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ナムジャイブログ

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Posted by namjai at

2009年07月26日

ケップ・ムウ(豚の皮揚げ)に思う。

 






 ケップ・ムウとは、豚の皮と脂肪の部分を細かく切って油で揚げる、無駄のない節約型のおつまみである。

でも、こればかり食べていると確実に何らかの病気になりそうだから、売るほうは節約でも食べるほうはかなりのリスクとなると言えるかもしれない。

 実は、我が家の三歳児はこれが大好物で、さすがに「酒のつまみ」と言う年齢でもないので、ご飯のおかずにしてよく食べている。

 さて、その三歳児がお皿にてんこ盛りにしていた「ケップ・ムウ」の食べ残しを一口つまんでみたら、昔の主人の友人のことをふと思い出した。


 その友人とは、主人の高校時代からの親友で、私が主人と出会った二子玉川のタイ料理店でも一緒に働いていたことのある縁だったが、出稼ぎは早々に切り上げて、私たちよりもだいぶ早くタイに戻って、以前からの彼女とめでたく結婚し、彼女の家の稼業の一部でもあった、この「ケップ・ムウ」を作っていた。

 それは、我が家がタイに帰って来てから知ったことである。

ある日、日本から帰ってきて、久々にその友人を訪ねて行くと、借家だという家のガレージに直径1メートルもある中華鍋が2つも設置され、その中に注がれたたっぷりの油の中には豚の皮、つまりケップ・ムウが揚げられていた。

 そして、大汗をかきながら、鍋をかき回す友人と、その横で小さな第一子を見ながら豚の皮を刻む奥さん。
それは、小さな幸せの構図だったかもしれない・・・・。
私は、今でもその光景が目に浮かぶ。


 その後、そういう生活を親戚か親が懸念して、友人の2度目の日本出稼ぎが決まったらしかった。
都合のいいことに、彼の兄が日本人女性と結婚して日本でタイ料理の店を経営していたので、以前の不法就労時代とは違い、コックとして正式な出稼ぎをしている。

 その後、新空港・スワンナプーム近くに家を買い、奥さんは二人になった子供を学費だけで何万バーツもする、インターナショナルスクールに入れ、新車も買い、すっかりハイソーの仲間入り気取りだそうだ。



 夫婦はもちろん、家族は出来るならなるべく別れて生活しないほうがいい。
特に、タイでは、配偶者が単身で外国へ出稼ぎに行って、その送金をキックにつぎ込むというケースが多い。
「遠くの親戚より近くの他人」ではないが、「遠くの旦那(妻)より、近くのキック」ということなのだろう。

 つつましいながらも小さな幸せを守っていた「ケップ・ムウ」屋時代の方がよかったのでは・・・と、他人事ながら思ってしまう私である。

 タイではよくある話だが、外国からの一攫千金を夢見て、結局何も残らなくなってしまうケースが後を絶たない。
ケップ・ムウを見るたびに思い出す話だ。
   


Posted by バットニャオ at 03:11Comments(10)タイの日常

2009年07月16日

無事、帰宅しました。~後編~

前編よりつづく・・・
 

 モーチットで、イサーンの玄関口・モーチットに乗車予定のバスの出発時間より30分以上も前に無事到着し、余裕でお楽しみの「カフェー・ソット」をすすりながら、(わが町には「カフェー・ソット」の店はないのです。)今回も買ってきたヤマザキの「イギリスサンド」(だったような?)をかじりかじり、束の間の自分だけの時間を楽しんだ私は、これからの長旅に備えてモーチットの有料トイレで用も済ませ、乗車のために一階のターミナルに下りて行きました。
 ちなみに、チケット売り場は3階、乗車ターミナルは1階にあるというややこしい構造になっています。

 階段を下りていくと、いかにもイサーン人という人々が、それぞれ並んで停車しているバスの付近にある待合椅子に座って待っています。

 私が、自分の乗車予定のバスを見つけて行き先を確かめていると、乗務員らしいおじさんが 
「このバスに乗るんかい? もう乗車しちまうか?」
と、まだバンコクなのに、すっかり訛ったイサーン語で話しかけてきました。
私がイサーン人に見えるのか、このバスに乗るのはイサーン人しかいないと思っているのか・・・。

 たしかにバスの入り口はまだ閉まっていて、おじさんは外に座って休んでいたようですが、もう出発時刻5分前だったので、私は、「はい、乗ります。」と答えて、開けてもらいました。
チケットを見ると、その乗務員のおじさんは、
「まあ、どうせ人が少ないんだから、どこでも座っていいっぺよ。」と相変わらず、イサーン語丸出しです。
そう言われたので、本来なら真ん中あたりの席なのですが、運転席の真後ろに陣取ってしまいました。
荷物を横の空席(といっても全席空席でしたが・・)に置いて、これで一安心です。
あとは乗っていれば家の前に着くのですから・・・。

 ところが、そうしているうちにふと、不安がよぎりました。

 もう、発車時間になるのに、私以外誰も乗客が乗ってこない。
外で待っている人たちは、別の方向に行くバスに乗るようだし・・・。
そうしているうちに運転手の男性が乗り込んで来ました。
もし、このまま、誰も来なかったら、私と運転手と乗務員のおじさんだけ・・・。
別に何もないとは思うけど、ここはタイです。何が起こるかわかりません。


 ・・・・とまた訳のわからない妄想を繰り広げていたところに、私よりだいぶ若い二十歳そこそこの女の子が乗車して来ました。
そして、その後から、若い男性と中年男性が一人ずつ。
最後にまた中年男性が乗り込んできて、合計5人の乗客を乗せて出発です。

 私は、一人239バーツの運賃で乗客5人ではガソリン代さえ赤字だろうによく運行しているなあ・・・と半ば感心して乗っていました。

最初は5人だった乗客ですが、途中のラムナラーイまで来たときに、若い男女のカップルが乗ってきたので7人になりましたが、やはり赤字は変わらないでしょう。

 ラムナラーイのターミナルを出てしばらくした交差点で、私の記憶ではまだまっすぐ行くはずのところを左折しました。
「あれっ?」と思ったのも束の間、バスは今度は右折というかUターンしたかと思うと、またすぐ左折。
つまり、もともと直進するはずの道路に戻ったのです。

タイの交通法では、左折は信号も一時停止も無しというところがよくありますが、バンコク市内の道路は狭いし、警察が多いので無理でしょうが、田舎に行くと、自分の進行方向の直進の信号が赤だった場合、赤信号で停まっているのが面倒くさいタイ人は、左折OKの法則を悪用して、「左折→Uターン→左折」して赤信号を停まらずに直進するという裏技を使います。

ただ、これはバイクや乗用車なら分かるのですが、正直、「この大型バスでやるか~?」と思ってしまいました。
でも、トレーラーとかでもやっているのをよく見かけますが・・・。
でも、本当のところ、このタイ人の「キーキャット」(面倒くさがり)な習性のせいで、かなりの割合で事故が起きています。
Uターンしようとしたバイクが直進してきた大型に轢かれたとか、吹っ飛んだとか・・・。

 それに自分の乗っているバスでこういうことをされると生きた気がしません。
次からは、別の手段で上京しようかと思ってしまいました。
まあ、次の上京がいつになるか分かりませんが・・・。パスポートもあと十年は更新無しですから。

 話を戻して、ラムナラーイを出た辺りから、空は真っ暗。満天の星だけが輝いています。
星を眺めながら、ぼんやりしていたのも束の間、山道に入った途端に、私と同列に座っていた若い女の子が立ち上がり、乗務員に停車場所を告げ、降車してしまいました。

 そのときです。またもや、不安がよぎったのは・・・。
たった7人の乗客のうち誰が最後まで残るのでしょう。
以前乗ったときも、我が家のある町のターミナルでほとんどが降りてしまって、私はその先1キロくらいのところで降りるのですが、終点のチャイヤプムまで乗る人はあまりいないようでした。

そして、今回はたったの7人。

 予想通り、しばらくすると、途中のラムナラーイから乗り込んだカップルが、
「バーンナーの学校前で停めてください。」と乗務員に告げ、すぐに降りて行ってしまいました。

一気に2人減り、残るは若い男性1人、中年男性2人と私です。
別に被害妄想が強いわけではありませんが、普段から、レイプ事件や誘拐事件、殺人事件をよく耳にするし、主人からも
「クルンテープは怖いところだ。お前は世間知らずだから・・・」と事あるごとに言われている私は、もう、不安で妄想が停まりません。
 そうしているうちに、今度は若い男性が下車、しばらくして中年男性の一人も下車。

気がつくと、私の後方にいる中年男性と私だけになっていましたが、この中年男性は我が家に来るお客だったかな?と思うくらい親しみの湧く顔立ちだったので、この人に対する恐れはありませんでしたが、この人が私の後に降りてくれればなぁ・・・と願っていました。

 ところが、我が家まであと1時間弱というところに来て、その人は降りてしまったのです。
なんと、嫌な予感が当たり、私が最後の乗客になってしまいました。

 私は、ますます電気もなく暗くなる山道を走りながら、もしバスが急に停車したら・・・。大した物は持ってないけど、強盗されたら・・・。でも、バスの運転手や乗務員と言う定職についているんだから、その定職を捨ててまでキケンな事はしないだろう。
乗務員のおじさんはいかにも善人らしい顔つきだし大丈夫だろう・・・・。でも、人は見かけによらないって言うし・・・。
あああ、大丈夫かな?やっぱり、主人の言うことを聞いて、夜中3時に出発して、朝方に用事を済ませ、昼のバスで帰ればよかった・・・・。

 と、私の限りない妄想は、わが町の灯りが見えてくるまで続きました。

「あっ!うちの町に戻ってきた・・・・助かった。」
そのときの安堵はもう、言葉では言い表せません。
別に、運転手や乗務員が何をしようと企んでいたわけでもなく、多分、彼らは普通に業務を遂行していただけのことなのですが、私のとどまる事を知らない被害妄想は、勝手に自分を窮地に追い込んでいました。

 しかも、運転手と乗務員のおじさんは、他に乗客がいないので親切にも我が家に行く前に通るはずの、町のターミナルに寄らずに、その町の灯りが見える大通りから直行で我が家の前に停めてくれました。
しかも、降りるときには「最後のお客さんだね」と笑顔で見送ってくれて・・・・。

 私は、周囲の情報に振り回されすぎて、自分が勝手に妄想していたことを申し訳なく思いましたが、そんなことを説明する必要もないので、とりあえず、満面の笑顔で「ありがとうございました!」と答えて、無事降車し、家の扉を開けました。

 タイの危険な部分も多いですが、そればかりではないこともよく知っておかないと・・・と思いました。
でも、気をつけるに越したことはないのも事実ですが・・・。



 
  


Posted by バットニャオ at 13:48Comments(11)タイの常識

2009年07月13日

無事、帰宅しました。~前編~

 前回の記事で皆様に、予告していたとおり、先週の金曜日カオパンサーの翌々日に、「パスポートの受け取り」という重要任務のためだけに(何しろ、私のタイでの生活はこのパスポートによって支えられているのですから)、丸々一日を掛けてクルンテープに日帰り上京をして参りました。


 その日は、前回のように、我が家から30キロ離れた町にあるチャイヤプム―バンコク行きのメイン路線である、ナコンチャイツアーを利用せず、受け取りだけなので、夕方までに着けばいいという考えから、我が家のある町のターミナルを通り、帰りは我が家の目の前で降車できるチャイヤプムツアーのマイナー路線で往復することにしました。

 この路線は、近くの市場のターミナルを朝8時15分出発ということで、今回は主人にバイクで送ってもらい出発。
バスは、田舎道から山道へと入って行きました。
今回は、ほとんど行きは音楽を聴きながらうつろうつろしていたのですが、途中のドライブインのような店で休憩20分。
ここで、11時半だったので、今回はみんなに習って「カオゲーン(汁物や炒め物を選んでご飯に掛けてもらう)の2品で30バーツ」を5分くらいで平らげました。
 私は、「トムカーガイ」(鶏肉のココナツミルク煮)と「パットノーマイサイカイ」(たけのこの卵炒め)を食べたのですが、もともと味にこだわらない私が言うのもなんですが、なかなかおいしかったです。

 そういうわけで、今回は時間がないのに、ご飯もちゃんと食べられました。また、パン一個というのを覚悟していたのですが・・・。

 そうして、またバスは出発し、そこが「ラムナラーイ」だったと気がつきました。
しばらくすると、「サラブリー」と矢印のある標識が見えたので、もうすぐだ・・・と思ったのですが、ここからが長かった・・。
実は、まだ道程の半分も行っていなかったんです。
私は、「ラムナラーイ」はかなり遠いところだと思っていたのですが、我が家のある市から2時間少しだったようです。

 そうして、12時を過ぎ、1時を過ぎた頃から、私は焦り始めました。
サラブリーを通ったはずなのに、イサーン人にとってはクルンテープの入り口、「ランシット」の景色がいつまで経っても見えてきません。

 時計は1時半を過ぎようとしていました。

 そのときです、かすかに見慣れた景色が・・・。
立ち並ぶ、ショベルカーやトラクターその他建設機械の店。

やっと、ランシットの入り口です。
私は、もう音楽を聴くのも忘れて、ケイタイの時計とにらめっこです。

 今日は、金曜日。もし、大使館の受付時間に間に合わなかったら・・・。
どこにも泊まるところもないし、大体外泊なんて許されるはずがない。
家に電話しても、主人の文句が洪水のように溢れてくるに決まってる・・。
あああ、もし間に合わなかったら・・・・。

 私の妄想はどんどんエスカレートし、大使館の門の前で、警備のオジサンにすがり付いて、
「すみません・・。お願いします・・・。日本人の人を呼んでください。」
と、邦人が事件にでも巻き込まれたことを装って、取り次いでもらおう・・・とか、日本人の大使館員の人が出て来たら、
「すみません。パスポートの受け取りのためだけにイサーンから来たんです。受け取れないと帰れません・・。」と、泣きすがって、土下座して、それでもダメなら座り込みしようかとか・・妄想が止まりません。

 そんな妄想をしているうちに、いつの間にかランシットのフューチャーパークを過ぎ、都心へ向かっていました。

 何とか、モーチットへ到着したのは、2時25分くらいでした。
私は、もう呼び込みのお兄ちゃんを観察してるヒマもありません。
段取り通りに、路線バス乗り場に向かい、今回は無料バスなど物色してる余裕もなく、さっさと停まっていた路線バスに乗り込みました。

 地下鉄に乗り込んだのが2時40分、3時15分過ぎにはどうやら大使館にたどり着き、肝心のパスポートを受け取り、刑務所のような大使館を出たのが3時20分、地下鉄に3時30分に乗り込み、お土産にとBTSのモーチット駅で、チャイヤプムにはない「ヤマザキ」のパンと和菓子を買い込み、モーチットのターミナルに着いたのが4時過ぎ。

 急いで、バスのチケットを確保し、余裕の「カフェー・ソット」を飲みました。

・・・・と、一気に帰宅までのストーリーを書こうと思ったのですが、時間切れ。

就寝の時間になってしまいました。

ここで、無理をしてはまた家庭に波風が立つので、急きょ前編・後編とさせていただきます。



 
   


Posted by バットニャオ at 00:25Comments(8)タイの風景

2009年07月09日

再び、上京。

 前回のコメントで、パスポートの受け取りのため、7月1日に上京する予定だったのですが、家人の急な入院が入って、予定は延期・・・。
 でも、それも無事、退院となったので、明日7月10になりましたが、急いで上京することになりました。

 それも、そのはず、今月はビザの更新の月で、今月の18日までに入管に行かないと、長年延長してきたビザが切れてしまうのです。
主人は、「不法滞在の外国人でもいいじゃん。」なんて冗談をいいますが、タイは違法なことには何かとお金が掛かるので、(お金で始末できる?)この不況の中、これ以上無駄な出費がかさむのは困ります。

 そういうわけで、明日、市内のバスターミナルを朝8時15分発(あくまで予定・・・)のバスに乗って、午後2時過ぎにはモーチットに到着。
そのまま、バス、地下鉄を乗り継ぎ、3時頃には日本大使館へ。
そして、すぐに受け取りを済ませて、またもと来た道順でモーチットへとんぼ帰り。
夕方、17時発のチャイヤプム行きバスに乗り遅れないように、とにかく時間との戦いになる予定の、再上京です。
 以前のコメントで、ピヤポンさんに驚かれましたが、今回は以前よりもさらにバンコク滞在時間は短くなる予定です。
そして、前回で勘を掴んだので、食料を手に入れる場所や、バスの乗り換えなどにもたつく時間もだいぶ短縮されると思います。
 まさに、時間との戦いになる今回の上京です。


 これだけの用なので、大使館で郵送とかしていただけるとすごくありがたいのですが、日本国の法律ではそういうことは出来ないようで、「受け取りは本人がする」と念を押されています。
 
 ちなみに、タイのパスポートは郵送も可。写真も、申請時にその場でデジカメで「カシャ!」と撮影する、かなりお手軽なパスポート申請ですから、羨ましい限りです。
まあ、そのせいで、年齢を誤魔化したり、人が入れ替わったりという偽造パスポートも作りやすいのかも知れませんが・・。
 
 日本国の安全対策は十分理解できますが、私のように、バンコクから遥か彼方の田舎に住む者にとっては、例外的に郵送措置などしていただけたら・・・などと思ってしまいます。

 それでは、行ってきま~す。  


Posted by バットニャオ at 23:26Comments(10)タイの常識