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2012年05月18日

新学期スタート





 姉妹ブログ子供に学ぶタイ語の「奇跡?」にも書いたように、無事高校入試が終わった長女も含めて、長男、次男の通うチャイヤプム中高学校、末っ子ミックの通う村立幼稚園も、2ヶ月以上続いた夏期休みを終えて、いよいよ今月の16日から新学期が始まった。


 当初、昨年のバンコクの洪水で授業が中断したことから、バンコクの学生に合わせて、新学期を遅らせるなどという話も出たのだが、結局今月の10日過ぎになって、Facebookなどのコメントなどで連絡が伝わり、16日から新学期が始まったというかなり適当なスタートとなったのである。
 そのため、パソコンを持っていない子供などには伝わらなかったという話もあった。


 さすがにこのいい加減さがタイらしいが、タイの学校の適当さはこれだけではなかった。

 まず、長女が入った高校の制服が新学期が始まっても出来ておらず、新学期開始から数日経ったにも関わらず、長女はまだ、昨年まで通っていた別の中学の制服を着て登校している。

 
 そして、これは毎年の事なのだが、長女の学校はもちろん、長男、次男の中高校でも、さらにはミックの通う幼稚園でさえ、新年度の教科書や教材が間に合わず、授業が始まっても教科書の無い状態で授業が始まっている。

 
 しかも、長女が入った高校は、エスカレーター式で進学した在学生はともかく、新入生には昼食の食堂のクーポンが間に合わず、通学して2日間、お昼を食べられないという有様である。

 私は、これを聞いて、育ち盛りの子供たちに何を考えているのか!と、学校に怒鳴り込みたくなるほどの憤りを感じた。

 
 もう、タイに住んで10年近くになるので、タイのこういう適当さにはいい加減慣れて来たつもりだが、それでも今回のようなことがあると、タイ人はまったく何を考えているのか!と言う遣る瀬なさに襲われる。


 いったい、学校関係者は2ヶ月以上もある、とても長い休み中に何をやっているのか。

 5月になれば新学期が始まる事は決まっているのに、なぜそれに対して用意とか準備とかしないのか。
 新入生が入ったり、新学期に新しい制服を新調したりと言うのは毎年のことなのに、なぜ「まだ出来てません、間に合いません」と言えるのか。
 裸で登校させるつもりなのか。

 それから教科書もそうだ。
新学期が始まったら使う事は分かっているのに、なぜ十分に印刷しておかないのか。



 本当に、「お前ら、学校が休みだからって遊んでいるんじゃない!」と言いたくなる。

 確かに、学校は休みだが、教師まで夏期休暇を満喫すると言うのはないだろう。
それが仕事なのだから、責任を持って仕事に従事して欲しい。

 ……と、責任とか言うのは、タイ人に対して相当無理難題な希望だとは思うのだが、せめて新学期に入って、子供たちが滞りなく勉強出来る環境を整えて欲しい。

 国の将来を担っているのはこの子供たちなのだから、こういう風に教育環境が整わないのでは、この国はいつまで経っても今のままなのだな…と将来への希望もなくなってしまう。
 

 と、新学期早々、血圧が上がるような問題がいっぱいのイサーンの学校事情である。





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Posted by バットニャオ at 23:23Comments(6)TrackBack(0)タイの学校事情

2012年04月28日

愛のために?

 今日の夕方、日本のドラマを見ていた主人が番組が終わった後、不意にこう聞いて来た。
 「ねえ、ちょっと聞いていい?」
 
 主人がこういう改まった前置きをして何かを聞くときは、大抵、何か不審な出来事を聞き出したいとか、私が答えた後に、百倍くらいで反論する何らかの意見を持ち出すことが常々なので、私は反射的に身構えながらも平静を装って「何が?」と答えた。

 「あのさ、どうして日本人は愛より仕事を選ぶんだ?」といきなり言い出す主人に、
 
 「は?何の事?なんでいきなりそんな事言い出すの?」と聞くと、
 
 「さっき観てた日本のドラマでさ、彼氏が仕事で遠くに行っちゃうから、離れ離れになるでしょ?それだったら、一緒に付いて行けばいいのに、何で行かないんだろう。」と言う。


 私は、基本的にタイのドラマも日本のドラマも観ないので、その主人の観ていたドラマの内容は把握していないのだが、とにかく、恋人同士がいて、彼氏が仕事でアメリカに旅立つのだが、彼女は日本に残っていて、そのうち遠距離恋愛から破局に向かうというような内容らしい。


 主人が言いたいのは、日本人は「なぜ、愛より仕事を優先するのか?愛のために一緒にいればいいのに•••。」ということらしい。


 私が、日本人は仕事に対しての責任感がタイ人とは比較にならないし、仕事に対する情熱などと言う事もある、それに、その仕事に就くまでや、その仕事をやり遂げたりすることにも並々ならぬ努力をしているかも知れないし、そうそう簡単に「はい、やめましょう。」という訳にも行かないのだろうと説明したのだが、ここは、双方の価値観の違い、分かり合えるはずもなかった。


 なので、私は私の常々思っていた事を言ってみた。

 「だったら、私がいつも思うんだけど、よくうちに買い物に来る運転手のお兄ちゃんなんかに、付いて来る彼女、あれどう思う? 私は、あんた仕事ないの?そんなに暇なの?って聞きたくなる。彼女が来たからって、荷物を持って手伝う訳でもないし、彼氏が眠くなったら、トレーラーの運転を代わってあげるとかでもない。だったら、家で仕事でも探して働いた方がいいと思うよ。何で金魚の糞みたいにいつもくっついてなくちゃいられないの?」

 
 これには、主人も言い返すのが面倒になったのか分からないが、急に話を変えて、ニヤニヤしながら、

 「でも、お前は俺と離れないで一緒に来てよかったね〜。」
 
 などと、気持ち悪いくらいの上機嫌で言うので、私も言葉に詰まった•••。

 
 まあ、それはともかくとして、タイ人は人生のすべてが、

 愛のため

 金のため 

 に、生きているような気がする。


 しかし、このタイ人の「愛のため」には、やはり「自己中心的な愛」でしかないような気がする。
 単に、自分の所有物にしたいだけのように思える。

 タイ人の言う「愛のために生きる」とは、好いた好かれた、振った別れたという恋愛事情の末に、殴り合い、さらには殺傷事件にまで発展するような、愛憎劇を地で行くタイ人の人生を表す言葉らしい。

 仕事は金を稼ぐ手段でしかなく、そこにやりがいなどは見いだせない。
賃金以上の仕事は時間の無駄である。

 タイ人にとって「愛こそがすべて!」なのは、疑う余地のない事実である。

 日本人の仕事熱心は、タイ人に理解されるのは無理だろう。
 
 タイ人と結婚してタイに住むのなら仕事はほどほどに、家庭サービスに力を入れないと、家庭生活は続かないようである。


         ドック•ラック


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タグ :仕事

Posted by バットニャオ at 22:41Comments(9)TrackBack(0)タイ人の実態

2012年04月25日

ソンクラーン休暇の結末


 
 この前のソンクラーン直前の記事を書いたのは13日の早朝でした。

 本来なら、せっかくの休業日なので、ゆっくり寝ていればいいのに、前日ミックの誘いに掛かって早寝してしまったせいか、朝の3時半頃から目が覚め始め、4時過ぎにはいろいろな思考が頭を巡り、「もう、寝付けないからいっそのこと起きてブログでも更新しよう。」と思ったのです。

 その日の事前計画では、朝、遅くとも10時くらいには、実家の沼地で漁を続けている主人が迎えに来て、実家の義母のところへ連れて行き、義母にソンナームをする予定でした。

 毎年、午前中には行っていたので、こういうものは朝方、少なくとも午前中にするものだと思っていたのです。

 ところが、待っても待っても主人は来ません。
最初は一階で準備をして待っていたのですが、10時過ぎには二階に上がってミックとdvd鑑賞に入っていました。

 結局迎えに来たのは正午過ぎで、実家に付いたのが1時半過ぎ、しかも向こうはまだ漁で上がった魚を仕分けして市場に売りに行く途中。
 結局、私たちは誰もいない義母の家でもなく、主人たちが作業している沼の小屋でもなく、義母の知り合いの家に置いて行かれて、そこで日が暮れるまでひたすら待ちぼうけとなったのでした。
 朝ご飯しか食べて来なかったので、途中でお腹が空きましたが我慢。
そのうち、あまりにも遅いので、そこの家のお嫁さんが気を遣ってくれ、鳥の唐揚げなどを急いで作って出してくれました。
こちらも、却って気を遣うし、居心地の悪さと言ったら何とも言えない心地でした。
 ただ過ぎて行く時間を、ぼーっとしながら、その家の縁台に腰掛けて眺めていました。

 
 日が落ち、辺りはすっかり薄暗くなって、もう飽きるも飽きないもないと言う心地になった頃、ようやく主人の車がその家の前に停まりました。

 主人の車に乗って、沼地の小屋に再び戻ると、そこには例の酔っぱらうと癖の悪い次兄と、普段は落ち着いた感じだが、やはり酔うとくどくなる長兄のコンビが座って盛り上がっていました。
 
 私は、すでにそこで嫌な予感がしたのですが、やはり次兄は私を見ると、得意の酔っぱらい日本語であれこれくだらない、訳の分からない事を話して来ましたが、さっと挨拶を交わすと別の方に避難しました。

 すると、誰かがご飯を炊けというので、炊飯釜の内鍋を探していたら、その中には赤い内蔵のような物体がいっぱいに入れられていて、米を研ぐどころではありません。
 よく見ると、塩辛のような漬け物に見えました。
義母に聞くと、魚の卵を米汁で発酵させて、酸味の効いた漬け物にするということでした。

 私は、その魚の発酵した完成品は好きで食べますが、このお腹が空いたときに、内蔵の腐ったとしか言えないような異臭を嗅いだ後は、もうご飯を食べる気がすっかり失せてしまいました。
 
 子供たちが食事を終えたところで、酔っぱらいは無視して、さっさと義母へのソンナームを済ませ、まだここで漁の魚を売らなければならない主人を残して、子供たちと帰宅しました。

 そんなこんなで、年に数日しかないせっかくの休日の一日が終わり、翌日こそはゆっくりと思ったのです。
 でも、結局昼過ぎにいきなり主人が帰って来て車を使うというので、せっかく子供と出掛けて少しはソンクラーンを楽しませて上げようと思って出掛けていたのですが、それも主人の急な呼び出しで、水掛けをする前に急いで帰宅しなければなりませんでした。


 その後、車を急いで使うと言って帰って来た主人は、私が車を返しに家に戻ると、居間で大好きなムエタイの中継を見ていて、なかなか実家に戻ろうとしません。
 せっかくゆっくり出来るはずだったこの二日間、結局、何の意味も無いような休日に終わりました。

 これなら、この二日間店を閉めないで通常通り営業していた方が良かったのに•••と言うのが今年のソンクラーンの感想でした。

 来年は、仏様にお願いをして、ソンクラーンも通常通り店を開けたいと思います。


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Posted by バットニャオ at 00:02Comments(3)TrackBack(0)親戚の人々

2012年04月13日

ソンクラーン・2555



 今年もソンクラーンの季節がやってきました。

 もう数日前から、我が家の前の通りもバンコクや他県からの車両が増えて来ています。

 我が家の店の前にも、数日前から「13・14日休業」の紙を貼り、今年の我が家の休日は2日と決まりました。

 この13日は日本から来たばかりの頃、我が家がこの商売を始めるにあたり数箇所のお寺めぐりをした際に、そのうちの「ワット・タムケーオ」というお寺の大僧侶が、

 「毎年、少なくともこの13日だけは商売を休みなさい。」と言われたので、その教えに従って毎年、「4月13日」は休みにしているのです。


 単に、身体を休めろということなのか、何か吉凶が関わるのかは私にはわかりませんが、その理由を主人に尋ねたところで、本人もどうせわかっていないかも知れないし、そういう事をしつこく尋ねるとうるさがられて逆ギレするのがオチなので、私はそれ以上訊いたことはありません。

 まあ、とにもかくにも、そのお陰で滅多にない我が家の休日があるのです。

 
 もう数年来、「どこかに行こうか?」というソンクラーンの予定を立てようとする主人に、「せっかくの休みなんだから、家でゆっくりしたい。」という私と長男の意見で、家族でどこかに・・・という予定は立てないことにしています。
 毎年、主人は実家に帰って旧友と飲んだり、バンコクに一人で出掛けて行って、バンコク在住の友人たちと過ごしたり・・。
私たちはといえば、長男と私は店を閉めたんだからと家の中に籠城状態。
次男と長女は、一日くらいは友人と約束してソンクラーンに出掛けて行くようです。


 今日は朝から、実家に行っている主人が戻って来て、私たちを迎えに来てまた実家へ連れて行く予定です。
ソンクラーンの重要行事、「年長者への敬意を込めたソン・ナーム(水を手のひらに注ぐように掛ける)」を義母にするためです。

 それが終われば、もう自由で私と子供たちはまた家に戻って来る予定です。





 しかし、この商売を禁止されている13日、家の前のシャッターからの出入りは非常に危険です。

 ソンクラーンだろうが、我が家が休業だろうが、自分の車が壊れたと言って、部品を買いに来る客がいるからです。

 家の電話線は朝から抜いてあります。
居留守を使っていると、何十回もこれでもかこれでもかと電話を鳴らし続ける客がいるからです。
夜の閉店後とか、朝の6時前とかに平気で電話を掛けて来ては、「店を開けて売ってくれ。」という客もよくいます。

 そのため、最近では「お願い、閉店後、呼ぶのは止めてください。」という貼紙まで貼ったのですが、今度はそれを見て、
「閉店後は、呼んじゃダメ?何だ、お金持ちになると違うな~。」などと嫌味を言う客もいます。

 自分の都合が最優先、相手のプライベートなど意にも介しないのが、多くのタイ人の性質でしょう。
「ヘンケートゥア(自分勝手・排他主義)」などといいますが、タイ人の性質として、自己主張が非常に強い、自分の都合を最優先するというのがあります。

 日本的な「気遣い・思いやり」が通用しない世界です。

 昔、「地球の歩き方」か何かのガイドブックで、タイ人の女子大生がタイ人の長所として、「ナムジャイ(=思いやりの心)がある。」と挙げていました。
 その頃は、「ふ~ん、そうなんだ。」と何も知らずに興味半分で読んでいましたが、今では、タイ人の言う「思いやり」というのは、相手の立場に立っての思いやりではなく、あくまで自己中心的な立場からの思いやりなのだと感じるようになりました。
 つまり、タイ人の「ナムジャイ」は、「相手がどうして欲しいか」ではなく、「相手にこうしてやったほうがいい」という、自分の判断を基準にした思いやりなのです。
 

 またまた、話が逸れてソンクラーンの話題からタイ人の性質論に行ってしまいました。

 ともかく、今日と明日の2日間、無理やり客に呼び出されず、ゆっくりと過ごせたらな・・・と願わずにはいられません。


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Posted by バットニャオ at 08:53Comments(9)TrackBack(0)タイ人の実態

2012年04月05日

隣の美人妻の誘惑

 以前、我が家の隣には『サヤーム•アルミナム』と言うアルミサッシ販売施行のウワンの店があった。

 それが、もう一年前くらいから、こちらの店は開店休業状態となり、一人ここで店番をしていた美人妻のジヤップも、妻の実家でウワンが本格的に経営し始めたアルミサッシ店の手伝いに行ってしまった。

 つまり、我が家の隣は実質的には誰も住んでいなかったのだが、ウワンの計画で、妹にインクジェット印刷やプリントなどの店を出してあげるという話になり、この数ヶ月間、2軒分の店舗をぶち抜き工事で一軒にして、その内装工事に取り掛かっていたのだった。

 内装はさすがは本職、ショールームのような壁や天井からの照明などを見ると、我が家の蜘蛛の巣の張った天井とは比べ物にならない。
 そうしてようやく内装工事と外装工事が終わったにも関わらず、肝心のインクジェット印刷の店を開店する様子もなく、いつもそのシャッターは閉まったままだった。
 
 数ヶ月後、工事が終わったはずなのに、またウワンの部下が数人来て何か工事をしていると思ったら、何と監視カメラセットを店の前、店の入り口等、10箇所以上も設置していた。

 これはただ事ではない。
たかがインクジェット印刷の店にこんなに監視カメラを付けるなんて•••。

 そう、これはウワンの裏の顔、フワイ(闇宝くじ)の元締めのアジトとなっているこの家の警備装置なのであった。


 つい最近も、こんなことがあった。
 
 実家で同じように闇くじを売っている義母が、1日の正午近くになって、義姉にその売り上げた番号の事で電話をしたが、あいにく電話がつながらず、我が家の主人に電話してきた。
 
 義母は主人にメモを取らせて、それを義姉に伝えろというのだが、我が家も商売が忙しかったので、次男に渡してほんの10メートルもしない義姉の家に持って行かせた。

 ところが運悪く、ちょうど義姉の家に私服警官がガサ入れに来ていたところだったため、何も知らない次男は、言われた通りメモを持って入って行き、義姉に渡そうとしたところ、その男たちに「その紙を渡しなさい。」と言われて言う通り渡してしまい、それが証拠物件として徴収された。

 そして、その後義姉は警察署に連行されたが、元締めウワンが話を付けに行って保釈され帰って来た義姉に、「警察が来ているときに持って来るなんてバカだ!すぐに機転を利かせて帰れば良かったのに!」などと飛んだとばっちりで、我が家は、一家揃って怒られたという事件があった。


 つまり、この田舎に似合わぬ厳重な警備装置は、この警察のガサ入れに対抗するためだったのである。


 それ以後も、ウワンの店が開くのは、毎月1日と16日のフワイの日だけ。
つまり、夏休みに入ってカレンダーを気にしない我が家でも、ウワンの家に人の気配がすると、「ああ、今日は1日(もしくは16日)なんだな。」と気が付くのである。

 その日の午後から夜中まで、家の前に数台のオートバイが並び、ウワンの自家用車も3台くらい並ぶので、中に大勢の部下がいる事が分かる。

 しかし、家の前のシャッターは依然として閉められたままである。
次々と集まる部下たちは、シャッターを半分も開けないで、潜るようにして家の中へ消えて行くのである。

 そんな状況が日常化したウワンの家だった。
ところが、昨日のことである。
 

 夏休みに入り、いつもは、起こされない限りは朝の10時頃まで寝ている長女が、朝の8時過ぎに起きて来た。

 話を聞くと、朝、お姉さんのように親しくしている隣の美人妻•ジヤップから電話があり、「ウワンの家に来て、計算の手伝いをして欲しい。」と誘われたというのである。

 そうして、長女は私たちに話すと、「どうしよう、行かないと悪いし、行ってもいい?」と言いながらも了解を得て出掛けて行った。
 
 そうして、長女はあのアジトへと入って行ったのである。
長女が言うには、中はエアコンが効いていて、そこに長い会議用の机があり、何台ものパソコンと大勢の人が必死で計算機と格闘していたと言う。

 夕方近くになって、帰って来た長女をジヤップが追いかけて来て、「はい、これアルバイト代。ダメよ、受け取らないと。」と、渡していた。

 後で聞いたところ、何と約半日の仕事で500バーツ。
仕事と言っても、計算機で確認するだけの簡単な仕事。
まあ、隣の娘を借りたという遠慮があるのかも知れないが、こんな仕事で500バーツ貰ってしまっては、これに味を占めたら困ったものである。

 長女が行っている間、長男と二人で長女が報酬を貰えるかとか、もし受け取ったら、口止め料で、これからズルズルとこのウワンの闇くじ売りの部下の一人になって行くのだろうとか、いろいろ話して面白がっていた。

 これで長女は、普段の浪費生活で寂しかった財布が少し潤っただろうが、こういうお金の稼ぎ方を覚えてしまうと良くないと思い、母心で釘を刺して言ってみた。
 
 「500バーツも貰ったの?エアコンの部屋で座っているだけで。やっぱり、こういう自分の汗水流さないで得た大金は、簡単に使ってしまうものだよね。ジヤップやウワンのように。」
 
 「ねえ、覚えてる? あんたたちが小学生の頃、何年生だったっけ?兄弟3人で、植木屋のおじさんに雇われて、苗木の土入れをしたアルバイト。」
 
 「うん、すごいケチだって思った。だって、ビニール袋に土を10袋入れて1バーツだもん。全部で100袋、日が暮れるまでやって、貰えたのはたったの10バーツ。」と長女。
 
 私としては、まだ小学2、3年生で、かわいそうでもあったが、ああいう経験をして良かったと思う。

 
 それにしても、最初、ジヤップに「受け取れない」と断っていた長女だが、今朝起きたら、カレンダーを見て、
 「ナー•ジヤップが、また今度の16日も手伝いに来てって言うんだけど。これから毎回かな?」と何となく嬉しそうに、カレンダーを見ながら日を数えている気がした。

 もう、すでに金の力にハマってしまったのか、長男の言う通り、もうすでにウワンの傘下に入ってしまったのかも知れない。
 
 そういえば、タイに来たばかりの頃、主人の実家にいた私に、義母がさっそくフワイのメモの取り方を教えようとしていたのを思い出す。
 子供でも、外国人嫁でも使える者は使う、恐るべしフワイ天国「タイランド」である。


         長女をも誘惑する美人妻ジヤップ




更新しました!

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Posted by バットニャオ at 02:32Comments(10)TrackBack(0)タイ人の実態

2012年03月21日

お葬式に思う。

 先週の金曜日、いつものように主人の実家で義母を囲んでの食事をしていた。
ちょうど、その日はフワイ(宝くじ)の日で、義母の闇くじ販売の手伝いをしに泊まりで来ている、長兄とその奥さんもおり、賑やかに食事の支度をしていたところ、不意に義母の携帯が鳴った。

 何やら、義母の受け答えと様子から、何か事件があったのだということは分かった。
義母は電話を切った途端、次々に電話を掛けて何かを連絡している様子だった。

 その後、とりあえず一通りの連絡を終えたらしい義母が言ったのは、
「パー•ドゥアンが逝ったって。」
という事だった。

 パー•ドゥアンというのは義母の姉で、彼女はもう一年以上前からガンが見つかり、その手術を半年くらい前に受けたが、もう年齢もあり、あと半年の命だと医師から宣告されていたのだった。

 私たちもつい2週間くらい前に、病院から退院したという所を、自宅に見舞いに行ったばかりだった。

 そして今回も、先週くらいからお腹が妊娠したように膨れるという、死の近づいた症状になったので入院し、もう手の施しようがないのと、本人が自宅に戻りたがったので、自宅に戻って来てしばらくした後、静かに息を引き取ったらしい。

 私たちがタイに来て、私が出席したのでは、これが3度目の葬儀になるが、今までは2回ともお寺で葬儀を行っていたので、今回もそうだとばかり思っていたら、今回は自宅での葬儀だった。

 その自宅というのは、亡くなったパー•ドゥアンの子供の中で、ドイツ人のプア•ファランと結婚した娘が両親のために建ててくれた豪邸なのだが、家が立派だから自宅での葬儀なのかと思ったら、以前の2回の葬儀は自宅以外で亡くなったので、お寺で葬儀を行うという事なのだそうだ。

 そして、今回のパー•ドゥアンの場合は、自宅に戻ってから亡くなったので、自宅での葬儀となったらしい。

 タイの葬儀は「喪主」が遺族だけでなく、親戚や、近所の人など複数で一緒に「喪主」となる。
 主人も今回は義母に誘われて喪主になったので、亡くなった次の日から毎晩、ここから一時間も掛かるパー•ドゥアンの自宅に出掛けている。
 毎日、夕方出掛けては夜中の2時3時に戻って来るそうなので、だったら泊まり込めばいいのに•••と思っている。

 そして、今夜は通夜なので、私と子供たちも遺体に線香を上げるために出掛けて来た。

 遺体への挨拶はほんの一瞬で、後は7時から始まる予定だった、僧侶を招いての読経。
しかし、さすがはタイなのか、7時半になっても始まらない。
 タイなので、普通これくらいは当たり前なのだが、時間が時間なので、早くして欲しかった。
 ようやく始まった読経が済むと、今度は村の年寄りと言った感じの男性二人が掛け合うように、歌のような死者を送る言葉を延々と歌い始めた。

 幸い、お寺ではなく自宅の庭が会場だったので、プラスティックの椅子に座って足の痺れはなかったのだが、小一時間ずっと合掌したままだったので、明日は腕が筋肉痛になっていそうである。

 その読経中も、日本の葬儀のように神妙なものではなく、どこかで赤ちゃんが泣き始めたり、子供たちは遺体の祭壇の前を群れを成して走り回っていたり、皆が手を合わせている中、携帯メールに夢中になっているオカマの甥もいた。
 そして、後から遅れて来て、私の前の最前列に座った夫婦は、その奥さんが、僧侶の読経中に、席を外すでもなく、最前列に腰掛けたままその場で携帯電話で話し始めた。
 
 自分最優先のこの遠慮の無さは、「さすが、個人の都合を最優先するタイ人」の姿を見た気がした。
 

 ところで、話が逸れるが、先にも書いたようにこのパー•ドゥアンの家を建てた娘は、ドイツ人と結婚してから、ずっとドイツで暮らしている。
何年かに一度帰ってくるらしいが、今回の通夜には姿が見えなかった。
 
 明日は葬儀である。
彼女は帰国するのだろうか?

 親の近くにいても、死に目に会えないこともあるだろうが、外国に嫁いでしまうと、まず不可能に近いだろう。

 もうすぐ3年になるが、自分が父親の葬儀のために数年ぶりに日本に戻ったことを思い出した。
 そういうことでもなければ日本に帰れない、これが自分の選んだ道の結果である。




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Posted by バットニャオ at 01:49Comments(9)TrackBack(0)親戚の人々

2012年03月14日

信じる者は救われる?

 このところ、店の商売が何となく暇な日が続いている。
それに加えて、隣に住む義姉がここのところ、いつも以上にあちこちに出掛けているので、ここ数日、静かな日々が続いていた。
 その静けさが壊れたのは、今日の昼過ぎの事だった。

 いつも通り、店の中で商品チェックや片付けをしていると、店の前が急に騒がしくなった。
何だか、聞き覚えのある声で騒ぎ立てていると思ったら、案の定、義姉だった。
 確か、今日の午前中までは、姿を見かけないなと思っていたのだったが。

 どこからともなく帰って来るなり、義姉が大騒ぎをしているのは、先日、うちの主人に頼んで、近くの得意先の工場から売ってもらって来た、ドラム缶の代金を払ったという事だった。

 義姉は、私か長男に払ったと言い張るが、私も長男も絶対に受け取った覚えはない。
結局、しばらくして、家の中にいた長女が、昨日受け取ったが、長女にはそれが何の代金か分かっておらず、ちょうど店の前で義姉と話し込んでいた女性客が買った商品の代金だと思って、店の売り上げに入れてしまったということが判明した。

 最初、私と長男は、「お寺にばかり行っているから、とうとう頭がおかしくなったのかも。」と本気で思っていた。

 結局、義姉の言う通り、ドラム缶の代金は払ったという義姉の言い分が正しいが、我が家の方も、長女が店に出てくるというのは余程忙しいときで、その時に渡されたのでは私も長男も気がつかなかったということが分かったのだが、それで万事解決となると思ったら、それ以後、くどくどと義姉の文句が始まった。
 そして、話は我が家の前でオートバイを修理していた、義姉の一人息子の出家の話に対する愚痴に及んでいた。

 夏休みに帰省していた義姉の息子だったが、あまりに母親である義姉と意見が対立し、毎日文句ばかり言われるのがうるさくてたまらないので、夏休み中、近所の馴染みのお寺で出家して過ごしたいというのである。
 これに対しても義姉は反対し、その事で我が家の前で、機関銃のような早口&大声で喚き立てているのであった。

 普段、義姉は「徳を積んで、幸せになる」ために、毎日せっせとお寺に通い、どこかのお寺で行事などがあると、ピックアップの荷台に大荷物を積んで「ローン(グ)•ターン」と言う、炊き出しのような、無料の食事屋台を出店するために、他県のお寺でもどんどん出掛けてしまう。
 そして、そのお寺の有名な僧侶などのお守りなどをもらったり、買ったりしてきて主人に自慢しに来るのである。

 毎日、「自分がどれだけ『タムブン(徳を積む行為)』をし、どれだけ多くの『ブン』を積んだか」を自慢し、それを生き甲斐に生きているようである。

 先日の、親戚の新築式のときも、いつもは親戚付き合いとか、兄弟の集まりにはあまり顔も出さないのに、新築式の朝の僧侶への「タムブン」を目的に、前夜から一所懸命準備していたようで、その途中にも、「誰がたくさんタムブンをしたか、それが自分の徳になるんだよ。たくさんタムブンをすれば、それだけたくさんのブンが得られるんだ。」
 と、大声で叫びながら、まるで、自分だけがより多くの徳を積んで幸せになるのだと言いたげに、準備に走り回っていた。

 しかし、無信仰な私には、義姉のその姿が必死であればあるほど、地獄に降りて来た蜘蛛の糸にすがりつこうとする餓鬼のように思えた。

 義姉は、何を幸せだと思っているのだろうか?
毎日の義姉の生活を見ていると、今の生活がとても幸せなようには見えない。
 
 私にだって、毎日、不満や愚痴もたくさんあるが、それでも、家族揃って平穏に暮らせていることが幸せだと思う。

 しかし、義姉が毎日、夫や息子に対して、ガンガン文句を言って言い争っているのを見ると、どうして義姉は、毎日毎日お寺に通って「タムブン」をしているのに、心の平和とか安定がないのだろうと思う。

 不信心な私などに比べたら、義姉はもう数百倍、数千倍のタムブンをしているだろうし、もっと精神的にも落ち着いて、心の安定が得られてもいいはずなのに。

 義姉を見ていると、タムブンをすればするほど、そのブンに大して欲深くなって、より強欲な信者となっていくような気がする。

 ここに来た当初、日本では無信仰だった私も、年中行事で行われる仏教行事に参加したり、朝のタムブンなどを通して、タイ仏教を信仰しようかという気になったことがある。

 その頃は、朝晩の仏壇の前で経を唱えたり、お寺に行けば、やはり他のタイ人同様の三拝のあと、経を唱えたりということを倣ってしたものだった。

 
 しかし、その後この義姉の強欲な「タムブン」行為や、店に来るお寺の信者の有様を見るに付け、これがタイ仏教の信者の真の姿なのか?と疑問に思い、それがいつしか完全に不信感と嫌悪感に変わって行った。
 そして、以前は主人の言う通りに「仏教徒」を装っていたのだが、最近ではまた「無信仰」だと言い始めている。


 お寺の信者がうちの店で、お寺の伝票のツケで買って行く。
本来なら、自己負担でお寺のために仕事をするのが筋だと思うのだが、お寺の仕事はもちろん、自分の仕事で使う分まで、お寺の伝票でツケをしたりする。

 しかも、こういう事は無料奉仕かと思ったら、きちんとお寺から報酬を取っている。
その上、自分の車(トラクターや重機)が壊れたときには、調子良く、お寺のお金で直したりするようだ。

 さらに驚いたのは、お寺の伝票に付けて買って行った部品や工具、オイルなどを、実際には使わずに、売り飛ばしていた•••というのだから、もう呆れて物が言えない。
 
 

 こういう連中が「自分は熱心な信者」だと名乗っているのだから、私がタイ仏教不信になるのも無理はないと思う。

 本来なら、こんな連中にネジ一個でも渡したくないのだが、連中は「お寺のお使い」という大義名分を振りかざして来るので、要求された品物を渡さないわけには行かないのである。

 年に一度くらいであるが、お寺の行事などで沢山の寄付金が集まったときには、大僧侶様直々に支払いに来るので、遅い事は遅いが払わないわけではない。

 しかも、その大僧侶様は信者たちの行いも知っているが、さすがに心の広い方なので、何でも許してしまわれるらしい。
 
 だから、私が顔に苦渋の表情を露にしながらでも、この信者連中に物を渡さなければならないのである。


 タイ仏教、信じる者は救われるのか?
 私は、この信者たちの実態と、お寺で修行に明け暮れる僧侶たちとのギャップに苦しみ続けている。





 

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Posted by バットニャオ at 00:02Comments(8)TrackBack(0)タイ仏教

2012年03月05日

アリとキリギリス

 先日、昼過ぎに義母からの突然の電話で「プラー•ブック(淡水魚の一種)が手に入ったから、今晩食べにおいで。」という晩ご飯のお誘いがあった。
 そして、その翌日には、今度は長兄の奥さんから電話で「今晩、ラープ•ペット(アヒル肉の和え物)をごちそうするから、食べにおいで。」と呼び出され、またまた50キロメートル離れた長兄の勤務するバムネットナロン駅の宿舎まで出掛ける事になった。

 というわけで、どうもこの数日間、いきなりの親戚との晩餐が続いているのだが、明日は以前から予定されていた、看護婦をしている主人の上の姉の「クンバーンマイ(新居の完成祝い)」ということで、今夜はまたまた親戚が集まって、その前夜祭というか、明日の準備を泊まり掛けでするために集まったのだった。

 幸いなことに、私が店があるのと、翌日は長女がまだ期末試験が残っているため、食事会だけ参加して、主人を残して帰ってくることになっていた。

 
 明日は早朝から僧侶を招いてタムブンするために、その下準備に大量の野菜を洗って下ごしらえをしたり、一通りの準備が終わると、それぞれ夕食を食べたり、主人や義兄たちはウイスキーなどを飲み始めたが、まあ、今夜は主人は帰宅しないのだから••と放って飲ませておいた。

 さて、そろそろ、我々は引き上げるか•••と思って、それを言い出そうかどうか迷っていると、向こうのテーブルで飲んでいた主人の次兄が近づいてきた。

 以前からこの次兄はアル中に近いところがあって、酔っていないときは無口な方なのだが、酔っぱらうと癖が悪く、大昔の話を持ち出して絡んでくることが多かったので、酔ったときはなるべく近づかないようにしていた。

 酔った基準は、片言の日本語が混じりだす事。
 何故かというとこの次兄は、主人が日本に出稼ぎに行くよりも前に、パキスタンに2年、その後、日本に数年出稼ぎに行ったことから、多少の日本語を覚えているのだった。

 そして、普段の正気なときは、恥ずかしいのか、日本語など絶対口にしないのだが、酔いが回ると、昔の不平不満、細かい事を根に持っていて、それをほじくるように絡みだす。

 例えば、学生時代に、お母さんが自分には一日3バーツしかくれなかったとか、同じく日本に出稼ぎに行った義姉が自分にお土産をくれなかったとか•••。
 まあ、挙げればキリがない。

 そんな、次兄が帰ろうかどうか•••それをいつ切り出そうかと迷っていた私の側を通り掛かりに、私に話しかけて来た。

 「おい!今夜は泊まるのか?帰るのか?」と聞くので、私は、
 「帰る。」と答えると、
 「何で帰るんだ?」としつこく聞くので、誰がこんなところで寝たいと思うか!と内心思いながら、
 「カーイコーン(商売があるから)」と答えると、
 「この業突く張りが。○○(主人を呼んで)!お前の嫁は本当に業突く張りだな。」
と、言い放った。

 私は、この「業突く張り」という言葉に、内心ムカッとしたが、酔っぱらいを相手にしても時間の無駄なので、無視しておいた。

 しかし、家に戻って来てから、だんだん腹が立って来た。

 何で、あの次兄に「業突く張り」と悪口を言われなければならないのか?
 自分は、せっかく日本で数年間年中無休で働いて、稼いで来た財産を中古の車を一台買ったくらいで、特に何の事業も始めず、家でゴロゴロするだけで、数年のうちに使い果たしてしまった。

 そして、ちょうど日本から帰って来た弟(主人)に、自分の娘の授業料が払えないからと、借金をして未だに返していない。
 その後も何かと主人が助けたり、エンジンオイルなどの粗品の服があると、取って置いて、その次兄に上げたりしている。

 自分は牛飼いや農耕をしている以外は、ろくに働きもせず、昼間から酔っぱらっていることもしばしば。

 そんな次兄に「業突く張り」などと言われたくない。

 家に帰ってきて、こんなことを考えているうちに、ふとキリギリスに馬鹿にされたアリの話を思い出した。

 まあ、結局のところ、こんな酔っぱらいなど相手にしなければいい•••ということなのだろうが、相手がアカの他人ならともかく、主人の兄弟なので、もう顔を合わせないという訳にも行かないのが辛いところだ。

 とはいえ、毎回こういうことで気分が悪くなるのも嫌なので、これからは「食事会だけ参加」にして、「アルコールが入るときは参加したくない」旨伝えておこうと思う。
 内心は、全く参加しなければそれが最高なのだが。
  
 よくいる、「プア•ファラン(西洋人の配偶者)」のように、「タイ語ワカラナイ。ワタシハカンケイナ〜イ!」と言っていられると楽だな〜と思う。
でも、もう嫁として深入りし過ぎて、それにはもう遅いようである。 
 
 
 

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Posted by バットニャオ at 02:10Comments(11)TrackBack(0)親戚の人々

2012年02月29日

ノンブアラウェー交差点

 もうだいぶ前になるが、交通事故が毎週のように発生した時期もある我が家の真ん前にある通称「ノンブアラウェー交差点」

 私が見知らぬ人から、「家はどこ?どこに住んでるの?」と聞かれたら、「ノンブアラウェー交差点のところ」と答えておけば、まず間違いはない。

 その交通事故が立て続いた時期には、地元警察や地元の民間役員が指揮を執って、近所にある寺の有名な大僧侶を招いて、交差点の一角で、早朝から「タムブン・タックバーツ(寄進・托鉢)」と呼ばれる、僧侶をもてなし御祓いをしてもらった成果か、その後ぱったりと不可思議な事故がなくなった。

 「不可思議な事故」というのは、恋人同士の乗ったオートバイが猛スピードで赤信号に突っ込み、交差した道路を走行中のトラックに衝突したとか、どうしても「何で?」と首を傾げるような事故ばかりだった。



 その交差点で、一昨日久しぶりに、「キーーーッツ、ドーン!!」という、ブレーキ音に続く衝突音がした。

 それほど大きな音ではなかったので、最初は事故に至らないかったのかと思ったが、道路の脇の方で何やら罵声が聞こえたので、「あ、やっぱり事故か・・。」と気が付いた。


 事故の当事者同士が、お互いに自分の正当性を主張し相手を罵っているのが聞こえた。

 よく、「事故でとりあえず誤るのが日本人の欠点である、海外ではそれでは通用しない・・・」などと言われるが、ここタイだって、明らかに自分のミスだと分かっていれば、「いや~、ハハハ・・・。」などと得意の「タイ人の微笑み」で誤魔化して、事を穏便に済まそうとするのがタイ人である。

 ところが、今回は珍しく双方が言い争っている。

 そんな風景を遠目に眺めているうちに、交差点を通過する車の動きがおかしいことに気が付いた。
そして、肝心の交差点を見てそれを確信した。

 そう!交差点が「ウールー(エラー)」、つまり無茶苦茶になってしまっていたのだ。

 我が家の前の信号はいつまで経っても赤のまま、向こう側の信号は青のままらしく、乗用車もオートバイも大型も、ビュンビュンと猛スピードで交差点を通過している。
いつもなら、それもほんの数分なのに、今日はいつまで経っても変わらない。
 そうかと思うと、我が家の横からチャトラットに向かう交差車線の信号も青らしく、右側から突進する車両の列に少し遠慮しながらも、やはりかなりのスピードで直進する車が後を絶たない・・・。


 つまり、今回の事故の原因は、「赤信号の故障」らしかった。

 衝突した本人たちの主張も、お互いに「自分は青信号を直進しただけ」である。
交差する車線の信号がどちらも青信号・・という困った事態が事故を引き起こしたのである。


 さて、その2台の事故の審判がどうなったか、それは知らないが、その事故の後も、それから2日経っても、この「ノンブアラウェー交差点」の赤信号は未だに消灯したままである。

 朝と夕方の近所の学校の中高生が群れを成して、この交差点を通過する時間帯だけは、交差点の交番から警察官が出てきて、交通整理もどきをしているが、それ以外の時間帯は、それぞれの責任に任せて、点滅しない交差点を四方から来るそれぞれの車両がなんとかぶつからずに往来している。


 警察官も、その少しの時間帯だけの交通整理以外は、まったく出てこようともせず、交差点の脇に「信号故障中」とだけ書かれた200リットルドラム缶を置いただけ・・・。
 これで、交差点を通過する前に故障中だと分かる人がどれだけいるのか・・・。 


 我が家の前は、確かに田舎なのでバンコクなどの都市ほど交通量は多くないのだが、それにしても、ナコンサワンからチャイヤプムの中心部に入り、コンケーン、ルーイなど県に通じる主要道路なので、大型牽引車なども盛んに往来する。

 普通、日本の感覚で考えたら、「信号故障」となったすぐ直後には、関係者を呼んで修理を始め、一時間もしないうちに元通り・・と言うのが当然だと思うのだが、さすがはタイの田舎町・・・。

 
 もう今日で3日目に入るが、消灯したままの信号で、最初の事故以外は何事もなく日常が流れている。


 いったい、いつになったらこの交差点が元に戻るのか?
修理人がいないのか、それとも修理する予算がないのか?

 普段、この交差点で蓄えている交通違反(ノーヘル、免許不携帯など)の罰金はどこに行ってしまったのか?
やはり、こういうときのために徴収するのではなく、とっくに警察官たちの腹に蓄えられてしまったのかも知れない。



                
 問題の交差点と、我が家のちょうど反対側にある交番


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Posted by バットニャオ at 06:48Comments(4)TrackBack(0)タイの日常

2012年02月21日

通行人

 最近、我が家の前に通行人が現れた。
 
 ここで言う「通行人」とは、徒歩で通行する人間のことである。別に珍しくもなんともないと思われる方は、多分、都会暮らしなのだと思う。

 だが、ここタイの田舎では「通行人」自体が珍しいので、こんな些細な事でも気になるのである。

 バンコク辺りの都会では、歩道があり、公共の交通機関を利用したりする途中で人が歩くのは当たり前だが、ここイサーンのド田舎では、普通、通行人というのは滅多にいない。

 皆、10メートル先の隣近所に行くにも、「モータ(ー)サイ(クル)」と呼ばれるオートバイに乗って移動する。

 私は以前、50メートルくらい離れた近所の店によく徒歩で行っていたが、その度に、皆「どうしたんだ?」という物珍しそうな顔で見られたものだ。

 これには、タイ人の「面倒くさい事が嫌い」という性質とともに、徒歩で歩くと不審がられ、犬に追いかけられるという現象が原因であると思う。

 タイの犬は飼い犬か野良犬かの区別も難しいのだが、それぞれ自分の縄張りを主張するためか、自分の縄張りに他の犬はもちろん、見ず知らずの人間が入って来ても、吠えまくって追い立てる。
 ところが、その人間がオートバイに乗っていたり、車に乗っていたりすると話は別である。
たとえ、見ず知らずの人間でも、オートバイに乗っているだけで、単なる通行人として認められるらしい。

 中には、オートバイや車に体当たりする勢いで吠え立てる犬もいるが、徒歩の人間だと、遠くから歩いて行くだけで、すぐに犬の餌食になる。

 
 本題に戻ろう。
 
 先日の朝のことである。
いつものように、朝6時過ぎに店のシャッターを開けたところ、家の前に見るからに浮浪者と言った風情の男があっちへウロウロ、こっちへウロウロと行ったり来たりしている。

 私は、不審に思い、店の中に入って、商品棚の陰から様子を窺っていたが、そのうちいなくなったかと思ったら、また戻って来て、家の前にある石のテーブルの上に積んであった、雑巾にするはずのいらない衣類の山から、何故か長男の制服のワイシャツを掴んで歩き出し、すぐにそれを羽織ってどこかに歩いて行った。

 ちょうど早朝の通学時間だったので、バスを待つ我が子たちに何かあったらと心配して見守ったが、目的が果たせて満足したのか、その後戻っては来なかった。
 私は、その男の持ち去ったのが、いらないとは言え長男の制服だったので、名前も刺繍されてあるし、何となく嫌な感じがしたのだが、仕方ないと諦めて忘れることにした。


 ところが、その翌朝もまたその男はやって来た。
今度は、上半身裸で歩いている。
 いくら暑くなって来たとは言え、朝方はまだ多少は冷え込む。
昨日、Tシャツの上に羽織って行った、長男の制服はどうしたのだろう?

 またもや、棚の陰から見ていると、今度は昨日の衣類の山から、私が若い頃に履いていたコットンのギャザースカートを子供の枕カバーを作るために切り取った、つまり単なる大きめの布切れになったものをその裸の上半身に纏って歩き始めた。

 ここタイでは、「隣はヤーバーをする人ぞ」とでも言いたくなるくらいに、ごく普通の小中学生や、家に出入りする職人などが俗に「ヤーバー」と呼ばれる覚せい剤などに手を出している。
 こんな身なりで、ぼーっとしながら家の周囲をウロウロされたのでは、「まさか覚せい剤中毒者では?」と私が不審に思うのも当然である。

 これが日本なら、すぐに警察に通報したいところだが、ここはタイ。

 私が、「怪しい人が家の周りをウロウロしているんです。何とかしてください。」と懇願したところで、どうせ笑われて相手にしてもらえないか、「コンバー(気違い)だよ。放っておきなさい。」と軽くあしらわれてしまうのが関の山。

 とにかく、気分は良くないが、気にしないようにするのがタイ式だろうか。

 いつも、子供たちが無事バスに乗り込むところまで見送るのが習慣だが、この男の出現以来、さらに緊張感を持って見送るようになった。

 そうして、3日目の朝。
家の前の石のテーブルの上に積まれたいらない衣料品の山が消えていた。
そして、もうその男の姿もなかった。

 彼は、単に家の前に積まれたボロ切れが目当てでウロついていただけなのかも知れない。
或は、そうでないかも知れないが、そう思いたい、そういう事にしておこう。

 出来れば、もう二度と会いたくない、そんな通行人だった。




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Posted by バットニャオ at 03:17Comments(13)TrackBack(0)タイの風景

2012年02月10日

バンコク洪水の影響

 バンコクが洪水に見舞われて、多くの被害が出たのは、まだ記憶に新しい。
しかし、何事に於いてもそうだが、その記憶は日々を追うごとに薄れていくものである。

 ところが、我が家では、今頃になって洪水の影響が出てきたのである。

 それは・・・・。






 普通、タイの田舎に限らず、一般的なタイ式のトイレと言えば、膝を深く曲げて座る和風便器、トイレットペーパーは使用せず、用を足した後、横に設置してある水桶から水を汲んで洗ったり、便器を流したりするのが普通である。
我が家も以前は、そういう「浴室兼トイレ」というタイ式トイレを使用していた。


 ところが、5年ほど前にキッチンやトイレ、浴室の拡張工事をしたときに、今まで使っていた「タイ式浴室兼トイレ」を、浴室&更衣室とトイレを分割し、トイレに入りたいのに、誰かがシャワーを浴びていて・・などということのないようにした。
そして、その更衣室という発想もそうだが、トイレもタイ式に水で床がびしょびしょになるのではなく、基本的には「水のシャワーで洗浄するのだが、その後トイレットペーパーで拭く」という、タイのショッピングセンター式トイレにした(しかし、途中から水洗の調子がおかしくなって、便器を手で汲んで洗浄するただの便器にしたので、ちょっと手動が混じっているが)。

 そのため、タイに住み始めて以来、ティッシュペーパー代わりに家の中で使用する以外にはずっと使っていなかった「トイレットペーパー」を、家族全員が毎回使用するようになったのだ。

 こうしてここ数年、我が家では定期的な買い出しで必ず大型パックのトイレットペーパーを一度に2パックくらい買い込んで来るようになった。

 ところが!である。

 昭和のオイルショックではないが、今回のバンコクを中心とした、タイの洪水の影響なのか、我が家が毎回買い込んでいた、我が家での俗称「トラーマー(犬印)」が目印の「scott」ティッシュが店頭から姿を消してしまった。

 ここチャイヤプムにも、数年前ようやく3社の大手ショッピングセンターが進出して、今のところ赤字経営かどうかは別として、どこも何とか営業しているのだが、そのどこに行ってみても、トイレットペーパーの棚から、このscottティッシュだけが姿を消して、代わりに「ZILK」だとか、TESCOなどの安いが品質は落ちる、というメーカー品ばかりが棚の隙間を埋め尽くすかのように、強引に並べられていた。

 背に腹は代えられない。
ここ数年、水と共に紙を使うトイレに慣れてしまった我が家は、この水気を拭き取る紙がないと、どうも落ち着かない。
 仕方なく、今までなら見向きもしなかった安物メーカーの大型パックを買うことになった。

 そうして、ちょうど私が歯医者に行かなければならなくなった、2、3度目の買い出しの日だった。

 いつもはあまり入らない「BIG C」で買い物をしていたところ、もうほとんど諦めていたトイレットペーパーの棚の横の特設コーナーに、見つけたのだ!

  




 これぞ、我が家が求めていた、「お犬様印」のトイレットペーパー!
でも、何となくいつもの「お徳用サイズ」とはちょっと違う雰囲気である。

 注意深く読んでいくと.....。

 何と「สินค้านำเข้า ราคาพเศษ」の文字が......。

 しかもその下の方には、タイ語が読めない外国人にも分かるようにか、きちんと英語でも「Imported」の文字も。

 そうか、やはり今回の洪水で工場が操業出来なくなったとかで、商品が在庫切れなのだろう。もしくは、工場自体が撤退してしまったのかも知れない。

 これから、我が家のトイレットペーパーはどうすればいいのか。
こんなことで、悩んでいる場合ではないのは分かっているが、使用する場所が場所なだけに、我が家にとっては切実な問題なのである。
 
 どなたか、この製紙メーカーの事情に詳しい方がいたら、ぜひ教えて頂きたいと願う今日この頃である。


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Posted by バットニャオ at 02:28Comments(9)TrackBack(0)田舎の日本人

2012年01月25日

明日はトルット・チーン(中国正月)です。

 今年の我が家の居間のカレンダーは、タイ最大のオイル会社「PTT」から貰ったものにした。

 そして、今月のカレンダーを見た主人が、

 「あれ?今年は23日がトルット・チーン(中国正月)で、しかも「赤い日」(=つまり休日)だぞ!」と叫んだ。

 「え?いつもは違ったっけ?」と私。
「じゃあ、赤い日は公務の休日だから、公務員や政府関係者が皆中国人になったんだね、きっと。」と冗談を言った。

 そして、先週末学校から帰ってきた子供たちが、

 「月曜日は休みじゃないよ。」と言うので、結局今年も国家の休日には指定されていないことが判明した。(当然と言えば当然だが)

 それでも自分は年中無休でも、子供のいる休日が好きな私は何かの間違いでも休みになっていれば、と言う淡い期待を持って、他の数社のカレンダーを確認してみたが、結局赤い字になっていたのは、「PTT」のだけで、他は普通に「トルット・チーン」と書かれているだけだった。
 要は、会社の休日を記しただけだったようである。

 と、ここまで書いて、時間がなかったので一休みにしたら、結局、「明日は」と書いたのに、数日過ぎてしまって、肝心のトルットチーンが終わってしまった。

 当日は、早朝というか、夜中の3時から起きてお供え物の準備をし、それを車の荷台に乗せて、4時に子供たちを起こし、5時前には義母の待つ主人の実家に到着していた。

 それから、豚肉、鶏、あひる、果物、酒などの供え物を急いで並べ、それぞれ順番に線香を上げた。

 その後、主人は義母と朝ご飯を食べてから帰ってくる予定だったのだが、もう7時を過ぎた店先で、客が待っているという連絡があったので、急いで帰ることになった。

 毎年、我が家のトルッとチーンは、義母や隣のウワンの家の供え物のお裾分けをもらうのが普通だった。
 主人の言い分は、「義母は中国人の子供だけど、自分はタイ人である。中国人ではないからトルットチーンなんて関係ない。」というのがいつもの主人だった。

 それが、今年はどうしたわけか、主人が「実家に行って、供え物をして線香を上げて来よう」などと言い出したのだった。

 何か、やましいことでもあるのか、最近の行動がどうもおかしい主人である。

 
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タグ :中国正月

Posted by バットニャオ at 07:08Comments(9)TrackBack(0)タイの風景

2012年01月21日

警察の不祥事

 昨日、久しぶりにネットで日本のニュースを見ていたら、ヤフーの記事に『警察の不祥事』という見出しで、「警官が自転車に乗り携帯電話」というのが出ていた。

 確か、50代の男性巡査部長が自転車に乗りながら携帯電話で電話していて、歩行者の足を踏んだことが問題だったらしい。

 これを読んで、改めて日本の社会の厳しさを実感した。

 こんなことが日本のニュースのトップに出るなんて、本当に日本社会というのは、規律や規範というのに厳しいのだと思う。

 タイに数年住んでいるだけだが、タイの警察の実態はだいぶ理解してきた。
このレベルの話など、問題にもならないだろう。

 「不祥事」というからには、どんな凄い事件を起こしたのかと思ったが、自動車でもオートバイでもなく、「自転車」というのに、笑ってしまった。

 そうだ、日本の「おまわりさん」は、自転車で勤勉に巡回などしているのだな。
その途中で、電話が鳴ったとか、つい走ったまま会話してしまったのだろう。

 タイの警察に比べればかわいいものだ。
 
 一般庶民には、ヘルメットを着用、携帯通話禁止、シートベルトの着用を義務づけ、その不備を理由に罰金や袖の下をかき集めているが、自分は警官の勤務中でも、ヘルメットはかぶらない、携帯電話はする、など自分のことは棚に上げっぱなしで、弱いものいじめばかりしている。

 警察署の宴会資金がなくなると、売れない田舎歌手のコンサートを開催し、そのチケットをこれまた一般庶民に押し売りにやってくる。
それも、一枚100バーツくらいなら許せるが、一枚1000バーツ単位で、何枚も買わせるのだから困ったものだ。

 うちの主人なども、「どうせ行けないから、気持ちだけお手伝いします。」
と言って、500バーツ払って済ませようとしたら、
売りにきたおばさん警官も、「いえいえ、それは困ります。どうぞ、ぜひ見に来てください。」と無理矢理押し付けて、1000バーツを奪っていったこともある。

 警官が飲酒運転で事故を起こしたなどというのは、タイでは日常茶飯事だし、我が家の前の交差点の信号を無視して行く警官もよく見かける。

 そういう環境なので、この「警察の不祥事」という見出しに、この程度で不祥事になる日本という国は、本当に規律ということに対する厳しさがあって、素晴らしいなと思ったのである。

  
タグ :警察不祥事

Posted by バットニャオ at 08:16Comments(8)TrackBack(0)タイ人の実態

2012年01月12日

親しき仲にも礼儀あり。

 このところ、中3の長女は思春期なのか、反抗期なのか、イライラしている時間が多く、ご機嫌斜目である。

 そういう事情を知ってか知らずか、父親である主人が余計なからかいをしたりするのだが、反抗的な態度で向かってくるので、先に手を出しておいて、主人が逆ギレして罵倒やお説教が始まったりするので、側にいる我々もいい迷惑である。


 そんな微妙な関係の主人と長女だが、今日も学校から帰って来た途端、大好きな韓国アイドルの番組を見るため、テレビの前から動こうとしない長女に、主人が文句を言い始めた。

 その内容は・・・・。

 「お前は、家に帰ってきても、何も手伝いもしないで、テレビの前で番をしている。お母さんを見てみろ、洗い物もあるし、洗濯もあるし、ご飯の支度もしているのに、何で何も手伝おうという気がないんだ。そんなことで、お前に子供が出来たとき、子供を使えると思っているのか。俺が子供のときは、毎日お母さんの手伝いをして学校に行ったもんだ、それも小学生になる前からだ。お前はもう中学3年生なんだから、少しは考えろ!もう大人になるんだぞ。それに、そんなアイドルなんか見ていて、学校で1番の成績が取れるのなら、俺も文句は言わない。どうだ、そんな番組を見ていて、1番になれるのか?え?どうだ、何とか言って見ろ!」

 こんな捨て台詞を残し、入浴しようと風呂場に入って行ったところ、テレビの前で聞いていた長女が、

 「だったら、自分が手伝えばいいじゃん。自分だって何もしないくせに。」

と、独り言のようにぼやいたところ、それを耳ざとく聞いた主人が、タオルを巻いて風呂場から出てきて、

 「何だと!!お前、今、何て言った?え?もう一度言って見ろ!え?え?ほら!言って見ろって言ってるんだよ!」

・・・などと絡みだした。

 私は、これで手でも上げたら嫌だな・・・と思っていたが、子供に滅多に手を上げない主人は、何とか手は上げなかったが、最後に、

 「こんなことなら、最初から口に灰でも詰め込んでおけばよかった。」と言い残して、その場を去った。

 
 私は、これを聞いて、これは言ってはいけない言葉だな・・・という感じがすごくして、この言葉が気になったまま、今、この夜中に置きだしてきて、ここに書いている。

 「口に灰を詰め込む」というのは、「赤ちゃんの口に灰を詰めて窒息死させてしまう」ということ、つまり「赤ちゃんのうちに殺しておけばよかった。」という意味である。

 私は、こういうことを平気で口にする神経が未だに理解できない、いや理解したくない・・と言った方がいいだろう。
意味は分かるが、仮にも自分の子供に、面と向かってそういう事を言うのはどうだろう。

 「お前なんか生まれてこなければ良かったのに。」と言っているようなものだ。
つまり、その人間の存在価値を否定する言葉である。

  

 以前、こういうことを聞いたことがある。
主人の母のところに、兄嫁が「子供が具合が悪いから、栄養のあるものでも食べさせてやりたいのでお金を貸して欲しい。」とお金を借りに行ったところ、ちょうどその兄嫁と関係があまり良くなかったらしい義母が、

 「(それくらいで死ぬんなら、)死んでしまえ。」と追い返したという話だ。
まあ、これはその兄嫁が言った話なので、偏見があるかも知れないし、他の背景とか事実関係はどうだったか分からないが、こういう「死ね」というような暴言を、かなり頻繁に、簡単に口にする・・とは思う。

 「親しき仲にも礼儀あり」というが、こういう言葉は余程のことがない限り、いや、余程のことがあっても、口にするべきではない言葉だと私は思うのだが・・・。

 これがタイ人全般に通用するとも思えないが、思ったことは次の瞬間には発言しているというのは、基本的なタイ人の性格ではないかな・・と思う。

 そういう意味で、いろいろなことに遠慮して、はっきり物を言わない長男は日本人タイプ、何でも思った瞬間に発言している長女は完璧に主人の血筋を引いていると思う。
 しかも、何か言われたら言い返さないと気が済まない・・・というか、ピンポンの壁打ちのように、勝手に言葉が跳ね返ってしまうようだ。

 よく、長男と二人で、「あ~あ、何でああいう事いうかな~?」とか、「黙って、ハイハイって言っておけばいいのに、どうして黙っていられないんだろうね。」などと、日常化したタイ人父娘の戦況を観戦する日々である。



   家庭の事情とは関係なく、どこでもよく寝るココ。


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Posted by バットニャオ at 03:02Comments(7)TrackBack(0)タイ人の実態

2012年01月02日

続・一期一会~ロット・タイのその後

 前回からの続きです。


 


 年も押し迫った12月の下旬にやってきたのは、よくいるタイ人の集団見学の軍団だった。

 本当に、タイ人というのは、余程ヒマなのか、根っからの野次馬根性の強さなのか、誰かがどこかに出掛ける・・というと、家族はもちろん、親戚、はたまた近所のオジサン、オバサンや赤ん坊まで芋蔓式に付いて来る。

 私や子供たちは、家で自分の時間を楽しむのが何よりも楽しいと思うので、強制的に行かなければならないとき以外は、できれば家にいたいほうだが、彼ら一般のタイ人はどうもそうではないらしい。

 
 というわけで、今回のロット・タイ見学・査定にも、紹介料として分け前を啜りたいチャン(修理工)が引き連れてきたのは、買い主になる予定の男性以外にも、4,5人の近所や親戚の男性たちがいた。

 その彼らが散々見た挙句、主人に2000バーツの手付け金(というにはあまりにセコ過ぎるが・・)を払って引き上げて行った。

 その夜、散々待たされて、もう諦めていた長女は、2000バーツという手付金に、「どうせ買う気なんてないよ。」
とふてくされていたが、私だって、もし2000バーツ手付けしたら、もったいなくてキャンセルなどしないと思ったが、その翌々日、今度は「ご主人様」である奥さんを連れてやってきた。


 結局、私が店を仕切っている間に、主人とその買い主たちとの間で話がどんどん進み、家の前を占拠していた買い主の連れたちも加わって、売買契約書などが作成されてたらしい。

 その後、時間の空いた私に主人がコピーを取れと言うので、取ったのだが、その戸籍書類の中で、買い主の家の中の勢力図がはっきりした。

 戸籍主には男性がなっているのが普通だが、その買い主の戸籍は奥さんが戸籍主で、その旦那は同居人になっていた。
年齢も奥さんが2つほど上で、やはり奥さんが年下でさえ、頭が上がらないのがタイ人男性の成れの果てなのに、これでは奥さんにお伺いを立てないでこんな高い買い物を勝手に決められるわけがないのが見て取れた。

 そして、よくあるのだが、タイ人女性(これはタイ人に限らないかもしれないが・・)の買い物に対する値切り根性の図太さに開いた口が塞がらなかった・・・。

 当初38万バーツで設定した売値を37万で売ることにしていたが、この紹介料を啜ろうとするチャン(修理工)の頼みで、買い主には「40万バーツ」と言ってあった。(つまりこのチャンは、客を連れて来てちょっとアドバイスをしただけで、3万バーツを丸々自分のものにし、しかもその何も知らない客から、今回買ったロット・タイの修理を請け負いさらに甘い汁を啜るのである。)

 そして、もともと「現状でこの価格」と言ってあったのに、「あれが壊れている・・こっちが悪い・・」などといろいろ粗捜しをし、「現状」と言ってあるのに、結局主人が、前タイヤやいくつかの部品を新品と取り替えてその価格を半額に負けてあげる・・という話になっていた。
 ところが、奥さんが来たら、「ハンドルのポンプは新しくしてくれないの?」(一個5千バーツくらいする。)とか、「この追加の部品代は全部おまけにしてくれないの?」(全部で1万バーツ近くする。)
などと図々しいことを言い出した。

 私は普段の商売でも、女性客は特に苦手である。
部品や車のことなどよく分からないくせに、「負けろ負けろ」とばかりせっつくからである。
まるで、「相手に負けさせなければ、自分の負けだ。」とでも思っているかのようだ。
 
 私たちは、その辺の石ころを拾って売っているわけではない。
家の前の粘土を固めて部品を作っているのでもない。
こっちには購入した価格があって、それに利益を足して売っている。利益がなければ誰が商売などするものか。
・・・と喉元まで出掛かる言葉をいつも飲み込んでいる。

 だから、私はこの商売を始めて以来、むやみに値引き交渉はしないことにしている。
負けるかどうかは、店の側の良心に任せている。
 
 うちの主人のように、客の利益を第一に考えて、こっちが値段を間違えて多く取ったときには、たとえ1バーツでもその分を取り分けて置いて、次に来たときに返す・・・(私は、こっちが損をすることもあるのだからお互い様くらいに思っているのだが・・)などという店主もいれば、この前街中の衣料品屋で子供服を買ったときに、「199バーツ」の9バーツどころか、4バーツも負けたくないらしく、必死で釣銭1バーツの両替に走っていたおばさん店主もいた。
「ああ、この人はどうしても負けたくないんだな・・。」と可笑しくなったものだ。


 話は逸れたが、こうしてご主人の奥さんにいろいろ言われ、なんだかんだおまけした結果、主人のロット・タイは40万バーツで売る話に収まった。

 しかし、今回持って来たのは、そのうちの30万バーツと付加した部品代。
残りの車両代・10万バーツは来年の正月までに払うという事になっている。

 何と気の長い話である・・・・。
長女を始め、我が家の子供たちも私も「はぁ・・?」と言ってしまった。

 まあ、それは買い主の良心から長めに言っておいただけで、もしそれ以前にサトウキビを売ってまとまった金額が入れば、先に払うと言うことだった。
それに今回は、主人には珍しく、その残金に利子も計算するらしい。


 結局、我が家に入るのは37万バーツとその残金の10万バーツの利子である。
しかし、妙に律儀な主人は、この迷惑ロット・タイの話を持ち込んだ、ルン・ウワンと主人の母に、ロット・タイが売れたからということで、それぞれ1万バーツ渡すらしい。

 ルン・ウワンは主人が買ったことで、回収不可能だった賭博の借金をほとんど回収できたのだし、義母も別に何をしたというわけでもない(私にしてみれば余計なやっかい話を持ち込んだ・・と言いたいくらいだ。)のだから、別に上げる必要もないと思うのだが、主人が上げたいならそれはそれで構わないので、何も言わないが・・・。

 でも、37万バーツから2万バーツ、元金が31万バーツ、ガソリン代、運搬代、その他諸々の経費それに迷惑代を入れたら、結局何も残らないような気がする。

 一期一会・・・本来の意味とは異なるが、本当にもう二度と会いたくないような出会いであった。
 
 


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Posted by バットニャオ at 03:30Comments(10)TrackBack(0)タイの常識

2011年12月30日

一期一会~ロット・タイ(トラクター)のその後

 それは、先週のある朝のことだった・・・・。

 いつものように年末が近いせいか、朝から店が忙しく、何人もの客が同時に買いに来たり、そうかと思うと、一人終わるとまた次が・・・というように、息付く暇もなく、昼近くになってもまだ朝ごはんも食べていない・・という日だった。

 さあ、今度こそこの暇に朝ごはんを食べるぞ!・・と思っていたところ、家の前を二台のピックアップトラックが通過し、家の横に停めてあるロット・タイ(トラクター)の方で停まった感じがした。

 
 それ以前にも、冷やかしや値段を聞くだけ・・などで一日数人の客がロット・タイを見に来ることがよくあった。
そのたびに売れるかな・・?と期待に胸を膨らませていた長女も、最近では「もう誰も買わないよ。」などと半ば投げやりな口調になっていた。

 それ以前にも、あまりにも客が塗装もはげたり、錆びた部分も目立つ外見に文句を付けるので、このままで値段を上げずに売るはずだったのを、思い切って塗装もやり直し、外見を新品のようにして売るか!と内部の整備をし直すために、部品を外し始めたら、修理工だという人が来て、「明日、知人を連れて見に来るから・・元の状態にしておいて欲しい」(知人に売って、うちから紹介料を貰い、自分が修理をして修理代を稼ぐため)などと言い、せっかく外し始めたのを元に戻して待っていたら、何日経っても来ない・・・ということもあった。

 そんな経緯から、家の中では、「売れなかったら、自分で乗ればいいよ。」という主人、(乗ってどうするんだ?また副業で畑の耕作でも請け負うのか?)「新品同様に仕上げて金持ちにしか買えないくらいに、値段を吊り上げちゃえば?」という私・・・とそれぞれの思惑が交錯していた。

 
 ロット・タイが我が家に来てから、家の中から見える横庭に置かれた、その車体は最初は「売れない売れない・・」と目障りな存在だったが、最近ではその古びたロット・タイがあることが普通になっていた。


 そうして、そんな朝にやってきた客は、最初はいつものように冷やかし客かと思っていたが、二台のピックアップで来た4,5人の客は、しばらくロット・タイを取り囲んでいたり、こっちの店の前に来て主人を呼んだり、そうしてまた見に行ったり・・・と行ったり来たりを繰り返していた。


 そんな客の行動にも、忙しさのあまり大した興味も示さなかった私だったが、小一時間ほど観察をした後、結局引き上げて行ったのは確認していた。

 ところが主人とは、かなり話を進めていたようで、その日のうちに手付け金として、手持ちの数千バーツを払って行ったらしかった。
何十万バーツの買い物に数千バーツの手付け金というのは少なすぎるが、手持ちのお金で急いで手付けしたというのは、かなり本気なのだと思われた。



 ・・・次回に続きます。



 




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Posted by バットニャオ at 08:36Comments(4)TrackBack(0)タイの日常

2011年12月21日

寒波到来・・・。

 先日、店が忙しくて、朝から洗って置いた洗濯物を干す時間もなく、日が暮れてから二階のベランダに行って干していると、どこからともなく聞き覚えのあるセロのような音色が耳に付いた。
 セロの音色と言っても、メロディーを奏でているのではなく、ただ単調に繰り返し弾いているような音である・・・。

 そう、以前このブログにも書いた『ワーオの音色』 (http://mic.namjai.cc/e5246.html参照)が聞こえる季節になったのだ。

 昨年は、ほとんど・・というか、聞いた記憶さえ残っていないのだが、今年はすでに年末から揚げている人がいるらしい。

 確か一昨年、私が表現したのは、『ハメルンの笛吹き』を連想させる音色だったのだが、今年聞いていたら、私の頭の中に浮かんだのは『セロ弾きのゴーシュ』だった。

 まあ、作品は異なるが、つまりは空想力をかき立てるような、不思議な感覚の音色だという事である。


 
 前置きが長くなったが、つまりこの季節になると、タイでも長袖シャツが恋しくなり、我が家の名前入り長袖Tシャツの要望も日毎に強くなる。

 今日も、この前、一度貰ったはずのお客が、「服一枚くれよ。」というので、「あれ?この前上げたでしょう?」と聞き返すと、へらへら笑いながら、「いや~、最近、めっきり寒くなって、着替え用にもう一枚欲しいんだよ。」などというので、私は、「数に限りがあるので、お一人様一枚になってるんですよ。まだ貰ってない他の人にも上げなくちゃなので・・。」と言いながら、内心「寒けりゃ市場で一枚35バーツでくらいで売ってるんだから、自分で買えばいいでしょ!全部もらい物で済ませようって思ってるのか?」と思いながら適当にあしらったが、まあ、ここのところの寒さでは、もらい物で済ますか自分買うかはともかく、長袖の服が恋しくなるのは仕方がない。

 というわけで、我が家も例年のごとく月に一度16日の定期市で、主人に「マオ・タラート(市場を買い占めた)したの?」と冷やかされるくらい、両手にいっぱいの袋を抱えて買い込んで来た、日本・韓国・中国からの「輸入物の古着」を着て今年の冬も乗り越えるのである。

 


                     市場に構えた古着屋キャラバンの店先


 ところで、この古着屋という稼業、正規で輸入という人もあるのだろうが、私はどうしても、外国などからの国際援助などの横流し・・のような気がしてならない。
 今年は、バンコクで世界的に知られた洪水による被害が発生したので、もしかしたらその支援物資などの横流しで、この古着業界にも商品が豊富になるような気がする。
 まあ、これはあくまで私の推測に過ぎないのだが・・・・。


更新しました!!

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Posted by バットニャオ at 02:54Comments(6)TrackBack(0)田舎の生活

2011年12月13日

タイでの商売

 久々に更新をしたと思ったら、もうすでに10日が経ってしまいました。

 本当に最近の忙しさと言ったら、こんなタイの田舎でもまさに「師走」なのです。


 先月の第4週の土日に一度、今月の第1週の土日と二回に分けて、例年通り家族総出で、年末の「粗品」となる店の名前を刷り込んだシャツの印刷作業に精を出しました。

 今年は、5歳の末っ子・ミックまで、走り回ってシャツに挟む板の回収を手伝い、まさに家族総出。
主人が、
 「これで、子供たちが大学にでも入って家を出たら、この印刷作業も早めにシャツを注文しておいて、学校の長期休みに子供たちが帰省したときにやるしかないな。」

などと言うので、私は、
 「子供が家を出たら、シャツの注文から印刷まで全部業者に任せればいいじゃん。そこまでして自力でやらなくても・・。」
と内心思ったのでした。

 

 その作業が終わると、今度は来る客来る客の顔を見て、なるべく重複しないように、出来上がった店の名前入りシャツを配って行きます。
 そのたびに、いちいち
 「あれ?この人、もう渡したっけ?」と考えたり、主人とお互いに確認したりしているので、いつも以上に神経が疲れます。
しかも、店の売り上げもオーク・パンサーの景気のよさで、次々と誰かしら来て客足が途絶えないので、夕方店を閉める頃には、ドッと疲れが出て、
 「あ~疲れた・・・。」が口癖のような毎日が続いています。

 
 と、そんな毎日の連続で、本当に一日一日がすぐに終わってしまいます。
気が付いたらもうすぐ、今月の半分が過ぎてしまうので驚いています。


 さて、そんな毎日ですが、今日ブログの前書きを読み返してみたら、「そんな生活で、湧き出るストレスを吐き出そうかと・・」というブログ紹介文を読んで、「そうだ、このブログの基本は、うちのタイ人相手の商売から来るストレスだった」ことを思い出し、久々に商売でのちょっとした出来事を書いてみようかと思いました。

 基本的に、「タイ人の買い物は値切るのが基本」とよく言われますが、よくいるのが、勝手に値段を決めてくる客です。
例えば、こちらが「300バーツです。」などと商品の値段を言うと、「200バーツで十分だろ。」などと、店主の値段設定を無視して、勝手な値切りをする客。厚かましいにも程があります。

 それから、いつも「アホか?」と言いたくなるような質問が、「それで、どっちがいいの?」です。
例えば、こちらが「これは普通品で100バーツ、こちらは良品で500バーツです。」と説明しているのに、「それで、どっちの方がいいの?」と聞く客がよくいます。
 仕方がないので、「だから、こっちは普通品。こっちは良品。100バーツと500バーツです。」ともう一度丁寧に説明するのですが、それでもまた「で、どっちの品の方がいい?」と聞き返す客・・・。
 まるで、幼稚園児に初めての足し算を教えている気分です。

 「『普通品で安い』って言ってるだろう!高い品の方が質が悪かったら、どこの誰が買うんだよ!!」と内心、客の物分りの悪さにイライラしてしまいます。
 なので時には、「もし、高い品が悪かったら、誰も買う人なんていないですよ。」と、少し引きつった笑みを浮かべ、やんわりと切り返します。

 そして、厚かましいのか、物分りが悪いのか、それを足したようなことを言うのが、
 「安い物と良い物、どちらにしますか?」と聞くと、
「安くて、良い物を」と答える客・・・。

 私は「そんなものは世の中にはない!!!!」と言いたくなります。

 それから、今日いたのが、壊れた部品の交換部品を買いに来て、「今度は良い物だから、これならもう壊れないだろ?」と聞かれたのですが、私は思わず真顔で、
 「世の中に壊れない物なんて有りません。形あるものはいつか必ず壊れます。」と答えてしまいました。

 この商売を始めて早9年、さすがに接客にも慣れて来ましたが、未だに慣れないのが、ときどき来るお坊さんへの接客です。

 お坊さん用語などにあまり慣れていないので、主人がいるときは、なるべく主人に任せてしまうのですが、一人のことも多いので、「お坊さん接客の基本」だけは、マスターしました。

 これは、タイの観光本にも必ず載っている基本事項ですが、「女性はお坊さんに触れてはいけない。」のです。
観光なら単に避ければいいのですが、商売ではそうは行きません。商品や金銭の受け渡しが基本だからです。
 
 接客のときでも、寺男のような付き人が一緒のときはその人を介せばいいのですが、最近のお坊さんは近代化してきて、徒歩どころか、自分で車を運転して来るようなお坊さんも増えたので、直接接客する機会も増えました。

 まず、要求された商品を渡すのですが、そのときは私がどこかに一度置きます。
そして、その置かれた商品をお坊さんが手にとって見て、買うかどうか決め、買うとなったら、また一度どこかに置き、それを私が袋に入れます。
 そして、その袋ごとまたどこかに置いて値段を言うと、お坊さんがお金を出しどこかに置き、それを私が拾うように受け取り、商売完了です。
おつりがあれば、またおつりをどこかに置き、お坊さんが取って行きます。

 つまり、お互い触れない、同時に同じものを触らない(手渡しは厳禁)のが、女性店員のお坊さん相手の商売の基本です。
 
 はっきり言って「面倒」です。でも、これがタイの常識なので、それに従うしかありません。
私自身は、以前は信仰しようと思ったこともありましたが、今は全くその気がなくなったので、私自身には無意味なのですが、これがタイの慣習なのでその行為は形だけですが、真似せざるを得ません。
 

 こうして、私の平々凡々な『イサーンで埋没』した生活が続いて行くわけです。
これからも、こんな日々の出来事を綴って行きますので、お暇なときにはまた読んで見てください。

 今日は、少し初心に戻ってみました・・・。



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Posted by バットニャオ at 02:35Comments(10)TrackBack(0)タイでの商売

2011年12月02日

ご無沙汰でした。

 タイ、主にバンコクを中心とした洪水がテレビの画面を賑わせてから、いつのまにか、2ヶ月近くが過ぎてしまいました。

 前回の更新がオークパンサーの記事なので、私のブログももう一ヶ月半ほど更新が途絶えていたことになります。

 先日、私の消息(笑)を心配してくださった読者の方から、メッセージを頂いて、改めて長い間更新がなかったことに気が付きました。

 こちらイサーン地方では、直接の洪水被害はないものの、バンコクからの物流が途絶えたり、陸運業者の集まる「プッタモンコンサーイ2・3」地域が洪水で壊滅的な被害らしく、我が家で注文した自動車部品も水の中に沈んだり、あるいは、運送業者が廃業してしまい、我が家の町まで来る業者がなくなってしまったり・・と間接的な被害を受けています。

 そのため、週に数回、30キロ離れた隣町の友人宅に配達された荷物を受け取りに行ったり、先週は主人が自家用車でバンコクまで荷物を集荷に行った・・ということもありました。


 そうは言っても、直接洪水の最中におられるバンコク在住の方に比べれば、大した被害もなく、とりあえず日常的な生活を送っていられるので、贅沢は言えません。

 
 しかし、このブログの更新が途絶えた理由は、他にもあり、新学期に入ってからの末っ子の登校拒否(単に休み中のぬるま湯生活に慣れてしまったので面倒くさいらしい・・・)に伴い、夜末っ子に合わせて就寝する生活が続き、夜中に起きだしてブログの更新どころか、ネット鑑賞・・・さえも出来ない日々が続いていました。

 しかも、夕方から子供たちが宿題のために、このノートブックを占領するので、もうパソコンに向かう暇もないくらいの日々・・・。

 しかし、今回頂いたメッセで、こんな私のブログでも楽しみにしてくださる方がまだいる・・・ということに気づき、慌てて早朝に目覚ましを1時間早くセットし、朝食の支度の前のこの時間に大急ぎで書いているわけです。
(とはいえ、実はあと1時間、つまり2時間時間を見て朝の3時にセットしたのですが、結局4時になってしまいました・・)


 こういう、言い訳を書いているだけでも、こうして長々と書いてしまうのですが、次回からはなるべく短期間での更新を目指しますので、改めてこれからも宜しくお願いします。


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Posted by バットニャオ at 07:07Comments(10)TrackBack(0)

2011年10月15日

今年のオーク・パンサー

 先日、10月12日は今年の「オーク・パンサー」(「カオ・パンサー(安居節)」が終わる日)であった。

 「今年の」というのは、毎年日付が変わるからである。
だから、主人を始め、当のタイ人たちも、毎年の暦が出るまでは、その年の「カオ・パンサー」や「オーク・パンサー」の日が分からないのである。
 普通は皆、大体で生活しているので、「7月の何日かに、『カオ・パンサー(安居節)』に入り、10月の何日かに『オーク・パンサー』になる。」程度の認識でしかない。

 しかし、当月になって、その日が迫ってくると、本来のところ数ある年間の仏教行事の中でも、タイ人の生活に密着した庶民レベルの行事でもあるので、タイの正月『ソンクラーン』同様、その準備にそわそわし始める。
中には、ソンクラーンの水掛け同様、フライングでやってしまう子供や若者も多い。

 それが、オーク・パンサーの「パタック(爆竹・花火)」である。

 
 さて、今年の我が家は、昨年調子があまり良くなかった主人も一月の手術後すっかり元気になったので、今年は張り切って、10月になる前から、

 「12日はお母さんの家でご飯を食べよう!」と言い出だしたので、何の日かと思っていたら、今年のオーク・パンサーだったと言うわけである。
 
 それまでも、大体毎年出掛けていたが、カオ・パンサーとオーク・パンサーには、実家の近くのお寺にある、主人の父の墓に線香を上げに行く・・という、日本で言えば『お彼岸』のようなものである。(その意味合いは異なるがかも知れないが・・)


 そういうわけで、先日は店を早々(と言っても6時過ぎ)に閉め、家族揃って、義母が待つ主人の実家に出掛けた。

 こういう場合、日本ならもう小学高学年や中学生くらいにもなれば、こういう行事への参加や、親と出掛けるなどということに抵抗を感じたり、単に面倒くさがったりして、同行しないという気がするが、タイでは、こういう行事に参加するのはごく当然である。

 実際、我が家の子どもたちも、どこでも出掛ければ嬉しい幼稚園児のミックはさておき、もう中学生になった上の3人は、出来れば家で自分の好きなことをしていたいところだが、祖父の墓参り、祖母を訪ねて一緒に食事ということには、父親の気持ちを尊重して・・という配慮があり、何のためらいもなく従う。

 祖父の墓参りは大切なことだと言うこと、祖母との食事は、孫である自分たちを連れて、一人暮らしの祖母とたまにしか出来ない食事を楽しみたい・・・という父親の気持ちを十分理解しているからである。


 さて、そういう事情で家を出、途中の町にある大きな市場で夕食の材料などを仕入れ、義母の家に着いた。

 私と長男で義母の手伝いをして、食事の準備をしているうちに、主人と長女、次男とミックが墓参り用グッズを仕入れに出掛けた。

 ここで大事なのが、蝋燭や線香はもちろんのこと、この行事の子供たちにとっての楽しみ、「パタック」(爆竹)である。

 もう、このオーク・パンサーの数日前から売り出されているが、当日、もしくは前夜くらいしか、爆音のする爆竹などは鳴らせない。

 それ以外の日に鳴らしたりすると、警察に捕まる・・と言われているからである。(実際捕まった人は知らないが・・)

 ところが、この日は無礼講なので、もうあちこちで「バン!バン!バババンン!!」とけたたましい爆音が響き続ける。


 家のすぐ脇などでも、所構わず鳴らしてくれる。
心臓の弱い人などは、これが死因にでもなるのではないか・・?と思ってしまうほどである。

 そんな中、食事の準備を終えてから、先に祖父の墓参りに出掛けた。

 毎年、徒歩で行ける距離なのに、歩いても5分と掛からない道のりを、何故か今年は車で出掛けたのだが、実はこれが大正解だった。

 私の記憶では、一昨年に来たときまでは、お寺の境内でも、確かに爆竹やロケット花火などをする人もいたが、それほどでもなかった気がした。

 ところが、今年は、何故か派手で、お寺の入り口には、車が入れないくらい、若者がオートバイを停めてたむろしているし、その入り口に辿り着くまでの、お寺の塀の周囲でも、若者や子供たちが爆竹をお寺の境内に投げ入れて遊んでいた。
 その塀自体が墓標になっていて、塀のすぐ内側は、墓参りをする人が何人も立ったり座ったりしているのに・・である。


                    お寺の塀、この隙間や上部から投げ入れる


 我々が、入り口の若者たちのオートバイを退けさせて、何とか境内に入ったときには、もっと驚いた。
広さ300メートル平方くらいの境内が、暗闇の中でまるで戦場のように見えたからである。

 遠くに見えるそれぞれの塀には、墓参り後の蝋燭の残りがぼんやり燃えている。
それが周囲を囲んでいる戦場の残骸の火の粉のように映り、さらに塀の外からも、境内でも、若者か子供か分からないが、何人もが爆竹や火の出る花火を投げているのが、さながら手榴弾のようだった。

 どこに人がいるかも定かでないのに、どこそこ構わず投げつけているのである。
私は、車から出るのも怖かったが、それより、ピックアップトラックの荷台に乗っている、次男とミックに当たらないかと気が気ではなかった。

 そして、何とか車を停めて、義父の墓まで歩いて行くときも、どこから飛んでくるか分からない、手榴弾さながらの爆竹や花火が家族の誰かに当たったらどうしよう・・・とそればかり考えていた。

 ちょうど、一昨年のこの時期に、爆竹で遊んでいた次男の友達が、爆竹が誤って爆発して、指を2本失った・・という話を聞いていたからである。

 自分で持っていなくても、誰かが投げた物が身体の一部にでも当たれば、大変なことになるだろう・・・という想像が先走った。
なので、少し急ぎ足ながら平静を装っていたが、内心死に物狂いで、周囲の物音に敏感に反応してしまった。


 そうしているうちに、何とか無事、義父の墓標の前に辿り着き、蝋燭を立てて線香を上げ、「今年もまた来ました。家族が幸せに暮らせるよう見守ってください。」・・等々の挨拶を済ませると、急いで引き上げようと、足早に車に向かった。



                     祖父の墓標、真ん中が骨壷

 
 帰り掛けに、主人がこの爆竹などのことを、やり過ぎだとか非難していたが、こういうお祭り騒ぎには、つい日常を逸脱してしまう人が多いものである。
 タイ正月のソンクラーンでも、水道用のPVCのパイプで作る手製の直射型の水鉄砲が危険だと世間的には禁止されているが、やはり隠れて作ったりする者もいる。
 この爆竹が危険だからと禁止するのも、これまでの慣習からすれば「これがないと、オーク・パンサーの気分が出ない」などという意見も出て、禁止というわけにも行かないのかも知れない。

 やはりこういう事は、タイに限らず、それぞれ国民の常識の範囲に任せるしかないのだろうが、タイ人の常識の範囲は個人それぞれ広すぎて、しかも曖昧で、今一つ、日本人のように操り難いのが問題である・・・。




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Posted by バットニャオ at 05:07Comments(7)TrackBack(0)タイ仏教