2010年03月19日
またまた・・・親戚集合。
今日は、甥である、主人の長兄の長男がブワット(出家)するということで、我が家に久々に親戚が集合した。
本来なら、自分たちが住んでいるコラートでブワットするのが普通なのだが、我が家の近くにある、『アジャーン・チュー』という有名な僧侶が居られる 『ワット・カオターゴッ』という寺で出家することになったので、親戚が集合し、我が家の台所を使って、甥の出家式の支度が行われたのだった。
今回は、息子の出家ということで、長兄の嫁であるピー・デーンが指揮を執った・・・と言っても、私より一つだけ年上の彼女は、年齢は若いのに、長兄の嫁にふさわしく、何でも卒なくこなすので、大抵の親戚集合行事には、義母に次いで、陣頭指揮を執るのが彼女のいつもの仕事である。
小学一年生の頃から、母親の代わりに料理をしていたという彼女は、何でも手際がよく、ラープ、煮魚、蒸し魚、タイ風汁物など、次々と仕上げて行く。
そして、他の者は彼女の料理の補助に回るのだが、私は末っ子である主人の嫁、つまり末嫁であり、しかも主人より年上なのにも係わらず嫁の中で一番年下で、さらにタイ人ではないので、タイ料理に対する知識も舌もタイの子供レベル以下ということで、タイの年功序列に従って、私が嫁の中の一番下っ端の小間使いとなるのはいつものことである。
私の仕事と言えば、大型のタライにいっぱいのネギやパクチー、バジル、ミントなどの、明日のご馳走に使う野菜を洗って、根っこを一本一本切り取るという、かなり根の要る下ごしらえ。
そして、バケツいっぱいの付け合せのキュウリやナスの皮むきなど・・・。
それから、次々と出る皿洗い。
まるで、継母や姉たちにこき使われるシンデレラにでもなった気分である・・・。
タイの田舎で、何かの行事があると、こうして親戚が集まって、協力しながら料理を作っていく。
それは、結婚式(最近はホテルなどで行うことも多いが・・)、出家式、葬式、そしてよくあるのが、厄除けや縁起を担ぐ、「タムブン・バーン」(家に僧侶を招いて、食事を献上し、お経を上げて貰う)などで、普段離れている親戚や近くでもそうそう顔を合わせない親戚同士が近況を確認しあう良い機会でもあるが、私にはあまり嬉しい機会ではない。
それは、こういう場では、女性陣は料理を作って働くが、男性陣は酒とご馳走で盛り上がる絶好の機会になってしまうからである・・・。
実は、今日も事件は起きた。
朝から、お寺に行き、甥の出家式を無事終えて我が家に戻ってきた長兄・次兄と義姉の旦那などが、お寺へ持っていった残りのご馳走を肴に昼過ぎからご機嫌で飲んでいたのだが、夜7時過ぎになって、ベロベロに酔った次兄の悪い癖が出た。
いつもの事なのだが、主人の兄弟はシラフの時は割と無口なのだが、酔いが回ると人が変わる。
要するに性質の悪い酔っ払いになるのである。
次兄は酔いが回ると「家に帰るぞ!」と言い出し、以前は車が出せないので、コラートからチャイヤプムの県境まで夜中に徒歩で帰って来たという経歴がある。
それに、こういう泥酔状態で車を運転し、警察に捕まったこともある。
なのに!・・・酒を止められない。
そして、また今日も・・・。
自分の足元もおぼつかないのに、運転して自宅に帰るとゴネ始めた。
最初は、ただの酔っ払いの一人芝居だったのだが、その次兄を心配した兄弟たちが制止したので、ますます火がついた。
次兄は、車に乗り込んで自分の奥さんに「早く乗れ!帰るぞ!」と叫びながら、クラクションを鳴らし続けている。
誰がどう見ても、正気の沙汰ではない。
私は、久しぶりの日本の実家との電話中だったのだが、あまりに家の前で大騒ぎが始まったので、慌てて切って、家の中にいて騒ぎに気付かなかった義母たちを呼びに行った。
表に出てみると、喧嘩になり始めていて、その当事者は次兄と、病気になって以来禁酒しているシラフの主人だった。
酔っ払い相手に何を言っても意味がないので、私は内心「放っておけば・・」と思ったのだが、兄弟思いの主人は放って置けないらしく、話が通じるはずもない酔っ払い相手に、大声を張り上げて真剣に怒っている。
あ~あ、また始まった・・・・。
この手の近所も何も気にしない身内の痴話喧嘩は日常茶飯事である。
でも、今回は男同士だから、このまま「畜生!」「酔っ払いの犬野郎!」などという口喧嘩がエスカレートしても、せいぜい拳で撲りあうくらいのことで済むだろうから、少しは安心である。
これが、夫婦喧嘩で浮気が原因などとなると、力の弱い女性の方がすぐに刃渡り数十センチの包丁とか持ち出すから大騒ぎになる。
以前は、浮気が原因で頬を切りつけられた主人の幼馴染も見たし、新宿で店をやっていた頃には、近所の『カオ・ゲーン』という店のタイ人従業員が、同じく出稼ぎで水商売勤務をしていたタイ人の彼女に出刃包丁で切りつけられたという現場にも居合わせたことがある。
幸いにも、まだ、浮気の種の「一物」を切断されたという事件の現場には居合わせたことはないが・・・。
まあ、こんな事件があっても、翌日には何事もなかったような日常が流れるのがタイの社会である。
そして、また次の機会に「親戚集合」となるのである。
ちなみに、兄弟同士の大戦争が勃発しそうになった今夜の主役の次兄は、隣の義姉夫婦が、無理やり車に押し込めて家まで送り届けたらしい。
もう、50歳近いいい大人なのだから、自分で自粛するといいのだが、それが出来ていれば苦労はないのだろう。
毎回、この「親戚集合」に、この次兄が参加するときは行きたくないと思うのだが、やはり主人に言い出せないでいる、立場の弱い嫁である。
今週の更新を予定しています↓
裏ブログ?
イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
より深い、タイ人、イサーンへの理解を願って・・・・ランキングに参加しています。


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本来なら、自分たちが住んでいるコラートでブワットするのが普通なのだが、我が家の近くにある、『アジャーン・チュー』という有名な僧侶が居られる 『ワット・カオターゴッ』という寺で出家することになったので、親戚が集合し、我が家の台所を使って、甥の出家式の支度が行われたのだった。
今回は、息子の出家ということで、長兄の嫁であるピー・デーンが指揮を執った・・・と言っても、私より一つだけ年上の彼女は、年齢は若いのに、長兄の嫁にふさわしく、何でも卒なくこなすので、大抵の親戚集合行事には、義母に次いで、陣頭指揮を執るのが彼女のいつもの仕事である。
小学一年生の頃から、母親の代わりに料理をしていたという彼女は、何でも手際がよく、ラープ、煮魚、蒸し魚、タイ風汁物など、次々と仕上げて行く。
そして、他の者は彼女の料理の補助に回るのだが、私は末っ子である主人の嫁、つまり末嫁であり、しかも主人より年上なのにも係わらず嫁の中で一番年下で、さらにタイ人ではないので、タイ料理に対する知識も舌もタイの子供レベル以下ということで、タイの年功序列に従って、私が嫁の中の一番下っ端の小間使いとなるのはいつものことである。
私の仕事と言えば、大型のタライにいっぱいのネギやパクチー、バジル、ミントなどの、明日のご馳走に使う野菜を洗って、根っこを一本一本切り取るという、かなり根の要る下ごしらえ。
そして、バケツいっぱいの付け合せのキュウリやナスの皮むきなど・・・。
それから、次々と出る皿洗い。
まるで、継母や姉たちにこき使われるシンデレラにでもなった気分である・・・。
タイの田舎で、何かの行事があると、こうして親戚が集まって、協力しながら料理を作っていく。
それは、結婚式(最近はホテルなどで行うことも多いが・・)、出家式、葬式、そしてよくあるのが、厄除けや縁起を担ぐ、「タムブン・バーン」(家に僧侶を招いて、食事を献上し、お経を上げて貰う)などで、普段離れている親戚や近くでもそうそう顔を合わせない親戚同士が近況を確認しあう良い機会でもあるが、私にはあまり嬉しい機会ではない。
それは、こういう場では、女性陣は料理を作って働くが、男性陣は酒とご馳走で盛り上がる絶好の機会になってしまうからである・・・。
実は、今日も事件は起きた。
朝から、お寺に行き、甥の出家式を無事終えて我が家に戻ってきた長兄・次兄と義姉の旦那などが、お寺へ持っていった残りのご馳走を肴に昼過ぎからご機嫌で飲んでいたのだが、夜7時過ぎになって、ベロベロに酔った次兄の悪い癖が出た。
いつもの事なのだが、主人の兄弟はシラフの時は割と無口なのだが、酔いが回ると人が変わる。
要するに性質の悪い酔っ払いになるのである。
次兄は酔いが回ると「家に帰るぞ!」と言い出し、以前は車が出せないので、コラートからチャイヤプムの県境まで夜中に徒歩で帰って来たという経歴がある。
それに、こういう泥酔状態で車を運転し、警察に捕まったこともある。
なのに!・・・酒を止められない。
そして、また今日も・・・。
自分の足元もおぼつかないのに、運転して自宅に帰るとゴネ始めた。
最初は、ただの酔っ払いの一人芝居だったのだが、その次兄を心配した兄弟たちが制止したので、ますます火がついた。
次兄は、車に乗り込んで自分の奥さんに「早く乗れ!帰るぞ!」と叫びながら、クラクションを鳴らし続けている。
誰がどう見ても、正気の沙汰ではない。
私は、久しぶりの日本の実家との電話中だったのだが、あまりに家の前で大騒ぎが始まったので、慌てて切って、家の中にいて騒ぎに気付かなかった義母たちを呼びに行った。
表に出てみると、喧嘩になり始めていて、その当事者は次兄と、病気になって以来禁酒しているシラフの主人だった。
酔っ払い相手に何を言っても意味がないので、私は内心「放っておけば・・」と思ったのだが、兄弟思いの主人は放って置けないらしく、話が通じるはずもない酔っ払い相手に、大声を張り上げて真剣に怒っている。
あ~あ、また始まった・・・・。
この手の近所も何も気にしない身内の痴話喧嘩は日常茶飯事である。
でも、今回は男同士だから、このまま「畜生!」「酔っ払いの犬野郎!」などという口喧嘩がエスカレートしても、せいぜい拳で撲りあうくらいのことで済むだろうから、少しは安心である。
これが、夫婦喧嘩で浮気が原因などとなると、力の弱い女性の方がすぐに刃渡り数十センチの包丁とか持ち出すから大騒ぎになる。
以前は、浮気が原因で頬を切りつけられた主人の幼馴染も見たし、新宿で店をやっていた頃には、近所の『カオ・ゲーン』という店のタイ人従業員が、同じく出稼ぎで水商売勤務をしていたタイ人の彼女に出刃包丁で切りつけられたという現場にも居合わせたことがある。
幸いにも、まだ、浮気の種の「一物」を切断されたという事件の現場には居合わせたことはないが・・・。
まあ、こんな事件があっても、翌日には何事もなかったような日常が流れるのがタイの社会である。
そして、また次の機会に「親戚集合」となるのである。
ちなみに、兄弟同士の大戦争が勃発しそうになった今夜の主役の次兄は、隣の義姉夫婦が、無理やり車に押し込めて家まで送り届けたらしい。
もう、50歳近いいい大人なのだから、自分で自粛するといいのだが、それが出来ていれば苦労はないのだろう。
毎回、この「親戚集合」に、この次兄が参加するときは行きたくないと思うのだが、やはり主人に言い出せないでいる、立場の弱い嫁である。
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2010年03月10日
地球温暖化?
イサーンの冬の畑
ちょうど昨年の2月の末から3月の初めごろの数日間、私は、タイに移住して以来、実に8年目にして初めての一時帰国をした。
というわけで、昨年の帰国時に日本の初春を甘く見て、「もう3月だから、少し薄着でも大丈夫だろう・・」とタイの冬着(それしかなかったので)のウインドブレーカー(多分、「死語」だろうとは思うのですが・・・)のようなペラペラの上着で降り立った成田空港は、何と寒波のぶり返しでみぞれから雪に変わるところだった・・・。
前置きが長くなったが、最近また日本では寒波が戻ってきていると実家からの電話で聞いたのだが、電話のこちらと向こう側ではその温度差はどれくらいのものか、母が、「明日は朝から雪が降るかも・・」と話すのを聞きながら、私は扇風機を強めに回して電話をしているのだった。
そう、もう3月に入ったタイは全国的に暑くなってきている。
風の少ないバンコクはもとより、ここイサーンでも日中の日射しはもちろんだが、家の中にいて何もしなくても、じわじわと汗が滴ってくる季節になった。
そして子供たちも、いつの間にか期末テストが終わり、一人また一人と夏期休みに入っている。
そんな暑さの中で、ふと真夏の空を見上げて思い出した・・・・。
そうだ!そういえば、今年の冬はあの空に舞うチュラー凧の姿も見た記憶がないが、その朝昼構わず鳴り続ける独特な音色を聞くこともなかった。(『ワーオの音色』 http://mic.namjai.cc/e5246.html 参照)
そうだった、そういえば毎年、正月が終わってもしつこいくらいに聞かれる、お客の「ねえ、もう『粗品の服』は終わっちゃったの?一枚くらい残ってないの?まだ、一枚ももらってないんだよ。」という正月の店の名前入りの長袖シャツの要求もほとんど聞かれなかった。(『年末が近づくと・・』 http://mic.namjai.cc/e18054.html 参照)
そう、今年の冬は例年に無く寒くなかったのだ。
北風が吹かないから凧が揚げられない。
寒くないから、長袖シャツを着たいという感覚が半減する(日よけ目的で着る人もいるが・・)。
そういうわけで、すっかり暑くなってきた今日、不意に、今年の冬が幻のように通り過ぎて行ったことを自覚したのだった。
やはり地球温暖化による異常気象の一端なのだろうか。
最近では、タイでも、「地球温暖化対策」などが叫ばれているが、そういうことを言うのは一部の知識人ばかりで、一般の民衆にはまったく変化がないというのが私の感想である。
第一、教育省からの指示なのか、学校の美術の時間に「地球温暖化」についてのポスターを書くように指導される。
子供たちは、一所懸命頭をひねって、よくある森林伐採や、自然環境の保護などという主題の課題を提出する。
しかし・・・・。
問題は、そういうことを書かせる学校の先生でさえ、その辺で買ったルーク・チン(串刺しの肉団子)や果物の入ったビニール袋、ペットボトルなどを、飲食が終われば、道端でも道路の真ん中でも「ポイッ!」と捨てる。
そういう大人を見て育つ子供たちも、当然大人に見習って同じ事をする。
それが「常識」になるからだ・・・・。
「世界中の人が協力して、地球温暖化を防ごう!~SAVE THE EARTH~」
などと、掲げるのはいいが、所詮、タイ人にとっては夢物語に過ぎないような気がするのは、私だけだろうか?
そういう、外国からの知識を持ち込んでも、何故かその知識だけが、宙にフワフワ浮いてしまっている気がするのは、タイの田舎だからなのだろうか?
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