2011年01月23日
タイ人と障害者
実は、今日は別の話題で書こうと思っていたのだが、前回のブログのコメントを書いていたら、この話題について書かなければ・・という気がしてきたので、急遽変更した。
私が、タイで障害者を見掛けたのは、結婚して主人のタイの実家を初めて訪問するために来タイした頃のことだった。
実は、その何年も前からタイには留学、旅行を含め何度か来ていたのだが、まだタイの文化や風景に気を取られて、そういう部分には目が行っていなかったのだろう。
それは、主人が観光がてら友人を紹介するために連れて行ってくれた、バンコクのどこかの歩道橋の下だった。
バスや車、それ以外の雑音に混じって、アコーディオンの伴奏に合わせた、演歌のような歌が聞こえた。
よくいる路上の芸人かと思って近寄ってみたところ、歌っているのは素人丸出し・・と言うよりごく普通の小太りしたおじさんなどだった。
ところがその人たちは決まって真っ黒なサングラスを掛けていた・・。
そして、気が付いたのは、彼らが盲目であるということだった。
タイのバンコクなどでは日常の風景だが、普通の物乞いに混じって、手足がない人が路上に座ったり寝転んだりして、物乞いをしていることがある。
初めてこれを見た人は少し驚くに違いない・・と思うが、もっと度肝を抜かれたのは、毎年ある県の中心部の大きなお祭りで、歩くのも不自由なくらいの人ごみに紛れて、その人ごみの足元を這いずり回って、ここぞ!とばかりに物乞いをする両足のない人たちだ。
我が家の子供たちも毎年、幼稚園くらいの年からこういう人を見ているので、「可哀想・・」と親にお金をねだってその人たちに寄付したりするが、その人たちを忌み嫌ったり、差別の目で見る様子はない。
それから、タイには身体障害だけではなく、精神障害者というのも多い。
特に、田舎の方に来ると、同じ村の中での結婚が多く、何世代という時を経て、次第に血縁が濃くなっていくためか、普通の妊娠出産で、先天性の精神異常とか、発達異常の子供が生まれることが多くある。
私は医療に詳しくないのでよく知らないが、そういう人たちは決まった顔つきをしているのですぐに分かる。
その程度は、顔つきが少し違うだけとか、言語障害があるとか、発達障害で年齢に対して身体が小さい(俗に言う「ケッ」=小人)が知能は普通など軽いものから、自分で歩行が出来ないとか、排泄も出来ないくらい重いものまである。
そういう知能障害の男性が近所にいた。
名前は「エー」と言い、30歳前後なのだが中学生くらいに見え、よく市内を一日中ブラブラ歩き回っていた。
うちの前に来ると「刑事ごっこ」をして、ミックも喜んで遊んでいたりした。
子供の行く小学校にも、小頭症の子供がいて、小学5年生だが、小学1年生くらいに見える。
ミックのクラスにも、一日中、先生の机の下に寝転んでいる、「ピー・タイ・トッ」(机の下のお化け)と呼ばれている子供がいる。
先生は、「デック・ピセット」(特別な子供)だから・・といい、その子のしたいようにさせて、構わず授業を続けている。
つまり、タイ人にとって障害者とは、こういう存在なのである。
タイ人の思考回路の基本には仏教があり、その教えには、因果応報、つまり前世での業が現世の姿になる、現世での徳が来世での幸せになる・・という考えがあり、こういう何かの障害を持って生まれてきたのはその人の業・運命であり、仕方がない。
ありのままの姿を容認する。
それがタイ人の障害者に対する意識の基本なのではないかと思う。
私も、よくお客にお釣りを渡すときに相手の指がなかったり、片腕がなくて、荷物が持ちにくそうで心配する・・などということがある。
初めはビックリしたが、今では慣れた・・というか、それがその人なのだ・・という感覚になっている。
何かの爆破事故にでも遭ったのか、全身ケロイド状態だったり、片腕がなかったり・・多分、日本では障害者扱いで、家族が世間を気にして家の中に閉じ込めておいたり、専門施設へ入れてしまったりするだろうと思われる人も、普通に生活しているのがタイの社会である。
タイに来た当初に、橋の下の障害者の物乞いを見たときには、「タイは行政がしっかりしていないから、障害を持つ人も自活しなければならない。日本なら、こういう人たちには、自治体が援助してくれるものだ。」と、日本の行政の完備を自慢に感じ、タイの社会の遅れをせせら笑ったりしたものだった。
しかし、今はまったく反対の感じを抱いている自分がいる。
タイの社会は確かに、役所職員などの私腹が肥えすぎていて、国民の税金が正当に使われていないことは事実だが、日本のように、障害を持つ人々の可能性を試す前から蓋をしてしまっているようなことはない。
まあ、タイの社会の未熟さをかばう言い訳のようにも聞こえるかも知れないが、この未熟さのお陰と、タイ仏教の浸透した人々の思考回路のお陰で、いろいろな可能性を試す、活力的な障害者が多いのは事実である。
私が日本で見た(外では滅多に見かけないが・・)障害者たちは、まるで家族が隠すようにして生活していた。
もちろん、障害者用の施設などでは、彼らの生活を充実させるべく様々なイベントやプログラムが組まれているかも知れないが、日本のそれはあくまで「世間様」から隔離された世界での事のような印象がある。
タイの障害者は違う。
ごく自然に社会の中に共存している。
物乞いを職業とするのも、自分の特性を活かした職業選択という考えである。
タイの芸能界には、その障害者としての風貌を武器に活躍するお笑い芸人も多い。
毎回同じようなメンバーで映画を製作するお笑い芸人のグループの中には、障害を持つ芸人が多数いるが、その芸風もその特性を笑いのネタにしながら、国民的な人気を誇っている。
そして、それを見る視聴者にも、彼らに対し、「ピカーン」(=障害者)という感覚はない。
その「障害」が「特質」となって、すでに彼らの「障害」ではなくなっているからである。
そういう意味で、タイ人の障害者への差別意識は薄いと思う。
日本は、表面上は、行政が保護したり、家族が養ったり・・ということで、一見、障害者を大切にしている社会のように見えるが、
それが逆に、社会全体で特別扱いすることで徹底的に差別しているという状況になっているのある。
障害者を障害者として特別扱いすることが、一般社会の中から障害者を閉め出しているように思う。
どちらが、いいのかという問題についてはそれぞれの考え方次第なので、何とも言えないのだが・・・・。

タイ人の理解は仏教が基本
更新しました!!
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イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
より深い、タイ人、イサーンへの理解を願って・・・・ランキングに参加しています。


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私が、タイで障害者を見掛けたのは、結婚して主人のタイの実家を初めて訪問するために来タイした頃のことだった。
実は、その何年も前からタイには留学、旅行を含め何度か来ていたのだが、まだタイの文化や風景に気を取られて、そういう部分には目が行っていなかったのだろう。
それは、主人が観光がてら友人を紹介するために連れて行ってくれた、バンコクのどこかの歩道橋の下だった。
バスや車、それ以外の雑音に混じって、アコーディオンの伴奏に合わせた、演歌のような歌が聞こえた。
よくいる路上の芸人かと思って近寄ってみたところ、歌っているのは素人丸出し・・と言うよりごく普通の小太りしたおじさんなどだった。
ところがその人たちは決まって真っ黒なサングラスを掛けていた・・。
そして、気が付いたのは、彼らが盲目であるということだった。
タイのバンコクなどでは日常の風景だが、普通の物乞いに混じって、手足がない人が路上に座ったり寝転んだりして、物乞いをしていることがある。
初めてこれを見た人は少し驚くに違いない・・と思うが、もっと度肝を抜かれたのは、毎年ある県の中心部の大きなお祭りで、歩くのも不自由なくらいの人ごみに紛れて、その人ごみの足元を這いずり回って、ここぞ!とばかりに物乞いをする両足のない人たちだ。
我が家の子供たちも毎年、幼稚園くらいの年からこういう人を見ているので、「可哀想・・」と親にお金をねだってその人たちに寄付したりするが、その人たちを忌み嫌ったり、差別の目で見る様子はない。
それから、タイには身体障害だけではなく、精神障害者というのも多い。
特に、田舎の方に来ると、同じ村の中での結婚が多く、何世代という時を経て、次第に血縁が濃くなっていくためか、普通の妊娠出産で、先天性の精神異常とか、発達異常の子供が生まれることが多くある。
私は医療に詳しくないのでよく知らないが、そういう人たちは決まった顔つきをしているのですぐに分かる。
その程度は、顔つきが少し違うだけとか、言語障害があるとか、発達障害で年齢に対して身体が小さい(俗に言う「ケッ」=小人)が知能は普通など軽いものから、自分で歩行が出来ないとか、排泄も出来ないくらい重いものまである。
そういう知能障害の男性が近所にいた。
名前は「エー」と言い、30歳前後なのだが中学生くらいに見え、よく市内を一日中ブラブラ歩き回っていた。
うちの前に来ると「刑事ごっこ」をして、ミックも喜んで遊んでいたりした。
子供の行く小学校にも、小頭症の子供がいて、小学5年生だが、小学1年生くらいに見える。
ミックのクラスにも、一日中、先生の机の下に寝転んでいる、「ピー・タイ・トッ」(机の下のお化け)と呼ばれている子供がいる。
先生は、「デック・ピセット」(特別な子供)だから・・といい、その子のしたいようにさせて、構わず授業を続けている。
つまり、タイ人にとって障害者とは、こういう存在なのである。
タイ人の思考回路の基本には仏教があり、その教えには、因果応報、つまり前世での業が現世の姿になる、現世での徳が来世での幸せになる・・という考えがあり、こういう何かの障害を持って生まれてきたのはその人の業・運命であり、仕方がない。
ありのままの姿を容認する。
それがタイ人の障害者に対する意識の基本なのではないかと思う。
私も、よくお客にお釣りを渡すときに相手の指がなかったり、片腕がなくて、荷物が持ちにくそうで心配する・・などということがある。
初めはビックリしたが、今では慣れた・・というか、それがその人なのだ・・という感覚になっている。
何かの爆破事故にでも遭ったのか、全身ケロイド状態だったり、片腕がなかったり・・多分、日本では障害者扱いで、家族が世間を気にして家の中に閉じ込めておいたり、専門施設へ入れてしまったりするだろうと思われる人も、普通に生活しているのがタイの社会である。
タイに来た当初に、橋の下の障害者の物乞いを見たときには、「タイは行政がしっかりしていないから、障害を持つ人も自活しなければならない。日本なら、こういう人たちには、自治体が援助してくれるものだ。」と、日本の行政の完備を自慢に感じ、タイの社会の遅れをせせら笑ったりしたものだった。
しかし、今はまったく反対の感じを抱いている自分がいる。
タイの社会は確かに、役所職員などの私腹が肥えすぎていて、国民の税金が正当に使われていないことは事実だが、日本のように、障害を持つ人々の可能性を試す前から蓋をしてしまっているようなことはない。
まあ、タイの社会の未熟さをかばう言い訳のようにも聞こえるかも知れないが、この未熟さのお陰と、タイ仏教の浸透した人々の思考回路のお陰で、いろいろな可能性を試す、活力的な障害者が多いのは事実である。
私が日本で見た(外では滅多に見かけないが・・)障害者たちは、まるで家族が隠すようにして生活していた。
もちろん、障害者用の施設などでは、彼らの生活を充実させるべく様々なイベントやプログラムが組まれているかも知れないが、日本のそれはあくまで「世間様」から隔離された世界での事のような印象がある。
タイの障害者は違う。
ごく自然に社会の中に共存している。
物乞いを職業とするのも、自分の特性を活かした職業選択という考えである。
タイの芸能界には、その障害者としての風貌を武器に活躍するお笑い芸人も多い。
毎回同じようなメンバーで映画を製作するお笑い芸人のグループの中には、障害を持つ芸人が多数いるが、その芸風もその特性を笑いのネタにしながら、国民的な人気を誇っている。
そして、それを見る視聴者にも、彼らに対し、「ピカーン」(=障害者)という感覚はない。
その「障害」が「特質」となって、すでに彼らの「障害」ではなくなっているからである。
そういう意味で、タイ人の障害者への差別意識は薄いと思う。
日本は、表面上は、行政が保護したり、家族が養ったり・・ということで、一見、障害者を大切にしている社会のように見えるが、
それが逆に、社会全体で特別扱いすることで徹底的に差別しているという状況になっているのある。
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2011年01月15日
寒季合宿
昨日、中2の長女が学校の冬季合宿に行って来た。
タイの学校では、子供たちや先生との連帯を図るためなどと言う目的で、「カーイ・〇〇」(〇〇合宿)というのがよく行われている。
日本だったら、小学校の臨海学校や林間学校などというイベントが小学校生活のうちに一度あるくらいなものだと記憶している。
中学校や高校になっても、「修学旅行」などというイベントはそれぞれ一度くらいしかない一大イベントである。
まあ、大勢の生徒を集めて、団体行動をとるのは責任問題から言っても大変な苦労があるだろうし、先生方もそうそう簡単には計画できるものではないのだろう。
ところがタイの学校では、小学校にいるうちにも、大体3年生以上くらいになると、教育課程の一環である「カーイ・ルークスア」(ボーウスカウト合宿)だの、お寺に泊まりこむ「カーイ・タンマ」(説法合宿)だの、いろいろな合宿が年に1,2度行われる。
一応、書面で「子弟の参加を許可するか否か」を確認するのだが、これは授業の一環なので、もし参加させなければ、その教科は落第になるというのだから、脅しのようなものである。
「だったら、いちいち確認するな!」といつも思っている。
今回、長女が行ったのは、「カーイ・ユワガーチャート」(「ガール・スカウトの看護的業務」合宿)で、同じ県内にある合宿施設に一泊の予定で宿泊して、生徒間の連帯を図るというもの。
内容は、昼間はその地の観光のようなもので、日が暮れてから、生徒たちのパフォーマンスがあるという、まあ、単なる旅行と大した変わりはないようなものだったらしい。
一夜明けて、昼過ぎに合宿から帰って来た長女は、だいぶ疲れている様子で、帰宅するとそのまま居間の長椅子に横になり、爆睡していた・・・。
夕方、あまりに疲れた様子なので、起きてきた長女に合宿の様子を聞いてみた。すると・・・。
昨夜は、あまりの寒さで何度もトイレに行きたくなったが、トイレが百メートルくらい離れた場所にあり、それ以前に昼間、先生から聞かされた話が怖くて、なかなかトイレに行けず、寒さとトイレに行きたいのと、怖いので、ほとんど眠れなかったということだった。
その、先生が話した怖い話とは・・・・。
前回の合宿がここで行われたときに、長女の副担任のオカマの先生が、合宿所敷地内のトイレに行く途中で、ほぼ全裸の少女が倒れているのを発見した。
少女は、長女の学校の生徒ではなかったのだが、顔には数箇所殴られたような痕があり、意識はなかった。
幸い、このオカマの先生が警察に通報して、病院に運ばれ一命は取り留めたということであった。
警察の調べで、この少女はこの合宿所敷地内で暴行されたということだったらしい。
犯人は、その夜、合宿の生徒たちのパフォーマンスを見に来たところを捕まったというが、先生が言うには、「コン・バー」(気違い)だということだった。
何がどういう風に「気違い」なのか、例えば精神病だとか、薬中だとかはわからないが、この話を、思春期の少女たちの前で、赤裸々に話したので、これを聞いた長女たちは怖ろしくなり、中には泣き出した生徒もいたという。
そして、この話が原因で、長女は「お化けは怖くないが、気違いが怖い。」と、なかなかトイレに行けず、寝るに寝られなかったらしい。
この合宿所は、一応、柵のようなもので囲われてはいるのだが、入ろうと思えば誰でも入れるらしく、そんなところで合宿を計画するな!と学校に文句を言いたくなった。
しかも、以前、そういう事件が本当にあったのなら、余計に合宿場所を変えるなどの対処をすべきである。
しかし、それをしないのは、タイ人にとってこの手の事件は日常茶飯事だから、大して気に留めないのか、それともそのオカマの先生が、生徒が羽目を外さないように、作り話をして生徒を脅かす目的だったのか・・・本当のところは定かではないが、親としては、それが実際に起きた事件であったら、そんな危険な場所で合宿をするという事に意見を言いたいし、それが先生の計略で作り話だったとしたら、長女たちがトイレを我慢して膀胱炎にでもなったらどうしてくれる!と文句を言いたくなった。
まあ、どちらにしても、このただでさえ寒いタイの乾季に、ろくに防寒設備もないような場所で、薄い掛け布団にテントで寝かせ、さらに入浴は水浴びなのだから、風邪を引いて当たり前の状況である。
この「乾季(寒季)合宿」は、主人の世代にもあったタイの学校の習慣であるらしいが、何もこんな季節を選ばなくてもいいのに・・と思う。
主人が言うには、「寒さに耐えて忍耐力を養う」などと建前のいいことを言っているが、もともと忍耐など好まないタイ人気質なのだから、こんなところで無理をしてどうする?・・・という感じである。
とりあえず、無事に帰って来たからよかったものの、大事な一人娘、「もうこんな合宿には参加させない!」と言ったら、長女に、
「そしたら、落第しちゃうじゃない。」と言われた。
それはその通りなのだが、心の中で、学校の点数なんかよりも子供の命の方が大事に決まっている!と叫ぶ私である。
もっと、親が安心して子供を預けられる環境にならないものか・・というのは、私のはかない願いでしかないようである。

ルーク・スア(ボーイスカウト)の合宿で・・・。

これはネート・ナリー(ガール・スカウト)の制服
この他に学校に拠ってはユワガーチャート(ガールスカウトの看護版)を履修する
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日本だったら、小学校の臨海学校や林間学校などというイベントが小学校生活のうちに一度あるくらいなものだと記憶している。
中学校や高校になっても、「修学旅行」などというイベントはそれぞれ一度くらいしかない一大イベントである。
まあ、大勢の生徒を集めて、団体行動をとるのは責任問題から言っても大変な苦労があるだろうし、先生方もそうそう簡単には計画できるものではないのだろう。
ところがタイの学校では、小学校にいるうちにも、大体3年生以上くらいになると、教育課程の一環である「カーイ・ルークスア」(ボーウスカウト合宿)だの、お寺に泊まりこむ「カーイ・タンマ」(説法合宿)だの、いろいろな合宿が年に1,2度行われる。
一応、書面で「子弟の参加を許可するか否か」を確認するのだが、これは授業の一環なので、もし参加させなければ、その教科は落第になるというのだから、脅しのようなものである。
「だったら、いちいち確認するな!」といつも思っている。
今回、長女が行ったのは、「カーイ・ユワガーチャート」(「ガール・スカウトの看護的業務」合宿)で、同じ県内にある合宿施設に一泊の予定で宿泊して、生徒間の連帯を図るというもの。
内容は、昼間はその地の観光のようなもので、日が暮れてから、生徒たちのパフォーマンスがあるという、まあ、単なる旅行と大した変わりはないようなものだったらしい。
一夜明けて、昼過ぎに合宿から帰って来た長女は、だいぶ疲れている様子で、帰宅するとそのまま居間の長椅子に横になり、爆睡していた・・・。
夕方、あまりに疲れた様子なので、起きてきた長女に合宿の様子を聞いてみた。すると・・・。
昨夜は、あまりの寒さで何度もトイレに行きたくなったが、トイレが百メートルくらい離れた場所にあり、それ以前に昼間、先生から聞かされた話が怖くて、なかなかトイレに行けず、寒さとトイレに行きたいのと、怖いので、ほとんど眠れなかったということだった。
その、先生が話した怖い話とは・・・・。
前回の合宿がここで行われたときに、長女の副担任のオカマの先生が、合宿所敷地内のトイレに行く途中で、ほぼ全裸の少女が倒れているのを発見した。
少女は、長女の学校の生徒ではなかったのだが、顔には数箇所殴られたような痕があり、意識はなかった。
幸い、このオカマの先生が警察に通報して、病院に運ばれ一命は取り留めたということであった。
警察の調べで、この少女はこの合宿所敷地内で暴行されたということだったらしい。
犯人は、その夜、合宿の生徒たちのパフォーマンスを見に来たところを捕まったというが、先生が言うには、「コン・バー」(気違い)だということだった。
何がどういう風に「気違い」なのか、例えば精神病だとか、薬中だとかはわからないが、この話を、思春期の少女たちの前で、赤裸々に話したので、これを聞いた長女たちは怖ろしくなり、中には泣き出した生徒もいたという。
そして、この話が原因で、長女は「お化けは怖くないが、気違いが怖い。」と、なかなかトイレに行けず、寝るに寝られなかったらしい。
この合宿所は、一応、柵のようなもので囲われてはいるのだが、入ろうと思えば誰でも入れるらしく、そんなところで合宿を計画するな!と学校に文句を言いたくなった。
しかも、以前、そういう事件が本当にあったのなら、余計に合宿場所を変えるなどの対処をすべきである。
しかし、それをしないのは、タイ人にとってこの手の事件は日常茶飯事だから、大して気に留めないのか、それともそのオカマの先生が、生徒が羽目を外さないように、作り話をして生徒を脅かす目的だったのか・・・本当のところは定かではないが、親としては、それが実際に起きた事件であったら、そんな危険な場所で合宿をするという事に意見を言いたいし、それが先生の計略で作り話だったとしたら、長女たちがトイレを我慢して膀胱炎にでもなったらどうしてくれる!と文句を言いたくなった。
まあ、どちらにしても、このただでさえ寒いタイの乾季に、ろくに防寒設備もないような場所で、薄い掛け布団にテントで寝かせ、さらに入浴は水浴びなのだから、風邪を引いて当たり前の状況である。
この「乾季(寒季)合宿」は、主人の世代にもあったタイの学校の習慣であるらしいが、何もこんな季節を選ばなくてもいいのに・・と思う。
主人が言うには、「寒さに耐えて忍耐力を養う」などと建前のいいことを言っているが、もともと忍耐など好まないタイ人気質なのだから、こんなところで無理をしてどうする?・・・という感じである。
とりあえず、無事に帰って来たからよかったものの、大事な一人娘、「もうこんな合宿には参加させない!」と言ったら、長女に、
「そしたら、落第しちゃうじゃない。」と言われた。
それはその通りなのだが、心の中で、学校の点数なんかよりも子供の命の方が大事に決まっている!と叫ぶ私である。
もっと、親が安心して子供を預けられる環境にならないものか・・というのは、私のはかない願いでしかないようである。
ルーク・スア(ボーイスカウト)の合宿で・・・。
これはネート・ナリー(ガール・スカウト)の制服
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2011年01月08日
季節のネズミ? ネズミの季節?
稲刈りの季節もほぼ終わり、そろそろ稲刈り車の出番がなくなってきたのか、それまで飛ぶように売れていた、その稲刈り車関連部品も売れ行きも停滞気味になってきた今日この頃・・・・。
こちらは年中無休か、早朝6時過ぎからの、義母の急用電話が鳴り響く・・・。
「ハロー・・・」 (タイでは英語の影響で「ハロー」が出だしの電話の応対だが、外来語を使うのなら、日本語の「モシモシ」とか中国語から「ウェイ?」とか言ってもいいのに・・とときどき思う・・・どうでもいいのだが。)
「あ!〇〇(主人の名)はいるかい? ネズミが4キロ手に入ったんだけど、味浸けしておくか、それともそのままでいいか、聞いてみて!」
「あ・・・はいはい。ちょっと待ってくださいね。〇〇~~! 〇〇~~! お母さんから電話~!!」
小声で、「また、ネズミ買ったの・・? まだこの前のも食べてないのに・・。」と、つぶやく私・・・。
このところ、稲刈りの終わった田んぼで捕獲されたネズミが大量に獲れるらしく、毎朝のように、義母の村の村人が義母の家に売りに来るらしい。
これも、つい二日前に義母の家から持ってきたもの・・・。
この日は、全部で5キロほどあったそうで、大小さまざまなネズミが10匹以上届けられた。
大きいものは体長30センチ近くもあり、雛鶏くらいの肉はある。
小さいものは、よく10センチ程度で、まだ子供なのが少し可哀想でもある・・・。

少し小さめのもの。

これは大きめな方・・・。
すでに、義母がさばいて味付けして届けてくれるので、私はそれを小分けにして、冷凍庫で保存するだけ・・・。
あとは、食べたいときに出してきて、解凍して焼く。

小分け袋に仕分け完了。
これが、最近の我が家のメインメニュー?になることが多い食材である。
ちなみに、隣の美人妻・ジヤップにおすそ分けしたら、引きつりながらも、
「ああ、ありがとう・・。ありがたくウワンに渡して置くわ。」
と、言っていたので、本人はネズミは食さない様子だった。
別に、イサーンに住んでいる人が全て食べるわけではなく、好みの問題であるようだ。
私は、何故か、初めて主人の実家を訪れたときがちょうどこの季節だったので、このネズミディナーを出され、ありがたくいただいたので、それ以来、私は 「ネズミを食べる日本人嫁」と呼ばれ、私が行くたびに、ネズミを用意してくれていた。
今では、特に好きというほどでもないのだが、未だに、「プン(私の愛称)はネズミが好き」だと思い込まれているので、こうして、ネズミシーズンになると、ネズミの宅配が絶えないのである。
幸い、今は我が家の子供たちも、みんなネズミを喜んで食べるので、消費には苦労しないのだが・・・。
それでも、毎日3キロから5キロのネズミを買い置きされては、我が家の冷蔵庫がどれほど大きくなっても、収納しきれないだろうな・・・と思っている。
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こちらは年中無休か、早朝6時過ぎからの、義母の急用電話が鳴り響く・・・。
「ハロー・・・」 (タイでは英語の影響で「ハロー」が出だしの電話の応対だが、外来語を使うのなら、日本語の「モシモシ」とか中国語から「ウェイ?」とか言ってもいいのに・・とときどき思う・・・どうでもいいのだが。)
「あ!〇〇(主人の名)はいるかい? ネズミが4キロ手に入ったんだけど、味浸けしておくか、それともそのままでいいか、聞いてみて!」
「あ・・・はいはい。ちょっと待ってくださいね。〇〇~~! 〇〇~~! お母さんから電話~!!」
小声で、「また、ネズミ買ったの・・? まだこの前のも食べてないのに・・。」と、つぶやく私・・・。
このところ、稲刈りの終わった田んぼで捕獲されたネズミが大量に獲れるらしく、毎朝のように、義母の村の村人が義母の家に売りに来るらしい。
これも、つい二日前に義母の家から持ってきたもの・・・。
この日は、全部で5キロほどあったそうで、大小さまざまなネズミが10匹以上届けられた。
大きいものは体長30センチ近くもあり、雛鶏くらいの肉はある。
小さいものは、よく10センチ程度で、まだ子供なのが少し可哀想でもある・・・。

少し小さめのもの。

これは大きめな方・・・。
すでに、義母がさばいて味付けして届けてくれるので、私はそれを小分けにして、冷凍庫で保存するだけ・・・。
あとは、食べたいときに出してきて、解凍して焼く。

小分け袋に仕分け完了。
これが、最近の我が家のメインメニュー?になることが多い食材である。
ちなみに、隣の美人妻・ジヤップにおすそ分けしたら、引きつりながらも、
「ああ、ありがとう・・。ありがたくウワンに渡して置くわ。」
と、言っていたので、本人はネズミは食さない様子だった。
別に、イサーンに住んでいる人が全て食べるわけではなく、好みの問題であるようだ。
私は、何故か、初めて主人の実家を訪れたときがちょうどこの季節だったので、このネズミディナーを出され、ありがたくいただいたので、それ以来、私は 「ネズミを食べる日本人嫁」と呼ばれ、私が行くたびに、ネズミを用意してくれていた。
今では、特に好きというほどでもないのだが、未だに、「プン(私の愛称)はネズミが好き」だと思い込まれているので、こうして、ネズミシーズンになると、ネズミの宅配が絶えないのである。
幸い、今は我が家の子供たちも、みんなネズミを喜んで食べるので、消費には苦労しないのだが・・・。
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2011年01月02日
脅された美人妻

ちょっと気が強いイサーンの「美人妻」、ジヤップの素顔
それは、年末が近づいたある日のことだった。
隣の美人妻・ジヤップの少し甲高い声が聞こえてきた。
「じゃあ、いくら払えばいいんですか!?」
びっくりして、外に飛び出してみると、ジヤップの家の前には赤茶色と白の警察のピックアップが停まっていた。
そして、ジヤップの家の中で、地元警察の幹部とその部下が3人でジヤップを取り囲んでいた。
私は、「ははぁ・・・。また警察の小遣い稼ぎか・・。」と思い、いつもジヤップに可愛がられている、我が家の末っ子ミックに、
「ほら、警察がジヤップをいじめてるよ。早く行って助けないと・・。」
と、そっと耳打ちした。
警察は、ミックの大きな呼び声に振り向き、こちらに私が立っているのを見ると、バツが悪そうに、何やら小声で相談していたが、しばらくして、幹部らしき警察のおじさんが、
「もう、いい!! しかし、これからどこへ行くにも十分気をつけることだね・・フッ・・・。」
と、意味深な捨て台詞を吐いて、引き上げて行った。
その後、ジヤップに聞いたら、その警察たちは、年末の警察主催の売れない歌手を呼んだ、「小遣い稼ぎコンサート」のチケットをジヤップの旦那のウワンに買わせようと大量に持ってきたらしい。
ところが、あいにくウワンは別の支店に行っているため、留守で、代わりに対応したジヤップが、あまり状況を飲み込めず、すぐにホイホイと現金を出さなかったことから、逆ギレして、先ほどのヤクザまがいの脅しとしか思えない捨て台詞・・となったのであった。
こういう場合、私だって主人が居なければ、「今、主人が留守なんで・・」とかで後にしてもらうか、「主人に電話して聞いてみないと分からない」などと言い、すぐにホイホイ出すわけではないが、ジヤップの少し強気な態度が警察の気に障ったらしかった。
もともと、ウワンは月に二回の闇くじを売っていて、そのワイロとして、毎回こういう警察が「巡回料」を徴収に来るのだが、そういう関係で、ウワンからすぐに現金を取れなかったので、頭にきたようである。
それにしても、外国人の私が聞いても明らかに脅迫としか思えないセリフを、真昼間から堂々と言い放った警察のおじさん。
いつも、態度が偉そうだとは思っていたが、いつもながら「何か勘違いしているタイ警察」の実態である。
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