2012年04月28日
愛のために?
今日の夕方、日本のドラマを見ていた主人が番組が終わった後、不意にこう聞いて来た。
「ねえ、ちょっと聞いていい?」
主人がこういう改まった前置きをして何かを聞くときは、大抵、何か不審な出来事を聞き出したいとか、私が答えた後に、百倍くらいで反論する何らかの意見を持ち出すことが常々なので、私は反射的に身構えながらも平静を装って「何が?」と答えた。
「あのさ、どうして日本人は愛より仕事を選ぶんだ?」といきなり言い出す主人に、
「は?何の事?なんでいきなりそんな事言い出すの?」と聞くと、
「さっき観てた日本のドラマでさ、彼氏が仕事で遠くに行っちゃうから、離れ離れになるでしょ?それだったら、一緒に付いて行けばいいのに、何で行かないんだろう。」と言う。
私は、基本的にタイのドラマも日本のドラマも観ないので、その主人の観ていたドラマの内容は把握していないのだが、とにかく、恋人同士がいて、彼氏が仕事でアメリカに旅立つのだが、彼女は日本に残っていて、そのうち遠距離恋愛から破局に向かうというような内容らしい。
主人が言いたいのは、日本人は「なぜ、愛より仕事を優先するのか?愛のために一緒にいればいいのに•••。」ということらしい。
私が、日本人は仕事に対しての責任感がタイ人とは比較にならないし、仕事に対する情熱などと言う事もある、それに、その仕事に就くまでや、その仕事をやり遂げたりすることにも並々ならぬ努力をしているかも知れないし、そうそう簡単に「はい、やめましょう。」という訳にも行かないのだろうと説明したのだが、ここは、双方の価値観の違い、分かり合えるはずもなかった。
なので、私は私の常々思っていた事を言ってみた。
「だったら、私がいつも思うんだけど、よくうちに買い物に来る運転手のお兄ちゃんなんかに、付いて来る彼女、あれどう思う? 私は、あんた仕事ないの?そんなに暇なの?って聞きたくなる。彼女が来たからって、荷物を持って手伝う訳でもないし、彼氏が眠くなったら、トレーラーの運転を代わってあげるとかでもない。だったら、家で仕事でも探して働いた方がいいと思うよ。何で金魚の糞みたいにいつもくっついてなくちゃいられないの?」
これには、主人も言い返すのが面倒になったのか分からないが、急に話を変えて、ニヤニヤしながら、
「でも、お前は俺と離れないで一緒に来てよかったね〜。」
などと、気持ち悪いくらいの上機嫌で言うので、私も言葉に詰まった•••。
まあ、それはともかくとして、タイ人は人生のすべてが、
愛のため
金のため
に、生きているような気がする。
しかし、このタイ人の「愛のため」には、やはり「自己中心的な愛」でしかないような気がする。
単に、自分の所有物にしたいだけのように思える。
タイ人の言う「愛のために生きる」とは、好いた好かれた、振った別れたという恋愛事情の末に、殴り合い、さらには殺傷事件にまで発展するような、愛憎劇を地で行くタイ人の人生を表す言葉らしい。
仕事は金を稼ぐ手段でしかなく、そこにやりがいなどは見いだせない。
賃金以上の仕事は時間の無駄である。
タイ人にとって「愛こそがすべて!」なのは、疑う余地のない事実である。
日本人の仕事熱心は、タイ人に理解されるのは無理だろう。
タイ人と結婚してタイに住むのなら仕事はほどほどに、家庭サービスに力を入れないと、家庭生活は続かないようである。

ドック•ラック
裏ブログ?
イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
より深い、タイ人、イサーンへの理解を願って・・・・ランキングに参加しています。

「ねえ、ちょっと聞いていい?」
主人がこういう改まった前置きをして何かを聞くときは、大抵、何か不審な出来事を聞き出したいとか、私が答えた後に、百倍くらいで反論する何らかの意見を持ち出すことが常々なので、私は反射的に身構えながらも平静を装って「何が?」と答えた。
「あのさ、どうして日本人は愛より仕事を選ぶんだ?」といきなり言い出す主人に、
「は?何の事?なんでいきなりそんな事言い出すの?」と聞くと、
「さっき観てた日本のドラマでさ、彼氏が仕事で遠くに行っちゃうから、離れ離れになるでしょ?それだったら、一緒に付いて行けばいいのに、何で行かないんだろう。」と言う。
私は、基本的にタイのドラマも日本のドラマも観ないので、その主人の観ていたドラマの内容は把握していないのだが、とにかく、恋人同士がいて、彼氏が仕事でアメリカに旅立つのだが、彼女は日本に残っていて、そのうち遠距離恋愛から破局に向かうというような内容らしい。
主人が言いたいのは、日本人は「なぜ、愛より仕事を優先するのか?愛のために一緒にいればいいのに•••。」ということらしい。
私が、日本人は仕事に対しての責任感がタイ人とは比較にならないし、仕事に対する情熱などと言う事もある、それに、その仕事に就くまでや、その仕事をやり遂げたりすることにも並々ならぬ努力をしているかも知れないし、そうそう簡単に「はい、やめましょう。」という訳にも行かないのだろうと説明したのだが、ここは、双方の価値観の違い、分かり合えるはずもなかった。
なので、私は私の常々思っていた事を言ってみた。
「だったら、私がいつも思うんだけど、よくうちに買い物に来る運転手のお兄ちゃんなんかに、付いて来る彼女、あれどう思う? 私は、あんた仕事ないの?そんなに暇なの?って聞きたくなる。彼女が来たからって、荷物を持って手伝う訳でもないし、彼氏が眠くなったら、トレーラーの運転を代わってあげるとかでもない。だったら、家で仕事でも探して働いた方がいいと思うよ。何で金魚の糞みたいにいつもくっついてなくちゃいられないの?」
これには、主人も言い返すのが面倒になったのか分からないが、急に話を変えて、ニヤニヤしながら、
「でも、お前は俺と離れないで一緒に来てよかったね〜。」
などと、気持ち悪いくらいの上機嫌で言うので、私も言葉に詰まった•••。
まあ、それはともかくとして、タイ人は人生のすべてが、
愛のため
金のため
に、生きているような気がする。
しかし、このタイ人の「愛のため」には、やはり「自己中心的な愛」でしかないような気がする。
単に、自分の所有物にしたいだけのように思える。
タイ人の言う「愛のために生きる」とは、好いた好かれた、振った別れたという恋愛事情の末に、殴り合い、さらには殺傷事件にまで発展するような、愛憎劇を地で行くタイ人の人生を表す言葉らしい。
仕事は金を稼ぐ手段でしかなく、そこにやりがいなどは見いだせない。
賃金以上の仕事は時間の無駄である。
タイ人にとって「愛こそがすべて!」なのは、疑う余地のない事実である。
日本人の仕事熱心は、タイ人に理解されるのは無理だろう。
タイ人と結婚してタイに住むのなら仕事はほどほどに、家庭サービスに力を入れないと、家庭生活は続かないようである。
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2012年04月25日
ソンクラーン休暇の結末
この前のソンクラーン直前の記事を書いたのは13日の早朝でした。
本来なら、せっかくの休業日なので、ゆっくり寝ていればいいのに、前日ミックの誘いに掛かって早寝してしまったせいか、朝の3時半頃から目が覚め始め、4時過ぎにはいろいろな思考が頭を巡り、「もう、寝付けないからいっそのこと起きてブログでも更新しよう。」と思ったのです。
その日の事前計画では、朝、遅くとも10時くらいには、実家の沼地で漁を続けている主人が迎えに来て、実家の義母のところへ連れて行き、義母にソンナームをする予定でした。
毎年、午前中には行っていたので、こういうものは朝方、少なくとも午前中にするものだと思っていたのです。
ところが、待っても待っても主人は来ません。
最初は一階で準備をして待っていたのですが、10時過ぎには二階に上がってミックとdvd鑑賞に入っていました。
結局迎えに来たのは正午過ぎで、実家に付いたのが1時半過ぎ、しかも向こうはまだ漁で上がった魚を仕分けして市場に売りに行く途中。
結局、私たちは誰もいない義母の家でもなく、主人たちが作業している沼の小屋でもなく、義母の知り合いの家に置いて行かれて、そこで日が暮れるまでひたすら待ちぼうけとなったのでした。
朝ご飯しか食べて来なかったので、途中でお腹が空きましたが我慢。
そのうち、あまりにも遅いので、そこの家のお嫁さんが気を遣ってくれ、鳥の唐揚げなどを急いで作って出してくれました。
こちらも、却って気を遣うし、居心地の悪さと言ったら何とも言えない心地でした。
ただ過ぎて行く時間を、ぼーっとしながら、その家の縁台に腰掛けて眺めていました。
日が落ち、辺りはすっかり薄暗くなって、もう飽きるも飽きないもないと言う心地になった頃、ようやく主人の車がその家の前に停まりました。
主人の車に乗って、沼地の小屋に再び戻ると、そこには例の酔っぱらうと癖の悪い次兄と、普段は落ち着いた感じだが、やはり酔うとくどくなる長兄のコンビが座って盛り上がっていました。
私は、すでにそこで嫌な予感がしたのですが、やはり次兄は私を見ると、得意の酔っぱらい日本語であれこれくだらない、訳の分からない事を話して来ましたが、さっと挨拶を交わすと別の方に避難しました。
すると、誰かがご飯を炊けというので、炊飯釜の内鍋を探していたら、その中には赤い内蔵のような物体がいっぱいに入れられていて、米を研ぐどころではありません。
よく見ると、塩辛のような漬け物に見えました。
義母に聞くと、魚の卵を米汁で発酵させて、酸味の効いた漬け物にするということでした。
私は、その魚の発酵した完成品は好きで食べますが、このお腹が空いたときに、内蔵の腐ったとしか言えないような異臭を嗅いだ後は、もうご飯を食べる気がすっかり失せてしまいました。
子供たちが食事を終えたところで、酔っぱらいは無視して、さっさと義母へのソンナームを済ませ、まだここで漁の魚を売らなければならない主人を残して、子供たちと帰宅しました。
そんなこんなで、年に数日しかないせっかくの休日の一日が終わり、翌日こそはゆっくりと思ったのです。
でも、結局昼過ぎにいきなり主人が帰って来て車を使うというので、せっかく子供と出掛けて少しはソンクラーンを楽しませて上げようと思って出掛けていたのですが、それも主人の急な呼び出しで、水掛けをする前に急いで帰宅しなければなりませんでした。
その後、車を急いで使うと言って帰って来た主人は、私が車を返しに家に戻ると、居間で大好きなムエタイの中継を見ていて、なかなか実家に戻ろうとしません。
せっかくゆっくり出来るはずだったこの二日間、結局、何の意味も無いような休日に終わりました。
これなら、この二日間店を閉めないで通常通り営業していた方が良かったのに•••と言うのが今年のソンクラーンの感想でした。
来年は、仏様にお願いをして、ソンクラーンも通常通り店を開けたいと思います。
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2012年04月13日
ソンクラーン・2555
今年もソンクラーンの季節がやってきました。
もう数日前から、我が家の前の通りもバンコクや他県からの車両が増えて来ています。
我が家の店の前にも、数日前から「13・14日休業」の紙を貼り、今年の我が家の休日は2日と決まりました。
この13日は日本から来たばかりの頃、我が家がこの商売を始めるにあたり数箇所のお寺めぐりをした際に、そのうちの「ワット・タムケーオ」というお寺の大僧侶が、
「毎年、少なくともこの13日だけは商売を休みなさい。」と言われたので、その教えに従って毎年、「4月13日」は休みにしているのです。
単に、身体を休めろということなのか、何か吉凶が関わるのかは私にはわかりませんが、その理由を主人に尋ねたところで、本人もどうせわかっていないかも知れないし、そういう事をしつこく尋ねるとうるさがられて逆ギレするのがオチなので、私はそれ以上訊いたことはありません。
まあ、とにもかくにも、そのお陰で滅多にない我が家の休日があるのです。
もう数年来、「どこかに行こうか?」というソンクラーンの予定を立てようとする主人に、「せっかくの休みなんだから、家でゆっくりしたい。」という私と長男の意見で、家族でどこかに・・・という予定は立てないことにしています。
毎年、主人は実家に帰って旧友と飲んだり、バンコクに一人で出掛けて行って、バンコク在住の友人たちと過ごしたり・・。
私たちはといえば、長男と私は店を閉めたんだからと家の中に籠城状態。
次男と長女は、一日くらいは友人と約束してソンクラーンに出掛けて行くようです。
今日は朝から、実家に行っている主人が戻って来て、私たちを迎えに来てまた実家へ連れて行く予定です。
ソンクラーンの重要行事、「年長者への敬意を込めたソン・ナーム(水を手のひらに注ぐように掛ける)」を義母にするためです。
それが終われば、もう自由で私と子供たちはまた家に戻って来る予定です。
しかし、この商売を禁止されている13日、家の前のシャッターからの出入りは非常に危険です。
ソンクラーンだろうが、我が家が休業だろうが、自分の車が壊れたと言って、部品を買いに来る客がいるからです。
家の電話線は朝から抜いてあります。
居留守を使っていると、何十回もこれでもかこれでもかと電話を鳴らし続ける客がいるからです。
夜の閉店後とか、朝の6時前とかに平気で電話を掛けて来ては、「店を開けて売ってくれ。」という客もよくいます。
そのため、最近では「お願い、閉店後、呼ぶのは止めてください。」という貼紙まで貼ったのですが、今度はそれを見て、
「閉店後は、呼んじゃダメ?何だ、お金持ちになると違うな~。」などと嫌味を言う客もいます。
自分の都合が最優先、相手のプライベートなど意にも介しないのが、多くのタイ人の性質でしょう。
「ヘンケートゥア(自分勝手・排他主義)」などといいますが、タイ人の性質として、自己主張が非常に強い、自分の都合を最優先するというのがあります。
日本的な「気遣い・思いやり」が通用しない世界です。
昔、「地球の歩き方」か何かのガイドブックで、タイ人の女子大生がタイ人の長所として、「ナムジャイ(=思いやりの心)がある。」と挙げていました。
その頃は、「ふ~ん、そうなんだ。」と何も知らずに興味半分で読んでいましたが、今では、タイ人の言う「思いやり」というのは、相手の立場に立っての思いやりではなく、あくまで自己中心的な立場からの思いやりなのだと感じるようになりました。
つまり、タイ人の「ナムジャイ」は、「相手がどうして欲しいか」ではなく、「相手にこうしてやったほうがいい」という、自分の判断を基準にした思いやりなのです。
またまた、話が逸れてソンクラーンの話題からタイ人の性質論に行ってしまいました。
ともかく、今日と明日の2日間、無理やり客に呼び出されず、ゆっくりと過ごせたらな・・・と願わずにはいられません。
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2012年04月05日
隣の美人妻の誘惑
以前、我が家の隣には『サヤーム•アルミナム』と言うアルミサッシ販売施行のウワンの店があった。
それが、もう一年前くらいから、こちらの店は開店休業状態となり、一人ここで店番をしていた美人妻のジヤップも、妻の実家でウワンが本格的に経営し始めたアルミサッシ店の手伝いに行ってしまった。
つまり、我が家の隣は実質的には誰も住んでいなかったのだが、ウワンの計画で、妹にインクジェット印刷やプリントなどの店を出してあげるという話になり、この数ヶ月間、2軒分の店舗をぶち抜き工事で一軒にして、その内装工事に取り掛かっていたのだった。
内装はさすがは本職、ショールームのような壁や天井からの照明などを見ると、我が家の蜘蛛の巣の張った天井とは比べ物にならない。
そうしてようやく内装工事と外装工事が終わったにも関わらず、肝心のインクジェット印刷の店を開店する様子もなく、いつもそのシャッターは閉まったままだった。
数ヶ月後、工事が終わったはずなのに、またウワンの部下が数人来て何か工事をしていると思ったら、何と監視カメラセットを店の前、店の入り口等、10箇所以上も設置していた。
これはただ事ではない。
たかがインクジェット印刷の店にこんなに監視カメラを付けるなんて•••。
そう、これはウワンの裏の顔、フワイ(闇宝くじ)の元締めのアジトとなっているこの家の警備装置なのであった。
つい最近も、こんなことがあった。
実家で同じように闇くじを売っている義母が、1日の正午近くになって、義姉にその売り上げた番号の事で電話をしたが、あいにく電話がつながらず、我が家の主人に電話してきた。
義母は主人にメモを取らせて、それを義姉に伝えろというのだが、我が家も商売が忙しかったので、次男に渡してほんの10メートルもしない義姉の家に持って行かせた。
ところが運悪く、ちょうど義姉の家に私服警官がガサ入れに来ていたところだったため、何も知らない次男は、言われた通りメモを持って入って行き、義姉に渡そうとしたところ、その男たちに「その紙を渡しなさい。」と言われて言う通り渡してしまい、それが証拠物件として徴収された。
そして、その後義姉は警察署に連行されたが、元締めウワンが話を付けに行って保釈され帰って来た義姉に、「警察が来ているときに持って来るなんてバカだ!すぐに機転を利かせて帰れば良かったのに!」などと飛んだとばっちりで、我が家は、一家揃って怒られたという事件があった。
つまり、この田舎に似合わぬ厳重な警備装置は、この警察のガサ入れに対抗するためだったのである。
それ以後も、ウワンの店が開くのは、毎月1日と16日のフワイの日だけ。
つまり、夏休みに入ってカレンダーを気にしない我が家でも、ウワンの家に人の気配がすると、「ああ、今日は1日(もしくは16日)なんだな。」と気が付くのである。
その日の午後から夜中まで、家の前に数台のオートバイが並び、ウワンの自家用車も3台くらい並ぶので、中に大勢の部下がいる事が分かる。
しかし、家の前のシャッターは依然として閉められたままである。
次々と集まる部下たちは、シャッターを半分も開けないで、潜るようにして家の中へ消えて行くのである。
そんな状況が日常化したウワンの家だった。
ところが、昨日のことである。
夏休みに入り、いつもは、起こされない限りは朝の10時頃まで寝ている長女が、朝の8時過ぎに起きて来た。
話を聞くと、朝、お姉さんのように親しくしている隣の美人妻•ジヤップから電話があり、「ウワンの家に来て、計算の手伝いをして欲しい。」と誘われたというのである。
そうして、長女は私たちに話すと、「どうしよう、行かないと悪いし、行ってもいい?」と言いながらも了解を得て出掛けて行った。
そうして、長女はあのアジトへと入って行ったのである。
長女が言うには、中はエアコンが効いていて、そこに長い会議用の机があり、何台ものパソコンと大勢の人が必死で計算機と格闘していたと言う。
夕方近くになって、帰って来た長女をジヤップが追いかけて来て、「はい、これアルバイト代。ダメよ、受け取らないと。」と、渡していた。
後で聞いたところ、何と約半日の仕事で500バーツ。
仕事と言っても、計算機で確認するだけの簡単な仕事。
まあ、隣の娘を借りたという遠慮があるのかも知れないが、こんな仕事で500バーツ貰ってしまっては、これに味を占めたら困ったものである。
長女が行っている間、長男と二人で長女が報酬を貰えるかとか、もし受け取ったら、口止め料で、これからズルズルとこのウワンの闇くじ売りの部下の一人になって行くのだろうとか、いろいろ話して面白がっていた。
これで長女は、普段の浪費生活で寂しかった財布が少し潤っただろうが、こういうお金の稼ぎ方を覚えてしまうと良くないと思い、母心で釘を刺して言ってみた。
「500バーツも貰ったの?エアコンの部屋で座っているだけで。やっぱり、こういう自分の汗水流さないで得た大金は、簡単に使ってしまうものだよね。ジヤップやウワンのように。」
「ねえ、覚えてる? あんたたちが小学生の頃、何年生だったっけ?兄弟3人で、植木屋のおじさんに雇われて、苗木の土入れをしたアルバイト。」
「うん、すごいケチだって思った。だって、ビニール袋に土を10袋入れて1バーツだもん。全部で100袋、日が暮れるまでやって、貰えたのはたったの10バーツ。」と長女。
私としては、まだ小学2、3年生で、かわいそうでもあったが、ああいう経験をして良かったと思う。
それにしても、最初、ジヤップに「受け取れない」と断っていた長女だが、今朝起きたら、カレンダーを見て、
「ナー•ジヤップが、また今度の16日も手伝いに来てって言うんだけど。これから毎回かな?」と何となく嬉しそうに、カレンダーを見ながら日を数えている気がした。
もう、すでに金の力にハマってしまったのか、長男の言う通り、もうすでにウワンの傘下に入ってしまったのかも知れない。
そういえば、タイに来たばかりの頃、主人の実家にいた私に、義母がさっそくフワイのメモの取り方を教えようとしていたのを思い出す。
子供でも、外国人嫁でも使える者は使う、恐るべしフワイ天国「タイランド」である。

長女をも誘惑する美人妻ジヤップ
更新しました!
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つまり、我が家の隣は実質的には誰も住んでいなかったのだが、ウワンの計画で、妹にインクジェット印刷やプリントなどの店を出してあげるという話になり、この数ヶ月間、2軒分の店舗をぶち抜き工事で一軒にして、その内装工事に取り掛かっていたのだった。
内装はさすがは本職、ショールームのような壁や天井からの照明などを見ると、我が家の蜘蛛の巣の張った天井とは比べ物にならない。
そうしてようやく内装工事と外装工事が終わったにも関わらず、肝心のインクジェット印刷の店を開店する様子もなく、いつもそのシャッターは閉まったままだった。
数ヶ月後、工事が終わったはずなのに、またウワンの部下が数人来て何か工事をしていると思ったら、何と監視カメラセットを店の前、店の入り口等、10箇所以上も設置していた。
これはただ事ではない。
たかがインクジェット印刷の店にこんなに監視カメラを付けるなんて•••。
そう、これはウワンの裏の顔、フワイ(闇宝くじ)の元締めのアジトとなっているこの家の警備装置なのであった。
つい最近も、こんなことがあった。
実家で同じように闇くじを売っている義母が、1日の正午近くになって、義姉にその売り上げた番号の事で電話をしたが、あいにく電話がつながらず、我が家の主人に電話してきた。
義母は主人にメモを取らせて、それを義姉に伝えろというのだが、我が家も商売が忙しかったので、次男に渡してほんの10メートルもしない義姉の家に持って行かせた。
ところが運悪く、ちょうど義姉の家に私服警官がガサ入れに来ていたところだったため、何も知らない次男は、言われた通りメモを持って入って行き、義姉に渡そうとしたところ、その男たちに「その紙を渡しなさい。」と言われて言う通り渡してしまい、それが証拠物件として徴収された。
そして、その後義姉は警察署に連行されたが、元締めウワンが話を付けに行って保釈され帰って来た義姉に、「警察が来ているときに持って来るなんてバカだ!すぐに機転を利かせて帰れば良かったのに!」などと飛んだとばっちりで、我が家は、一家揃って怒られたという事件があった。
つまり、この田舎に似合わぬ厳重な警備装置は、この警察のガサ入れに対抗するためだったのである。
それ以後も、ウワンの店が開くのは、毎月1日と16日のフワイの日だけ。
つまり、夏休みに入ってカレンダーを気にしない我が家でも、ウワンの家に人の気配がすると、「ああ、今日は1日(もしくは16日)なんだな。」と気が付くのである。
その日の午後から夜中まで、家の前に数台のオートバイが並び、ウワンの自家用車も3台くらい並ぶので、中に大勢の部下がいる事が分かる。
しかし、家の前のシャッターは依然として閉められたままである。
次々と集まる部下たちは、シャッターを半分も開けないで、潜るようにして家の中へ消えて行くのである。
そんな状況が日常化したウワンの家だった。
ところが、昨日のことである。
夏休みに入り、いつもは、起こされない限りは朝の10時頃まで寝ている長女が、朝の8時過ぎに起きて来た。
話を聞くと、朝、お姉さんのように親しくしている隣の美人妻•ジヤップから電話があり、「ウワンの家に来て、計算の手伝いをして欲しい。」と誘われたというのである。
そうして、長女は私たちに話すと、「どうしよう、行かないと悪いし、行ってもいい?」と言いながらも了解を得て出掛けて行った。
そうして、長女はあのアジトへと入って行ったのである。
長女が言うには、中はエアコンが効いていて、そこに長い会議用の机があり、何台ものパソコンと大勢の人が必死で計算機と格闘していたと言う。
夕方近くになって、帰って来た長女をジヤップが追いかけて来て、「はい、これアルバイト代。ダメよ、受け取らないと。」と、渡していた。
後で聞いたところ、何と約半日の仕事で500バーツ。
仕事と言っても、計算機で確認するだけの簡単な仕事。
まあ、隣の娘を借りたという遠慮があるのかも知れないが、こんな仕事で500バーツ貰ってしまっては、これに味を占めたら困ったものである。
長女が行っている間、長男と二人で長女が報酬を貰えるかとか、もし受け取ったら、口止め料で、これからズルズルとこのウワンの闇くじ売りの部下の一人になって行くのだろうとか、いろいろ話して面白がっていた。
これで長女は、普段の浪費生活で寂しかった財布が少し潤っただろうが、こういうお金の稼ぎ方を覚えてしまうと良くないと思い、母心で釘を刺して言ってみた。
「500バーツも貰ったの?エアコンの部屋で座っているだけで。やっぱり、こういう自分の汗水流さないで得た大金は、簡単に使ってしまうものだよね。ジヤップやウワンのように。」
「ねえ、覚えてる? あんたたちが小学生の頃、何年生だったっけ?兄弟3人で、植木屋のおじさんに雇われて、苗木の土入れをしたアルバイト。」
「うん、すごいケチだって思った。だって、ビニール袋に土を10袋入れて1バーツだもん。全部で100袋、日が暮れるまでやって、貰えたのはたったの10バーツ。」と長女。
私としては、まだ小学2、3年生で、かわいそうでもあったが、ああいう経験をして良かったと思う。
それにしても、最初、ジヤップに「受け取れない」と断っていた長女だが、今朝起きたら、カレンダーを見て、
「ナー•ジヤップが、また今度の16日も手伝いに来てって言うんだけど。これから毎回かな?」と何となく嬉しそうに、カレンダーを見ながら日を数えている気がした。
もう、すでに金の力にハマってしまったのか、長男の言う通り、もうすでにウワンの傘下に入ってしまったのかも知れない。
そういえば、タイに来たばかりの頃、主人の実家にいた私に、義母がさっそくフワイのメモの取り方を教えようとしていたのを思い出す。
子供でも、外国人嫁でも使える者は使う、恐るべしフワイ天国「タイランド」である。

長女をも誘惑する美人妻ジヤップ
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