2010年06月26日
混迷する日本語とタイ語
昨日、一週間以上ぶりで、日本の実家の母に電話をしてみた。
いつも挨拶代わりに、こちらの様子を聞き、昨年から「血小板減少性紫斑症」という病気だと思われる(症状からネットで調べて推測しただけだが・・)主人の体調を心配する母に、主人の病気は投薬を続けているから心配ない・・という話をした。
そのついでに、主人の通院の話から、昨日月例で行って来た、義母を連れてコラートの病院に行った話になり、何故義母がその病院に行き始めたか・・という話になった。
母にも話したのだが、義母はその病院に、膝の関節の痛みでも通っており、昨日はその整形外科の方の通院だったが、もともと義母がそのコラートの軍人基地病院に通い始めたのは、3年前に突然家の中で倒れたからであった。
その病名は先ほどネットで調べたのだが、「動脈硬化による脳血栓(の手前)」とでも言うのだろうか。
要は、脳内血管が圧迫(圧縮?)されて、血液が流れにくくなるというものだが、これを母に説明しているときに、
「実はね、3年前くらいなんだけど、お義母さんが家で倒れて病院に運ばれて検査したら・・・・」
頭の中でタイ語でしか出てこない症状を、順序を入れ替え日本語に訳しながら説明していく・・・。
「(ナイ・サモーン・・・)脳の中の(セン・ルアット)血管が、(ビープ)圧迫されてウッタンしちゃったんだって、それから退院後も月一くらいで通院してるの。」
ウッタン・・・「鬱たん」の「たん」どういう漢字だっけ・・・?
やっぱり、全然日本語書かないし、忘れるよな・・・・・。
と思いながら、電話の向こうの母の声がいまひとつピンと来ないような気がした。
私は、しばらく考え込んだ・・・・。
「????・・・・」
私は私の中のタイ語を訳しながらの会話の中では、「ウッタン」は日本語だと思って疑わなかったのだが、どうも「鬱たん」と書いて、「詰まる」という意味になるのか?という疑問が生じてきた。
「อุดตัน」
そうだ!ウッタンは日本語じゃないような気が・・・、タイ語じゃないか?
気を取り直して、よく考えてみると、確かにそれは日本語ではないことに気がついた。
道理で母の声があまり反応しないはずである。
普段家の中では、客とはタイ語オンリー、家族とはタイ語か、日本語とタイ語チャンポンで話が通じる。
そういう生活の中で、日本語100%で話す機会がないため、この8年間ですっかり日本語が不自由な日本人となってしまったようだ。
昨年、日本に一時帰国したときも、近所のいちご農家でいちごを買おうとして、
「アオ・・・」(・・・ください)と、つい口をついて出てしまったので、子供たちに大笑いされた。
もちろん、子供たちも自分たちは日本語を話さないのに・・・である。
だから、用事で在タイの日本の公館や会社などに電話する事があると、必要以上に緊張してしまう。
つい、訳の分からないことを言ってしまいそうだからである。
自分では、老化の一歩だと言い訳しているが、単に使わないものは忘れる・・というだけかも知れない。
先日、いつものように、部品代の支払い用のチェック(小切手)にサインをしたときに、その集金のセールスマンに、
「いや~、やっぱり、日本語を書くのは慣れてますね~。指の動きが違う!」
とタイ人の口の上手さから、うわべだけのお世辞を言われたが、私は内心、
「見て上手いか下手かが分かるのか? でも、このサインでよくチェックが通るよな。滅多に日本語なんて書かないから、もうパスポートや通帳の丁寧なサインとは全くの別物になっているのに・・・。」
正直言って、パスポートのサインは丁寧に書いたし、そのサインを真似て書く、銀行の口座開設時のサインもまあまあ楷書で書けている。
しかし、最近のチェックにしか書かないサインは、どう見ても、面倒くさそうな字で、漢字を書こうとする段階から、すでに手の平の筋肉が疲れているようだ。
パスポートのサインをアルファベットで書く人もいるが、私は19歳で初めてパスポートを作ったときから、「日本人は日本語で。サインは漢字に決まっている!」という妙なこだわりがあり、漢字のサインをつづけてきた。
これが今は、書くのさえ面倒になっていて、漢字にしたのをちょっと後悔したりしている。
もっと簡単に、名前だけ(出来るのか?)とかにすればよかった・・・・。
だんだん日本人としての自覚まで薄れていきそうで、怖い気がする今日この頃である・・・・。

この偽日本語のように、だいぶ怪しくなっている私の日本語能力・・・。
裏ブログ?
イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
より深い、タイ人、イサーンへの理解を願って・・・・ランキングに参加しています。


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いつも挨拶代わりに、こちらの様子を聞き、昨年から「血小板減少性紫斑症」という病気だと思われる(症状からネットで調べて推測しただけだが・・)主人の体調を心配する母に、主人の病気は投薬を続けているから心配ない・・という話をした。
そのついでに、主人の通院の話から、昨日月例で行って来た、義母を連れてコラートの病院に行った話になり、何故義母がその病院に行き始めたか・・という話になった。
母にも話したのだが、義母はその病院に、膝の関節の痛みでも通っており、昨日はその整形外科の方の通院だったが、もともと義母がそのコラートの軍人基地病院に通い始めたのは、3年前に突然家の中で倒れたからであった。
その病名は先ほどネットで調べたのだが、「動脈硬化による脳血栓(の手前)」とでも言うのだろうか。
要は、脳内血管が圧迫(圧縮?)されて、血液が流れにくくなるというものだが、これを母に説明しているときに、
「実はね、3年前くらいなんだけど、お義母さんが家で倒れて病院に運ばれて検査したら・・・・」
頭の中でタイ語でしか出てこない症状を、順序を入れ替え日本語に訳しながら説明していく・・・。
「(ナイ・サモーン・・・)脳の中の(セン・ルアット)血管が、(ビープ)圧迫されてウッタンしちゃったんだって、それから退院後も月一くらいで通院してるの。」
ウッタン・・・「鬱たん」の「たん」どういう漢字だっけ・・・?
やっぱり、全然日本語書かないし、忘れるよな・・・・・。
と思いながら、電話の向こうの母の声がいまひとつピンと来ないような気がした。
私は、しばらく考え込んだ・・・・。
「????・・・・」
私は私の中のタイ語を訳しながらの会話の中では、「ウッタン」は日本語だと思って疑わなかったのだが、どうも「鬱たん」と書いて、「詰まる」という意味になるのか?という疑問が生じてきた。
「อุดตัน」
そうだ!ウッタンは日本語じゃないような気が・・・、タイ語じゃないか?
気を取り直して、よく考えてみると、確かにそれは日本語ではないことに気がついた。
道理で母の声があまり反応しないはずである。
普段家の中では、客とはタイ語オンリー、家族とはタイ語か、日本語とタイ語チャンポンで話が通じる。
そういう生活の中で、日本語100%で話す機会がないため、この8年間ですっかり日本語が不自由な日本人となってしまったようだ。
昨年、日本に一時帰国したときも、近所のいちご農家でいちごを買おうとして、
「アオ・・・」(・・・ください)と、つい口をついて出てしまったので、子供たちに大笑いされた。
もちろん、子供たちも自分たちは日本語を話さないのに・・・である。
だから、用事で在タイの日本の公館や会社などに電話する事があると、必要以上に緊張してしまう。
つい、訳の分からないことを言ってしまいそうだからである。
自分では、老化の一歩だと言い訳しているが、単に使わないものは忘れる・・というだけかも知れない。
先日、いつものように、部品代の支払い用のチェック(小切手)にサインをしたときに、その集金のセールスマンに、
「いや~、やっぱり、日本語を書くのは慣れてますね~。指の動きが違う!」
とタイ人の口の上手さから、うわべだけのお世辞を言われたが、私は内心、
「見て上手いか下手かが分かるのか? でも、このサインでよくチェックが通るよな。滅多に日本語なんて書かないから、もうパスポートや通帳の丁寧なサインとは全くの別物になっているのに・・・。」
正直言って、パスポートのサインは丁寧に書いたし、そのサインを真似て書く、銀行の口座開設時のサインもまあまあ楷書で書けている。
しかし、最近のチェックにしか書かないサインは、どう見ても、面倒くさそうな字で、漢字を書こうとする段階から、すでに手の平の筋肉が疲れているようだ。
パスポートのサインをアルファベットで書く人もいるが、私は19歳で初めてパスポートを作ったときから、「日本人は日本語で。サインは漢字に決まっている!」という妙なこだわりがあり、漢字のサインをつづけてきた。
これが今は、書くのさえ面倒になっていて、漢字にしたのをちょっと後悔したりしている。
もっと簡単に、名前だけ(出来るのか?)とかにすればよかった・・・・。
だんだん日本人としての自覚まで薄れていきそうで、怖い気がする今日この頃である・・・・。
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2010年06月14日
幼稚園に見た「タイ社会の縮図」~その3
さて、ミックの幼稚園入園から、半月が流れた・・・。
その間、約二週間はミックの付き添いで、半日入園を繰り返していた私。
そのわずかな期間でのタイの幼稚園生活の実態を見て、これはまさに、「子供社会は大人社会の縮図」だということを、実感したのだった。
様々な子供たちのやり取りや喧嘩から、タイでよくある痴話喧嘩・・・単なる意見の相違からの夫婦喧嘩から、片方または双方の浮気がばれての刃物を振り回す喧嘩まで、これが下地になっているのだな・・と思ったのである。
単なる普通の村の若者同士の勢力争い(まるでヤクザか暴走族?)から、単なる口喧嘩からすぐに殺傷事件までに発展してしまう気の荒さ・・など、子供たちを見ていたら、「このまま大きくなったら、ああいう大人(その辺の村人)になるのだろうな・・。」と妙に感心してしまった。
そして、毎日、毎日の出来事で忘れられないのが、「ミックのお菓子」を狙うコバンザメのような子供たちのことである。
それは、別にミックに限った話ではないのだが、この辺の幼稚園には、決まった時間におやつが出てくるということはない。
まず、朝ごはんは家で食べるか、もし家の経済状況が悪い家庭は、この学校では朝ごはんもタダで食べさせてくれるというシステムがある。
だが、幼稚園くらいの子供たちは、一度にたくさんの食事を取って、昼まで待つというほど胃が出来上がっていないので、9時を過ぎる頃には、小腹が空いてくる。
そうすると、あらかじめ登園前に、保護者が買って持たせておいたスナック菓子や飴などを、カバンから取り出し、個人個人勝手にむさぼり始める。
それが、一斉に・・というわけではないので、誰かが開けて食べていると、他の子供が寄ってくる。
ミックも同じ経験をした。
ミックがお菓子を取り出した途端、今まで教室の反対側にいたある子供が、さっとミックの横に擦り寄ってきている・・・!
そして、ミックが開けて食べ始めた途端、サッとミックのスナック菓子の袋に手を突っ込んで鷲掴みにして、頬張っていた。
その素早さは、まさに「一瞬の技」だった。

好き勝手にお菓子を食べ始める子供たち
そして、今度は昼休みの給食時間。
配られた給食を食べ終わっても、お腹一杯にならない子供は、その横に売っている学校の売店からお菓子を買う。
ミックもそれを楽しみにしていて、食べ終わるや否や、「お菓子買いに行く!」と、10バーツを握り締めて、目的の味付け海苔のお菓子を買って来た。
すると、ここにも・・さっき、ミックのお菓子を鷲掴みにした、例の同じクラスの子供が、「ニヤ~っ」と言う笑みを浮かべながら、お菓子を手にしたミックの横にいた。
しかも、上級生(小学1年生)の子供も、私に、
「ねえ、この子(ミックの事)、オレにお菓子くれるかな?」と同意を求めてくる。

ピカピカの小学一年生なのに、何故かオヤジが入っている子供(左)
よく言えば、「シェア」(分かち合い)なのかもしれないが、私には、お菓子に群がるコバンザメを連想させた。
そして、この姿はさらに大人のタイ人が、ものすごい嗅覚と言うか、情報力で、お金のあるところにサーッと群がる習性を連想させた。
日本から、出稼ぎの村人が数年ぶりに帰って来たと聞けば、みんな日本からの現金を期待して、返す当てのない借金の申し入れに押しかける。
昔の同級生だという保険屋は、久々の再開を装って、帰国祝いと言いながら、自分の売っている保険の勧誘に余念がない。
帰国しなくても同じである。
誰かが、日本人と結婚したなどと聞けば、「我先に」と銀行やサラ金で借りられない人たち(要するに返済能力のない人たち)が、チャンス!とばかりに寄って来る。
「เนื้อหอม」(ヌア・ホーム=人気がある)とはよく言うが、まさに外貨を稼いだタイ人は「เนื้อหอม」なのである。
ところで、この子供はもう4歳にして、このしたたかなタイ人の習性を身につけているようで、売店のおばさんから、
「こら~!また他の子のお菓子を取って!お兄ちゃん(従兄弟が上級生にいるらしい)からお金もらって来な!」
と怒られていたが、翌日もまた、自分では一切お金を持たず、友達のお菓子を鷲掴みにしていた。
「あるところから取れ!」
これは、タイで生きていく上で覚悟しなければならない常識かも知れない。
さて、肝心のミックの様子はと言うと・・・。
三週目から 何故か「一人で(幼稚園に)いられるようになるぞ!」と宣言し、その次の日から、離れ際には多少名残惜しそうなそぶりを見せるが、何とか私と離れて、先生についていられるようになった。
という訳で、約2週間にわたった、私のタイ幼稚園体験は幕を閉じた。
その間、幼稚園の先生のタイらしい御伽噺や、仏教徒の仕込み方など、面白い話があったが、それはまた、後日の機会に書こうと思う。
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その間、約二週間はミックの付き添いで、半日入園を繰り返していた私。
そのわずかな期間でのタイの幼稚園生活の実態を見て、これはまさに、「子供社会は大人社会の縮図」だということを、実感したのだった。
様々な子供たちのやり取りや喧嘩から、タイでよくある痴話喧嘩・・・単なる意見の相違からの夫婦喧嘩から、片方または双方の浮気がばれての刃物を振り回す喧嘩まで、これが下地になっているのだな・・と思ったのである。
単なる普通の村の若者同士の勢力争い(まるでヤクザか暴走族?)から、単なる口喧嘩からすぐに殺傷事件までに発展してしまう気の荒さ・・など、子供たちを見ていたら、「このまま大きくなったら、ああいう大人(その辺の村人)になるのだろうな・・。」と妙に感心してしまった。
そして、毎日、毎日の出来事で忘れられないのが、「ミックのお菓子」を狙うコバンザメのような子供たちのことである。
それは、別にミックに限った話ではないのだが、この辺の幼稚園には、決まった時間におやつが出てくるということはない。
まず、朝ごはんは家で食べるか、もし家の経済状況が悪い家庭は、この学校では朝ごはんもタダで食べさせてくれるというシステムがある。
だが、幼稚園くらいの子供たちは、一度にたくさんの食事を取って、昼まで待つというほど胃が出来上がっていないので、9時を過ぎる頃には、小腹が空いてくる。
そうすると、あらかじめ登園前に、保護者が買って持たせておいたスナック菓子や飴などを、カバンから取り出し、個人個人勝手にむさぼり始める。
それが、一斉に・・というわけではないので、誰かが開けて食べていると、他の子供が寄ってくる。
ミックも同じ経験をした。
ミックがお菓子を取り出した途端、今まで教室の反対側にいたある子供が、さっとミックの横に擦り寄ってきている・・・!
そして、ミックが開けて食べ始めた途端、サッとミックのスナック菓子の袋に手を突っ込んで鷲掴みにして、頬張っていた。
その素早さは、まさに「一瞬の技」だった。
好き勝手にお菓子を食べ始める子供たち
そして、今度は昼休みの給食時間。
配られた給食を食べ終わっても、お腹一杯にならない子供は、その横に売っている学校の売店からお菓子を買う。
ミックもそれを楽しみにしていて、食べ終わるや否や、「お菓子買いに行く!」と、10バーツを握り締めて、目的の味付け海苔のお菓子を買って来た。
すると、ここにも・・さっき、ミックのお菓子を鷲掴みにした、例の同じクラスの子供が、「ニヤ~っ」と言う笑みを浮かべながら、お菓子を手にしたミックの横にいた。
しかも、上級生(小学1年生)の子供も、私に、
「ねえ、この子(ミックの事)、オレにお菓子くれるかな?」と同意を求めてくる。
ピカピカの小学一年生なのに、何故かオヤジが入っている子供(左)
よく言えば、「シェア」(分かち合い)なのかもしれないが、私には、お菓子に群がるコバンザメを連想させた。
そして、この姿はさらに大人のタイ人が、ものすごい嗅覚と言うか、情報力で、お金のあるところにサーッと群がる習性を連想させた。
日本から、出稼ぎの村人が数年ぶりに帰って来たと聞けば、みんな日本からの現金を期待して、返す当てのない借金の申し入れに押しかける。
昔の同級生だという保険屋は、久々の再開を装って、帰国祝いと言いながら、自分の売っている保険の勧誘に余念がない。
帰国しなくても同じである。
誰かが、日本人と結婚したなどと聞けば、「我先に」と銀行やサラ金で借りられない人たち(要するに返済能力のない人たち)が、チャンス!とばかりに寄って来る。
「เนื้อหอม」(ヌア・ホーム=人気がある)とはよく言うが、まさに外貨を稼いだタイ人は「เนื้อหอม」なのである。
ところで、この子供はもう4歳にして、このしたたかなタイ人の習性を身につけているようで、売店のおばさんから、
「こら~!また他の子のお菓子を取って!お兄ちゃん(従兄弟が上級生にいるらしい)からお金もらって来な!」
と怒られていたが、翌日もまた、自分では一切お金を持たず、友達のお菓子を鷲掴みにしていた。
「あるところから取れ!」
これは、タイで生きていく上で覚悟しなければならない常識かも知れない。
さて、肝心のミックの様子はと言うと・・・。
三週目から 何故か「一人で(幼稚園に)いられるようになるぞ!」と宣言し、その次の日から、離れ際には多少名残惜しそうなそぶりを見せるが、何とか私と離れて、先生についていられるようになった。
という訳で、約2週間にわたった、私のタイ幼稚園体験は幕を閉じた。
その間、幼稚園の先生のタイらしい御伽噺や、仏教徒の仕込み方など、面白い話があったが、それはまた、後日の機会に書こうと思う。
裏ブログ?
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