌てた顔で、近所の義姉に聞こえるくらいの大声で叫んでいました。
「いや~、まいったまいった。バッテリーの交換してたら、犬におしっこ掛けられたよ~!困った大変だ・・・。」
確かに、主人のズボンの端が少し濡れたように変色していました。
でも、何でそんなに大騒ぎしているのか、私には状況がいまいち理解出来ません。
それならさっさと、シャワーでも浴びて、ズボンを履き替えに行けばいいのに・・・・。
すると、主人がまた、「いや~。大変なことだ。これからお寺に行って来なくちゃ。」
それに応えるように、隣で聞いていたらしい隣人のウワンが、
「そうだね、でも、お寺でルアンポーの聖水を掛けてもらって、お祓いすれば大丈夫だよ。」
二人の会話を怪訝な顔で聞いていた私に、主人が、
「『犬におしっこを掛けられる』っていうのは、タイではとても不吉なことなんだ。だから、お寺に行ってお祓いしてもらうんだ。」
ということだそうで、その後朝ごはんもそこそこに、急いでお寺に出掛けて行きました。
*******************************************
1時間くらいして帰って来た主人に聞くと、やはり、ナムオンという聖水を頭の上に振りかけてもらい、お祓いをしたそうです。
そして、そのお祓いの後に、しばらくぶりだったので、そのお坊様といろいろな話などをして来たらしいのですが、その中で、
「いつも、フワイの当選番号などを夢に見るのだが、その夢に出る数字というのは、数字がそのまま出るのではなく、何かの暗示のように、その数字を連想させるような形で出てくる」のだそうで、
「今回の夢は、男性器と女性器が互いに合体している夢」だったそうで、それを信者たちに話すと、信者たちが自分で連想したり、その暗示を読んだりして、フワイの番号を考えるのだそうです。
今回の場合、ちょっと下ネタのようで書きにくいのですが、徳の高いお坊様が言われたことなので、そのまま書きます。
タイ語の俗語で男性器は、「ハム」と言い、女性器は「ヒー」というので、二つの言葉の頭に来る文字が「ห」であることから、「ห」の付く数字が予想されたわけですが、タイ数字の1から10まででこの字が付くのは、普通に考えると、「ห้า=5」「หก=6」の二つですが、実はもう一つあって、発音は「ヌン」ですが、頭に「ห」が付くのがあって、それが「หนึ่ง=1」となり、3文字の候補が出たわけです。
大抵、こういうフワイの予想桁は2桁で、正規に売っている全桁のロッタリーの並び全てを予想するわけではありません。
庶民の宝くじなのです。
そして、主人はもちろん買わないのですが、その日に出た当たり番号は、「51」だったそうで、さすがというか、これで毎回解読出来たら、「フワイ長者も夢ではない」と思わせる結果でした。
主人が、「惜しい!当たったのに・・・。」と冗談で言っていましたが、我が家は、そのお坊様のことは信じていますが、宝くじに関しては、買う気がないので、当たるはずもありません。
こういう、宝くじの予想を得意とするお坊様は各地にいて、それで有名なお寺もあるそうです。
この宝くじに日々の楽しみを見出しているタイ人を見るにつけ、この国の人は他力本願で生きることを幸せとするのだな・・とつくづく感じます。
自分の努力やその達成感にやりがいや幸せを感じる我々とは、根本的に違う・・ということを、こういう日常のひとコマに、思い知らされます。
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2011年07月02日
いよいよ、明日!
皆様、お久しぶりです。
先月から、家の横の空き地に倉庫を建設する関係で、いろいろな雑用が増えたり、我が家の中にも、夫婦&ミック用の寝室を増築したりで、いろいろ忙しく、さらにその寝室にはネット用の配線が未接続で、ネットする時間がまったく取れない・・という日々が続いておりました。
というわけで、まだしばらくはブログ更新の頻度がさらに少なくなるかも知れませんが、出来るだけ更新したいと思いますので宜しくお願いします。
ところで、いよいよ明日になりました、タイの国会議員選挙、我が家でも選挙権もないのに、子供たちが「スア・デーン(赤服派)なんか、負けろ!」とか、「ジン・ラック(タクシンの妹)が首相になったら、タクシンが帰ってくるって・・・どうしよう!」とか、まるで自分のことのように、大騒ぎしています。
因みに我が家は、反スア・デーンなので、道路脇の選挙の立看板が、アピシット首相や、パチャティパット党の候補者の看板だけ破られたり、なぎ倒されたりしているのを見て怒っていました。
でも、私は、「それは、それに敵対しているスア・デーンなどのジン・ラック支援派が性格が悪い証拠だよ。」というと子供たちも、妙に納得。
「スア・デーンの奴らと、同じ事をすれば、こっちも同じレベルに落ちるだけでしょ。」と憤慨する子供たちを説得して丸く収まりました。
さて、今回の選挙は国会レベルなので、「末端の民衆まではお金が回って来ない。」とささやかれていましたが、やはり来ました、今回も・・・・。
今朝方、隣のウワンが、主人に大笑いしながら近づいて来て、
「いや~、今回のパチャティパットは、せこいな~~。金欠か?」
と、言いながら、主人の目の前にこれを出しました。

市内のコンビニの奥さんから預かったというその金額は「200バーツ」。
前回の県会議員選挙のときは、500バーツだったので、確かに「せこい」・・・かも?
すっかりタイの選挙活動に慣れた主人も、大笑いしながら、「ほら!お菓子代だって。」と私に渡しました。
確かに、その200バーツはその日に買った、アイス代とお菓子代にさっさと消えてしまいましたが・・。
やはり、裏金と選挙は切っても切れないようです。
相変わらず、選挙には大金が動く、でも結局、誰が首相になっても大して変わりはない・・というのはどの国でも同じでしょうか。
一つの国で何かを成し遂げるというのは、並大抵のことではないのだと思います。
だから、皆さん、お金を貯めるだけ貯めて、さっさと席を譲るのでしょう。
どちらにしろ、明日になれば今回の結果は出ます。
私は、もちろん選挙権はないけれど、やはり、誰がやっても同じとはいえ、何かと騒動を起こす派より、何も変わらなくてもこのまま平安な日々が送れるほうがいい・・と思います。
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2011年06月09日
本日開店、そのうち閉店
もう、暑さ真っ盛り・・という時期は過ぎたはずの6月になったが、今年は何故か、毎年この4月の暑さ真っ盛りの時期だけ開店する、学校の近くのかき氷屋がまだ営業を続けている・・・。
そういえば、多くの人が口にするように、今年の4月は通常の暑さではなく、中には肌寒さを感じる日まであって、だいぶ変な気候だった。
これも地球温暖化の影響か・・?などという人もいたが、本当のところは分からない・・・。

そのお陰か、我が家の末っ子・ミックが常連として朝夕通うかき氷屋も、今年はまだ健在である。
それはミックにとっては楽しみだが、朝夕、色の付いたシロップやコンデンスミルクを節約するために、砂糖を煮詰めて作った手製の「砂糖シロップ」を、「これでもか!」とたっぷり掛けたかき氷を食べられると、ただでさえミックの糖尿が気になるのに、余計に頭が痛くなる・・。
この時期だけ地元に戻って来て、実家でかき氷を売っているこの家の娘が、一日も早く店じまいをして、バンコクでの出稼ぎに戻ってくれる日を願うばかりである。
この店が開店した最初の年は、開店して2ヶ月くらいで、店の看板はそのままに休業状態になったこの店を見て、
「ああ、また思いつきで開店して潰れたんだな・・・。」と思っていた。
何故なら、タイ人は商売好きというか、大して資金もないのに、思いつきですぐに家の軒先などに店を出して商売をしたがる傾向にある。
誰かが、クイッティヤオ(タイのビーフンラーメン)屋を始めて儲かった・・などと聞くと、すぐに 「私も私も・・・」と右に倣ってしまうのである。
よく、全く同じような内容の店が道路沿いに何軒も並んでいるのを見かけることがある。
あれがタイ人の性質というか、習性なのである。
オリジナリティを追求する気など毛頭ない。
誰かの真似をすれば同じように成功する・・という夢が見られる人々である。
しかし、そうそう誰でも上手く行くはずもなく、開店してしばらくすると、大抵の「思いつきの店」は、開店休業というか、すっかり閉店状態になる。
そして、後にはその辺の木を切ってきて建てた程度の休憩所のような店跡と、わずかでも・・とその店の開店資金にと親戚や知り合いを頼って借りた借金が残るばかりである。
そして、この村でも、最初はこの家一軒だけだったかき氷屋が、今年は小さな村の中に3軒も営業を始めていた。
そして、後から始めた人も先にやっている人も、裏で散々陰口を叩き合いながらも、表面上は平気で気にせず同種営業出来る・・という性質。
主人はこの現象をよく、「タイ人はキー・イッチャー(嫉妬しやすい性質)だ。」と言う。
つまり、タイ人の嫉妬深い性質がそうさせるのだと言うことである。
「自分中心に物事を考える、我が道を行く」というのが、タイ人の一般的な性質だとよく言われるが、それとは別に、他人の成功を羨み、真似をして同じように成功したい・・と思う人が多いらしい。
話がだいぶ逸れたが、その最初の年、いつまでも家の軒先に建てたままの、潰れた店の片づけをしないな・・と思っていたら、その翌年、また何事もなかったかのように、同じかき氷屋と簡易食堂を営業し始めた。
店の看板も、テーブルもそのままだった。
店の前に掛けてあった、覆いだけが取り去られただけの再開店であった。
そして、今年も・・・・。
そうか、この家の娘がこの時期だけ、かき氷屋をするために帰省するんだな・・・と悟った。
それに、今年はかき氷の削り方にも大きな進歩が見られた。
昨年までは、ごく一般的な、厚い木の板の中央に中華包丁の刃を取り付けた、日本の鰹節削りのような器具を使っていた。
ところが今年は、バンコクの出稼ぎで仕入れて来たのか、まるでミキサーのように、入り口に氷を入れてスイッチをポンっと押すと「ガガガガガーーーッ」という轟音とともに、削れた氷が出口から噴出す「電動かき氷器」を使っていた。
昨年までの、氷塊を鷲掴みにしてその逞しい腕で「シャッシャッ・・・」と削るのとは、格段の差だった。
彼女が入り口にブロックの氷をポンッと入れ、スイッチをポンっ押す・・・・するとかき氷器は一瞬のうちに、プラスティックのカップの中に氷の山を吐き出してくれる。
傍で見ている子供たちの目はビー玉のように丸くなった・・・。
今までは、学校帰りの子供たちの長い行列が出来て、列の途中ではふざけて遊び始める子供もいたのに、今年は違った。
注文をすると、30秒もしないで出来上がる。
少し時間が掛かるのは、カップの下に、食パンの角切りや、細かく切ったゼリー、タピオカなどを客の好みに合わせて入れたりするからである。
何でもそうだが、タイ人は食に関して特に好みがうるさいので、こんな幼稚園児たちのような小さな子供でも、
「ぼく、食パン大目にね!」とか、
「私、ゼリー要らない、シロップは、赤と緑を混ぜて!」とか、
いろいろ注文がうるさいのである。
因みに我が家のミックは、ゼリーも好き、食パンも好き、シロップも赤も好きだし、緑も好き、ピンクのライチ味も捨てがたい・・・と気が多いので、迷いに迷って全部注文したりする。
作るほうも大変である。赤字にならないように、少しずつ入れてくれる・・・。
こうして、この家の娘は、今年のかき氷も大繁盛、実家での帰省も満喫して、バンコクに戻って行くのだろう。
そして、今年のかき氷の季節が終わると、また来年の営業を心待ちにするのは、この家の娘だけでなく、我が家のミックも同じである・・・・。
更新しました!!
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そういえば、多くの人が口にするように、今年の4月は通常の暑さではなく、中には肌寒さを感じる日まであって、だいぶ変な気候だった。
これも地球温暖化の影響か・・?などという人もいたが、本当のところは分からない・・・。

そのお陰か、我が家の末っ子・ミックが常連として朝夕通うかき氷屋も、今年はまだ健在である。
それはミックにとっては楽しみだが、朝夕、色の付いたシロップやコンデンスミルクを節約するために、砂糖を煮詰めて作った手製の「砂糖シロップ」を、「これでもか!」とたっぷり掛けたかき氷を食べられると、ただでさえミックの糖尿が気になるのに、余計に頭が痛くなる・・。
この時期だけ地元に戻って来て、実家でかき氷を売っているこの家の娘が、一日も早く店じまいをして、バンコクでの出稼ぎに戻ってくれる日を願うばかりである。
この店が開店した最初の年は、開店して2ヶ月くらいで、店の看板はそのままに休業状態になったこの店を見て、
「ああ、また思いつきで開店して潰れたんだな・・・。」と思っていた。
何故なら、タイ人は商売好きというか、大して資金もないのに、思いつきですぐに家の軒先などに店を出して商売をしたがる傾向にある。
誰かが、クイッティヤオ(タイのビーフンラーメン)屋を始めて儲かった・・などと聞くと、すぐに 「私も私も・・・」と右に倣ってしまうのである。
よく、全く同じような内容の店が道路沿いに何軒も並んでいるのを見かけることがある。
あれがタイ人の性質というか、習性なのである。
オリジナリティを追求する気など毛頭ない。
誰かの真似をすれば同じように成功する・・という夢が見られる人々である。
しかし、そうそう誰でも上手く行くはずもなく、開店してしばらくすると、大抵の「思いつきの店」は、開店休業というか、すっかり閉店状態になる。
そして、後にはその辺の木を切ってきて建てた程度の休憩所のような店跡と、わずかでも・・とその店の開店資金にと親戚や知り合いを頼って借りた借金が残るばかりである。
そして、この村でも、最初はこの家一軒だけだったかき氷屋が、今年は小さな村の中に3軒も営業を始めていた。
そして、後から始めた人も先にやっている人も、裏で散々陰口を叩き合いながらも、表面上は平気で気にせず同種営業出来る・・という性質。
主人はこの現象をよく、「タイ人はキー・イッチャー(嫉妬しやすい性質)だ。」と言う。
つまり、タイ人の嫉妬深い性質がそうさせるのだと言うことである。
「自分中心に物事を考える、我が道を行く」というのが、タイ人の一般的な性質だとよく言われるが、それとは別に、他人の成功を羨み、真似をして同じように成功したい・・と思う人が多いらしい。
話がだいぶ逸れたが、その最初の年、いつまでも家の軒先に建てたままの、潰れた店の片づけをしないな・・と思っていたら、その翌年、また何事もなかったかのように、同じかき氷屋と簡易食堂を営業し始めた。
店の看板も、テーブルもそのままだった。
店の前に掛けてあった、覆いだけが取り去られただけの再開店であった。
そして、今年も・・・・。
そうか、この家の娘がこの時期だけ、かき氷屋をするために帰省するんだな・・・と悟った。
それに、今年はかき氷の削り方にも大きな進歩が見られた。
昨年までは、ごく一般的な、厚い木の板の中央に中華包丁の刃を取り付けた、日本の鰹節削りのような器具を使っていた。
ところが今年は、バンコクの出稼ぎで仕入れて来たのか、まるでミキサーのように、入り口に氷を入れてスイッチをポンっと押すと「ガガガガガーーーッ」という轟音とともに、削れた氷が出口から噴出す「電動かき氷器」を使っていた。
昨年までの、氷塊を鷲掴みにしてその逞しい腕で「シャッシャッ・・・」と削るのとは、格段の差だった。
彼女が入り口にブロックの氷をポンッと入れ、スイッチをポンっ押す・・・・するとかき氷器は一瞬のうちに、プラスティックのカップの中に氷の山を吐き出してくれる。
傍で見ている子供たちの目はビー玉のように丸くなった・・・。
今までは、学校帰りの子供たちの長い行列が出来て、列の途中ではふざけて遊び始める子供もいたのに、今年は違った。
注文をすると、30秒もしないで出来上がる。
少し時間が掛かるのは、カップの下に、食パンの角切りや、細かく切ったゼリー、タピオカなどを客の好みに合わせて入れたりするからである。
何でもそうだが、タイ人は食に関して特に好みがうるさいので、こんな幼稚園児たちのような小さな子供でも、
「ぼく、食パン大目にね!」とか、
「私、ゼリー要らない、シロップは、赤と緑を混ぜて!」とか、
いろいろ注文がうるさいのである。
因みに我が家のミックは、ゼリーも好き、食パンも好き、シロップも赤も好きだし、緑も好き、ピンクのライチ味も捨てがたい・・・と気が多いので、迷いに迷って全部注文したりする。
作るほうも大変である。赤字にならないように、少しずつ入れてくれる・・・。
こうして、この家の娘は、今年のかき氷も大繁盛、実家での帰省も満喫して、バンコクに戻って行くのだろう。
そして、今年のかき氷の季節が終わると、また来年の営業を心待ちにするのは、この家の娘だけでなく、我が家のミックも同じである・・・・。
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