2010年01月25日
怒りの鉄拳!
このところ、タイ田舎生活の様々な理不尽にも慣れ、客の横柄な態度や暴言、無茶苦茶な値段交渉にも、「仏の(作り)笑顔」で接することの出来るようになった私だった。
ところで、今日の昼下がり・・・と言うにはもう遅い、夕方が近づいてきた時刻に、車のヘッドライトを買いに来た客がいた。
普段、こんな時間では、前々から壊れていた人でもなければ、電気関係の部品はあまり買いに来ないのだが、その私より年上らしい男性は切羽詰ったような態度で、
「修理屋さんはいませんか? ヘッドライトが片方切れてしまって・・・・。」(テールランプやヘッドライトの不備は警察の良いカモになる。)
「さきほど、そこのダイナモの店(電気修理屋)で、付け替えようと思ったら、部品のライトがないと言われて、こっちに来るように言われたんですが・・・。」
それはそうだ。
そこのダイナモの店は、主にうちに部品を取りに来ているのだから、うちで買ってそこで付けるのが当然なのだ。
そして、ライトの種類を説明して値段も言って、客はライトを選んだのだが、私に、「付けてくれ」という。
それは、やれば出来るかも知れないけど、これはあっちの店の仕事である。うちで全部やってしまっては、修理屋の仕事がなくなる。
というわけで、当然、その店に戻るように勧めたところ、「だめです。修理屋もスタッフももう、酔っ払っているから・・・。」と言う。
確かに、その店は昼間から・・というより、朝から酒臭いことも多く、夕方には大宴会も稀ではないらしかった。
でも、まだ、午後3時か4時・・・・。
ヘッドライトを付け替えてやるくらいの仕事はしろよ!と思いながら、私も困ってしまった。
別に、その人がうちで買わずにもう少し先の他の店に行くというのなら、それはそれで別に構わなかった。
しかし、途方にくれたその人は、車両ナンバーからこの辺の人ではないらしく、私がもう少し先に別の店があると言っても、聞いていないようで、「仕方がない・・・・。今夜はここに寝て、明日の朝早くに出発しよう・・。途中で捕まるのも怖いから・・・。」と、我が家の店先に車を停めて寝る・・と私に同意を求めるように聞くのである。
私は、中にいた主人に付け替えられる聞いたが、「無理だ」と一言で却下。
仕方がないので、客のところに戻ると、何とも言えない寂しそうな表情で、車に乗り込み、ゆっくりゆっくり寝る場所を探して元来た修理屋の方にバックし始めた。
私は、その人が可哀想なのと、自分たちが付けて上げられないのもあって、その仕事もせずに、昼間から宴会をしている修理屋のオヤジ(私より年下だが・・)に、無性に腹が立ってきて、主人に、
「ねえ、私がこれ(交換するライト)を持っていって、『付けてくれ!』って言ったら、あの店のオヤジ付けてくれるかな?」
と、フツフツ煮えくり始めた腹の中を押さえて、まるで、ズンズン!とでも音がするように、早足で、ドカドカと百メートルも離れていない、その店に歩いて行った。
そして、内心では、「これで、まだ酔ってふざけたことを言ったら、『怒りの鉄拳』ではないが、「怒りのバケツの水」でもぶっ掛けてやろう!」などと思いつつ、店の前で飲んでいるオヤジたちの前に乗り込んだ。
ところが、オヤジは怒りが頂点に達した私のただならぬ形相を察したのか、
「おや!どうしたんですか?」とニコニコしながら聞いてきたので、私が、バックしてちょうど店の前に来ていた車を目の端で見て、いつにない大きな声で、
「これ!付けてもらえませんか?」と聞くと、
「ああ、おやすいご用だ!」と言いながら、自分の店のスタッフに取り付けるように指示を出した。
いつも店にいる私がわざわざ出向いたので、ビックリしていた様子だったが、すぐに、
「ああ、代金は精算して行ってください。」
と、自分が客から集金すれば入る、パーセントを要らないとでも言うような遠慮を見せた。
そこで、客から代金をもらって、客に対して、丁寧に「ありがとうございました。」を言うと、また早足で自分の家に帰った。
実のところ、仕事中に酒など飲んで酔っ払っている修理屋は他にもいるのだが、この修理屋にここまで腹が立ったのは、もう、何年も払っていない我が家の部品代のツケを全く払おうとしないのに、昼間からこんな酒盛りをしているのだということ。
そして、奥さんと二人の子供がいるのだが、下はまだ小さいし、上の子は小6なのに、おばあちゃんの手伝いをして、放課後や土日は市場で野菜を売っている。
その上、奥さんは昼間はこの修理屋を手伝って部品を買いに行ったり、家の家事もあるのに、やはり「プラー・トゥ」(という鰯の仲間の魚)を売るために、昼間の空いた時間は市場にある旦那の実家で、魚の仕込みをしており、我が家に部品を買いに来たりすると、魚の生臭いにおいがプンプンして、いつも大変だな~と同情していたことがある。

いつも、奥さんが仕込んでいる「プラー・トゥ」
しかも、うちの主人が近所だからと遠慮して、黙っているのをいいことに、前のツケも払う気配も見せないのに、新しい部品を買いに来て、「あとで、払いに来るから!」と調子よく言い残して、また去年の暮れに2,3件のツケが増えた・・・・。
もう、我慢できないぞ!と私が爆発しそうな気配を察してか、主人がその後、部品を買いに来たときに、「前のもたくさん残ってるんだから、もうツケはさせない」と言ったところ、それ以後、自分では買いに来なくなった。
さすがに、提げる面もない・・・というところだろうか。
そういう経緯があっての今日の事件だったので、修理屋のオヤジも私の顔を見るなり、「はい!分かりました!」となったわけである。
でも、もし、酔っ払ってまだまだ調子に乗ってたら・・・。
「怒りのバケツの水」を掛けてやりたかった気もする。
・・・・まだソンクラーンにはちょっと早いが・・・・。
裏ブログ?
イサーンで暮らす我が家の子供たちとの生活に重点を置いた、姉妹ブログ 『子供に学ぶタイ語』 http://lawan.namjai.cc/ も併せてお楽しみください。
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ところで、今日の昼下がり・・・と言うにはもう遅い、夕方が近づいてきた時刻に、車のヘッドライトを買いに来た客がいた。
普段、こんな時間では、前々から壊れていた人でもなければ、電気関係の部品はあまり買いに来ないのだが、その私より年上らしい男性は切羽詰ったような態度で、
「修理屋さんはいませんか? ヘッドライトが片方切れてしまって・・・・。」(テールランプやヘッドライトの不備は警察の良いカモになる。)
「さきほど、そこのダイナモの店(電気修理屋)で、付け替えようと思ったら、部品のライトがないと言われて、こっちに来るように言われたんですが・・・。」
それはそうだ。
そこのダイナモの店は、主にうちに部品を取りに来ているのだから、うちで買ってそこで付けるのが当然なのだ。
そして、ライトの種類を説明して値段も言って、客はライトを選んだのだが、私に、「付けてくれ」という。
それは、やれば出来るかも知れないけど、これはあっちの店の仕事である。うちで全部やってしまっては、修理屋の仕事がなくなる。
というわけで、当然、その店に戻るように勧めたところ、「だめです。修理屋もスタッフももう、酔っ払っているから・・・。」と言う。
確かに、その店は昼間から・・というより、朝から酒臭いことも多く、夕方には大宴会も稀ではないらしかった。
でも、まだ、午後3時か4時・・・・。
ヘッドライトを付け替えてやるくらいの仕事はしろよ!と思いながら、私も困ってしまった。
別に、その人がうちで買わずにもう少し先の他の店に行くというのなら、それはそれで別に構わなかった。
しかし、途方にくれたその人は、車両ナンバーからこの辺の人ではないらしく、私がもう少し先に別の店があると言っても、聞いていないようで、「仕方がない・・・・。今夜はここに寝て、明日の朝早くに出発しよう・・。途中で捕まるのも怖いから・・・。」と、我が家の店先に車を停めて寝る・・と私に同意を求めるように聞くのである。
私は、中にいた主人に付け替えられる聞いたが、「無理だ」と一言で却下。
仕方がないので、客のところに戻ると、何とも言えない寂しそうな表情で、車に乗り込み、ゆっくりゆっくり寝る場所を探して元来た修理屋の方にバックし始めた。
私は、その人が可哀想なのと、自分たちが付けて上げられないのもあって、その仕事もせずに、昼間から宴会をしている修理屋のオヤジ(私より年下だが・・)に、無性に腹が立ってきて、主人に、
「ねえ、私がこれ(交換するライト)を持っていって、『付けてくれ!』って言ったら、あの店のオヤジ付けてくれるかな?」
と、フツフツ煮えくり始めた腹の中を押さえて、まるで、ズンズン!とでも音がするように、早足で、ドカドカと百メートルも離れていない、その店に歩いて行った。
そして、内心では、「これで、まだ酔ってふざけたことを言ったら、『怒りの鉄拳』ではないが、「怒りのバケツの水」でもぶっ掛けてやろう!」などと思いつつ、店の前で飲んでいるオヤジたちの前に乗り込んだ。
ところが、オヤジは怒りが頂点に達した私のただならぬ形相を察したのか、
「おや!どうしたんですか?」とニコニコしながら聞いてきたので、私が、バックしてちょうど店の前に来ていた車を目の端で見て、いつにない大きな声で、
「これ!付けてもらえませんか?」と聞くと、
「ああ、おやすいご用だ!」と言いながら、自分の店のスタッフに取り付けるように指示を出した。
いつも店にいる私がわざわざ出向いたので、ビックリしていた様子だったが、すぐに、
「ああ、代金は精算して行ってください。」
と、自分が客から集金すれば入る、パーセントを要らないとでも言うような遠慮を見せた。
そこで、客から代金をもらって、客に対して、丁寧に「ありがとうございました。」を言うと、また早足で自分の家に帰った。
実のところ、仕事中に酒など飲んで酔っ払っている修理屋は他にもいるのだが、この修理屋にここまで腹が立ったのは、もう、何年も払っていない我が家の部品代のツケを全く払おうとしないのに、昼間からこんな酒盛りをしているのだということ。
そして、奥さんと二人の子供がいるのだが、下はまだ小さいし、上の子は小6なのに、おばあちゃんの手伝いをして、放課後や土日は市場で野菜を売っている。
その上、奥さんは昼間はこの修理屋を手伝って部品を買いに行ったり、家の家事もあるのに、やはり「プラー・トゥ」(という鰯の仲間の魚)を売るために、昼間の空いた時間は市場にある旦那の実家で、魚の仕込みをしており、我が家に部品を買いに来たりすると、魚の生臭いにおいがプンプンして、いつも大変だな~と同情していたことがある。
いつも、奥さんが仕込んでいる「プラー・トゥ」
しかも、うちの主人が近所だからと遠慮して、黙っているのをいいことに、前のツケも払う気配も見せないのに、新しい部品を買いに来て、「あとで、払いに来るから!」と調子よく言い残して、また去年の暮れに2,3件のツケが増えた・・・・。
もう、我慢できないぞ!と私が爆発しそうな気配を察してか、主人がその後、部品を買いに来たときに、「前のもたくさん残ってるんだから、もうツケはさせない」と言ったところ、それ以後、自分では買いに来なくなった。
さすがに、提げる面もない・・・というところだろうか。
そういう経緯があっての今日の事件だったので、修理屋のオヤジも私の顔を見るなり、「はい!分かりました!」となったわけである。
でも、もし、酔っ払ってまだまだ調子に乗ってたら・・・。
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2010年01月17日
「ロー・ドゥー・アーカーン」 รอดูอาการ=様子を見る
一昨日のことだった。
我が家の並びのアーカンパニット(商業用住宅)の電機系統の修理屋から、修理を終えて出てきたロット・イテーン(田舎で走っている農作物搬送用のトラックを真似した車)に、その前の大通りを右から直進して来たオートバイが激突した。

KUBOTAのエンジンを前方につけて、日本の中古車のギアや車軸、タイヤを土台にして、あとは鉄と材木で作ったタイ国産車?のロット・イテーンと、後方に見えるのが、奥さんが事故にあった警察官のいる交番
以前から、事故が多発して何度もお祓いの儀式をしている我が家の前の交差点からは少し離れているが、今回も 「何で?」というような不可解な事故だった。
見晴らしはとてもよく、脇道から出るロット・イテーンがスピードを出して大通りに飛び出すはずはないから、オートバイがよそ見でもしなければ、事故が起きようが無い状況だった・・・・。
その原因は事故の瞬間を観ていたわけでもないので何も言えないが、実際そのオートバイはかなりのスピードでぶつかったらしく、オートバイはロット・イテーンの車体の下にもぐりこみ、運転していた女性はロット・イテーンの荷台部分に激突し、飛ばされたらしかった。
事故当初、どちらもそれほどのスピードで走る車でもないので、大した事故ではない思っていた私たちの予想を裏切って、事態はかなり深刻だという話を聞いたのは、その翌日である。
ロット・イテーンを運転していたのは、昨日、我が家にも部品を買いに来た客らしいが、オートバイに乗っていた方は、何と、我が家の斜向かいにある交番に勤務する警察官の奥さんだったという。
事故の直後、地元のレスキュー隊によって、すぐに事故現場から500メートルほどのところにある、「ノンブアラウェー病院」に救急で運ばれたが、医師の所見では、身体の骨折はともかくとして、頚骨にヒビが入っており、しかも多量の脳内出血があるらしく、「ここではとても手をつけられない」ということだったらしく、搬送されてからしばらくして、県中心部の「チャイヤプム病院」に搬送された。
私の家の前を確かに、事故からだいぶ経ってから、チャイヤプムに向かう救急車が通ったので、私も何となく、「あ~、ここじゃダメなんだな・・・。」と思ったのを覚えている。
ところが、ここ県で一番大きな病院でも、手の施しようがないというのか、手術に踏み切る医師がいない。
結局、田舎の病院と同じように「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ =「様子を見ましょう」)と言われ、またまた数時間の
「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)の後、今度はここチャイヤプムよりはマシだろうと思われる、コラートの病院に搬送されて行ったという。その後の消息はまだ伝わっていないが・・・。
ところで、「しばらくして」というのは、多分「2~3時間経って」くらいの時間が流れていたと思う。
その間、この田舎の病院でレントゲンや医師の診察のあと、またあの無駄な時間 「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)が流れていたのだろう。
概ね、田舎の病院で 「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)という言葉が出たら、それは「様子を見ましょう」ではなく、「手の施しようがない」という意味と等しい。
医師も手がつけられないから、見ているだけなのである。
以前にも、我が家の近くの病院で、「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)と言われて、「とりあえず点滴」程度の処置しかしてもらえず、病院のベッドの上で息を引き取ったケースはいくつもある。
難産で、子供が出て来れず、そのまま母体が犠牲になったケースもある。
また、身近なところでは、主人の親友の兄が草むらでコブラに咬まれこの病院に運ばれたが、例のごとく、「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)と言われ、隣町の病院にはあったという、コブラの血清を注射してもらえず、何の設備もないこの病院で2~3日の安静のあと、病院のベッドで息を引き取った。
しかし、明らかに病院側の過失だと思われるのに、友人の家族も、それで病院や医師を告訴することもない。
これも、その人の「กรรม(業)」(前世や現世で起こした過ち)。
現世での業を終えた後、新しい来世がやってくる・・・という思想に支えられて、世の中が動いている。
人の命の価値が日本のそれとは違うのが、このタイである。
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KUBOTAのエンジンを前方につけて、日本の中古車のギアや車軸、タイヤを土台にして、あとは鉄と材木で作ったタイ国産車?のロット・イテーンと、後方に見えるのが、奥さんが事故にあった警察官のいる交番
以前から、事故が多発して何度もお祓いの儀式をしている我が家の前の交差点からは少し離れているが、今回も 「何で?」というような不可解な事故だった。
見晴らしはとてもよく、脇道から出るロット・イテーンがスピードを出して大通りに飛び出すはずはないから、オートバイがよそ見でもしなければ、事故が起きようが無い状況だった・・・・。
その原因は事故の瞬間を観ていたわけでもないので何も言えないが、実際そのオートバイはかなりのスピードでぶつかったらしく、オートバイはロット・イテーンの車体の下にもぐりこみ、運転していた女性はロット・イテーンの荷台部分に激突し、飛ばされたらしかった。
事故当初、どちらもそれほどのスピードで走る車でもないので、大した事故ではない思っていた私たちの予想を裏切って、事態はかなり深刻だという話を聞いたのは、その翌日である。
ロット・イテーンを運転していたのは、昨日、我が家にも部品を買いに来た客らしいが、オートバイに乗っていた方は、何と、我が家の斜向かいにある交番に勤務する警察官の奥さんだったという。
事故の直後、地元のレスキュー隊によって、すぐに事故現場から500メートルほどのところにある、「ノンブアラウェー病院」に救急で運ばれたが、医師の所見では、身体の骨折はともかくとして、頚骨にヒビが入っており、しかも多量の脳内出血があるらしく、「ここではとても手をつけられない」ということだったらしく、搬送されてからしばらくして、県中心部の「チャイヤプム病院」に搬送された。
私の家の前を確かに、事故からだいぶ経ってから、チャイヤプムに向かう救急車が通ったので、私も何となく、「あ~、ここじゃダメなんだな・・・。」と思ったのを覚えている。
ところが、ここ県で一番大きな病院でも、手の施しようがないというのか、手術に踏み切る医師がいない。
結局、田舎の病院と同じように「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ =「様子を見ましょう」)と言われ、またまた数時間の
「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)の後、今度はここチャイヤプムよりはマシだろうと思われる、コラートの病院に搬送されて行ったという。その後の消息はまだ伝わっていないが・・・。
ところで、「しばらくして」というのは、多分「2~3時間経って」くらいの時間が流れていたと思う。
その間、この田舎の病院でレントゲンや医師の診察のあと、またあの無駄な時間 「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)が流れていたのだろう。
概ね、田舎の病院で 「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)という言葉が出たら、それは「様子を見ましょう」ではなく、「手の施しようがない」という意味と等しい。
医師も手がつけられないから、見ているだけなのである。
以前にも、我が家の近くの病院で、「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)と言われて、「とりあえず点滴」程度の処置しかしてもらえず、病院のベッドの上で息を引き取ったケースはいくつもある。
難産で、子供が出て来れず、そのまま母体が犠牲になったケースもある。
また、身近なところでは、主人の親友の兄が草むらでコブラに咬まれこの病院に運ばれたが、例のごとく、「ロー・ドゥー・アーカーン」(รอดูอาการ)と言われ、隣町の病院にはあったという、コブラの血清を注射してもらえず、何の設備もないこの病院で2~3日の安静のあと、病院のベッドで息を引き取った。
しかし、明らかに病院側の過失だと思われるのに、友人の家族も、それで病院や医師を告訴することもない。
これも、その人の「กรรม(業)」(前世や現世で起こした過ち)。
現世での業を終えた後、新しい来世がやってくる・・・という思想に支えられて、世の中が動いている。
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2010年01月14日
朝のニュースから。
あれは一昨日の朝だったか・・・。
普段通りの朝食とお弁当の支度が一段落し、これから朝ごはん!と言うときに、ふとテレビのニュースが耳に入った。
「アムナートチャルーン県に住む33歳の男が、警官を名乗って、女子高生を次々に強姦し、今回逮捕されたが、調べではその被害者は50人以上にも上る。さらにこの事件の問題点は、この男が数年前にHIVウィルスに感染していることが分かっており、事件の被害者は病院で感染の可能性を調べている。」
という内容だった。
タイでは、こういうニュースが朝の食事時でも普通に流れてくる。
数年前だったが、今でも印象が強くて忘れられないのが、中年の男に強姦されたという幼ない少女の遺体が、犯行時のままなのだろう、仰向けになって膝を曲げて両足を広げたままの姿勢で、夕暮れの川の浅瀬の真ん中にポツンと横たわっている、何とも言えない、寂しいような悲しいような切ない映像が、朝の朝食時に流れたことがある。
私は、この映像が忘れられず、今でも子供たちを目の届かない範囲に行かせるのは躊躇してしまう。
バンコクでタクシーに乗らなくなったのも、そのためである。(幸い田舎にはタクシーが存在しない。)
別にタクシー運転手が悪いというわけではないが、タイで見ず知らずの他人の車に乗るのは怖くなった。
話は戻って、今回の事件では、自分エイズに感染していることを知っていて、自暴自棄になっていたのだろうか、他人を巻き添えにしようとは迷惑な話である。
しかも、相手がまだ花も恥らう少女たちだと言うから、まだ未来のある少女たちに犯した罪は非常に重い。
私は、「こういう奴は百回くらい死刑にしても足りない!」と思ってしまった。
善人も悪人も信仰深いタイ人なのだから、こういう場合は、「出家してお寺に入って、心身の修行をしながら仏様に仕え、タムブンをたくさんして、残された人生を全うし、より良い来世のために備える」というところなのに、この有様は・・・。
やはり、タイの一般的な人々は、見掛けほど信仰深いわけでもないようである。
そういえば、これも数年前だが、このチャイヤプムでも、「パタヤでチャイヤプム出身のタイ人女性から、HIVに感染させられたドイツ人の男が、その女性を追って彼女の故郷に来て、その恨みを晴らそうと、次々とチャイヤプム県内の女性たちと交渉し、HIVウィルスに感染させた。」
という事件があった。
そういえば、以前、近所の人と話していたときに、「普通、商売の女性とかが危険だと思われるけど、この田舎で言えば、安全だと思われている普通の村娘の方が、はるかに危険度が高い。何も娯楽のない村だから、好奇心で夜のカラオケなんかで遊んで、酔った勢いでその辺の田んぼや草むらでやっている娘もいるし、恋人がバンコクや他県に出稼ぎに行って感染してくるケースも多い。それに、その村娘を相手にする男は安心しきっていて、全く無防備になっている。」
というようなことを言っていたのを思い出す。
一度の迷いが一生の後悔になることもある。
冒頭の男も、したことは許せないが、自分で感染しようとして感染したわけではないだろう。
でも、それを罪のない、見ず知らずの少女たちで憂さ晴らしとはやはり終身刑だろう。
しかし、どの事件もタイでは「日常」。
この事件が一日中放送されて、お茶の間の話題を独占することはない。ましてや、何日もテレビの取材陣を巻き込むこともない。
朝のニュースはあくまで朝のニュースの一コマで終わる。
それが、どんなに驚くような、残酷な事件でも・・・・。
そして、また普段の時間が過ぎて行く、それがタイの日常である。
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「アムナートチャルーン県に住む33歳の男が、警官を名乗って、女子高生を次々に強姦し、今回逮捕されたが、調べではその被害者は50人以上にも上る。さらにこの事件の問題点は、この男が数年前にHIVウィルスに感染していることが分かっており、事件の被害者は病院で感染の可能性を調べている。」
という内容だった。
タイでは、こういうニュースが朝の食事時でも普通に流れてくる。
数年前だったが、今でも印象が強くて忘れられないのが、中年の男に強姦されたという幼ない少女の遺体が、犯行時のままなのだろう、仰向けになって膝を曲げて両足を広げたままの姿勢で、夕暮れの川の浅瀬の真ん中にポツンと横たわっている、何とも言えない、寂しいような悲しいような切ない映像が、朝の朝食時に流れたことがある。
私は、この映像が忘れられず、今でも子供たちを目の届かない範囲に行かせるのは躊躇してしまう。
バンコクでタクシーに乗らなくなったのも、そのためである。(幸い田舎にはタクシーが存在しない。)
別にタクシー運転手が悪いというわけではないが、タイで見ず知らずの他人の車に乗るのは怖くなった。
話は戻って、今回の事件では、自分エイズに感染していることを知っていて、自暴自棄になっていたのだろうか、他人を巻き添えにしようとは迷惑な話である。
しかも、相手がまだ花も恥らう少女たちだと言うから、まだ未来のある少女たちに犯した罪は非常に重い。
私は、「こういう奴は百回くらい死刑にしても足りない!」と思ってしまった。
善人も悪人も信仰深いタイ人なのだから、こういう場合は、「出家してお寺に入って、心身の修行をしながら仏様に仕え、タムブンをたくさんして、残された人生を全うし、より良い来世のために備える」というところなのに、この有様は・・・。
やはり、タイの一般的な人々は、見掛けほど信仰深いわけでもないようである。
そういえば、これも数年前だが、このチャイヤプムでも、「パタヤでチャイヤプム出身のタイ人女性から、HIVに感染させられたドイツ人の男が、その女性を追って彼女の故郷に来て、その恨みを晴らそうと、次々とチャイヤプム県内の女性たちと交渉し、HIVウィルスに感染させた。」
という事件があった。
そういえば、以前、近所の人と話していたときに、「普通、商売の女性とかが危険だと思われるけど、この田舎で言えば、安全だと思われている普通の村娘の方が、はるかに危険度が高い。何も娯楽のない村だから、好奇心で夜のカラオケなんかで遊んで、酔った勢いでその辺の田んぼや草むらでやっている娘もいるし、恋人がバンコクや他県に出稼ぎに行って感染してくるケースも多い。それに、その村娘を相手にする男は安心しきっていて、全く無防備になっている。」
というようなことを言っていたのを思い出す。
一度の迷いが一生の後悔になることもある。
冒頭の男も、したことは許せないが、自分で感染しようとして感染したわけではないだろう。
でも、それを罪のない、見ず知らずの少女たちで憂さ晴らしとはやはり終身刑だろう。
しかし、どの事件もタイでは「日常」。
この事件が一日中放送されて、お茶の間の話題を独占することはない。ましてや、何日もテレビの取材陣を巻き込むこともない。
朝のニュースはあくまで朝のニュースの一コマで終わる。
それが、どんなに驚くような、残酷な事件でも・・・・。
そして、また普段の時間が過ぎて行く、それがタイの日常である。
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2010年01月03日
バンコクの風。
バンコクの人々が年末休暇に入った12月の終わり、ここイサーンはチャイヤプムに埋没している私のところに、ブログ仲間&タイ長期在住繋がりでお付き合いさせていただいている、「日本ブログ村」の「タイ情報」ブログの女王・『バンコクヨーキー日記』のNAPPYさんとそのご友人が訪ねて下さった。
実は、それまで声をお聞きしたこともなかったのだが、場所の確認等の必要上、電話で連絡を取り合った。
もう、この時点で私の心臓は、ドキドキ。
何しろ、普段はまともな日本語を日本人と話す機会もない。
電話に出れば、「もしもし・・」とは出て来ない。受話器を取ると、反射的に「ハロ~」と口をついて出てくる毎日。
本来、頭の回転が遅いのか、考えてから話してしまうクセの私は、円滑な会話が苦手で、気心の知れた友人や家族ならともかく、まだ面識もない方に何を話していいか分からない。
とにかく、緊張の連続だった・・・。
しかし、そんな私を上手くリードしてくださって、何とか住所の確認を終え、しばらくすると、NAPPYさんたちが我がバットニャオ家の前に降り立っていた。
この時期に特に多くなる、田舎ではほとんどお目にかかれない乗用車が我が家の前に止まり、都会の風がふわっと舞い込んだような気がした。
今思えばお恥かしいのだが、当日の私は本当に普段着(仕事着)のままで、わざわざバンコクから訪問してくださったお客様に失礼だったかとも思ったのだが、あくまでバットニャオの日常を見ていただくつもりだった・・・という言い訳をして、当初は「少しはお化粧でもした方がいいかな?」とか思ったりもしたものの、結局、いつものまんまのスッピンピンの私で、ご挨拶。
いつもなら、接客や、ハイドリックホースの製作が入ったりで、座る暇もないくらい忙しかったりするのだが、単に正月が迫っているからか、神様が気を遣ってくださったのか、NAPPYさん・ご一行が訪問されている間、全く客足が途切れていたのは幸いだった。
お陰でゆっくりと、店先だったが、ゆっくりと腰掛けて、店の話をしたり、目の前にいる飼いリス(カテー)の餌遣りの話などに花が咲いた。

我が家の飼いカテー。好物は「タコップ」(赤い実)

これがカテーの好物のタコップ
『イサーンに埋没中』の中に登場する、カテーを初め、我が家の全ての事象が虚構ではないという生き証人になっていただいただけでも、本当にありがたい訪問だったのに、普段、イサーンでは入手が非常に困難な、日本食品を初めとする様々なお土産をいただき、本当にお礼の言葉しかなくて申し訳なかった。
まず、長女は頂いた日本米に狂喜し、「米粒が真ん丸くてかわいい~~!」と大騒ぎ。
さっそく、その日の夕飯に「日本米を食べたい!」との強い要望で、我が家の炊飯器に10年ぶりくらいの日本米が入った。
しかし、日本米を砥いでいる私も、「こんなに小さくて丸い粒だっけ?」と久々に見る日本米に戸惑った。
そして、私に何よりも感動を与えたのは、ここチャイヤプムではまず手に入らない、何十冊という日本書籍の山だった。
本来、本屋に入ったら時間の許す限り、居ついてしまうという本屋好きの私だが、わが町には日本語はもちろん、タイ語の本屋さえも存在しない。
あるのは、バスターミナルにある雑誌や新聞くらいで、主人も「本=雑誌または教科書」という認識しかない。
バンコクではそうでもないかも知れないが、田舎の人々にとって、本は高級品だし、生活に無くても困らないもの=不用品なのである。
そんな生活がもう8年も続いたせいか、最近は自分でも活字離れが進んできたような気がしていた。
そこへ頂いた日本書籍の山である。
難民キャンプに届いた、食料品くらいの価値がある。
これからは、この書籍たちがこの埋没生活の中に潤いを与えてくれるだろう・・・。
新鮮なバンコクの風とともに、たくさんの貴重な品を運んでくださった、NAPPYさんとご友人のひーさんに感謝感謝の年末だった。
裏ブログ?
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実は、それまで声をお聞きしたこともなかったのだが、場所の確認等の必要上、電話で連絡を取り合った。
もう、この時点で私の心臓は、ドキドキ。
何しろ、普段はまともな日本語を日本人と話す機会もない。
電話に出れば、「もしもし・・」とは出て来ない。受話器を取ると、反射的に「ハロ~」と口をついて出てくる毎日。
本来、頭の回転が遅いのか、考えてから話してしまうクセの私は、円滑な会話が苦手で、気心の知れた友人や家族ならともかく、まだ面識もない方に何を話していいか分からない。
とにかく、緊張の連続だった・・・。
しかし、そんな私を上手くリードしてくださって、何とか住所の確認を終え、しばらくすると、NAPPYさんたちが我がバットニャオ家の前に降り立っていた。
この時期に特に多くなる、田舎ではほとんどお目にかかれない乗用車が我が家の前に止まり、都会の風がふわっと舞い込んだような気がした。
今思えばお恥かしいのだが、当日の私は本当に普段着(仕事着)のままで、わざわざバンコクから訪問してくださったお客様に失礼だったかとも思ったのだが、あくまでバットニャオの日常を見ていただくつもりだった・・・という言い訳をして、当初は「少しはお化粧でもした方がいいかな?」とか思ったりもしたものの、結局、いつものまんまのスッピンピンの私で、ご挨拶。
いつもなら、接客や、ハイドリックホースの製作が入ったりで、座る暇もないくらい忙しかったりするのだが、単に正月が迫っているからか、神様が気を遣ってくださったのか、NAPPYさん・ご一行が訪問されている間、全く客足が途切れていたのは幸いだった。
お陰でゆっくりと、店先だったが、ゆっくりと腰掛けて、店の話をしたり、目の前にいる飼いリス(カテー)の餌遣りの話などに花が咲いた。
我が家の飼いカテー。好物は「タコップ」(赤い実)
これがカテーの好物のタコップ
『イサーンに埋没中』の中に登場する、カテーを初め、我が家の全ての事象が虚構ではないという生き証人になっていただいただけでも、本当にありがたい訪問だったのに、普段、イサーンでは入手が非常に困難な、日本食品を初めとする様々なお土産をいただき、本当にお礼の言葉しかなくて申し訳なかった。
まず、長女は頂いた日本米に狂喜し、「米粒が真ん丸くてかわいい~~!」と大騒ぎ。
さっそく、その日の夕飯に「日本米を食べたい!」との強い要望で、我が家の炊飯器に10年ぶりくらいの日本米が入った。
しかし、日本米を砥いでいる私も、「こんなに小さくて丸い粒だっけ?」と久々に見る日本米に戸惑った。
そして、私に何よりも感動を与えたのは、ここチャイヤプムではまず手に入らない、何十冊という日本書籍の山だった。
本来、本屋に入ったら時間の許す限り、居ついてしまうという本屋好きの私だが、わが町には日本語はもちろん、タイ語の本屋さえも存在しない。
あるのは、バスターミナルにある雑誌や新聞くらいで、主人も「本=雑誌または教科書」という認識しかない。
バンコクではそうでもないかも知れないが、田舎の人々にとって、本は高級品だし、生活に無くても困らないもの=不用品なのである。
そんな生活がもう8年も続いたせいか、最近は自分でも活字離れが進んできたような気がしていた。
そこへ頂いた日本書籍の山である。
難民キャンプに届いた、食料品くらいの価値がある。
これからは、この書籍たちがこの埋没生活の中に潤いを与えてくれるだろう・・・。
新鮮なバンコクの風とともに、たくさんの貴重な品を運んでくださった、NAPPYさんとご友人のひーさんに感謝感謝の年末だった。
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